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俺、接続する

 ロアが速やかに俺の真横に立ち、おかしな行動が取れないよう警備につく。


 にしても、こいつのどのへんが窃盗団のメンバーなのか。


 そうツッコミたくなるくらいの気合の入った着飾り方だ。どこぞのいいとこのお嬢様が節目節目の行事に着させられるようなやたら華美な装飾のドレスをまとっている。ただ色が漆黒なので喪服くらいにしかロクな用途がなさそうだが、葬式にこんなの着てくる奴がいたら徳を積んだ坊さんですら不謹慎に噴き出すだろう。


 金髪碧眼の顔にしても「盗賊」という単語から連想される粗野さは皆無。俺みたいな根っからのブルーカラーとは違い肌のツヤとキメが抜群だ。誠にうるわしゅうございますわ。


 落ち着いた品のある表情といい、人種として一個上のランクにいるような感じがする。


 上流階級の娘です、と紹介されたらノータイムで信じるだろう。


 なんでこんなとこにこんな場違いな奴がいるんだ?


 俺のイメージだと賊っていったらモヒカンなんだが。


 いや、待て。


 主犯に会わせろと頼んでこいつの前に通されたということは……。


「驚いた? まあそりゃそうだよね、みんな盗賊ギルドをどんな人が率いてるかなんて知らないし。彼女がウチの設立者、ギルドマスターだよ」


 脇に控えるユイシュンが、くすりと愉快げに笑いながらそう告げた。


 目を丸くしている俺に、早速そのギルドマスターとやらが話しかけてくる。


「どちら様でしょう?」

「お、おう、冒険者のシュウトだ。ちょいと話がしたくて来させてもらったんだけど……」


 こっちが言い切るより先に、あっちがマイペースに自己紹介を述べてくる。


「シュウトさん、ですね。わたくしはこちらの盗賊ギルドの首領を務めております、エリザベート・マリールイゼ・ヴェルストレンゲンと申しますわ」


 なげー名前だな。レアモンスターかよ。


 俺のセンスに当てはめると通称は金髪ブラックになってしまうわけだけども、さすがに面と向かってそうは呼べない。てか、呼んだら多分ロアに殺される。


「ちょっと覚えられないから、なにかいい呼び名を教えてくれないか?」

「ふふ、ではエリザとお呼びくださいませ」

「んじゃエリザで」


 俺がそう口にした途端ロアから物凄い量の殺気が発されたので、若干冷や汗をかく。


 落ち着け自分。どっしり構えてないと説得力も持たせられない。


「さて、ご用件はいかがなものでしょう。奪い返しにきたのかしら?」

「まあそれもある。ってか一番の目的なんだけど、あんたにも話があるんだよ」


 しかもうまい話だ、と俺は追加する。


「頼みがある。この組織を解散してくれ」

「あら、刺激的な申し出ですこと」


 とんでもなく押しつけがましいことを申し出たのに、なぜか嬉しそうな面持ちをするエリザ。


 微笑んで目を弓なりにすると長い睫毛がますます目立つ。


「そのようにおっしゃるからには、何か交換条件があるのですよね?」

「もちろんあるさ。出頭した後、俺がある程度は面倒見てやる」


 俺の言葉に反応を示したのはエリザのみならず、ユイシュンとロアもだった。


「保釈金も何割かは工面してやるし、やり直しに必要な初期費用も出してやる。悪い申し出じゃないだろうよ。あんたらだっていつまでも綱渡りの悪党やってける見通しなんてないんだろ? 損害少なく足を洗うチャンスだぜ」

