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俺、挽回する

 洞窟中腹では既に戦闘が始まっていた。


 都合の悪いことに、劣勢だ。特にナイフを武器にするロアは攻めあぐねている。


 そりゃそうだろう。出現している魔物は固体と液体の中間といった感じの、核を持つゼリー状の生命体だったんだから。


 二メートルほどの高さがある。形は潰れているから、道幅全体に広がっている。


 廃水を吸っているからか色がドス黒い。ヘドロがのたうちまわっているようで不気味だ。


「お兄さん、なんで来たんだよ。俺たちの問題なのにさ」

「勘違いしてんじゃねーよ。俺が百パーセントの善意でなんか動くか。お前らの問題だから俺がやるんだよ。教えとくけど、こういうの情けは人のためならずっていうんだからな」


 マインゴーシュとかいったか、ユイシュンの手にしている短剣もブラックゼリー(俺の中での俗称)を相手にするには不十分だろう……ってか……。


「お前、なんだよその手は」


 柄を握るユイシュンの右腕は、袖が溶け、皮膚がただれてしまっていた。よく見れば手だけでなく、足にも傷を負っている。立っているのがやっとといったところか。


「こいつ、強い酸を持っているみたいでね……ちょっと攻撃しただけでこうさ」

「お前ら向けの相手じゃないだろ。下がるか逃げるかどっちかしたほうがいい」


 俺は長尺のツヴァイハンダーを構える。


「でも」


 困ったような面持ちでロアが俺を見る。


「もうあんなヘマはしねぇよ。魔物相手なら俺……というか剣の本気が出せるんだ。この場だけは大人しく言うことを聞いてくれ、頼む」


 強引に言って説得すると。


「わ、分かった」


 元よりロクに戦う手立てのなかったロアはユイシュンに肩を貸し、奥へと引き下がっていった。


「……さあて」


 俺は魔物と対峙する。


 でかくて気持ち悪く、正直こんなのを相手にはしたくないのだが、やるしかない。


 幸い、動きは非常にスローだ。たまに地を這う触手をのばしてくるだけで、俺の動体視力でも余裕でかわせる。


 後は酸性だというボディへの対処だな。まあこれは、いつものに頼るとするか。 


「おらっ!」


 遠慮はいらない。俺は勢いよく剣の切っ先で地面を叩く。


 俺の呼びかけに応じて、大地が隆起する!


 鋭く尖った土塊がブラックゼリーの一部分を下から貫く。


「ひっさびさだな、この感覚……」


 手の平に伝わる重量感、砂埃の臭い、地面を吐き破る轟音。一週間しか経ってないのに随分と懐かしい。 


 その後も剣の追加効果を連打。


 鍛えていない俺と比べてさえ相手のほうが動きが遥かに緩慢だから、手数は稼げている。


 ただし、決定打はない。


 剣に宿った魔力による攻撃では、さほど大きなダメージは与えられていないらしい。


 こういうのって、あれか。ゲームとかにはよく設定されてるが、物理耐性より魔法耐性のほうが高い、とかなのか。


 となれば、直接剣で斬りつけるのがベストなのだが……。


 このツヴァイハンダーに用いられている金属は希少度の極めて高いレアメタル。


 雑に使うには躊躇する一品だ。


 とはいえ、ぶっちゃけると、払えなくはない。単に俺の愛着の問題なだけで。


「すまん、帰ったら直してやっから!」


 俺は二十二万Gを、魔物のゲル状の肉体へと叩きこんだ。


 目を見張る効果があった。切断というよりは、衝撃のかかったポイントからパアンと弾け飛ぶように、ブラックゼリーの肉体は砕ける。


「う、うおおおお!?」


 飛んできた断片から顔を守る。レザーベストとクジャタの服の重ね着のおかげで俺自身に影響はなかったものの、衣装のところどころが焼けてしまった。


 俺の受けた被害といえばそのくらいだが、一方の魔物は露骨に苦しんでいる。


 こいつはやはり斬撃に対しては極端に脆い。だからこそ強酸でその弱点をカバーしているのだろう。


 俺はなおも続行。二度、三度、思い切り大剣を振り下ろし、魔物の水分保有量を減らし本体を縮小させていく。


 やはりこいつの破壊力は癖になる。この有無を言わさぬ力で捻じ伏せてる感じがたまらんな。


 魔物はあっという間に五十センチ程度のサイズになった。


 だが、ツヴァイハンダーの美しい刀身は段々と腐食していって……。


「リペア!」


 ……るところで進行は止まり、ある程度の状態まで修復された。


 もちろんミミはいない。となれば、ここで魔法を使えるのは一人しかいない。


「大丈夫ですか、シュウトさん」


 黒のドレスが揺れている。いてもたってもいられず様子を見に来たらしいエリザだ。


「ま、魔物が……でも、随分と弱っておりますわ。シュウトさんがおやられになったのですね」

「あんたな……来るなって忠告しておいただろ」


 剣を補強してもらえたのはありがたいが、別に今でなくてもできる。完全に消滅しない限りは剣としての機能は失われないし。


 むしろ俺としては、トドメの一撃が入れづらくてもにょもにょするんだけど。


「ユイシュンさんの治療をした後、心配で……それに」


 エリザは唇をぎゅっと結んでから言った。


「先ほどのお言葉の真意をうかがいたくて」

「は?」


 さっきの言葉って……あ……アレか。


「頼む、忘れてくれ」

「そうしようにも、できませんわ。あれからわたくしの胸を、今もきつく締めつけ続けているんですもの」


 どういうわけか感動的な表情をしている。俺はこういう瞳をした子供をデパートの屋上で着ぐるみショーのバイトをした時に山ほど見たことがある。


 そんなくだらないことを考えている場合じゃない。


「いいから、ここは俺に任せて下がっていろ」

「シュウトさん、わたくしを気遣って……」


 ちげーよ。金貨が激増してるところを見られたくないんだよ。


「早く部屋に戻れ。こいつが息を吹き返さないとは限らないんだからさ」

「分かりましたわ、無事をお祈りいたします」


 やっと下がってくれた。


「……ハァ、ハァ、行ったか……」


 無駄に疲れさせられたな。さっさと終わらせておくか。


 俺は小さくなった魔物にトドメを見舞う。


 ややボロくなったツヴァイハンダーを盛大に突き立て、その中心にある核を破壊した。

 

