俺、通過する
検問所まではおよそ十時間というふざけた行程の歩き詰めを要した。
もうクタクタだ。足が棒になっている。
「やっとか……マジで長かった」
俺はワインをラッパ飲みし、乾いた喉に潤いを与える。
ミミもかなり疲れているようで、泣き言こそ口にしないものの、ホロをかぶせた荷台に寄りかかっている。
「自分はまだまだ元気一杯でありますぞ!」
一方でホクトはピンピンしていた。荷馬車を引いていたから一番負担が大きかったはずなんだが、さすがは馬の遺伝子か。
しかし検問というから関所みたいなものがポンと置かれているだけかと思っていたが、小屋があったり荷車の停留所があったりテントの設営場があったりで、一種の拠点のようになっていた。
なんていうかキャンプ場っぽい。
俺たち以外にも多くの冒険者と思しき連中が集まっていて、やれアルコールだの焚き火で炙った厚切りのハムだのでやかましく過ごしている。
火の他にも大量のランプが吊られているから、夜にもかかわらず割と明るい。
ヒメリが解説してくる。
「ここ以外にも、冒険者たちの寄り合いになるポイントは国道にいくつも設けられていますからね。夜間の野営はこういった場所で行うのがセオリーです」
「ふーん」
同業者同士で自衛しあうことで夜間に強盗に遭うリスクを減らしてるんだろう。
「で、どうします? アセルまでは地図によれば、あと二十キロほどですが」
「いや、もうバテたから小休止で」
とりあえず俺は荷馬車を止め、ここで一泊することにした。
お天道様がギンギラと空で暴れ始めた朝、いよいよ検問をくぐる。
「身元を明かせ」
鎧で着飾った兵士っぽい奴が、めっちゃ威圧的に身分証の提示を求めてくる。
まあ大人しく出せば済むことなので、俺はギルド産の通行証を渡し、それから帳簿にサインをした。
「ふむ、筆跡に問題はなし。Cランク、所属はフィーのギルド、か。称号は『ネゴシ……」
「そんなのは読み上げんでいいぞ」
「後ろの三人は?」
「俺の召使いだ」
「私は違いますよ!」
通行証を持った手をぶんぶん振って否定するヒメリ。
「まあ、耳で奴隷だとは分かったがな。どれ、そっちの女は……こっちも問題なしか。うむ、全員通ってよし!」
チェックポイントをクリアーした俺たちは、いざアセルへ。
海辺からかなり離れた地域まで来たから景色が新鮮だ。山が多く、あと気候も涼しい。
アセルには大体四時間くらいで到着した。
数基の巨大な風車が建てられていて、のどかな田舎町といった情緒がある。
「ようやく着きましたね。それでは約束どおり一旦解散しましょう。私は自由行動を取らせていただきます、後日落ち合いましょう」
そう言ってヒメリは町の中をダッシュで駆け抜けていった。
あの感じは、飯を食いに行ったな。
「シュウト様、いかがなされますか」
「そうだな……まずは宿を探すか。足痛いし」
適当にぶらつく。冒険者ギルドを持つ宿場町なだけあって、選択肢は多い。
駐車場がついててオンボロでなければどこでもいいので、まあまあ外観の小綺麗な宿に目をつける。ミミとホクトに荷馬車の見張りを頼んでおき、ロビーへ。
おっさんではなく、白髪のジイさんが受付に立っていた。
接客がおっさんじゃないというだけで新鮮に感じてしまうんだから俺は毒されている。
「何名様でしょうか?」
「三人だ。男一人の女二人」
「部屋割はいかがなさいます?」
「一部屋でよろしく……と思ったけど、三人部屋ってあんの?」
さすがに宿でまでホクトに床に寝転がせるわけにはいかない。
「三階にございますよ。一泊1800Gになりますが」
「それじゃ、とりあえず一週間分払っておくよ。しばらく厄介になるぜ」
というわけでこの町における拠点が決定。
荷馬車を繋ぎ、部屋まで中の積荷を運びこむ。
またこの作業がクソめんどい。とはいえ置きっ放しは盗まれるためやむなし。
「お、結構いい部屋じゃん」
内装はシンプルだが、広々としたゆとりの空間だ。女神にもらった家を軽く超えているので上等も上等すぎる。ってか低いハードルだな。
