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俺、驚愕する

 宝石鉱山までの順路は分かりやすく、かつ短い。


 町を北口から出て一直線に進めばすぐだ。距離にすると五キロくらいか。


「……ん?」


 その道すがらで、俺はヒメリの髪の中に深緋に輝くなにかを見つけた。


「なんですか。人の顔をジロジロ見たりなんかして」

「顔は見てねぇよ。髪の毛に付けてる飾りを見てたんだ」

「気づきましたか? ふふ、昨日やっと完成したんですよ」


 得意げな顔をするヒメリ。


「初日に運よくレッドベリルという宝石を獲得できましてね、こんなふうに髪留めに加工してもらったわけです」

「でもよくあるもんなんだろ。羨ましくはないな」

「シュウトさんは理想が高すぎるんですよ。実用性はこれでも十分です」


 理想が高い、とか言われても、俺はお前と違って基礎が成ってないからな。


 近道をしないとこの先やっていけない。


「それで、どういう性能をしてるんだ、それ」

「剣速アップの効果がある……とは聞きましたけど、今日が初の実演ですからね。試してみないことには正確に把握できません。性能については私の活躍ぶりから判断してください」

「大きく出たな」

「シュウトさんに対して下手に出ても仕方がないです。何度も申しますが、私はあなたを超えなければいけませんので」


 ヒメリの言葉や態度、そして新たな装備品からは、今回の討伐戦に対する意気込みが相当なものであることがうかがえる。


 まあ、やる気があるならその分俺が楽できるからいいか。


 目的地には日が高くなる前に着いた。


 宝石鉱山の入り口の手前で、一度人数の再確認をした後。


「まごついてる暇はねェ。とっとと進んで、ちゃっちゃと始めるぞ」


 恐れ知らずといった雰囲気をかもすガードナーのおっさんを先頭に、人気が失せて静まり返った坑道へと突入する鉱山殴りこみ部隊。


 ほとんどが傭兵で構成された部隊だが、そんな中、数少ない義勇兵もいる。


 ちょうど今俺の脇を歩いているイェルグがそうだ。


「一時も油断をするなよ、シュウト。敵のヘイトを集める役割は我々が務める。お前は隙をついて適宜攻撃を当ててくれ」

「お、おう。先陣は任せる」


 騎士然としたイェルグが俺に戦略を伝える。


 緊迫したその横顔は、手にしている槍の穂先と瓜二つの鋭さだった。


 イェルグはようやく現れたまともな人物かと思われたが、服飾のセンスが致命的に悪趣味である。坑道に踏み入った途端戦化粧だとばかりに両手の指に合計七個の指輪を装着し始め、ゴテゴテとした拳を力強く握り出した時は、イカれてしまったのかと思った。


