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俺、宿泊する

 視野を緑が占める割合が高くなってきた。


 エコだね、なんてのんきなことを言える心の余裕は、今の俺にはない。


 出現する魔物の傾向は、おおむね虫っぽい奴と鳥っぽい奴に二分できる。


 異様に肥大化した虫が重戦車とするなら、色鮮やかな羽を持つ鳥は爆撃機だ。


「あっ、ぶねぇ……!」


 素早い動きで攻め立てる鳥の魔物は、俺に向けて何度も何度も突進を繰り返してくる。


 スピードに意識を割きすぎているのか命中率はカスみたいなもんなのだが、あのクチバシがまともに当たろうものなら、ベストの加護を計算に含めても一定の被害は免れないだろう。


 ヒヤヒヤさせてくれるよ。


「でいやぁっ!」


 降下してきたところを狙って剣を叩きつける。


 ツヴァイハンダーは機敏な鳥の脳天をとらえることなく空を切る。しかし。


 俺は焦らず、そのまま刃を地面にまで下ろす。


 第二波で表れた追加効果のトゲが、油断する魔物の体を貫いた。


「これで何十体目だ?」


 素材アイテムと金貨を拾いながらも、立て続けに襲いかかってくる魔物に辟易としてくる俺。


 もう既に五、六十万Gは軽く集まっている。卸したての布袋が重い。


 嬉しい悲鳴ではあるが、今回に限ってはジキの動向のほうが気になる。


 ジキは俺が戦っている間、獣道みたいなところを通って付近を調べ回っている。何を探しているかは知らないが、よく飽きないな。


「掃討できたか、シュウト」

「おう、バッチリだ」


 戻ってきたジキに親指を立てる。


「そうか。これほど順調に密林を進めたのは初めてだ。礼を言うぞ」

「そりゃどうも」

「今日はもう遅い。夜間の探索は危険だ、一度ここに拠点を設けるとしよう」


 やっと休めるのか。


「んじゃ、テントを張るか。手伝うぜ」 

「お前の手を煩わせることはしない」


 そう言うとジキは慣れた様子で樹木の幹によじのぼり、木々の間にロープを渡し始めた。


 それをもうワンセット。


 二本のロープに広げた布を縛りつけて……。


「寝床ができたぞ」

「どこが寝床だ!」


 レジャーシートとそう変わらない簡易さだ。


「雨が降ったらどうするんだよ」

「大丈夫だ。気象の変わる兆候があるようならもう一組作って屋根にする」

「そういうことじゃなくてだな……」


 悠然と布の上に座りこむジキは俺の困惑をよそに、枝に小さなカゴをくくりつける作業に集中している。カゴの中にはなにやら灰みたいな物体が入れられている。


「これはオレが調合した魔物避けだ。炙ればここら一帯の魔物が忌避する臭いを放つ。昼間は奴らも餓えているから遠慮なく寄ってくるが、活発でない夜間なら十分な効果が望める」


 それだけ説明すると、ジキはさも当たり前のようにゴロンと横になった。


 マジでここで寝るのか、俺。


 おかげで明日に向けてのモチベーションは逆に高まった。二泊はしたくないからな。


 が、まずはその前に。


「どうした? 早く上がってこい。高所に設営してあるから見晴らしもいいぞ」

「いや、そのだな、ちょっとお花を摘みに……」

「視界が悪い中で不慣れな者が行うのはリスキーだ。それはオレに任せておけばいい」


 くっ、なんとなくそんな気はしたが冗談が通じないタイプか……。


「トイレだよ、でかいほうだ」

「なにっ!? 本当か!?」


 なぜかめちゃくちゃ食いついてきた。


「よし! なら、あのポイントでしてくるといい。あそこの土には多くの種が眠っている。栄養価の高い人糞は優れた肥料になるからな。次に訪れた時には様々な植物が育っていることだろう。シュウト、でかしたぞ! 存分に撒いてくるといい」

