俺、懲悪する
俺は単身で窃盗犯グループのアジトへと乗りこんだ。
潜伏任務を行うなら一人のほうがいいだろう。
念のために傷薬をしこたま買いこんでおいたので、フォローも万端。
「さーて、洞窟は……」
鉱山までの道は行き慣れたものだった。おっさんの話だとこの付近にあるということなので、山脈に沿って探し歩いてみる。
「……これか」
発見。入り口は小さいが、奥に進むにつれて広がっていっているのだろう。
で、だ。
なにも俺はここまで無策で来たわけじゃない。
正直言うと人殺しなんて俺にできるわけない。そりゃそうだろ、一ヶ月前まで俺はどこにでもいる一般人だったんだし。魔物に対しては害獣駆除のバイトの時の感覚で大丈夫だったが、悪党とはいえ人間相手にバーサーカーになれるほど頭のネジは飛んでない。
できることなら平和的解決がベスト。適当に力を見せて、向こうから降伏宣言を引き出すとするか。
そして、交渉材料もある。
結局ここにいる連中がアウトローやってるのは、まともに食っていけないからだろう。俺はこういう奴らが更正できるように手引きしてやれる。
なぜなら、金があるから。
保釈金も含めてある程度の手配ならしてやれないこともない。
巨大な投資になるが、見返りのためなら仕方ない。組織を解体し、罪を償わせ、社会復帰させる。こんだけやれば町での俺の評判も上がるだろう。
ようやく俺のスキル、というか財布が本格的に火を噴く時がきた。腕が鳴るな。
洞窟の中へと進入する。
真っ暗だ。けれどそれは最初の十メートルほどだけで、奥には明かりが見える。
ランプが設置されているのだろう。俺はその灯を追う。
「止まれ!」
灯の近くまで来てやっと視界が開けてきたように感じた時、細長い剣を手にした男が二人、俺の行く手を阻んだ。見張りか。
「なんだお前は?」
「どう見ても不審者だろ。聞くようなことか?」
俺がそう答えると、両者共に剣をかかげて襲いかかってきた。
だが俺は落ち着いて剣先で二度地面をつつく。
レアメタルの魔力が発現。突如目の前に突き出てきた土塊に進路を阻まれた見張り番は、驚きのあまり二人して腰を抜かす。俺はそいつらを見下ろしながら。
「どいてろ」
と言い捨て、へたりこむ二人の間を颯爽と通過した。
やべ、今の俺、めっちゃかっこよかったな。
先へと進むごとに備えつけられたランプの数は多くなっていた。それに伴い構成員とも接触する回数が増えていったが、俺が一度ツヴァイハンダーを地面に下ろしただけで敵わないと察したのか、最初の威勢以降は一切かかってこなかった。
こいつらは俺と同じ人間だから魔物と違ってストッパーがかかっている。
話が早くて助かるよ。
「盗品はどこにあるんだ? 証拠として押収させてもらうぞ」
俺は夕方の再放送によくある刑事ドラマの真似をした。
「ほ、宝物庫に」
「宝物庫? もっと奥に行けばいいのか?」
コクコクと頷く男に促されるまま、さらに足を進める。というか長さ的に、そろそろ行き止まりでもおかしくない気がするんだが。
不思議なことに、洞窟内部は奥に近づくにつれて幅が広くなるついでに――内装が絢爛豪華になっていった。
何を言ってるか分からないかも知れないが、直接目にしている俺自身もよく分かってないので安心してほしい。ランプじゃなくてクリスタルのシャンデリアが天井に吊られているし、岩肌の床の上には真っ赤な絨毯が敷かれている。家財道具も一式完備。それもやたら高そうなのを。
「意味あんのか、これ」
まったくの無駄に見えるが、あえて好意的に解釈するなら単なる洞穴が住環境っぽくなってはいる。
「ん?」
その絨毯を遠慮なしに闊歩する俺の視界に飛びこんできたのは、人影。
刀身の短い剣を携えた誰かが、俺の数メートル先に立っている。他の連中とは違い、血気盛んな感じではなく、妙に余裕がある。
そいつは「やあ」と軽い調子で声をかけてきた。
「ちょっと騒ぎが聴こえたからね。不法侵入だなんてよくないなぁ、お兄さん」
「邪魔させてもらってるぜ」
俺はそう返した。
どちらからともなく踏み寄る。
目の細い男だった。顔の下半分はバンダナが巻かれて隠されている。
視線で牽制し合いながらゆっくりと近づいていく俺たちだったが、突然、相手の男がアクセルを入れた。
……速い。瞬く間に距離を詰めてくる!
