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俺、会議する

 ガードナーのおっさんを中心として明日に向けての対策会議を行う、とのことで、ギルドに戻ってからも帰宅は許されなかった。


 俺はすぐにでも宿のベッドに飛びこみたい気分だったので若干興を削がれる。


 その上。


「どこが会議だよ」


 ギルドでは会議とは名ばかりの酒宴が繰り広げられていた。


 討伐作戦に参加した者もそうでない者もグラス片手にドンチャン騒ぎだ。次から次に湯気の立った料理が運びこまれている。


 たった一日でボスの腕を破壊した――という報は、ギルドに待機していた冒険者たちを大いに勇気づけた。史上類を見ないハイペースであるらしい。


 こうした経緯もあり、凱旋を称える宴会は馬鹿みたいに盛り上がることになった。


 群集の真ん中ではおっさんが、例によって粗暴な笑い声を上げながらジョッキ入りのエールを水かってくらいの勢いで喉に流しこんでいる。


「決して数の暴力だけじゃねェ! 一人ひとりがベストを尽くした結果だぜ! 仕上げは明日のお楽しみだ、今日は飲んで食らって気力を蓄えときな!」


 おっさんは立ち上がり、自身を取り囲む討伐隊のメンツに発破をかけた。


 この男がなにかしら喋るたびにギルド全体がどっと沸く。ジェムナの冒険者間におけるアイコンのような存在なのだろう。


 その輪から外れた一階席の片隅で、俺はミミとホクト、それからヒメリと共に管を巻いていた。一応礼儀としてワインボトルのオーダーはしていたが、到底酔える心地ではない。


「さっさと寝てぇんだけど。明日もまた五時間六時間の勝負になったら堪らんぞ」


 頬杖をついたままグラスを空にして、俺はアクビを漏らす。


「堅い話かと思ったらこれだからな」

「どちらかといえば決起集会ですね。ですが、親睦を深めるのは重要なことですよ。部隊の士気にかかわってきますから」

「ホントかよ。飲みたいだけにしか見えないけどな」


 俺も酒は好きなほうだがあそこまでではない。


 ただ積み重なった皿の枚数では互角かそれ以上である。今日の一戦で燃料切れを起こしたヒメリが冗談みたいに料理を頼みまくったからだが。


 思えばここで最初に会った時もおっさんは酩酊していた。よっぽどだな、あれは。


「グハハハハ、兄ちゃんも姉ちゃんも飲んでるかァ?」


 危惧していたことが現実化した。おっさんがこっちにも絡み酒に来る。


 しかもビヤ樽を抱えてだ。


「コックをひねりゃァいくらでも出るぜ。好きなだけ注いでグッといきな!」

「俺はパスで。その分ホクトが飲むと言ってる」

「え? いや、言ってないでありますよ?」


 アルコールに強くないホクトは割ったワインですら一杯で顔を赤くしている。


 くすくす笑っているミミも既にほっぺが桜色だ。宴会は二時間くらい続いているから、もう酒は十分に入っている。


「もう飲めないっす。勘弁してくれ」


 机につっぷしながらそう答える俺。


 おっさんは特段ガッカリするでもなく、俺のダラけた格好でさえも愉快そうに笑い飛ばした。


「そうかそうか。ま、仕方ねェわな。お前さんたちは今日は要になってくれたからなァ。他の奴らよりも祝してやりたかったんだが」

「で、では、私はありがたくいただかせていただきます」


 グラスを差し出すヒメリ。


 まだ飲むのかよ。意外だな。


 酒を受けるヒメリは、表情や仕草を見た感じだと満更でもないらしい。おっさんの並外れた戦闘力に対して純粋な敬意があるらしく、憧憬混じりの視線を送っている。


 一方で俺はぐったりしていた。


 よくもまあ、あんな規格外の化け物と戦った帰りにこれだけ元気が残っているもんだ。


「明日からも期待させてもらうぜ。腕のなくなったゴーレム・グレバンダニカ・ティランティは攻撃手段も限られてくるからよォ、真っ向勝負が挑みやすくならァ」


 酔っ払ってるくせに完璧に発音できているあたり、この世界で魔物の名前にピンときていないのはやはり俺だけらしい。


 これが俺の知能レベルの問題でないことを祈る。


「シュウト、お前も景気づけの一杯、最後にどうだ?」

「だから勘弁してくれって言ったろ。俺は今にも寝落ちしそうなんだぜ」

