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俺、解決する

 そこは廃墟と成り果てた神殿だった。


 神秘的、というより退廃的な空気が漂っている。


 ずらっと並んだ石柱は雑草の侵食を許しており、その上風雨に晒されて崩壊寸前である。


 生えている苔を観察するジキ。


 俺は正直この手のスポットにはさほど興味がないので、退屈だ。


「そうか……やはり……」


 ジキはぶつぶつ呟きながら、つまんだ苔を指先でこねている。


 やることもないので、仕方なくその辺を適当にぶらつく俺。


 古びた石畳をひとしきり歩いてみた後で、ひび割れた石柱を見上げる。高さは五メートルくらいか。いくつかは既に倒壊してしまっている


「これ、触って大丈夫なのか……?」


 見た目はただの瓦礫なのだが、もしかしたらとんでもなく貴重な歴史文化財の可能性もある。


 うーん。


 やめとくか。崩れたら責任取れんし。


 そうこうしているとやがてジキが俺に、なぜか浮かない表情で問いかけてきた。


「シュウト、この場所はなんだと思う?」

「なにって、神殿だろ」

「神殿の建造目的とはなんだ?」

「そりゃ、あれだろ……よくは分からねぇけど……神様を祀るとかなんとか」


 役割的には神社みたいなもののはず。


「ではなぜ神殿をこんな極地に建造する必要があったと思う?」

「ええ……んー、見つからないように?」

「そうだ。シュウト、やはりお前は冴えている」


 褒められてしまった。とりあえず喜んでおこう。


「深い緑に包まれた密林の中であれば、人目につくことはまずない」

「いやちょっと待った。先にまず神殿があって、後から植物が生えてきたとかって可能性はないのか?」

「それこそがオレの追い求めていた謎の正体だ。だが今日、結論が出た」


 苔をかかげながら断言するジキ。


「この苔がオレの立てた仮説の裏づけになってくれた」

「ただの苔がか?」

「オレはこの種類の苔の性質について調べ上げた。これは密林全域に植生しているものだが、神殿に用いられた石材を覆う苔は他のどの場所に生えているものよりも年代が浅い」

「新しいものってことか」

「順序が逆であればそのようなことは起こりえない。ここから広まったのではなく、ここまで広がってきたと考えるべきだ」


 よく分からんが、そういうことらしい。


 というかこいつ、探索中に採取だけじゃなくて各地の苔の状態も調べていたのか。随分と気の遠くなる作業をやってたんだな。


「信仰を集める施設であるはずなのに、その存在を知らぬ者を遠ざけていた。隠れて祀り上げなければならなかった。つまりそれは、信仰対象が邪神だったがゆえにだろう」

「へえ。じゃあ神は神でも、悪い神様か」

「今では見捨てられた廃墟だがな。しかし」


 ジキは自嘲気味に笑う。


「オレが必死になって探し当てた故郷に眠るレガシーが、よりによって邪神の居所だなんて、皮肉なものだな」


 残念がる気持ちは分からないでもない。


 どうせなら文化的な遺産のほうがよかっただろうな、とは素人の俺でも思う。


「さて、これでオレの探検は終わりだ。ここに来るのは今後避けたほうがいい。価値もないし、神が誰からも信仰されなくなった今、相当鬱屈して狂気を高めていることだろしな」

「さらっと怖いことを口走るなよ……」


 そう言われると悪霊がいるかのように感じてしまうから恐ろしい。背筋がぞくりとする。


 結局のところこの遺跡は、暴くべきではない場所だったのだろう。


 モヤモヤしたものを抱えたまま俺たちは帰還する。最速で密林を抜けられるルートはジキが完璧に把握していた。


「これでオレがこの土地に戻ってくる意味はなくなったな」


 目的を成し遂げたというのに、その顔はどこか寂しげだった。


 ジキはおそらく……密林を調査するために戻ってきているという、生まれ故郷を訪れる口実が欲しかったのだろう。


 それがなくなった今、虚無感に襲われているに違いない。


 ただでさえ不遇な結果だったというのに。


「そう肩を落とすなよ、ジキ」

「ショックなどない。オレはひとつの謎を解明した。その事実だけで十分だ」


 そう答えるだろうなとは思った。


 不都合な仮説が立った段階で、そこから逃れて立証しないでおくという選択も取れたはず。そうしなかったということは、停滞してはいられないという意志があったからに違いない。


「これでオレは縛られることなく世界を回れる。いい餞別になったよ」


 故郷を愛する冒険家の言葉は、これ以上ない強がりにしか聞こえなかった。



「ジキ、シュウト! お前らが無事に帰ってきてくれて何よりだ」


 斡旋所に報告にいくなり、おっさんがうんうん頷きながら迎えに出てきた。


「無事じゃねぇよ。見ろ、このボロボロさを」


 泥やら潰れた草木の汁やらで汚れまくっている。さっさと自宅に帰ってミミに再生魔法をかけてもらわないとな。


 一方でジキは衣服の汚れを欠片も気にするそぶりを見せない。


「シュウト、約束の分だ」


 十枚の金貨が俺の手の上に置かれる。


「これもらえた時点で、ぶっちゃけどうでもいいけどな、金なんて」


 俺からしてみればボーナスとして譲ってもらった古木の枝のほうが大きな収入である。


 実際、密林の魔物を倒した分だけでも財布の中身が凄いことになってるし。


「これでオレの目的と義理は済んだ。また旅を続けなければな」

「もう行くのか? もう一泊くらいしていけよ。酒の一杯や二杯程度ならおごるぞ?」


 名残惜しそうにするおっさん。


 だがジキの決意は固く。


「宿も結構だが、慣れ親しんだ野宿のほうがよく眠れる。サダ、それからシュウト、しばらく会うことはないだろう。じゃあな」


 とだけさらりと言い残して斡旋所を去っていった。


 おっさんは「また来いよ」とジキに声をかけて送り出したが、次にあいつが戻ってくるのは仮にあったとしてもかなり先になるだろう。


「郷土愛、ねぇ」


 正直あまりピンとはきていない。


 異世界で生きることを女神に頼んだ時点で、俺に今更故郷云々のしがらみはない。


 さっさとランクを上げて他の町にも行けるようにしないとな。


 それが俺にとっての前進だ。


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