「ちょっ、先に裏切ってんじゃねぇよ!」
どれだけ強力な装備で身を固めたところで、俺自身の反射神経が鋭くなっているわけではない。すぐさま反応しろというのは酷な話だ。
隣接を許す。まだ剣を合わせようともする前に。
素早く、正確な剣捌きで、男は俺の太ももに斬りかかる!
「ッ!」
俺は歯を噛んで耐えようとする……が、耐えるほどの痛みは走らなかった。
むしろ無痛といっていい。縫い目が少々ほつれただけで、俺もズボンもほとんど傷ついていない。クジャタの毛糸の防御性能たるや。
俺の反撃を受けないよう一旦後ろにステップしていた男も、手応えのなさにきょとんとしている。
「おかしいな、筋が切れるくらいには力を入れたんだけど」
さらっと怖い台詞を口にしたが、聞かなかったことにした。
「お兄さん、もしかして、強いね?」
「そう見えるか?」
「見えなかったなぁ」
クスクスとおかしそうに男は言う。俺は若干ムカついたが、実際俺そのものは全然強くないのでそうした意見もやむなし。
「だがな、この剣を握ってる時の俺は別だぜ」
再度接近してきた男の前に、長大なトゲを出現させる。絨毯の上からで大丈夫かとちょっと不安になったが、無事突き破ってきてくれた。
男は身を逸らして回避。
俺はそれを見て、下ろした刃を闇雲に振り上げた。
今度は俺の肩目がけて斬りかかってきた男の剣と、ちょうど鍔迫り合いのかたちになる。
技量の差を考えればこちらが圧倒されてしかるべき……なのだが、ツヴァイハンダーの質量とチョーカーの筋力補助のおかげで、逆に俺が押し返す。
「このやろっ!」
懸命に力をこめてなんとか跳ね飛ばすと、今度は地面を五回叩いた。
相手に狙いをつけたものではなかった。第一、ハナから殺す気もない。
隆起した土の槍が五本、洞窟の天井に向けて雄々しく突き立てられる。
地下に潜む悪魔が爪を伸ばしているかのようだった。それは俺の実力……正しくは武器の性能を誇示するには十分な光景であるはず。
俺はそして、精一杯のドヤ顔を作った。
「……まだやんのか?」
威圧する。なんか今日は「人生で一度は言ってみたい台詞」ってやつを言いまくっている気がする。
ただ、こけおどしだ。
はっきり言うが俺に人並み以上の体力はない。ツヴァイハンダーの攻撃力は凄まじいが、肝心の俺に持続するスタミナが備わっていない。
なのでこれまで瞬殺を心がけていたのだがこのままだと分の悪い持久戦になりそうなので、余力を費やして派手な技を見せ、相手から折れてくれるよう仕向けた。
最早ポーカーのテキサスホールデムの世界である。
内心バックバクだが、どうやら祈りは通じたらしく。
「うひー。こりゃちょっと、敵いそうにないかな。参った、参った。降参だよ」
男は大して悔しがる様子もなく握力を緩め、持っていた剣を落とす。戦闘の意志がないことをアピールしているようだ。
「信じねぇぞ。この世界にゃ魔法ってのがあるからな」
「やだなぁ、お兄さん。俺がそんな高尚なテクを使えるんだったら、最初からそうしてるさ」
ふむ。それは確かに。
「俺の武器はこの鋼鉄製のマインゴーシュだけだ。もう何もできない」
「分かった分かった。信じてやるよ。別に俺も取って食いに来たわけじゃねぇし」
「おっ。それは嬉しい話だなぁ。殺されるのだけは俺だって嫌だからね」
「そんなことよりだ、質問がある。お前がこの集団の主犯格なのか?」
「いや、俺は雇われてるだけさ。宝物庫の前にある部屋……部屋っていっていいのかな? とにかく、そこにウチのギルドマスターはいるよ」
そう話しながらバンダナをほどく。口元のだらしない、ニタニタとした細面の男だった。どことなく招き猫を思わせる顔をしている。
「全部喋るんだな」
「おしゃべりだってみんなにはよく怒られるよ」
まあいい。宝物庫のすぐ近くにいることは把握した。
剣と盾を取り返すついでに話をつけるか。
「親玉に会いに行くのかい?」
「当たり前だろ。俺は交渉しにも来てるんだからな。直接ケリをつけないと」
「じゃあ、あの子が黙ってないなぁ」
なんだよ、あの子って。
俺がそう聞き返そうとした瞬間、首筋に不意にひんやりとした感触を覚えた。
「冷たっ……!?」
その正体が刃物であることはすぐに判明した。
――俺の後ろに何かがいる!