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俺、盛装する

 窓から差しこむ光が俺の熟睡を妨げた。


 まだ夢の世界から抜け切れていない俺は朝陽から逃げようと寝返りを打つ。


 すると腰のあたりをゴリッとした硬い感触が襲い、思いがけず一気に眠気が吹っ飛んだ。


 いてぇ。なんだこれは。


「……って、なんだもなにもねぇか」


 布団の中でアレキサンドライトの原石と目が合った。


 そういやこれ、なくさないようにって用心して抱いたまま寝たんだったな。


 結果的にいうとやりすぎだったわ。


 こっちが寝ぼけてると牙を剥いてくる。ゴツゴツしてるから余計に痛いし。


 ベッドで抱くならすべすべして柔らかいものに限る、という結論に一晩で気づかせてくれたという意味ではいい勉強になった。


「おはようございます、シュウト様。今朝は暖かくて過ごしやすいですよ」


 すべすべして柔らかいもの筆頭であるミミが俺の枕元でささやく。


 もう既にローブに着替えていた。


 ホクトも町での普段着代わりの皮鎧を装備しているし、二人とも出発準備は万端といった様相だ。俺だけがパンイチでだらしなく寝転がっている。


 本当はもっと布団に丸まっていたいところなのだが……そうも言ってられない。


 無理やりに体を奮い立たせて、三人総出で朝一番にギルドへ。


 先に後始末をしておかなくては。


「ようこそ……なんて無粋な挨拶は、最早いりませんかな」


 受付に立つおっさんは相も変わらずダンディズム溢れる物腰で俺に応対する。


「本日も宝石鉱山への派遣業務を行うのでしょうか?」

「いや、そうじゃない。むしろ中止のお知らせだ」


 集まっていたチームシラサワの面々を手招きして呼び寄せる。


「えー、みんなには残念な報告にも聞こえるかも知れねぇが……昨日ついにレア物を引き当てることができた。つまり、俺が設立したチームの目的は果たされたわけだ」


 継続することも可能ではあるが、ミミとホクトの分まで揃えるとなれば時間がかかりすぎる。今ある一個を手に入れるために相当な労力を割いているからな。あと二個獲得するまでロクに収入源のないこの町に滞在し続けるのはきつい。


 というわけで、本日限りで営業停止。


 まずは公約どおり、過剰収益としてプールされていた約六十万Gを、袋の番号から逆算して割り出したレア宝石の発見者にまとめて支払う。


 巨額の臨時収入を受け取った男は小躍りしていた。


 うむ、大いに喜んでくれ。


「そして我が財団法人も今日をもって解散だ。諸君、これまでよくやってくれた」


 いかにも代表っぽい挨拶をして締めくくる俺。


 もっともせいぜい一週間程度の付き合いに感慨もクソもないので、まばらな拍手が起きただけだったかが。


「シュウトさんにとっちゃめでたい話だけど、オレたちは微妙な気分だぜ」

「これまで儲けさせてくれたからなぁ。はあ、今日からはまた運試しの始まりか」


 解散を惜しむ声もチラホラ聞こえてくるが、まあ、割り切ってもらうしかない。


 ビジネスとはシビアなものである。


 諸々の整理を済ませた後で、俺はいよいよ、鑑定所のおっさんから紹介をもらっていた宝石細工の工房へと向かう。


 大規模な宝飾品店の隣に建てられたそこは、比較的若い職人たちで切り盛りされていた。


 ミミとホクトには店側でウィンドウショッピングを楽しませておいて、俺は工房にいたおっさん……ではなく、眼鏡をかけた青年に宝石について尋ねてみる。


「ああ、これは珍しい。特殊な魔力が秘められた宝石ですね。失礼、鑑定書を拝見させていただきます……『治癒のアレキサンドライト』ですか」


 興味深げに眺めて。


「こちらは人間が本来持つ自己修復能力を極限まで高める一品です。装備していれば傷口は瞬時に塞がりますし、疲労の回復も早まりますよ」

「ダメージ自体はそのままくらうんだな」

「はい。あくまで再生機能を増進するだけで、体そのものが丈夫になったりはしません」


 完全な疲れ知らずの医者いらず、とはいかないらしい。


「ってことは、痛いのは痛いのか?」

「それはまあ」


 ぐっ。せっかくのレア素材なのにそれは辛い。


 とはいえ、どれだけ重い傷を負っても「死ぬほど痛い」で収まるのはありがたい……のか?


