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俺、御暇する

 翌日。


 風車下に広がる小麦畑の売買契約は速やかに交わされた。


 小作人つきなので管理にも問題はない。


 ただ百万Gやると言ったが実際には七十八万Gだった。ヤンネの貯金と合わせてそれでちょうど買えたらしい。


 ヤンネファンクラブの連中は当然というべきかイマイチ納得していない様子だったが、知ったことではない。金を出しているのは俺なので引っこんでもらった。


「シュウト。また君に会える日が来ることを願ってるよ。いや、再会しなくてはいけない。今度は僕が君に借りを返す番なんだから」

「会いたくねぇよ。どうせまたくだらないトラブルになってそうだからな」


 別れの言葉はそれだけだった。


 俺は背後に女たちを引き連れた銀髪の貴公子を見送りながら、改めて実感する。


 無自覚に多数の潜在意識をコントロールする奴ほど恐ろしい人間はいない。悪意があるならばその行為を糾弾できるが、ヤンネにはそれがない。


 惑わされるほうに責任がある……とも言いづらいからな。


 とりあえず俺から言えるのは、冒険者やってるより新興宗教でも立ち上げたほうが天職だぞってことくらいだ。


 絶対やらないだろうけど。


 それはさておいて。


「この町でやること、これで全部終わっちまったな」


 ヤンネがいなくなった今、俺が直々に依頼を発出する必要もない。


 達成報酬、滞在費、装備品の代金、レアメタルの買取、そしてなによりヤンネへの賄賂と、総合すると結構な出費にはなったが、それでもまだ六百万G以上は残っている。


 まだまだ新天地で膨らませ続けられることを考えれば、痒くはあっても痛くはない。


 あと、捕獲した蝶もある。こいつは高く売れるに違いない。俺の勘がそう告げている。一番高額取引できる町でいずれ売りさばくとしよう。


「行くか」


 宿のチェックアウトは既に完了済。俺はミミとホクトに声をかけた。


「お供いたします」

「地の果てまでついていくであります!」


 うむ、やる気があってよろしい。


「結束を高めているところで恐縮ですが、私の存在を忘れていませんか?」


 ……ああ、こいつもいたわ。


 生真面目な面をしたヒメリがずいと俺のそばにまで近づいてくる。


「ところでさっきのやりとり、完全に地上げですよね」

「うるせーよ」

「それより、次の町の行き先は決めてあるんですか?」

「いやまったく。地図もよく見てないし」

「だと思いましたよ」


 ヒメリは呆れ顔をしながらも自身の世界地図を取り出し、ここから取れそうな進路について説明を始める。


「次に向かうべき町の候補は二つあります。南西に進んだ先にあるジェムナ……宝石鉱山で有名な町です。もうひとつは南東のウィクライフ。こちらは学問の発展を理念としてかかげた町ですね」

「どっちのが近いんだ?」

「距離はほとんど同じです。ですから、どちらに先に訪れるかだけですよ」


 ふーむ、なるほど。地図を見てアセルを含めた位置関係を確認し、点を線で結んでみると、ちょうど縦長の二等辺三角形のようになっている。


 ジェムナ・ウィクライフ間は比較的近いが、ここからはかなり距離がある。


 三日か四日はかかりそうだ。


「私は断然ジェムナ派ですね。宝石には魔力を含むものが多々ありますから、今後のためにもここでアクセサリーを一点作っていただきたいので」

「ほう」

「ただ、ウィクライフの図書館には貴重な魔術書がありますから、ミミさんを擁するシュウトさんには向いているかも知れません」


 それはそうなんだが、肝心の俺が大の勉強嫌いだからな。


 二百字より長い文章読むと頭痛くなってくるし。


「いずれにせよ、私はシュウトさんの決定についていくだけですけど」

「それじゃあ、ジェムナだな。宝石には俺も興味がある。どうせ行くならここからだ」


 強力な装備品の匂いがする。劇的な戦力アップを見こめるだろう。


 とはいえ採掘をやるつもりはないので、サクッとキャッシュで購入で。


「では、早速出発するであります!」


 ふんふんと鼻息も荒くホクトは荷馬車を引こうとするが。


「いや、ちょっと待った」


 俺はその勇んだ足取りを止めた。


 段々と冒険者連中が集まってきている。どいつもこいつもシケた面構えだ。


 俺からしても多少は思い入れのあるメンツではあるが、そこまでかって感じだ。


「見送りとかいらねぇぞ。そんな暇があったら出稼ぎに行ってこいよ」

「いえ……どうしても挨拶しておきたくて」


 代表してリクが前に出る。


 他の奴らよりはマシだが、例によって無駄に改まった神妙な顔つきをしている。


 だからって今の心境を尋ねるほど俺は野暮ではない。センチな感傷に浸りたいなら好きにさせておけばいい。


「本当にお世話になりました。シュウトさんにしても、その、ヤンネさんにしても、僕たち町の住人は大きな柱を失うことになりましたけど、でもきっと上手くやっていけると思います」