「ほう。じゃあ残りは俺が全部飲むとするか! ガッハッハ!」


 大口を開けたおっさんは樽を脇に抱えたまま席に戻っていく。


 集団におけるコミュニケーションの重要性は俺もなんとなく理解はしているが、そうはいっても疲れている時に体育会系の絡まれ方をされるとしんどい。


 話しているだけで余計にくたびれる。圧が凄いんだよ、圧が。


「肝臓やられても知らねぇからな……っと」

「主殿、どちらへ?」


 席を立つ俺に気づいたホクトは生真面目にも護衛につこうとする。


「小便だよ、言わせんなっての」

「あっ……それでしたら、ミミがお供いたします」


 ミミよ、別に隠語でもないぞ。


「そんな何人もで行くようなことじゃないだろ。すぐ戻るから待っててくれ」


 そのまま俺は一人、トイレに行くふりをしてこっそりとギルドの外に出る。


 部屋中に充満する酒臭い空気にあてられて体が火照ってきたので、夜風にでも当たって冷まそうと考えたのだが。


「ん?」


 既に先客がいる。


「イェルグか」


 外壁に寄りかかって黄昏ている男の正体は、背の高さですぐに分かった。


「……誰かと思えば、シュウトか」

「一人で何してんだよ」

「私はどうにも、こうした騒々しい場が苦手でな」


 まあそんなタイプには見える。


「だったら帰りゃいいのに。どうせみんな酔ってるから誰がいないとか気づかないぜ」

「それは非礼に当たる。ガードナーさんが主催している手前、そのような真似はできん」

「やけに顔を立てるんだな」

「当たり前だ。彼よりも尊敬を集めている冒険者はこの町にいない」

「へえ」


 地域で唯一のBランク冒険者にして、討伐隊を率いて人々に貢献する英雄。


 それがガードナーという男のとらえられ方なんだろう。


「でもなんで毎回ボス退治になんて行くんだ? 別に強制じゃないのに」

「ガードナーさんは責任感の強い男だ。持てる者が持たざる者の分まで義務を果たす。大陸全土に広く知れ渡ったその理念に則っているのだろう」

「そんなお人好しな考え方がよくある思想みたいになってんのかよ。信じらんねぇな」


 たとえば俺がいくら金を持ってるからって、持ってない奴のためにどうこうなんて……。


 ……いや、してたわ。アセルの貧乏冒険者連中のために、依頼を介してとはいえ、ある程度支援してやっていたことを思い返す。


 あいつらは俺を異常に信奉してたし、おっさんがここの奴らから神聖視される理由も頷けるか。


「ただ、それゆえに我々にとっては遠い位置におられるお方だ。近寄りがたい……とは、勝手にこちらが抱いてしまっているだけなのだが、中々こちらから声をかける機会がない。それこそ、討伐隊でご一緒しなければ接点を持つことはないだろう」

「ふうん」


 思い当たる節があった。


 初対面の時の記憶を手繰ってみる。そういえばおっさんはテーブルには一人で座っていたし、俺が気安く話しかけた時は周りがやたら困惑していたな。


 そのくらい畏敬の念を集めてるってことか。


「でもそういうキャラじゃないじゃん、おっさんって」


 先入観がなかったら、近寄りがたさなんて微塵も感じない。


 なんなら向こうから近寄ってくるぞ。


「あのおっさん、嘘みたいに気さくだから普通に話しかけりゃいいと思うけどな。今だって酒が入ってるとはいえ誰彼かまわず絡みまくってるぜ」


 ウザいくらいに。


「それが自然にできれば誰も苦労はしないよ」


 イェルグは苦い笑いをこぼした。


「だがたとえ言葉は交わされずとも、示された行動の数々が我らの指針となる。私もガードナーさんに追随すべく、討伐隊に志願するようになったからな」


 熱弁するイェルグ。話を聞く限り、おっさんを慕う何人かの間にそうした傾向が生まれてくるのは俺にも分からなくはない。


 けど、皮肉なもんだ。


 今回討伐隊が大人数で結成されたのは、俺の設定した報酬が多額だったからでしかない。


 それはつまり、模範的な上司の偉大な背中なんかより、金のほうが労働者の心を容易く突き動かせるということの証左だろう。


 現実と一緒だな。


 人間ってやつは、どこまでいっても実益に忠実な生き物だよ。


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