俺、激白する
あの苦い経験から一週間が過ぎた。
「シュウト、またお前に依頼が舞いこんでるぞ」
斡旋所を訪れた俺におっさんが提示してきたのは、思わず「またこれか」とため息を吐いてしまうような内容だった。
過去に盗まれたものを取り返してくれ――。
俺があの日ケビンの装備品を持ち帰ったことから、この手の依頼が毎日のように来るようになった。
おまけに俺が連中と交渉ラインを持てたと説明せざるを得なかったために、どいつもこいつも穏便に解決されてるものだと思っている。実際には下取りしているだけなのだが。
そのせいで『ネゴシエイター』とかいうありがたくない称号を最近与えられた。
いらねぇ。
「この調子だと大きないさかいなく盗賊ギルドの解体までこぎつけられるかも知れんなぁ。いやまさか、シュウトに説得の才能があったとは思わなかったよ」
おっさんはのんきにそんなことを言うが、俺には苦笑しかできない。
ただ真相を明かそうにも、ユイシュンに取りつけられた服従の首輪が枷になる。
よっぽどレアな代物なのか、もしくは一般人には知りえない道具なのか……おそらく、その両方なのだろうとは思うが、この首輪に対して違和感を持たれることはなかった。
無駄にシルバーでオシャレな外観をしているのがよくない。もっと首輪首輪しとけよ、
「……行ってくるよ」
窃盗団の件は俺に一任されてしまっている。出た依頼をすべて受け、出立した。
だが奴らのところに通い詰めるのは不利益ばかりではない。
今回に関しては生来だらしのない性分の俺も珍しく燃えている。
俺はまだ諦めていないからな。
自分のケツくらい自分で拭いてやる。
洞窟の前にはユイシュンが一人で立っていた。
「お兄さん、待っていたよ」
笑みを絶やさない人当たりのいい表情も、今となってはうさんくささしかない。
聞かされた身の上話だと、元々はCランクの冒険者として活動していたらしい。旅の途中でエリザに用心棒として雇われ、そのまま付き添っているとのこと。
他の盗賊とは比べ物にならないくらい武芸が達者なのも納得か。
「今日も買取に来てくれたのかな? 嬉しいね、それじゃ、中に入ってよ」
ランプの明かりが満たされ始めたあたりで、ユイシュンは案内役をロアにバトンタッチする。
臨戦態勢でないロアはメイド服を着ていた。ひどく無愛想な顔で。
「そのまま、まっすぐ歩いて」
「分かってるっての……」
こいつらに制定された俺がこのアジトに入るための条件は、武器を持参しないこと、そして常に監視がついていることの二つ。
完全に丸腰だが、危害を加えられる兆候はなかった。なぜなら。
「おっ、シュウトさんだ」
「へへっ、毎度お世話になっておりやす」
「うるせぇ」
アジト内部を歩くたびにヒャッハーな風体をした盗賊どもが手を揉みながら寄ってくる。俺のやっていることは要するに闇商人なので、ここの連中からは一目置かれていた。
というか、結果だけ見れば俺は名声を金で買えていることになる。それは俺が望み続けた最高の逆錬金術ではあるが、こいつらの活動資金になっているのは不本意だ。
いいように扱われている……のだが、デメリットだけかといえばそうでもない。
ロアいわく「主人の退屈しのぎ」とのことだが、エリザとの面会の時間は与えられていた。
身から出た錆じゃないけど、交渉するパイプが繋がっているのは本当だ。
ここで踏ん張るしかないのだが……。
「うふふ、無理ですわ」
小部屋で瀟洒に紅茶を飲むエリザは今日も俺の解散勧告を一蹴した。
「シュウトさんとのお喋りはとても楽しいですけど、その申し出だけはお断りさせていただきます」
「頼むから盗賊団なんてやめてくれよ。そんだけ金があるなら普通に暮らしていけっての」
「普通の暮らしは刺激的じゃないですもの」
世間知らずの馬鹿女め、と俺は心の奥で悪態をついた。
俺の釈放を口約束で済ませたことといい、殺人を禁止するルールを設けたり、服従の首輪を「素敵なアクセサリーですわね」と勘違いしたりなど、およそ窃盗グループの主犯らしからぬのほほんとした行動ばかりが目立つ。
趣味で悪党をやりたがる時点でなんとなく分かるが、そもそも罪の意識自体薄いのだろう。
ロアから教わった話では、こいつ自身の手で盗みを働いたことはないそうだしな。ただただ「盗賊団の首領」というアウトローな肩書きに陶酔しているようだ。
浮世離れしすぎていて感覚が常人とは異なっているに違いない。
俺はスキルによって得た金で難局を切り抜けてきたが、今回、ついにそれが通じない相手が現れている。リアルチートの持ち主、エリザベートなんとか。この道楽娘を観念させなければ俺の気が済まない。
財力関係なくエリザを従わせる方法……いや、ある。あるにはあるのだ。
エリザが俺になびけばいい。
つまり俺は、こいつを籠絡させるしかない。
しかしどうやってだ?