「お前らがいるからか? 随分強気に出るようになったな。まあ人並に依頼をこなせるようになったことは認めてやるが」

「僕らがいるからじゃないです。あなたがいてくれたから、ですよ」


 中々気の利いた言葉遊びをしてきたリクだったが、正直、それほどの感慨はない。


 俺は過去の自分の姿を投影して、同情の証として金を出してやっただけだ。


 そうしなくなったということはつまり、同情する価値がこいつらからなくなっただけのこと。


 貧困層の面影は消えている。


「まあ、ほどほどに頑張れよ」


 俺はそう最後に伝えてリクの頭に手を置いた。


 小さく「はい」と答えたリクの喉が僅かに震えていたような気がする。


 他に言い残すこともない。


 リクの青く細い髪をくしゃりと撫でた後、さよなら、といういくつもの声を背中に浴びながら、俺たちは緑の風が舞う町から旅立った。



 遠く離れたジェムナを目指す道中、俺は身を守る術としてブロードソードを選んだ。


 威力はやや落ちるが、戦闘を避ける目的ならこれ以上のものはない。


 それに割と軽いしな。ブロードソードは全長八十センチほどの片手剣なのだが、幅広の刀身を持つため見た目の重量感は結構ある。それでも楽々振り回せるんだから金属自体が軽いんだろう。


 あと、抜き身のまま背負っていたツヴァイハンダーと違って革細工の鞘に入っているのもいい。オシャレだし、目立たないし。


 ホクトの装備も皮鎧にさせてある。あんなアホみたいに重い鎧を着た状態で百キロを超える道のりを歩かせるのは酷だ。とりあえず、移動中はこれで。


「シュウト様、アセルはいかがでしたか?」


 隣を歩くミミが質問してくる。要するに、土地を買うのにふさわしいかってことだろう。


「まあまあだな」


 俺はそう答えて、広げた地図上に「七十点」と記入した。 


 パンはうまいし気候も過ごしやすい。ただ施設は充実していないから、こんなもんだな。


 にしても、アセル周辺は山の他にはだだっ広い平原がどこまでもどこまでも続いているばかりで、全然次の町が見えてくる気配がしてこない。


 とんでもないド田舎だ。


「一体どれだけ歩けばいいんだよ……」


 ぶつくさ言ったところで距離が縮むわけでもないので、我慢してひたすら歩き続ける。


 買いこんでいたワインの瓶がどんどん空になった。


 アセル産のパンも……まあこれはほとんどヒメリの胃袋に消えていったのだが。



 結局、三度の野宿と一度の検問を経て、俺たちはようやく違う景色を拝むことができた。



 空の青、草原の緑、枯れ葉の黄色、といった鮮やかな色合いだったアセル周辺とは異なり、そこは全体的に茶色がかった地方だった。


 よくも悪くも泥臭い。粗野なドワーフが暮らす炭鉱って感じがする。


 今にもツルハシがカツンカツン岩を砕く音が聴こえてきそうだ。


「パッとしない場所だな」


 俺は率直にそんな感想を抱いた。


 実際に、鉱山事業が主な産業になっているそうだから、そんな華やかな地域じゃないのはなんとなく予想がついていたけれども。


「うむ、確かに地味ではありますな。ですが質実剛健ともいいますし、自分は嫌いな景観ではないであります」


 三日三晩荷馬車を引き続けてなお元気なホクトが、そう語りながら興味深そうに頷く。


 まあ景色はいいにしても、問題は住環境なわけで。


「この感じだと町も期待できないな。宝石商人くらいはいるんだろうけどさ」


 ……と思っていたのだが。


「そろそろ到着だが……あれが……ジェムナか? マジで?」


 茶色い大地に根ざした町の佇まいを、外から眺めただけで分かった。


 めちゃくちゃ栄えていることが。


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