 実際に効果を体験してみないことには分からないな。


 にしても、どのくらい凄い性能なのかは怪我をしてみないと分からないってのも中々皮肉の効いた話だ。そういうおとぎ話があってもおかしくない。


 どんなアクセサリーにするかは完全に職人に委ねることにした。俺の美的センスで口出ししてもロクなことにならないのは自覚している。


 ただひとつだけ、髪飾りはやめてくれと注文しておいた。絶対似合わないからな。


「石素材のアクセサリーは他と競合することは覚えておいたほうがいいですね。例えば、そちらの女性のネックレス」


 男はミミの首元を指して語る。


「魔石を用いたものですから、同時に宝石由来の品を装着するとお互いに効果が弱まります。ゼロになるというわけではないですが」

「うーむ、そうなのか」


 ややこしい。


 これは今後も構成を考えていく必要があるな。


「まあ、それは後になってやることか」


 俺のチョーカーは革製だし、食い合うこともない。気兼ねなく宝石を加工に出せる。


「研磨に四時間、装飾品に仕立てるのに二時間いただきますが、構いませんか?」

「そのくらいなら待てるぜ。出来上がった頃にまた来るよ」


 とりあえず市場のほうでダラダラやってればいいか。


 町の中央まで戻って何軒か雑貨屋巡りをしていると、朝食を取らなかった分早めに腹が鳴ってきたので、うまそうな匂いが漂っている飯屋に直観で飛び入る。


 オーダーはいつものように適当オブ適当。そもそもメニューを見る意味がないのでコックに全部おまかせした。


 いい加減ちゃんとした料理名を覚えるべきなんだろうか……。


「……別にいいや、食えりゃ一緒だし」


 当たり前だが商売として出している料理なんだからどれも味に文句はない。


 こんがりと焼かれた、種類どころか部位すら謎の骨付き肉にかぶりつきながら、くだらない会話をして時間を潰す。


 喋ることがなくなってきたらアルコールを追加。


 うまい肉をアテに酒を飲んでいるだけでも暇は楽しめるものだ。


 それに、ほろ酔いのミミを眺めるのは面白い。


 意識はしっかりしているのに表情がどんどんとろけていく。


 実に官能的で耽美な……といった小難しい言い方をここはしておこう。本当はもっとストレートな表現をしたいのだが、俺の倫理観が問われるのでやめておく。


「アクセサリーが完成したら、この町を離れるんですか?」

「そんなとこだな。とにかく物価が高いからなー。さっさと他の地方を巡ろうぜ」


 たとえば、今まさに俺の前にある飯だ。


 以前までは200Gで一人前の飯が食えてたのに、ここでは300Gはないとパンにワインと肉料理をつけることができない。


 飯屋だからこんなもんで済んでいるが、他の品々も概ね五割増と考えるとげんなりしてくる。


 ただ売値が高いということは買値も相応なわけで、アセルで集めた大量の素材は全部そこそこの価格でさばけた。


 特に、この地方に属する鉱山では宝石しか採掘できないからか、鉄は高値で売れた。鉄のみならず、鍛冶屋の多くはよそから来た冒険者や行商から鉱石類を納めてもらっているそうだ。


 こうして足を使った交易で収入を増やす、というのもひとつのやり方なんだろう。


 俺は雑魚をボコッて稼がさせてもらいますが。


「だからこそ、この町に留まり続けるのは下策なんだよな」


 いかに骨付きステーキがうまかろうと、だ。


 スキルの役立つ機会がなく、人並程度にしか稼げないんじゃ宝の持ち腐れもいいところだ。そもそも今更人並に働くのがきつい。低賃金労働なんて死ぬ前にいくらでもやったっての。


