俺、斡旋する
住民に聞いたところ、ギルドは町の南端にあるらしい。
しかしまあこの町はいいところだな。
四方に山があるからか空気が澄んでいて気分がいい。
風車の下には広大な小麦畑が広がっている。昨日飯屋で出されたパンがやけにうまかったが、名産と見て間違いないだろう。
おまけに物価も安いときた。
住むなら都会だろと考えていたが、まったりとした田舎も悪くない。
「ミミはこの町がとてもとても好きになりました」
ミミは機嫌よく真っ白な耳を上下にぴこぴこ動かしている。変化の少ない顔よりも耳を見ていたほうが感情の動きが分かりやすい。
うむ、有力な候補地だな。
それなりに町を眺めてからギルドへ。
中は妙にすいていた。ポツポツと冒険者っぽい奴がいるだけだ。
ラウンジの一角にミミを座らせ、受付に行く。
「風の町アセルのギルドへようこそ」
ガタイのいいおっさんがいた。この町におけるサダ的な存在だな。
「おや、見ない顔だが……」
「ああ、こういうもんだ」
俺は通行証を見せて身分を明かす。
「ということは……しばらくこの町に留まるのか」
おっさんはなぜか残念そうに眉尻を下げる。
「依頼の受注だな。ちょっと待っていてくれよ」
「いや、俺は依頼には興味がない。そんなのより魔物が出るスポットを教えてくれ」
一覧表を取り出したおっさんにそう伝える。
「ん、違うのか。それはよかった……ああいや、なんでもない。魔物だったら大抵の山には生息しているぞ。Cランク向けとなると、ここから北側に行ったところにある山道なんかが……」
おっさんが喋っている間に、ふと求人広告が見えてしまった。
収穫の手伝い、馬車の荷降ろし、公共設備の点検……。
「なんだこりゃ。ロクな依頼がねぇな」
到底冒険者らしくないバイトみたいな仕事しかない。
一応採取や採掘の依頼も出ているものの、いずれも悲しくなるくらい薄給だ。
「ひどい有様だろう」
自嘲気味に力なく笑うおっさん。
「なんでこんな微妙な依頼しかないんだよ。採取って普通もっともらえるぞ」
「商業ギルドの人間が絡んでない委託業務は報酬がグッと下がるからな。レア物なら話は別だが、どれもありふれた品ばかりの募集だし」
依頼者の欄を見てみると、なるほど、個人名ばかりである。
ふむ、これはフリマやネットオークションの取引額が低水準なのと同じ理屈だな。
多分。
「でもさ、商店が出してる依頼だってあるんじゃないのか?」
「あるにはあるが、残ってないんだ。まともな依頼はよそから来た人間に取られていくからな……。彼らのほうが実力もあるし、依頼人にとっちゃ安心なんだろうが」
なんでも長いこと居着いている冒険者パーティーがいるらしく、目ぼしい仕事はそいつらが独占しているとのこと。
「依頼の掲示は日に二回更新してるんだが、新しくなるたびに根こそぎ持っていかれるよ。ルールを破ってるわけじゃないから文句もつけられないしな」
まあアウトなことはやってないからな、それ。
「朝イチで並べよ。早い者勝ちじゃん」
「無茶言うなって。アセル生まれの冒険者であいつらに意見できる奴なんていやしないぜ」
「んなアホな。何人かは強い奴もいるんじゃ」
「この田舎だぞ? Cランクになった瞬間出ていったに決まってるじゃないか」
まるで村の過疎化が進む現代社会のようだな。切ない。
「といってもそれは嬉しいことでもあるんだけどな。なにせ最近は、Cランクに上がれそうな奴が出てくる気配もないからなぁ」
「よくそれで治安が保ててるな」
「この町は犯罪率が国内でぶっちぎりの低さだからな。自警団だけでも安全なのさ」
確かに俺が接した町民たちは皆おおらかな人柄だったし、平和なのは間違いないだろう。
「だからって仕事にありつけないのはきついな」
「本当はうちのギルドに登録してる奴らにも外の仕事が行き渡るようにしてやりたいんだけどな。おかげでいつまで経ってもランクが上がらないし、魔物と戦う機会が得られないから成長もしない」
地元の冒険者が育たないことをおっさんは嘆く。
Cランクに上がれる奴が久しく出ていない、というのはこれが理由か。
「近隣には銅と鉄しか採れないとはいえ鉱山もあるし、山林にはいい服の素材になる植物がたくさん生えてるんだがなぁ……この状況じゃうちのギルドメンバーで行く奴はいないよ。安請け合いを覚悟で鉱山や山林に通う奴もいることはいるけど、当然それだけで食ってけるほどの稼ぎにはならない」
そういえば魔物って本来大して金落とさないんだったな。
スキルの効果で常時フィーバーしまくってるから感覚麻痺してたけど。
「どんだけ労働してもロクな金にならないとか最悪だな」
「そうなんだよ……だからって冒険者稼業を引退したところで他に仕事のアテもないし、無計画に辞めるわけにはいかないしな。俺としても胸が痛くなるよ」
なんか普通に気の毒になってきた。転生前の自分とかぶる。あの時代の俺を一言で表すならワーキングプアだからな。働けど働けどってやつだ。
こういう話には無性にシンパシーを覚えてしまう。
「よし、だったら俺が求人を出すか」
俺はおっさんにそう提案した。
「はぁ? お前がか?」
「そんでランク制限をつけよう。D以下しか受けられなくすればいい。そうすりゃ通行証持ってやってきてる連中に取られることもない」
そう話すと、おっさんは複雑な表情を浮かべた。
俺の申し出を喜ばしく思うかたわら、その必然性に疑念があるらしい。
「だがな、シュウト……だったか。ランク制限ってのは通常『以上』で設けるもんなんだぞ? 危険や難易度に応じてな。『以下』なんてなんのメリットもない。応募を狭めるのに、腕の未熟な者が受ける確率だけが上がってしまう」
「いや別に成功するしないが目的じゃないし。慈善事業みたいなものだと思ってくれ」
人のために金を使うなんて体調を崩すレベルで嫌いだが、どうにも他人の気がしない。
それに将来ここに住むかも知れないんだし、あんまり寂れられても困る。
「鉄鉱石、銅鉱石、薬草、香り花、木材、これだけ募集……っと」
俺は収集系の依頼をシュウト名義で大量に出した。
出費は締めて二万Gくらい。強めの魔物一匹分と考えたら余裕だな。
ぶっちゃけると集まった素材の使い道はないのだが、次の町に移った時に売り飛ばせばいいか。物価の安いここよりはまだマシな価格で売れるだろう。
「じゃあこれを掲示しておくが……本当にいいのか?」
「いいよ。全部相場前後の金額にしてあるからどっちが特別得するとかもないだろ。俺は採取の手間が省ける、他の奴らは仕事がもらえる。イーブンじゃないか」
「とはいえ、弾みでこれだけ悠々と報酬を出せるとは……」
「俺は金持ちなんだ」
それだけ言い置いて俺はミミと共に、おっさんとの会話の中で聞いた山道を目指すことにした。