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俺、味見する

 結局ウィクライフでの初日は町内を散策しただけで終わった。


 予定どおり、武器屋に寄った際に中級の魔術書を何冊か買ってみたのだが、まあ高い。


 おまけに一冊あたりに載せられた魔法の数が減っているから実質的な単価は更に上。たとえば『初級再生のグリモワール』では戦闘で役立つ回復魔法と日常生活で便利な『リペア』『リフレッシュ』などがセットになっていたのに、中級ではバラ売りされていた。


 攻撃魔法に至っては何巻にも渡らせた分割商法だ。


 ページが薄くなっているのに、お値段は据え置きどころか引き上げ。


 詐欺にでも遭った気分になる。


 店主のジイさんは「これらが扱えるようになれば魔術師としては一級」ってなことを話していたが、そもそも前提として金銭的な事情をクリアするハードルが高いんじゃなかろうか。


 まだまだ手持ちがあるとはいえ、前の町で総額百五十万Gほど溶かしていることを省みて、現状入り用な分……具体的に言うと今ミミが習得している魔法の上位版に絞って購入した。


 どうせ他を買ったところで、まず始めに初級からやっておかないとダメそうだし。


 ただそれでも三十万近くかかったのだが。


「中級呪術ってやつ、一体何種類あるんだよ……」


 呪いの数だけ巻数がありやがる。


 あくどいやり口だな。


 ついでに隣にあった防具屋を冷やかしてみると、なんとなく予想はしていたが鎧や盾の品質は並も並。逆にローブやサーコートの取り揃えは豊富だった。


 とことん魔法使い向けにできている町だな、ここは。


 ミミの装備をようやく新調できるかもしれないし、今度ゆっくり物色してみるとしよう。


 で、肝心要の食事はといえば。


 飯は取り立ててうまいわけでもないが、デザート類が充実していた。頭脳労働をしていると甘いものが欲しくなるのはこの世界でも共通らしい。


 俺はそれらをガン無視して辛口のロゼを飲んでいたが、砂糖とバターが結婚したみたいな見るからに高カロリーな焼き菓子が飛ぶようにオーダーされている。


 これだけ売れてるとさすがに気になる。


「二人とも」

「はい」

「なんでありましょう?」

「甘いものは好きか?」

「きゅ、急にどうしたのでありますか」


 ホクトはまだ骨付き肉のソテーにかじりついている。というか、骨をしゃぶっている。


「よし、二人とも好きみたいだな! ここはいっちょ頼んでみるとしよう!」

「シュウト様が好きなものでしたら、ミミはなんでも好きになります」


 強引に話を持っていこうとする俺だったがミミにはとっくに看破されていたらしい。


「いやまあ、好きっていうか……冒険みたいなもんだ」

「おお、でしたら存分にご賞味なさってください。主殿が召し上がっている間、自分はしばし控えておきますので」

「待て、置いていくなっての。全員分頼むからな。男の俺だけ頼むのは、なんかこう、微妙に恥ずかしい」


 見慣れない言葉がずらっと並ぶ中に『ケーキ』という文字を発見した俺は、安心感からノータイムでそれを注文。


 しばらくして、芳醇なバターの香りを漂わせながらそれは運ばれてきた。


「お待たせいたしました、バターブレンドのケーキでございます」


 目の前で店員が切り分けているそれは、ケーキといってもクリームが塗られたものではなく、パンの進化形って感じだ。間にナッツとレーズンが挟まっている。


 俺は肉を食ったのとは別のフォークでそいつを突き刺し、口に運ぶ。


「こ、これは……」


 超あめー。


 なんだこの甘さは。


 しっとりした砂糖づくしの生地だけでなく、レーズンもシロップにアホほど漬かっているから激甘だ。わずかに塩気の残ったナッツが一番うまく感じる。


「想像以上だったわ……一口でもういいやってなってしまうとは」


 仕事終わりでクタクタの時にはいいかも知れないが、生憎今日の俺はまったく疲れていない。


 これは相当ヘビーだ。


 しかしミミとホクトはうまそうに食っている。ケーキだけあって女ウケは抜群のようだな。


「とてもとても、とてもおいしいです。ほっぺが落ちてしまいそうです。こんなに幸せな味の食べ物があるだなんて知りませんでした」


 ミミは頬に手を当ててうっとりした表情を作った。


 ちょうど、ミミを連れて初めて町に繰り出した時の、その帰りに入ったレンガ造りの料理店で見た表情によく似ていた。


 そういやミミを雇ってからというものの、しょっぱくて脂っこい料理ばかり食ってたからな。こういう本格的なデザートを口にする機会は今日までなかった気がする。