 視線をずらしてみると、ホクトは骨を砕いて髄まで味わっている。


 ワイルドというレベルを超えてまんま動物じみてるのだが、顔立ちがひたすらに凛々しいので、その食べっぷりすらサマになっていた。


 有り体に言うとかっこいいのだ。


 剣さえ握っていなければホクトはサラブレッドである。


「主殿、もうじき約束の時間であります」


 ホクトはハーブティーばかり飲んでいたのでシラフだ。呂律もはっきりしている。危ない危ない、褒めておいてなんだが酒が入ったらいきなり駄馬化が始まるからな、こいつは。


 シャキッとしている間は実に頼りがいがある。


「あと二十分ほどで店を出れば、ちょうどよろしいかと」

「いや、今出よう」

「あっ、いえ、自分は急かすつもりなど……」


 申し訳なさげにするホクトだったが、そうではない。


「それこそちょうどいい時間だからだよ」


 俺は工房ではなく、先に宝飾品店へと足を運んだ。


 目当ては当然……。


「では、こちらのトパーズの指輪でよろしいでしょうか」


 確認してくる女の店員に俺は大きく頷いて返答した。


「……で、値段はいくらだ」

「十二万9800Gでございます」


 うわ、たっけー。


 そもそも宝石としての価値も含まれてるから仕方ないが……。


 とはいえこの町に来てからその何倍も人件費に使ってるんだから、今になって躊躇するようなことでもない。俺は黙って金貨を積み上げた。


 慌てたのはホクト。


 たった今購入した指輪を唐突に渡されたんだから、驚くのも無理はない。


「ミミには前に金の首飾りを買ってやったからな、これはお前の分だ」

「ですが、自分なぞにこのような高価な品物は恐れ多いであります!」


「お前が倒れたら俺が困るからだよ。そんだけだ」


 濃いイエローの輝きを宿したそれを、恐縮するホクトの長い指にはめさせる。


 薬指は変な空気が流れそうだったので人差し指につけさせるという、肝心なとこで俺の日和見が発動したが、なんとか受け取ってもらうことはできた。


「イェルグを見ていて宝石の有効性は分かったしさ。あれだけ耐久を上げられるなら、一個持っておけば安心できるだろ」


 あそこまで身につける必要があるかは甚だ疑問だけども。


「うう、自分はつくづく果報者であります! 生涯大事にさせていただきます!」

「いや、もっといいものが手に入ったら変えてもらいたいんだが……」


 まあいいか。めっちゃ喜んでくれてるし。


 そんなことより。


「そろそろ俺のやつも完成してる頃だな」


 買ったその足で工房へ。


「お待たせしました。」


 男はそう言って、コートの隙間に手をつっこみ俺の胸元にゴソゴソとなにかを取りつける。


 ブローチだ。ただのゴミにしか見えなかった石は、研磨職人の巧みなカット技術によって、透き通った赤の輝きを放つ美麗な宝石へと姿を変えていた。


「アレキサンドライトは通す光によって色が変化します。ひとつで二度楽しめるお得な宝石ですよ」


 今は屋内なので赤色だが、太陽光を浴びるとまた変わるそうだ。


「でもなんでブローチなんだ」

「治癒力をアップするという性質上、バランスを取るために宝石は体の中央に据える必要がありますからね。となればブローチかペンダントが最善でしょう。お客さんの場合既に首にはチョーカーを装備していますから、邪魔にならないようブローチにさせていただきました」


 確かにユイシュンに服従の首輪をつけられている時はうっとうしくて仕方なかった。


 ほほう。だからブローチか。


 それはいいとして、どことなく光の国からやってきたみたいなんだが。


 まあ性能はお墨付きのようだし、ありがたく利用させてもらうとしよう。


 加工費として三万G少々を払い、一歩工房の外に出てみると、なるほど説明にあったとおり、それまで鮮明な赤い光をたたえていた宝石が落ち着いたダークグリーンに移り変わった。


 なんか急に元気になった気がしてくる。


 これが魔力ではなく石そのものの性質だというんだから、殊更に不思議な一品だ。


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