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俺、捜索する

「ホクト、一旦ストップだ」


 山の中腹を過ぎたあたりで俺はホクトに一時停止を命じた。


「ま、まだいけるであります」

「いやバテてきてるだろ。小休止するぞ」


 スタートからおよそ二時間ほどが経っただろうか。快調に飛ばしていたがそれでもやはり疲労の色は否めない。


 とりあえずホクトに回復薬をガブ飲みさせる。


「や、これは中々甘露な……喉も潤うでありますな」

「座って休んどけ。相当大差をつけてるからな、そう焦らなくても大丈夫だ」

「ではお言葉に甘えて、しばし気力体力を蓄えさせていただくであります」


 にしても、山を登れば登るほどに秋の趣が出てくるな。入り口のあたりでは黄色かった葉っぱがオレンジになっている。この感じだと山頂では完璧に紅葉してるだろう。


 四季とかこの世界にはなさそうなのに不思議なもんだ。


「んじゃ、そろそろてっぺんまで行くか」


 ホクトの呼吸が整ってきたところで登頂を再開。


 妨害してくる魔物は出会った先からブロードソードで吹き飛ばしてやった。


 やがて。


「主殿! 頂は近いでありますぞ!」


 永遠に続くかと思われた山道が途絶え、代わりに薄く雲のかかった空が見えてくる。


 俺を背負うホクトはラストスパートをかけて一気に登り詰めた。


 片道六時間はかかるとされる道程を、その半分程度の時間で踏破した。


「主殿、や、やりましたぞ。ついに頂上であります!」

「ああ、よくやってくれたぜ」


 前屈みになって膝を押さえるホクトは明らかにバテバテだが、俺はほとんどといっていいほど歩いていないので余裕綽々である。


 もっとも目的を完遂できたこと、そしてようやく俺の役に立てたことによって得られたホクトの達成感たるや凄まじく、これまでになく晴れやかな顔つきをしている。


「絶景でありますな!」

「おっ、こりゃあ見晴らしがいいな」


 遠くを眺めると町のシンボルである風車がばっちり見通せる。


 それほど標高は高くないものの、山頂からはアセルの地方が一望できた。山ばっかで面白みが一切ないので速攻で飽きたけれども。


 さて、ここからが本題。


 俺はトップシークレットであるヒメリメモを再確認する。


「蝶は感情を探知して行動する。自身のみならずあらゆる敵意に対して距離を置くが、幸福な感情には寄ってくる習性がある……か」


 いわく、ビッグムラサキは探そうとすればするほどに遠ざかっていくらしい。


 それゆえ前情報なしに捜索しようものならまず発見できず、仮に習性を知った上であっても、人間というのは下心を消しきれないために捕獲に際しては相当な苦労を要するとのこと。