とんでもない難問だ。
歴戦のジゴロなら楽勝かも知れないが俺である。繰り返すが、俺である。
俺は特別イケメンでもなければ、流行の細マッチョとかいうのでもなく、出が裕福じゃないのはもちろんのこと、高身長も高学歴も持ち合わせていない。
悲しさしかないプロフィールだが、「配られたカードで勝負するしかない」というこれまで幾度となく俺を勇気づけてくれた格言があるので、希望は捨てない。
まあ配られたカードで勝負した結果が、転生初日の玉砕なんだが。
「エリザ」
「なんでしょう?」
俺はエリザのサファイアめいた瞳を見る。
ここで突然、好きだ! とか言い出したら、確定で頭のおかしい人間扱いで終了だろう。
好感度を上げてくれ……ゲームかっての。俺を気に入ってくださいとでも言えばいいのか? どんな要求だ。新入社員でももうちょいまともなゴマのすり方をするだろ。
こうなんか、ほのめかす程度で……急に距離を縮めすぎないような……。
あれこれと口説き文句を思い悩んでいた時。
「なにやら、騒がしいですわねぇ」
慌しい足音が聴こえてきた。密閉された洞窟の中だからかよく響く。
「た、大変だ!」
現れたのは、珍しく余裕がない様子のユイシュンだった。
糸のような目を限界まで見開いている。
「どうなさいました? アフタヌーンティーの時間はまだまだ残っているはずですよ」
「この洞窟に来た時、最初に大きなヒビを埋めたのを覚えてる?」
「坑廃水が漏れてきていたところですよね。もちろん覚えていますわ」
「それが、決壊してて」
廃水が流入してくるだけでそんなに慌てるようなことか? と会話を傍聴する俺は感じたが、どうやらそうではないらしく。
「穴は自然にじゃなく、無理やりこじ開けられたんだ……魔物だよ!」
「なんですって!?」
動転した声を上げるエリザ。
ユイシュンは続ける。
「かなり強そうな奴だ。今は全身が出てきてるから、完全に道をふさいでしまってる。のんびりなんてしてる暇ないよ!」
その瞬間、張り詰めた表情のロアが人目もはばからずメイド服を脱ぎ捨てた。
俺は思いがけず眼福にありつくが、ロアは気にするそぶりもなく、即座に壁にかけてあった鎖帷子を着こんでナイフを手に取ると、猛ダッシュで駆けていく。
「俺もまた向かわないと……クソッ、他の連中が逃げ出してなきゃ、もうちょいやりようがあったのに……」
「逃げた?」
質問を出したのはエリザではなく俺からだった。
「そうだ! あいつらは入り口に向かって走っていったんだ、奥にはボスがいるのに!」
ユイシュンは味方に対する怒りで肩を震わせている。こいつとはムカつく腐れ縁で一週間ほぼ毎日顔を合わせているが、こんなに感情的になっているところを見るのは初めてだ。
多分だが、下っ端たちは魔物相手の戦闘経験がないのだろう。あいつらは俺からスキルを引き算したようなもんだし。そりゃびびるわな。
「なんでお前は逃げなかったんだよ」
「そんなのボスを置いていけないからに決まってるだろ!」
お? こいつのこの感じ……。
だがそれを指摘するより先に、ユイシュンは出現したという魔物の下に戻っていった。
「ど、どうしましょう……」
魔物に急襲されたことと部下に見捨てられたことの両方の恐怖で、エリザはガタガタと小刻みに震えている。
「どうもこうもないだろ」
別にこいつらが魔物に襲われようが関係のない俺には知ったことではない。
だがこれは、恩を売るチャンスなのでは?
助けてもらっておきながら俺を邪険に扱うことはできないだろう。「死んでたよりマシだろ?」とでも爽やかに言い放ってやればいい。俺は打算的な考え方だけは得意だ。
あいつらの武器はリーチが短い。何をしでかすか分からないバケモノを相手にするなら、俺のほうが断然向いている。
それに俺自身もこの場にいるせいで魔物の脅威に晒されている。どうせ洞窟を出ようと思ったらそいつとすれ違わなければならないんだし。
「エリザ、剣を返せ」
「剣ですか? あの大きな……」
「嫌だって言われても、取り返させてもらうからな。もう監視とかいねぇし」
俺はエリザの部屋の真向かいにある宝物庫に立ち入り、寝転がっていた相棒を奪還する。
黄金色に輝くツヴァイハンダー。
久々に持つこいつは、肩腰膝にずしりとくるな……。
「ひっ、そ、それで、わたくしを斬首するおつもりなのですか……?」
怯えるエリザだったが、俺は首を水平に振って否定した。
「んな火事場泥棒みたいなことするか。俺も戦ってくるんだよ」
大体、したくても首輪があるからできないしな。まあハナからやる気もないが。
「ついでに助けてやるって言ってるんだ。あんたらをだぞ? 俺をこんな目にあわせてくれているな」
釈然としないが、でかい目的のためなら仕方ない。
これは失態をしでかした俺のケジメみたいなもんだ。
無闇に人の血が見たいわけでもないしな。俺は平和主義者だ。
「ここで待ってろ、絶対動くなよ」
そう伝えて小部屋を去ろうとすると、エリザが戸惑いがちに尋ねてくる。
「どうして無関係の、いえ、それどころかわたくしのために……? それが冒険者の本分なのでしょうか?」
「違う」
急いでいた俺は思考を介すことなく、それまでずっと頭に浮かべていたことをそのまま口に出して答える。
「お前に惚れられたいからだ」
……ん?
声にしてから気づく。
待て待て待て。俺はこんなストレートな物言いをする予定じゃなかったんだが。
「……それは、どういう意味なのでしょう?」
しかもなんか、エリザも脳天貫かれたような惚けた顔してるし。
「い、いや、深い意味なんか別にない。ていうかなかったことにしてくれ。忘れろ!」
俺はそれだけ言い残して、魔物の暴れる現場へと一目散に向かった。