 まあこいつらが満足してくれたんなら、ノリで頼んでみた甲斐はあったか。



 図書館を訪れた、その翌日。


 俺はホクトだけを連れてウィクライフの冒険者ギルドに直行した。


 ミミは宿で留守番。ステップアップのためにも買いこんだ魔術書を勉強してもらわないとな。


「……ですが主殿。従者が自分などで本当によろしいのでありますか?」

「なにがだよ」

「自分ではミミ殿のような目覚ましい活躍は……」

「いやいや、今日は稼ぎに出てるんだから、むしろホクトの働きのほうが重要だぜ」


 俺がギルドに向かう理由なんてひとつしかない。


 どこに行けばちょうどいい雑魚が出るか。知りたいのはその一点のみ。


 なお、今日の装備は攻撃力を重視してツヴァイハンダーにしてある。


 それにしても、元いた町を発ってからというものの一回も依頼を受けていないから、全然斡旋所という感じはしなくなった。どちらかというと若い奴らの寄合所みたいに思っている。


「ようこそ、学問の町ウィクライフのギルドへ」


 ここのカウンターに立っている奴は無駄に爽やかな男前だった。


 髪と同じ黄緑色をしたローブをまとっているから、多分こいつも魔法が使えるんだろうな。


 学術に特化した町ということでもっとガリ勉なタイプを想定していたもんだから、意表をつかれるとともに、なんだろう、妙な悔しさを覚える。


「依頼の受注ですか? それとも協力者の募集でしょうか」

「そんなんじゃない。魔物を狩れるポイントを教えてほしいんだよ」

「でしたら、南にある鉱山をまずはオススメしましょう。そこで採れる質の高い銀はウィクライフ地方の特産品です。銀の怜悧な輝きは知性の象徴とされていますからね」

「ほう……で、どんな奴が出るんだ?」

「マップ全域に渡ってオークが出没します」


 よりによって知性の欠片もない野郎かよ。


「オークって普通のオークだよな」

「はい。広くドルバドル全土に蔓延している、オーソドックスな魔物ですね」

「ふーむ」


 だとしたら、前例からいって一体につきスキルこみで一万Gにしかならないだろう。


 今更オークで金策というのも寂しい。


 ここはもう少し上の相手を討伐したいところだ。銀の採掘なんてやるつもりないし。


「実は俺はこういう者でな」


 通行証を見せる。


「なるほど、顔に馴染みがないと思ったらフィーから来た方でしたか。称号は『ネゴシ……」

「そこは読まなくていい。それよりだ。そのカードにあるとおり俺はCランクなんだよ。オークじゃ物足りないから、もうちょい強めの敵が出る場所はないか?」

「それなら東へずっと行った先にある遺跡周辺などはいかがでしょうか。こちらはランク相応の難易度がありますよ」

「遺跡か。中々歯応えがありそうだな。そこにはなにが出る?」

「オークです」


 オークじゃねぇか。


「侮ってはいけません。オークといっても、棍棒ではなく杖を持ったオークメイジです。彼らは高い知能を誇ります……といってもオーク種の中ではですが」

「へえ。一味違うんだな」


 オーク業界に関してはよく分からないが、標準偏差がやばいことになってそうなのは想像がつく。


「オークメイジはその名の通り、簡単な魔法を使用してきます。威力はさほどではありませんが警戒しておくに越したことはありませんよ」


 魔法使えるのか。


 オークのくせにしれっと俺を超えてるんだが。


「でもまあ、棍棒持ちじゃないってことは接近戦は下手クソになってると見ていいんだよな」

「ご明察のとおりです。クラスとしては上ですが、完全な上位互換というわけではありません」


 ならそんなに過大評価する必要もないか。


「他にもトカゲ型の魔物の出没が確認されています。こちらにもご注意を」


 地図を受け取り、早速遺跡を目指す。


 ……と、その前に。


「ホクト、目的地まで乗せてってくれ」

「了解であります!」


 俺はホクトの背中へと騎乗した。


 今回は重量感溢れるプレートメイルを着させているから、あの頃よりスピードはない。


 それでも俺のペースでチンタラ歩くよりはずっと速い。しかも。


「おお! 誠に素晴らしい効力でありますな! まったく息が上がらないであります!」

「だろ。……実は俺が持ってるよりいいんじゃないか、これ」


 一時的にホクトの指輪を外し、俺の胸から外したアレキサンドライトと交換してある。回復が追いつかないほどの全力疾走さえしなければホクトの勢いが衰えることはない。


 無尽蔵のスタミナで俺たちは草原を駆け抜ける。


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