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俺、説明する

 アセルに滞在して早二週間が過ぎた。


 いすぎだろって言われそうだが、居心地がよすぎてつい長居してしまっている。


 予想していたとおり、ヒメリはあれだけ個別行動を強調していたのに俺に干渉しまくって「早く次の町に行きましょう」と催促してきたのだが、飯をおごることを約束したら文句は言わなくなった。現金な奴だ。


 ヤンネとは何度か遭遇したが、軽く会話を交わして終わりだった。あいつも目的に向けて金策に精を出しているんだろう。


 ただ付属品の女軍団にはよくガンを飛ばされた。あいつらは恐い、マジで。


 それと先日、古木の枝をミミ用の杖に加工してもらった。


 まあ加工といっても滑らかに磨いて形を整えた後、先端部分に銀細工をちょろっとあしらっただけなので外見上はほとんど木のままなのだが。


 あとはまあ、特に変化はない。日課に山道に出かけて金を稼いでくるくらいで……。


「あっ、シュウトさん! おはようございます!」


 ……ああ、こいつがいたな。


 探索帰りにギルドに立ち寄った俺にやたら懐いてくるこの青髪の少年は、リクという名前だ。


 貧乏冒険者たちがどうにも他人事に思えず、俺は依頼を出し続けていたのだが、そのせいかリクに限らず俺はここの連中からの信奉を集めている。


「シュウトさんのおかげで本当にみんな助かってます。感謝してもしきれません」

「それはいいんだけどさ……俺がこの町を離れた後のことも考えとけよ」


 お前ら少しは俺に頼る以外のこともしろって言いたくなる。


 ただリクはその中ではまだマシな部類だった。俺が来る前から鉱山に足を運び、大して金にならないながらも採掘と狩りに励んでいたという。


「きっと大丈夫だと思います。探索に行くようになってからみんなグングン成長してますからね。なにより、自分もそうですけど、冒険者としての自信がついてきています。僕だって昨日は魔物の討伐だけで2000Gも稼いできたんですよ!」


 無邪気な笑顔で嬉しそうに報告してくるリク。


「だったらまあ、安心していいか」

「それもこれもシュウトさんがきっかけを作ってくれたおかげで……」

「もういいっての」


 人から賞賛されることに慣れてないから褒め殺しはムズ痒い。


 リクと会話する最中で、不意にギルドの扉が開く。


 立っているのはヒメリだ。


「シュウトさん、いますか?」

「どうしたんだよ、そんなに慌てて」

「どうしたもこうしたもないですよ、大至急広場までついてきてください!」


 ヒメリは俺の手を引いて無理やりに走らせた。


 連れて行かれた町中央の広場には……どういうわけか住民が大挙していた。


 何人かが『断固ヤンネ支持』という看板をかかげている。


 そしてまた別の何人かは『絶対シュウト支持』という看板を……って、それ俺じゃねーか。勝手に人の名前使ってなにしてくれてんだ。


「なにやってんの、こいつら」

「支持者による権勢争いですよ。今この町で影響力のある人物は二人です。一人は商業ギルドにとって安定した仕入先となっているヤンネという方」


 一本、二本と指を立てていくヒメリ。


「そしてもう一人は、冒険者ギルドの求人を増やしている……シュウトさんです」

「は? 俺?」

「そうですよ。たった二週間で人心掌握してしまってるんですよ、あなたは」


 マジか。これがバラ撒きの効果なのか。地方再生ってやつだな。


 じゃなくて。


「俺はともかくとして、なんでヤンネまでこんなに支持層がいるんだよ」

「それはもちろん、依頼を確実に達成してくれるからですよ。発注者は受注者を選べませんからね。どうせなら腕のいい方が行ってくれたほうがありがたいはずです」


 ふむ、一理あるか。


 この町で依頼を達成し続けているヤンネは数え切れないほどの名声を得ているに違いない。


「ですが、このままシュウトさんを推す声が増え続けたら、ヤンネさんが気分を害して町を離れてしまうのではないかと危惧しているみたいです」

「んなことありえるかよ」


 俺の知るヤンネはそんなことを気にする男には見えなかったぞ。


 ヤンネを王として担ぎ上げてるのは周りの人間だろうに。


「というかお前、町の情勢に詳しいな」

「シュウトさんに食費を負担してもらってますから、その分町内での活動が多くなりましたからね」


 高い情報料だ。


 ここで集団の一人が俺に気づいたらしく「シュウト! シュウト!」のコールを始めた。それを契機としてヤンネコールも上がり、もはや収拾がつかない状況になる。


 ってか、うるせー。


「シュウトさん、ここはなにかしら事態を収めるために発言したほうがいいですよ」

「ええ……めんどくせぇよ。俺が町を去ったらいいだけじゃん」

「今ここでそんなことしたら最悪ですよ。負けを自ら認めたことになるんですから。そうなったら冒険者ギルドの盛り上がりに水を差すことになります」


 む、それはちょっと複雑な心境になるな。


 ダメな子ほどかわいいじゃないが、なんだかんだでこの町の冒険者たちには情が移っている。


 ようやく高まった気運が落ちこんだら投資の甲斐がなくなるし、丸々損だ。


「しょうがねぇな……あー、商業ギルドの人らは気づいてないみたいだが」


 一旦静かになってもらい、俺は簡単なスピーチを開始する。


 やべー、政治家にでもなった気分だわ。


「冒険者稼業が盛んになるメリットを無視してないか? 探索に行くようになれば各種品々が要りようになるだろう。いいか、雇用の拡大は消費の増加に繋がるんだぜ。こんなの俺でも知ってるぞ」