 どこの成金だよとツッコミたくなるが、本人はいたって真面目な表情なので何も言えない。


「あれも全部宝石の加護を得るためですよ」


 ヒメリ解説員が耳打ちしてくる。


「宝石系のアクセサリーは二個目以降は効果がどんどん薄くなっていくそうですけど、あれだけ数があれば多少はデメリットを相殺できるでしょうね」

「あそこまでやったら、逆に邪魔になりそうだけどな……」


 ともあれ危険な役目を引き受けてくれるっていうんなら、俺としても望むところではある。


 それにしても坑道内は静かだ。


 ツルハシが岩盤を叩く音がなくなっただけで、随分と雰囲気が違って感じる。


 壁面のランプに火を灯しながら進んでいく俺ら一行。


「そろそろゴーレムが出てくるポイントじゃないか?」


 誰かがそう質問した。自信のない口ぶりからして俺と同様に今回が初参加だろう。


 俺は坑道には一度しか来たことがないが、記憶にある限りだと確かにこのあたりから通常のゴーレムが出没し始めたはずである。


 となればその親玉もここらへんに現れると考えるのが自然だが……。


「や、もう少しだけ奥だなァ。ただここで待ったほうがいいな」


 おっさんは足を止めながら答えた。


「なんだそりゃ。矛盾してないか? 奥にいるのにここで待てって」

「前進しすぎて、灯りつける前に暗ェとこで鉢合わせしたら最悪だからな」


 そういうものなのか。


 新参の俺が口を差し挟めるはずもないので、ここは経験者に従うとしよう。


 適当にノーマルゴーレムを数の暴力で瞬殺しつつ、指示どおりに待ち続けていると……十数分ほどで地響きが聴こえてきた。


「さあさあ、ついに来やがったぜ。お前らァ! ただちに戦闘準備につけ!」


 ツヤのない漆黒の刃を持つ斧を握りしめながら、おっさんが一同を見回して檄を飛ばす。


 坑道の奥はまだ暗い。


 その暗闇の中から『そいつ』は姿を現した。


「……え?」


 思わずそんな気の抜けた声が喉から漏れた。


 俺はボス格のゴーレムというから、せいぜいサイズが大きくなったバージョンの奴が仁王立ちしているだけだろうと踏んでいた。


 天井まではおよそ四メートル。どれだけでかくてもこれが限界だろうと。


 だがそいつは立っているのではなく、『這って』いた。


 這っていてなお、天井スレスレまで伸びているという意味不明さ。


「こ、こんなのありえるのか?」


 積石細工めいた容貌は一緒だが、そいつはあまりにもでかすぎた。


 全長を推測することすらアホらしくなってくる。四つんばいの姿勢で歩いているというのに頭をぶつけそうになっているんだから。


 桁違いの巨体だ。数人がかりで一週間かけて撃破する……という逸話も頷けるな。


 初めて直に目にしたであろう連中は例外なく驚嘆している。


「臆するこたねェ! でかくて硬ェがそんだけだ! 気合入れてかかるぞ!」


 一方で過去に何度も戦っているというガードナーのおっさんは慣れたもので、余裕のある振る舞いを見せている。


「こいつァ中々くたばらねェ。持久戦になることを覚悟しとけよ!」


 まずはイェルグに命じて、盾役となる冒険者たちを前に出させた。


 これまでボスと戦ったことのない面々は尻込みするが、槍を軍旗のように振るったイェルグが自ら最前線に立つことで鼓舞する。


「いざ参る! 巨像よ、私の守勢は微塵も破らせぬぞ!」


 まるで蟻が象に話しかけているようだった。


 矢面に立ったイェルグを、カイザーゴーレムが目障りな虫ケラでも潰すようにデコピンで弾き飛ばそうとする!


 ……が、イェルグは鋼鉄製の槍の柄を使ってうまく防御。


 鎧の重量もあるのか踏ん張りが利いている。


 ダメージは軽微に見える。これが宝石の力なんだろうか。だとしたらすげーな。七個分の価値が発揮できているかは別にしても。


 その後、おっさんは魔法が扱える奴に一斉放射の指示を出す。


「馬鹿正直に武器ブン回してただけじゃ、あのバケモンをしとめるのはちと辛ェからよ。お前らが要だ、しっかり頼むぜ!」


 ある程度綻びが生まれるまでは、自分を含めた物理攻撃担当は様子見するらしい。


 その一員には長剣を構えたヒメリも混じっている。今にも斬りかかりたくて堪らないといった、焦れったそうな顔をしているのが遠目にもよく分かる。


 そして俺に与えられた役割は、遊撃として状況に応じた働きをする……といったものなのだが、ブロードソードが起こす風をもってしても、この馬鹿でかいカイザーゴーレムを吹き飛ばすのはいくらなんでも不可能。


「シュウト! お前さんは邪魔者の排除を頼むぜ! 味方が行動しやすいようにな!」

「邪魔者ってどれだ?」

「普通のゴーレムだ! 横穴からワンサカ沸いてきてるだろ? 親分が来てくれたからって調子づいてんだよォ、こいつらは!」


 ああ、本当だ。まるで腰巾着のかってくらい次から次にMサイズが押し寄せてきている。


 とりあえずこいつらを追い払ってお茶を濁す。


 さて、俺もミミとホクトの二人になにかしら命令を出さないといけないな。奴隷は俺の管轄下にあるからおっさんはノータッチでいる。


「ミミ、お前は魔法で攻撃してくれ。あのデカブツめがけてだ」

「承知しました」


 虚弱の呪縛を付与するフラジリティとかいう魔法は、あれに対しても有効だろう。


 ミミに指令を授けた後、やる気満々といった表情のホクトに視線を移す。


「自分もご拝命を頂戴したく思うであります!」

「ホクトは……ええと、ホクトは……」


 どうしよ。よく考えたらこの場でやらせることがないんだが。


 しかしここで「待機で」とか告げるとまたコンプレックスを刺激してしまうしな。


「倒れて動けない奴がいたら運んでくれ。片時も目を離さず、じっくりと戦況を見極めるんだぞ」


 俺はそれっぽいことを言った。


「はっ! 了解であります!」


 それっぽいことでその気になってくれるからホクトは優しい。


 にしても、である。


 なんて映画じみた光景なんだろうか。


 坑道を這いずるカイザーゴーレムは動きこそ鈍いが、その図体の凄まじさゆえに一挙手一投足がいちいち重々しく、軽く手のひらを横に振っただけで前衛に立つ冒険者たちがいっぺんに薙ぎ払われている。


「これしきっ……!」


 ラインを押し返されてたまるかと即座に立ち上がるイェルグ。


 大したタマだ。これで宝石がギラついてなかったら男の中の男と呼んでやれたのに。


「サポートしてやらないとな。ミミ、攻撃魔法のペースを上げてくれ。回復薬はホクトが持っているから、治療はそっちに任せろ」

「分かりました……フラジリティ!」


 魔法を唱えるミミのスイートな声が響く。


 こんなに甘く儚げなトーンなのに、その声で囁いているのは真綿で締めつけるようにいやらしい呪術なのだから怖い。


「ガッハッハッハ! お前さんとこのお嬢さんも中々やるじゃねェか!」


 ガードナーのおっさんは弱体化を狙ったミミの魔法に大層ご満悦らしい。


「こりゃァ好き放題暴れられそうだぜ。人数も多いしよ」


 ここが潮時だと見たのか、おっさんは諸刃の斧を、まったく重さを苦にすることなく高くかかげ、そのまま頭上で豪快に一回転させる。


 俺はその所作は周りに号令を送っているか、あるいは自らを奮い立たせるための儀式めいたものだと最初考えた。 


 しかしそうではなかった。


 二枚の分厚い刃から、赤黒い煙が噴き出し始めている。


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