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俺、窒息する

 ウィクライフまでは一日あれば着く、というのはマジだったようで、検問をくぐると茶一色だった世界に次第に萌葱色の草が生え始めた。


 いつの間にやら地方が切り替わっていることが一目瞭然。


 泥臭い土地から平穏な雰囲気漂う草原へと景色が様変わりしている。


「……で、あれが噂の町か」


 火も落ちて荷馬車に吊るしたランプを頼りに歩いていると、ようやく一ヶ所にまとまった明かりが見えてきた。


 到着。


 およそ半日歩き詰めという強行日程だったが、重ねた毛布ではなくちゃんとしたベッドで寝られると考えれば柄にもなく頑張った価値がある。


 例によってヒメリと一時的に別れ、三人で町の中をうろつく。


「ここがウィクライフでありますか……夜も更けているのであまり趣が分かりませんな」


 せわしなくキョロキョロと視線を移しまくるホクトとは対照的に、ミミはぐったりしていた。


 あれだけ歩いてまだ元気とは恐れ入る。


 とはいえ、実は俺もあまり息は切らしていない。胸につけているブローチの効果だろう。こいつには怪我だけでなく疲労の回復も早めるオマケがついている。


 とりあえず一旦ミミに渡しておいた。


 まあ、疲れてないからって眠くないのかといえば、そんなことはない。それとこれは別だ。


 もう遅いことだし町の様子を見て回ったりはせず、宿に直行。


 クジャタの毛糸で編んだシャツを脱いだ瞬間に、どっと疲労が押し寄せてきた。肉体的には問題なくとも精神的な疲れが溜まっている。


「もう寝るか……明日なにやるかなんて明日決めればいいことだし」


 おやすみ、と二人に言って、ぐでんと横になる。


 ものの数秒で俺の意識は飛んでいった。



 さて、朝である。


 買い置きのバゲットを食べ、着替えを済ませた俺はミミとホクトを連れて町へと出る。


 左右対称にデザインされた建物の数々が整然と並んでいて、景観がゴミゴミとしていないのが、この町の分かりやすい特徴だった。


 生活感のない綺麗さっぱりとした部屋に招かれたようで俺的には落ち着かない。


「あちらは学習用の施設みたいです」


 ミミが看板を遠巻きに眺めて言う。


「勉強するためのとこか……俺が極力避けて通ってきたものだな」

「魔法について教えてくれるそうですよ。あっ、あそこにもありました」


 いつになく興味深そうにするミミ。


 学校とか塾みたいなもんか。それも複数あるってんだから驚きだ。パイの取り合いにならないんだろうか。いずれにせよ今までの町とは空気が違いすぎる。


 で、だ。


 いつもなら最初に冒険者ギルドを訪れるのが鉄板なのだが、今回はまず、図書館とやらに行ってみたいと思う。


 どんなものか知っておきたいしな。


 道行く人に尋ねて経路を聞く。


 ……にしても。


「ここには賢い奴しかいないのか?」


 すれ違う住民はどいつもこいつも細面で頭のよさそうな顔をしている。鋼鉄のハンマーを背負った大柄な冒険者ですら、眼鏡をかけていてどこか知的なイメージを漂わせている。


 特に女はその傾向が強い。真面目な顔つきで背筋をピンと伸ばして歩いているからまったくナンパに引っかかるような感じではない。しかしこれはこれで逆に燃えてくるものがあるのだが、実行に移すと即お縄なので妄想の中で脱がせるに留めておいた。


 こいつらの笑い方は多分「ハハハ」「フフフ」なんだろうな。「ゲッヘッヘ」とか「グヒヒヒ」みたいな下品な台詞は到底吐きそうにない。


 そんなこんなで図書館に。


 アホほど巨大な建物だったので場所はすぐに分かった。


「無駄に緊張してくるな」

「自分もであります。この厳かな空気、只者ではありませぬな」


 エントランス前に立っただけで俺とホクトは気圧されてしまっていた。


 入館はできたが蔵書室の扉をくぐるには審査が必要とのことなので、受付に向かう。


「身分を証明するものはございますか?」


 見るからに「私、知性あります」って顔をした女の館員に黙って通行証を差し出す。


「冒険者の方ですね。では筆跡を鑑定いたしますので、こちらに署名を」


 渡された羽ペンで『シュウト』と書きこむ。


 何回もやってきたことだが、本人確認のたびにいちいちサインをするのは結構めんどくさい。指紋とかで鑑定してくれりゃいいのに。


「後ろの方は?」

「俺の付き添いだ。こいつらの責任は俺が持つ」

「承知しました。では施設を利用するにあたっての禁忌事項をお伝えしておきます。図書の破損および窃盗、他の利用者の方々への非紳士的な行為、正当な理由のない過度の大声、などは固く禁じられております。発見次第自警団へと連行させていただきますので、ご留意を」