「シュウトさんは優しいお方ですのね。それにお金持ちじゃないとそんなことはできませんわ」

「金ならあるんだよ、金なら。ただし、保釈金を払ったのが俺だとは……」


 そう続けようとした矢先……エリザは片手で口を押さえて、俺の生涯で一度も目にかかったことのない冗談みたいに上品な挙措で笑った。


「うふふ、シュウトさんは大変な勘違いをしていますわぁ」

「な、なにがだよ」

「わたくしはお金でなんて動きませんわ。もう既に『ある』んですもの」


 さも当然のように答えるエリザ。


「んなわけあるか。だったらこんな犯罪でなんて……」

「盗みの稼ぎだけじゃ厳しいのは間違いありませんわ。でも、わたくしがギルドの皆さんを養わせてあげられるのですから、それでよろしいのですよ。お給料は歩合制ですから、ちゃんと盗みにも行ってはもらいますけれど」


 なに言ってんだこいつ。


 理屈が意味不明なので尋ね返そうとするが、隣にいるロアがひっそりと耳打ちしてきた。


「エリザベート様はドルバドルでも有数の資産家のご息女。手紙で無心するだけで、一度に五百万Gの援助がある。経済的な理由で出頭できないとかじゃ、ない」


 な、なんだと……。


 つまりこいつは、金持ちの道楽で盗賊団の顔役をやっているのか。


 盗サーの姫ってか。


「なんで家に残らなかったんだ。なんもしなくたっていくらでも贅沢できたろうに」


 つーかそれ、俺の理想の生活なんだけど。


「だって、お屋敷は退屈ですもの。やることといえば魔術書を学習するくらいで……わたくしは外の世界が見たくてたまりませんでしたわ。ですからお父様に無理を聞いてもらって、十年の期限つきで放浪を許していただいたんですのよ」


 幼い頃からメイドを務めていたロアと一緒にね、とエリザは思い出深そうに語った。


「諸国漫遊の末にこの地方にまで流れてきたんですの。港町があって、海の景色が綺麗な土地ですから、とても気に入りましたわ」

「だからってやることが盗賊って……他にもなにかあっただろ」

「ふふ、一番刺激的そうだったからですよ」


 ゆるふわな金髪を優雅にかき上げるエリザは、悪びれもせずにそう返答する。


「親はこのことを知ってるのか?」

「もちろんご存知ありませんわ。お父様はきっと、わたくしが町で悠々自適に個人商店でも営んでいると思っておられるでしょうね」


 むむ、羨ましい……じゃなくて。


 俺は愕然とした。


 アテが外れたのだ。


 金を交渉材料に使えるかと踏んでいたのに、その金が既に蓄えられている。


 普通に雇用形態が成立しているし、これだけ資金があれば俺が介在するまでもなくアフターサービスがついてくるだろう。


 すなわち俺は用無しである。


 頭が真っ白になる。秘策が通用しないと判明した途端、俺の強気はどこかに消え失せた。


「それとシュウトさん、同じギルドの方の装備品を返してほしいとのことですけど」


 もしかしてお情けでで返却してくれたりするのか、なんて淡い希望を抱いてみるが。


「申し訳ありませんけれど、その頼みも受け入れられませんわぁ。わたくしたちは盗賊ですから、せっかくの戦利品をそんなに易々と手放したりはできませんもの」


 ですよね。


 落胆する俺をよそに、エリザはくすくすと面白そうに笑っている。


「とても興味深いお話をしていただけて楽しく過ごさせていただきましたけれど、そういうことですから、お引き取り願えますか?」

「い、いや、もう少しだけ話を聞いてくれ」


 食い下がる俺だったが、ロアに制された。


「帰れと言われたら、帰る。あと、エリザベート様のことを誰かに口外したら、許さないから」

「分かってる、言わねぇ、言わねぇからさ」


 どうする俺。このままなんの成果もなく、その上ツヴァイハンダーまで失って帰るのか。


 せめて武器だけは取り返せはしないものか。


 地獄の沙汰も金次第。なにか……手段は……。


 ……あっ。あった。


「よし、分かった。だったら……」


 し、しかしこのやり方は……とはいえそれしか方法がない。


「盗んだ武器を売ってくれ!」


 俺がそう口にすると、しばらく居心地の悪い沈黙が流れた。突然空気の読めない発言をしてしまった時のあれみたいな。


 ユイシュンが「なるほど!」とばかりに手の平を打ったことで、その静けさは破られる。


「うーん、お兄さん、うまい交渉をしてくるねぇ。盗品を横流しするのも楽じゃないから、俺たちからしても買ってくれるっていうんならすぐに買ってもらいたいところなんだよね」