「わ、分かったから、嬉々として人の排泄を語るんじゃない!」


 やっぱこいつ、変人だわ。



 非常に心外なことに、寝心地はよかった。


 ジキが持参した布はかなり分厚かったのだが、使いこまれているせいか伸縮性も柔軟性もある。


 夜空が木の葉で覆われて見えないのは残念ではあるけども。


「晩飯は食わないのか?」


 空腹を覚えた俺は身を起こしてパンをかじっていたのだが、ジキは寝そべったままだ。


「オレは一日一食だ。過剰な食料は持ちこんでいない」

「修行僧かっての……ほら、一個やるよ」


 俺はカバンから塩気のきついプレッツェルを取り出し、仰向けのジキの顔の上に置いた。


 ジキは顔面にパンを乗せたまま、無表情を崩さず。


「お前の分がなくなるぞ。オレに気を遣うことはない」

「三日分も持ってきてるから、かさばるんだよ。捨てるくらいならお前に処分してもらったほうが断然マシだ」

「確かに三日も要するつもりはないが、万が一がある。シュウトが管理しておいたほうがいい」

「いらねぇ。明日で全部終わらせようぜ」


 なるべく早くな、と俺が言うと、ジキはやむを得ずといった面持ちでパンを口にした。


「いいパンだな。オレ好みだ」

「だろ? 市場でもうまいって評判の店で……」

「そうじゃない。日中の汗で失った塩分を摂取できるから好ましいんだ」

「ああ、そうかい」


 味はどうでもいいらしかった。


 食い終わった俺は飲みかけのワインの栓を抜き、残りを一気に飲み干す。


 後はもう寝るだけだな。


 とはいえ密林の高温多湿な気候は夜になったところでちっとも変わらず、下手したら昼間よりも蒸し暑いんじゃなかろうか。


 ね、寝苦しい……。


「よくこんな場所に何度も何度も足を運べるな」

「どうしても探り当てたいモノがある。達成するまでオレは死ねん」

「そこまでするって、ここになにがあるんだよ?」


 尋ねる。


「遺跡だ」

「遺跡?」

「ここには人々から忘れられた遺跡がある。大陸を渡り歩き、人伝に聞き、数多の文献を読み漁って得た情報だ」

「それってもしかして、誰も辿り着いたことがない幻の秘境……みたいなやつか?」


 ミステリー特番でそういうのを見たことがある。大抵ヤラセなのだが。


「かつてはそうだった。しかし現在は違う。オレが以前訪れた際に発見したからな」

「な、なんだよ。じゃあ目的達成してるじゃん」


 ジキは「それだけでは不十分だ」と答えた。


「まだ解き明かしていない真相が残されている。オレは今回仮説を検証しに来た」

「動機は分かったけど、にしても遺跡って……。そこまで固執するようなもんなのか?」

「性分だ。地元に未解決の謎があって、気にならないわけがないだろう」

「だったら町に残ればいいじゃんか。いつでも来られるぜ」

「生憎、オレは見聞を広めている最中でな。同じ土地に留まり続けるわけにはいかない」

「どうしてまた」

「学者になるためだ」


 俺は思わず咳きこんでしまった。


「おかしいか?」

「い、いや、立派な夢だと思うぞ? ただちょっと、意外だったもんだから」

「意外か? フィールドワークは基本なんだがな。見識を深めるだけでなく、現地に赴いて視察しなければならない。この地方でくすぶっていては、それもままならんだろう」


 ジキはよどみなく話す。


 大体把握した。


 こいつの言う学者とは一般にイメージされる机とにらめっこするようなそれではなく、民俗学者とか考古学者とかその手のだろう。


 しかしまあ、この世捨て人っぽい出で立ちから語られる夢がまさか学者とは。


「お前こそどうなんだ? 冒険者を続けている以上、目指すところはあるはずだろう」

「えっ、俺? 急に言われてもなー……」


 そういや具体的な最終目標みたいなものは決めてないな。


 なんとなくで答える。


「とりあえず……家を買うことかな」

「家? たったそれだけか」

「家は家でも、でかい屋敷だ。俺はそこでたくさんの美女をはべらせて、自由気ままな生活を送る。それが今のところの夢だな」

「俗だな」

「うるせぇよ」

「だが、スケールの大きさは感じる。オレたち冒険者にとって、永遠の休息というのはそれだけ手の届きづらいものだからな」


 まあ、そりゃそうだろうな。


 もし俺に並の金運しかなかったら無謀すぎるし。


「どうせなら、王都? だったかの華やかな町に住むのが理想だな。うむ」

「オレならフィーに建てる」

「いつでもここに来られるからか? どんだけ密林マニアなんだよ」

「それは関係ない。終の住処ににするなら故郷がベターだからだ」

「へえ」


 あちこちを飛び回るCランク冒険者にしては意外な回答だった。


「妙な愛着だな、渡り鳥のくせして」

「鳥は帰巣本能が強いからな」


 その言葉を最後に、眠りについたのかジキは何も語らなくなった。


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