「出ていかれたら終わりじゃないか!」

「地元の勇士の門出くらい祝ってやれよ。そのうち故郷に錦を飾りにくるかも知れないだろ」

「そうやって何人も見送ってきたが、誰も帰郷してこなかったよ! その点ヤンネさんは町の産業に還元もしてくれるし……」

「いつまでも続くってわけじゃないだろうに」


 目先の利益追いすぎだなこいつら。口に出すと余計に刺激してしまうから言わないが。


 こうなったら買収するしかないな。


 俺は汚い大人なので金で解決できるならそうさせてもらう。


 ただよくよく考えれば、効果があるかは微妙だな。今後の付き合いが続くわけじゃないから受け取るだけ受け取って知らん顔してりゃいいだけだし。


 マジモンの選挙と違って投票をするわけじゃないから、当選した暁には云々みたいな根回しも意味がない。


「シュウトさんは俺たちの希望だ!」

「いや、ヤンネさんこそがこの町を支えている!」


 ああもう、いつ終わるんだよこれ。


 と、そこに。


「シュウト、君も来ていたのか」


 女軍団を引き連れたヤンネが現れた。どうやらこいつも騒ぎを聞きつけてきたらしい。


 ヤンネコールが沸く中、仲間に待機を命じて俺の近くにまで駆け寄る。


「大変なことになったね」

「大変どころじゃねぇよ。お前もなんか言ってやってくれ。俺だけじゃどうしようもない」

「僕が発言しても顰蹙を買うだけさ。僕のやり方は利己的だからね。冒険者ギルドにはいい感情を持たれていないことは察してるよ」


 まあそうなるか。


 すると、群集の一人がこう叫んだ。


「二人で決着をつけてくれ! 俺はその結果に従うぞ!」


 無茶苦茶な要求にしか思えなかったが、その波は徐々に広がっていき、気づけば「そうだそうだ」の大合唱に発展していく。


「はあ? 誰がやるかそんなもん」


 俺は当然そう即答したのだが、ヤンネは違った。


「それだけで混乱が収まるなら悪くないんじゃないかな。それに、僕も一度シュウトとは手合わせしてみたかったんだ」


 ヤンネがそう口にした途端、広場の盛り上がりは最高潮に達した。


「いやいやいや、馬鹿な話はやめろって。同業者間でやりあうのはご法度だぜ」

「双方合意なら認められるよ。もちろん、立会人監視の下で、お互いに不殺の呪縛がかかった状況でないとダメだけどさ」

「なんだそりゃ」


 知らないワードが出てきたので、尋ねる。


「与えるダメージに制限をかける呪いだよ。致命傷には絶対ならないから、戦闘不能に陥っても死にはしない。本来すぐ解除できる状態異常だけど、あえてそのままで戦うんだ」


 これがあるからこそ冒険者同士で競い合う闘技場なるものが成り立っているらしい。


「僕だって元を辿れば強者を目指して冒険の旅に出たんだ。君のようにわずか二週間で町内に一大ムーブメントを巻き起こせる冒険者なんて、そうそう出会える相手じゃないからね」

「だからこの機会に腕を比べたいってか? 悪いけど俺は空気とか読めないから平気で断るぞ。めんどくさいし、痛いのも嫌だ」


 俺は素直にそう返事した。


「じゃあ、こうしよう。山道にはヒスト・ラクシャリアという蝶が出現するんだけどさ」


 名前からしてレアモンスターだな。もう傾向で分かる。


「戦闘力はほとんどなく、とても美しいとされているんだけど、非常に珍しい魔物でね……僕もまだお目にかかったことがない。日取りを決めて、この蝶を捕まえたほうが勝ちにしよう」

「なるほど、それは公平かつ平和的な条件ですね」


 ヒメリまで乗ってきやがったんだけど。


「シュウトさん、受けてみてはいかがですか? こうなったら白黒つけないとここに集まった人たちは納得しませんよ。それに勝ちさえすればあなたの名誉にもなります」


 なんか異論を差し挟む暇もなく話を進められてるが、こっちにも都合ってものがある。


「待てっての。山道って一口にいっても、山頂までは六時間かかるんだぜ? 蝶がどこにいるかも分からないのに、俺がそんなしんどいことをやるわけが……」

「自分が背負って走るであります!」


 どこかからよく響く声が上がった。


 声の出所を視線で追う。


 両足を肩幅に開いた、威風堂々たる立ち姿のホクトがそこにはいた。


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