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俺、離別する

 俺が麓まで降りてきてから約四時間。


 日が傾き出した頃、ようやくヤンネが下山を済ませて現れた。


 熱烈に支持する人物の帰還だというのに、商業ギルドからの拍手やコールは起きなかった。それもそのはずで連中はすっかり意気消沈してしまっている。


 一方で冒険者の奴らは四時間ずっとお祭り騒ぎだ。まず俺が戻ってくるや否やシュウトシュウトの大合唱が発生。蝶の鑑定結果が出るとその声のボリュームは更に増した。


 正直煩わしいので、ヤンネも帰ってきたことだし、この場を仕切るギルドマスターのおっさんには早く閉会の音頭を取ってもらいたいところだ。


 そう思っていたのだが、この混沌の中で口火を切ったのは帰ってきたばかりのヤンネだった。


「シュウト、君を称えよう。僕の完敗だ。勝負の土俵にすら上がれなかったよ」

「往生際のいい奴だな」


 そんな気はしていたけども。


「お前はよくても、こいつらは別だぜ」


 俺は気落ちしている商人たちを見渡すように言った。


「こいつらはお前の勝利に賭けてたからな。勝ち馬に乗ろうとしてた、ってのが実情だけど」

「彼らには非常に申し訳ないことをしたと思う。せっかく僕なんかを英雄視してくれたのに、失望させてしまったね」


 山道前に集った人々の様子は見事なまでに対照的だ。


 悲喜こもごもとはこういう状況を指すのだろう。


「これでシュウトさんが町一番の有力者に決まった! この町に王は二人もいらない!」


 どこかから……まあ冒険者のうちの一人なんだろうが、そんな声が上がった。


 間髪入れずに周りの奴らが「そうだそうだ」と囃し立てる。


 盛り上がってるところ悪いが、ちょっと訂正させてもらおうか。


「はあ? なにアホなこと言ってるんだ。勝ったからって俺が居残るわけじゃないし、負けたヤンネが志半ばでどっかに行くわけでもないぞ。むしろ俺がもうじきこの町を離れるからな。用事が全部終わったんだから」


 俺の言葉に一同がざわつく。何人かは「えっ?」と呆気に取られたように口にしていた。


「そりゃそうだろうが。俺は旅の途中で、ヤンネは貯蓄の真っ只中だ。お前らが納得したかどうかで変わるもんじゃねぇ。そうだろ? ヤンネ」

「まあ、そのとおりだね。敗北しておいて居座るのかと白い目で見られるかも知れないけど、だからって僕は計画を変えるつもりはない」


 苦笑しながら答えるヤンネ。


 途端に商業ギルドの面々が活発になり始めた。


「なんでまた調子に乗り出してんだよ! 二人の結果に従うんじゃなかったのかよ」

「け、けどシュウトは町からいなくなるようだし……ヤンネさんは残るんだぞ?」

「だからって事前に決めたことを無視するのはよくないじゃないですか」

「うるせー! ヤンネさんが出ていかないってんなら話は別だ!」

「シュウトさん! アセルを離れるって本当ですか?」

「まだまだいてくれるんですよね、ヤンネさん?」


 まーたややこしい話になってるんだけど。


 こいつらに主体性ってもんはないのか。


 ……ないな。結局こいつらは力のある人間を担ぎ上げるだけ担ぎ上げて、できた柱に寄りかかり、自分たちの意志をそこに預けてしまっている。


 めんどくせぇ。こういうゴタゴタにはついていけない。


 もうリセットしてやるか。


 それが一番こいつらのためにもなるだろ。


「おい、ヤンネ」

「なんだい?」

「名案が浮かんだ。百万Gやるから、お前もこの町を出ろ」


 俺がそう発言すると、民衆のざわめきは一段とエスカレートした。


「小麦畑を買うのに足りない分はそこから出せ。そうすりゃ、もうお前がここに留まる理由はなくなるだろ」

「確かにそれだけあれば手持ちと合わせて購入できるけど……だからってそんな大金をおいそれと受け取ることはできない。君の善意だとしてもだ」

「お前への善意なんかじゃねぇ。俺の身勝手な自己満足だ。俺が俺の目的以外のために金を使うかよ。お前がいたらいつまで経ってもダメになるんだ、全員な」


 それはヤンネが、本人の意とは関係ないところで王として機能してしまうからに他ならない。


 そして俺もまた王の御輿に担がれようとしている。


 しかしながらそんなのは一切不要だ。


「二人も、じゃない。王なんて一人もいらねぇんだよ」


 俺はヤンネだけでなく全員に聞こえるよう、あえて声量を上げて言った。


「じゃあ私たちはどうなるんですか?」

「ヤンネさんがいなくなったら、素材の仕入れが……」


 めいめい不安そうに質問を飛ばしてくる。


「簡単な話だろ。商人はいつもどおり依頼を出して、冒険者はそれを受注すりゃいいだけだ。俺とヤンネが関係しなくなるっていう、ただそれだけのことだぜ」


 これからは自力でなんとかしろ、と俺は地元の冒険者のほうを見据えて答えた。


「二週間でどれだけ依頼を出し続けたと思ってんだ。お前らはもう十分モノになってる。馬鹿にならない投資だったがな」

「そのとおりです!」


 一人が快活な声と共に立ち上がった。


 青いポニーテールが起立の勢いで上下に揺れている……リクだ。


「商業ギルドの皆さん、あなたたちが僕らに不信感を抱いているのはもっともだと思います。これまで僕らはずっと日陰で作業をしているだけでしたから……でも」


 リクは固く拳を握りしめている。


「今は違います。ギルドの全員が採取と採掘の依頼を問題なくこなせるまでになりました。山道での探索だって、パーティーを組めばなんとか行えます。だから、これからは」


 ぐっと力をこめて。


「僕らに仕事を託してください!」


 まるで主人公のような口調で、さながら労働組合のような宣誓をした。


 ダサいのかカッコいいのか分からんな。


「そ、そうだ! 自分たちはもう駆け出しじゃないぞ!」

「ええ、そうですよ。ヤンネさんがいなくたって私たちがやればいいだけです」

「シュウトさんの依頼でもう慣れたッス! 任せてほしいッス!」


 だが効果はきっかりあったようで、突如俺の離脱を知らされてへこんでいた冒険者連中がまたしても活気を取り戻した。


 やっとこいつらもこのくらい申し立てられるようになったか。


 ただ商人たちはまだ戸惑っている。


 それもこれも、俺の隣にいる男の立ち位置が揺れているからなわけで。


「ヤンネ、黙って金を受け取れ」

「だけど」

「いいから」


 拒むヤンネに対し、強固に主張する俺。


 それにしてもヤンネは真面目な奴だ。俺だったら金をやるって言われたら慎むまでもなく最速でありがたく頂戴するが。


 まあ、金をもらってくれと懇願する、というのも奇妙な話ではある。


「僕だって金銭への執着心がないわけじゃないけど、無償で受け取るのは気が引けるよ」

「後ろめたいだとかそういうのはナシにしてくれ。それに無償じゃない。俺は見返りを要求してるんだぜ。町の奴らは買収できなかったからな。お前を買収するんだよ、出てってくれって」


 巨額の財の押し付けあいはしばらく続いたが、俺の根気強い説得がようやく頭の固いヤンネにも通じたらしく。


「……本当にいいのかい?」

「いいんだよ。金なんて腐るほどある……」


 いや、正しくないな。


「すまん、比喩を間違えたわ。湯水のように湧いてくる、にしとく」


 俺は百万Gの契約を交わした。


 明日穏やかな旅立ちを迎えるために。


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