 ではなぜヒメリがその真相に気づけたのかといえば、アセル産の小麦で作った極上のパンを食べていたら寄ってきてくれたからだそうだ。


 どんだけ純粋な気持ちで飯食ってんだよ。お手頃な幸せだな。


 まあ、パンを手放して捕まえようとした瞬間飛び去っていったらしいが。


 さて。


「いかにして無邪気な気分になれるかだが……」


 頂上近辺をうろうろと歩き回りながら思案する。


 俺は下心の権化なので無理。となれば。


「ホクト」

「なんでありましょう?」

「お前は本当によくできた部下だ」

「ほへ?」


 それまでキリッとし続けていたのに、ホクトは急に気の抜けた面になる。


「なっ、一体どうしたのでありますか?」

「俺のために山頂までダッシュしてくれたじゃないか」

「それは自分が勝手に申し出たことで……」

「今日だけじゃない。不平不満も漏らさず重い荷馬車を引いてくれているし、毎日一生懸命に頑張ってくれて心から感謝してるよ」

「いえいえ! もったいなきお言葉であります!」

「もったいなくなんてねぇよ。むしろ足りないぐらいだ。そのパワーにどれだけ助けられてるか……俺の旅はお前がいないと成り立たないだろうな」


 俺は賞賛の嵐を送った。


「きゅ、急にどうしたのでありますか。お褒めにあずかるのは光栄ではありますが……その……なんというかこうムズムズするであります」

「急にじゃない。今日がきっかけで改めてそう実感したんだ」


 ホクトは動揺しながらも嬉々とした様子を見せている。


 もう一押しいくか。


「それにホクトは美人だしさ。こういうのをあれだな……才色兼備っていうんだろうな」


 顔を真っ赤にするホクト。


「目鼻立ちがはっきりしてるから強く印象に残るし、凛とした表情もたまらないな。それから、えー、背も高いし、栗毛もキュートだし、太い脚に挟まれたいだとかそういう特殊な性癖の持ち主からしたら最高のボディだし」


 褒め言葉が足りなくなってきたので後半は適当だった。


 それでもホクトはじーんときている。


「うう、無学無才な自分なぞがこんなにも主殿に褒めていただけるとは……!」


 というか、若干泣いていた。


 常々思っていたが、ホクトは脳筋である。脳筋ゆえに素直だ。


 とめどない賛辞句のシャワーを浴びまくって幸福度が見るからにマックスになっている。なんならメーターを振り切っているまである。


 俺の「蝶出てこいや」オーラを相殺して余りあるほどに。


「……ホクト。そのまま目をつむれ」

「め、目でありますか!?」


 なぜかホクトは異様にドギマギしている。


「そうだ。早くしてくれ。あと動くのもダメだぞ。お前が緊張して動いたりしないように瞼を閉じさせてるんだからな」

「りょ、了解しました。あの、その、なるべくお手柔らかにお頼みするあります……」

「よし、ではいくぞ」


 ホクトの茹だった顔をじっと見つめる。


 ゆっくり時間をかけて精神を集中させ……。


 俺はホクトのつむじに止まった蝶に虫取り網をかぶせた。


「ぎゃああああああああ!? バタバタいってるであります!」


 当然ホクトの頭ごとすっぽり収まってるわけで、網の中で暴れる蝶の羽音をホクトは耳元でモロに聴いている。聴いているというか、くらっている。顔全体に。


 俺は慎重に下から網に手を突っこみ、蝶の美しい翅をつかんだ。


 そのまま持参の虫カゴへと放りこむ。


「おお、こいつが……」


 追い求めていた蝶!


 確かに俺が現代で目にしてきた蝶よりもでかい。そしてため息が出るほどに美麗だ。好事家相手に高く売れそうな感じが半端ではない。


 それにしても幸せな感情に吸い寄せられてくる蝶とか、なんてメルヘンな生き物なんだ。


 いざ俺が捕まえようとしても逃げなかったということは、あの瞬間もホクトの幸福感は限界値で高止まりしてたわけだな。


「あ、あ、主殿、今のはなんだったのでありますか?」


 未だに何が起きたのが理解が追いついていないホクトが尋ねてくる。


「なんだもなにも、蝶だよ、お目当ての。お前の頭の上に止まってたんだ。だから動かないようにしてくれって言ったんだろ」

「あ、そういうことでありましたか……」

「他にどういうことがあるんだ。呆けてないでさっさと下山しようぜ」

「はっ。こ、これは失礼を。気分を一新して参るであります!」


 虫カゴの紐を首にかけた俺は再びホクトの背中に乗り、帰りの山道を駆け抜けてもらう。


 ……が、なんかやたら速い。


「ちょ、速くねーか?」

「下り坂は加速がつくであります!」

「本当にそれだけか……? めちゃくちゃ飛ばしてるように思えるんだが」

「それだけであります! 他意はないであります!」


 口はそう語るが、無我夢中で全力疾走することで気を紛らわせてるような雰囲気だ。


 まあスピードが出ているので文句はない。


 途中、ヤンネの姿が前方に見えた。まだ山道を登り切ってすらいない。


 何も知らないヤンネの奴は「やあ」とばかりに軽く手を上げてきたが、俺はホクトに停止の指示を出さず、すれ違いざまに虫カゴをかかげて。


「俺の勝ちだ」


 とだけ報告してやった。


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