「し、しかし主殿、ベッドが三つもありますぞ」
ところがホクトはそわそわと落ち着かない様子でいる。
「三人いるんだから三つだろ」
「自分は毛布があればそれで十分であります。主殿の家計の重荷になるのは……」
「気にすんなよ。俺金だけはあるし。ていうか俺らの中だとダントツでホクトが疲れてるんだから、ゆっくりしときな」
「誠にありがたきお言葉なのですが、それなら二つでも……その……」
「え?」
「い、いや、なんでもないであります」
ホクトは顔を赤らめてしまった。で、そのままベッドにダイブして枕に顔をうずめる。
その際めくれあがったチュニックの裾から太ももがのぞいたのだが、競輪選手並に太かった。脚の筋肉の量が半端ではない。
俺もちょっとベッドの具合を味見してみるか。寝心地が一番重要だし。
「お、おおほお……」
感動のあまりふぬけた声を漏らしてしまった。
すげー柔らかい。いかに自宅のベッドが安物だったか分かるな。まあ死ぬ前は万年床な上にペラッペラの煎餅布団だったのでそれ以下だったんだが。
「これはダメになってしまうわ……体も疲れ切ってるし。なあ、二人とも、頑張るのは明日からにしようぜ」
結局俺はこの日、夕食以外で外出しなかった。
あ、飯自体はうまかったです。
そして翌日。
俺とミミは装備を整え、探索の準備を進めていた。
滞在費用を捻出するだけならおそらく一時間もあれば十分だろうが、貯金残高を増やそうと思ったらひたすら魔物を狩り続けなければならない。
目標はとりあえず一日平均五十万G。
まずは狩場を教えてもらいにギルドまで足を運ぶか。
「そうだ、ホクト」
「なんでありましょう?」
「お前ってさ、武器とかに興味あったりする?」
ホクトは道中の荷物の運搬を目当てに雇った奴隷だが、探索中の戦力にもなってくれるなら非常に助かる。こいつがいれば撃破報奨も持ち運びやすくなるしな。
「興味、でありますか。主殿をお守りするために、いずれは武芸も会得していきたいとは思っておりますが……恥ずかしながら経験はまだありません」
「んじゃ、ちょっと一回試してみてくれよ」
俺はサブ武器のカットラスをホクトへと放り投げる。
「室内で剣を振り回しても構わぬのでありますか?」
キャッチしたホクトは周囲にスペースがあることを確認した上で、少し遠慮がちにする。
「大丈夫だよ、鞘はめたままだから」
「では、僭越ながら……不肖ホクト、生涯初の剣技を主殿に披露させていただきます!」
真剣な眼差しをするホクト。めっちゃイケメンだ。
剣に限らず武器を握ったのは今日が初めてらしいが、まあでもこの恵まれた体格だしそんなおかしなことには……。
「であっ!」
へにゃっ。
……ん?
なんだ今の情けない効果音は。音響担当が間違えたのか。
もう一度ホクトがカットラスを振る。
へにゃっ。
またか。そこは普通「ブン!」だろ。
いや一応ブンブン鳴ってはいるんだけど、絵的に似合いそうな効果音となると「へにゃっ」になってしまう。
というのも、あまりにホクトの剣の素振りがへなちょこすぎるからである。腰が入ってなさすぎて、俺の脳内で勝手に「へにゃっ」に変換されていた。
転生直後の頃の俺でももうちょいマシだったぞ。
せっかくのイケ馬なのに駄馬に見えてしまうから恐ろしい。隣にいるミミもなんとも言えない表情を浮かべている。
当の本人もセンスのなさを自覚しているらしく。
「うう、自分は役立たずであります! 主殿に仕えることも満足にできないとは……!」
「そう落ちこむなって……しばらくそのカットラス貸しておくからさ」
嘆き悲しむホクトになぐさめの言葉をかける俺。
この感じだと戦わせるのは、もう少し練習させてからにしたほうがいいな。
とはいえ現状ホクト用の防具はない。なんの装備もなしに探索に向かわせるわけにもいかないので、かわいそうだが留守番を命じた。
俺とミミの二人で出発する。
帰りにホクト用の鎧でも買っておくか……。