 山積みの金貨と砕けた核がドロップされる。当然急いで回収し、痕跡を隠滅。


 今回のMVPは、首に巻いてるチョーカーだな。俺以外にツヴァイハンダーを扱える奴がいないというシチュエーションは中々劇的な演出になった。


 すべてを終えられたことを報告しに、奥の部屋へと戻る。


「……倒したの?」


 扉近辺にいたロアが信じられないというような顔をする。こいつの中では俺に対して弱々しいイメージを持っていたらしいが、自分がまったく歯が立たなかったブラックゼリーを倒してきたことで、評価を改めたらしい。


 俺はスカートを抱えてしゃがみこんでいる放蕩娘を見下ろす。


「あんたも理解しただろ。あんな上司のピンチに逃げ出すような連中を率いてまで、盗賊団やる価値ないって」


 最後まで忠誠心があったのはこの二人だけだ。あとは烏合の衆に過ぎない。


「もういいだろ。奴らが帰ってきたとして、また盗賊ごっこやるのか? 今回は死ぬよりはマシだと思って、考え方を悔い改めてだな……」

「……分かりましたわ」


 そう言うとエリザは、部屋にかけてあった旗を外す。


「これがわたくしたちのギルドのギルドマークですわ」


 シンプルにした薔薇のような模様が描かれている。


 なんだそれ。社章みたいなもんと考えていいのか?


「これを、解散の証として冒険者ギルドまで持っていってくださいな」

「おっ、じゃあ!」

「わたくしは恩人であるシュウトさんの要求を呑みます。今日をもって盗賊ギルドは解体しますわ。自警団に出頭し、罪を白状することにします」


 エリザの発言にユイシュンとロアも当然驚く……かと思えば、案外冷静だった。


 なんかそういうリアクション見るとこいつらの苦労が伝わるな。何回もこういう思いつきの行動があったんだろう。


「ボス、本当にそれでいいのかい? いや俺たちは別に構わないけどさ」

「ええ、だって……」


 そこでエリザは、なぜか頬を赤らめた。


「盗賊よりも刺激的なことを見つけてしまったんですもの」


 エリザの熱っぽい視線は俺に向けて注がれている。


「先ほどの強引な告白……お屋敷を出るまでも出てからも、されたことがありませんでしたわぁ。わたくしの人生で一番の刺激でしたよ、シュウトさん」


 や、やめろ、うっとりした顔をするな。いや美人にそういう目で見られる分にはマシなのだが、それはお前の内面を知らない場合に限った話だ。


 どうやら俺は金で買えないものを買ったらしい。なにか大変な勘違いを起こしてしまったが、ともあれコトは片付いた。


 宝物庫に蓄えられた貴金属類を置いてあった荷台に詰み、それをユイシュンとロア、あと人手が足りないので俺も引きながら洞窟を去る。エリザは筋力がなさすぎで役に立たなかった。


「……というわけだ。ユイシュン、これを外せ。もう用済みだろ」


 三人を引き連れて町に向かう途中、エリザの目が届かないところでひっそりとユイシュンに話しかける。


「安心しろっての。ありゃあいつの暴走だ」


 微妙な表情で首輪を外すユイシュンにフォローを入れておいた。俺の威信もあるので。


 そんなこんなで警察本部に到着。


「おお、あなたがシュウトさんか! 自警団一同、お話はうかがっております。本当に交渉術だけで盗賊ギルドを無血分解したのですね。さすがは『ネゴシエイター』だ!」


 これは斡旋所のおっさんが喋った感じだな。あいつ世間話大好きだし。


 ひとまず三人を突き出す。


 事情聴取に聞き耳を立ててみたところ、もっとも悪質な手段でも脅迫止まりで、殺人や傷害は行っていないことから量刑は割と軽めらしかった。


 そうなるだろうと踏んだからこそ、ユイシュンとロアも受容したのだろう。


 まあ俺はユイシュンに斬りかかられたわけだけども、穏健交渉で終わらせた設定でせっかく丸く収まってるので話をややこしくしないために黙っておいた。


 たださすがに首謀者であるエリザはそうはいかない。といっても、こいつ金あるからな……大量の保釈金パワーで解決してきそうで恐い。


 あとは逃げ出した残党の行方だが、組織の中心と拠点を同時に失って宙ぶらりんになった以上、もう自警団だけでも簡単に潰せるそうだ。


 とりあえずこれで用は済んだし、さっさと立ち去るか……と施設を後にしようとする俺だったが、捕縛されたエリザが別れ際に挨拶をしたいと申し出てきた。


「しばらくは会えませんわね」


 永遠に会いたくないんだが。


「それに俺はこの町を出るつもりなんだぜ」

「少しも気にしませんわ。妻は夫の帰りを待つものなのですから」


 勘弁してくれ。


 む、しかし。ここで俺に天啓走る。


 よく考えたらこいつはちょっとせがむだけで親から大金が振ってくるような令嬢。こいつから好意を抱かれているということはつまり……。


 うーん。


 とりあえずキープだな。


「分かった。いつか迎えに来てやるよ。いつかな」


 俺はそう爽やかに告げた。


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