 そんなことしないっての。


 と自信を持って言いたいところだが、故意じゃなくてもうっかりやってしまいかねないからな。


 まあ本に触らなきゃ大丈夫だろ。どうせ俺は読まないし。


 扉を開き、その中に入る。


 俺は圧倒された。


 静謐な空気が張り詰めたホールに広がっているのは、見渡す限りの本の海。


 一見して壁や仕切りかと思われたのはすべて書棚だった。


 十メートルを超える天井スレスレまで高さがあるそれに、ぎっしりと本が詰めこまれている。


 いたるところにハシゴがかかっていてなんか危なっかしい。


 この棚が広い部屋全体に置かれているんだから、蔵書量の合計が一体何冊に上るのか想像もつかないな。


「わあ、凄いですね、シュウト様」


 ミミはどこかしら波長の合うところがあったのか、爛々と目を輝かせている。日頃はぼんやりした眠たげな表情をしているくせに、この日ばかりは活力が瞳に宿っていた。


「凄いのは分かるが……俺にはちょい居心地が悪いぜ」


 こういうとこにいると呼吸のタイミングが分からなくなるんだよな。


 いる人の様子はといえば、コツコツと足音を響かせて興味の引かれる図書を探しているか、黙々と机に向かっているかの二択。


 会話はほとんどない。


 床にしても棚にしても机にしても、総じて暖かみのある木目調なので、落ち着いた雰囲気がある……はずなのだが、俺は無性に息苦しさを覚えた。


 やべー。俺の住む世界じゃないわ、ここ。


「というか、どこから見て回っていいか全然分からんな」


 小声でぼやく。


「とてもとてもたくさんの魔術書があります。どれも気になりますけど、どれを手に取ってみればいいんでしょうか……」


 肝心のミミもあまりの種類の多さに困惑している。ホクトは周りの空気に合わせて小難しい顔をしているが多分俺と一緒でなんも考えてない。


 右も左も分からずまごついていると。


「何をお探しでしょう」


 痩せ型で濃いブルーのローブを着た、いかにも文系って風体の男に声をかけられた。


「なにやらお困りのようでしたので。失礼、申し遅れました。私はここ、ウィクライフ王立図書館の司書代理を務めております、パウロという者です。本のことなら私にお任せを」


 おっ。中々頼りにできそうな奴が来てくれたな。


 口調や態度が丁寧なのも好感が持てる。


 なんでも相談していいとのことなので、遠慮なく聞く。


「ちょっと魔術書を探してたんだよ」

「魔術書ですか。それは結構。魔法は当図書館を始めとしてウィクライフでもっとも学ばれている分野です」

「へえ。そりゃちょうどいいな」

「当代最高の魔導師、アインバッシュ・ラナゲートもこの町の出身ですから」


 そいつが何者であるかはどうでもいい。


「俺が探しているのは珍しい魔術書だよ。……といっても読むのは自分じゃないけどな」


 横にいるミミに目配せして、それとなく伝える。


「どの程度まで魔法の知識はございますか?」

「初級の魔法なら大体使えるぜ」

「ふむ……でしたら、先に中級から読み解くことをオススメします。失礼かとは思いますが、今時点での学術理解で複雑な魔術書に挑戦するのは少々困難かと」


 まあ、一理あるか。


 俺たちが連れて行かれたのは、入り口側から見て右から二番目にある陳列棚だ。


「この列にあるのはすべて中級魔法について記された書物です。魔術書を借りる際はレンタル料を徴収させていただきますので、ご注意ください」


 金取るのかよ。


 まあ魔術書は一冊が数万Gはするからな。タダで貸し出したりはしないだろう。


「借りて返さなかったらどうなるんだ? 丸損じゃん」

「それは大丈夫です。事前に魔術書の流通価格と同等の金貨を納めていただくことになっていますから。本の返却時に差額を返金いたします」


 ほう。じゃあ持ち逃げは単に買っただけになるんだな。


 ってことはそもそも無銭で乗りこむような真似はできないってわけか。


「……もっとも、外部持ち出し不可の魔術書もありますけどね」


 パウロはちらりと奥の棚に目をやった。


「まともに手に入らない代物、ってことか」

「そのとおりです。ものによっては、世界に数点……といった魔術書もありますからね」


 棚から下ろすだけでも許可が必要、とパウロは説明した。それだけ貴重な本なんだろう。


 一応背表紙だけでも見させてもらう。


 どれも古びていて黴臭いが、俺が求めていたのはこれだ。


 普通に売っている魔術書なんていつでも購入できる。とりあえず今日のところは魔法屋か武器屋に行って中級の魔術書を買って帰るか。


 その後もいくつか蔵書を案内してもらった。


 パウロには悪いけど、ほとんどに興味が湧かなかった。インクの臭いだけで腹が痛くなる。


 一方でミミは興味津々といった感じでパウロのガイダンスに耳を傾けていた。ホクトも腕を組んで「うむ、うむ」と分かったふうに頷いていたが、俺の優しさで詳細については聞かないでおく。


 それにしてもパウロは本の置き場所をよく把握している。


 驚嘆に値する記憶力だ。


「こんなに知識があるのに代理なんだな」

「本来の司書である方は数年前から療養中でして。代わって私に一任されているのです」


 ところで、とパウロが話題を振る。


「あなたは魔法を学んでみよう、とは考えたことはありませんか?」

「ないな。難しそうだし」

「では、使ってみたい、とは」

「それなら頻繁にある」


 ミミの回復魔法の効力は何度も目の当たりにしてるからな。


 そりゃ使えるもんなら使いたいが……。


「勉強できなくちゃダメなんだろ?」

「それは仕方ありません。知者を目指す上で必ず通過しなくてはいけない課題です」

「じゃあ無理だわ。俺、頭よくないし」

「元々の出来不出来はそれほど重要ではないですよ。優れた学徒であるためには、まず清廉であること」


 指折り数えるパウロ。


「それから勤勉であること。最後に、上昇志向が強いことが条件として挙げられます」


 うーむ、見事なまでに俺の性格と真逆をいっているな。


 未練なくすっぱり諦められてむしろよかったかも知れない。


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