 どうやら願ってもない申し出だったらしい。


 エリザも満更でもなさそうな顔をしている。唯一ロアだけが俺をめっちゃ蔑んだ目で睨んでいて、中々くるものがある。


「ユイシュン、いくらくらいになる?」

「同僚さんの剣の相場が二万前後、盾が一万と少しってところだろうから……六掛けで一万と8000G。この額なら喜んで売るよ」


 そのくらいなら余裕で払える。問題は俺のツヴァイハンダーなのだが。


「ですが、シュウトさんの武器は売れませんわ。これは質とさせていただきます」


 ぐぐぐ、だとは思ったけど……ここは涙を飲んで一時の別れを告げるしかあるまい。


 俺は剣と盾の分だけを支払い、宝物庫から持ってきてもらった。


 屈辱極まりない。なにが屈辱って、客観視すると本来の俺らしい行動に見えてしまうからだ。なんかしっくりきてしまっている。


 クソッ、もう泥なんかすすってらんねぇってのに。


「大変有益な取引でしたわ。またお会いしたく願っています、ごきげんよう」


 悪意は一切ないのだろうが、微笑を浮かべるエリザの別れの挨拶は今の俺には相当応えた。


 洞窟の外までユイシュンとロアに連れて行かれ、そこで縄を解かれる。


「はい、剣と盾。約束だからね」

「こんな雑な引き渡し方でいいのか? これ持った瞬間俺が暴れ出したらどうするんだよ。それに帰った後で俺が言いふらさない保証はないぞ」

「そんなことがないように、今からこれを付けるのさ」


 言いながら、ユイシュンは俺のチョーカーをの位置を少し下にずらす。


 追加で首にはめられたのは銀の輪っかだった。


「な、なんだこれは?」


 まったく伸び縮みしないからチョーカーと違ってきつい。金属製だから当たり前だが。


「服従の首輪だよ。これをつけている限り、お兄さんはオレたちに敵対的な行動は取れない。もしそうしようとしたら、身体に規制がかかるようになってるからね」


 試しに俺を殴ってごらん、と言ってユイシュンは自分の顔を指差した。


 やれ、と指示されたので、仕方なく殴ろうとするも。


「……がっ、ぐ……?」


 腕が上がらない。誰かに無理やり押さえつけられているかのように。


「危害を加えようとしたら筋肉が急激に萎縮するし、口外しようとすると喉が詰まる。凄いでしょ? 正規には流通してないよ。まあ、こんなのがあるのもウチのボスの経済力のおかげだけどさ」


 ふ、ふざけやがって……。殺人はしないが法律ギリギリのことはやってくるんだな。


「ボスはお人好しだから、口約束で大丈夫だと考えてるけどね。でも俺とロアはそうはいかない。汚れ仕事は俺たちの役目だよ。俺なんか給料のほとんどをこの手のアイテムに注ぎこんでるし。契約期間は一ヶ月しか持たないけど、その頃には俺たちも拠点を変えてるからさ」


 確かめる手段がなくなるから、俺の証言の効力も切れるってことか。


「ギルドの人たちには、交渉のパイプが結べたから盗賊のことは全部俺に任せておけばいい、とでも伝えておいてよ。じゃあね。またすぐに会うことになるかも知れないな、お兄さんとは」


 まったくだよ。


 一ヶ月も待ってられるか。すぐにでも納得させてこの首輪を外させてやる。


 ツヴァイハンダーを担保に取られてるんだから、いつか必ず奪い返しに来るからな。


 その野望と共に帰路につく俺。一応形の上では装備品は取り戻せたので、事情さえ明かさなければ依頼は成功、ということになるだろう。


 予定とは違うが、金でなんとかなりはした。


 ああ、でも、これって。


 反社会勢力への関与、ってやつじゃないのか……?


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