俺、乱舞する
密林の中は異常な繁殖の仕方をした植物で溢れていた。
当然見通しが悪い。
足場も不安定だ。土が柔らかいせいでちょっと踏んだだけで沈んでしまう。けれど他に人が通れるような道はないので、ここを歩いていくしかない。
あと湿気が多くてムシムシする。割と薄手の服装をしているのだが、暑くてたまらない。
豊かな自然といえば聞こえはいいが、俺からしてみれば終わってる環境だ。
「邪魔なツルは遠慮せず切って進め。あと、余裕があれば目立つ木に傷をつけてマーキングしておくといい」
身軽なジキはナイフ片手にひょいひょい進んでいくが、生憎俺の得物は重厚長大も甚だしいツヴァイハンダー先生である。ナイフのように気軽に扱うことはできない。
「ええい、うっとうしい!」
俺は目の前に立ちふさがる植物を払いのけながら進んでいった。
「待て、シュウト」
先を行くジキが足を止める。
「どうかしたのか?」
「オレの足元にある植物に注目してみろ」
しゃがみこんで白眼がちな目を爛々と輝かせるジキ。俺もそれにならって観察してみたが、よくある雑草にしか見えない。
「複数の効能がある薬草だ。配合を変えれば傷薬、解毒剤、解熱剤、あらゆる薬に分化する。これはいいものを見つけたな。摘んでいこう、後々役に立つ」
「別にそんなのに頼らなくたって、普通に市販の薬を使えばいいだろ」
「何を言っている。オレのモットーは現地調達だ」
は?
「いや、お前、薬手配するって……」
「だから今しているだろう?」
ダメだこいつ、アホだ。
不安さを増す俺とは対照的に、収穫を済ませたジキは満足げな表情をしている。
もっとも俺は初めて密林に来ているんだから、ベテランであるこいつには意見のしようがない。信じるしかないな。無事を。
「ストップだ、シュウト」
またジキが停止する。
人差し指を顔の前に当て、「シィー」のポーズを作っていた。
「今度はなんだよ」
「耳を澄ませろ。聴こえてこないか?」
「いや、なんも……」
ジキは瞼を閉じ、手の平を耳の裏にかざす。俺も真似してみたが葉っぱが揺れてザアザアいってる音しか聴こえない。
「魔物の出没区域だ。ここから先は任せる。おそらく、七メートルほど進行方向に歩いていけば自ずと襲いかかってくるだろう。頼むぞ」
そう言い残してジキは辿ってきたルートを逆走し、脇の草むらに踏み入っていった。
「頼むったって、どこにそんな奴がいるんだよ……」
全然気配を感じないのに「張り切ってこい」なんて活を入れられても、イマイチ気分が乗ってこない。
「まあ事実で間違いないんなら、俺は俺の仕事をやるだけだけどな」
背負った大剣をようやく下ろす。
事前に決めていた俺とジキの役割分担はこうだ。
まずジキが魔物を索敵。
そして俺が指示されたポイントで立ち回る。
その間ジキが安全が確認されている箇所を探索する。
俺が粗方魔物を狩り尽くせばジキの活動半径が広がるので、更に奥へと進んでいけるようになる。
個人行動の積み重ねなのだが、結果的に密林の攻略に繋がっているってわけだ。
「……さて」
ジキの監視もなくなったことだし、存分に稼がせてもらうか。
二十歩ほど歩いたところで、両サイドの草陰から何者かが飛び出してきた。
「おっと!」
巨大な甲虫が二匹。男らしい一本ヅノが生えている。飛んできた際に一瞬見えてしまったのだが裏側がとんでもなく気持ち悪かった。
とりあえずツノムシとそれっぽい名前をつけておく。
「見た目どおりなら、頑丈そうではあるが……」
今の俺にはツヴァイハンダーがある。
「おりゃあ!」
まずは剣そのもので攻撃。
振りかぶるのには苦労するものの、刀身にかなりの重量があるから、一度振り下ろしてしまえばオートで加速がつく。
壮絶。
一言で表してしまえばそれだった。
切断なんて生ぬるいもんじゃない。魔物の立場からすれば、一思いにまっぷたつに斬られていたほうがマシだったろう。
硬い甲殻が弾け飛び、自慢のツノは伝播してきた衝撃だけで粉々になるという――原型をまったく留めていない惨たらしい残骸になってしまったのだから。
「やべぇ……」
なんつー威力だ。
乾いた笑いがこぼれてくる。
文字どおりの「重い一撃」だな。
「よし、次は」
追加効果のほうを試してみる。
ツヴァイハンダー本体による攻撃は桁違いの爆発力を誇っているのだが、予備動作がどうしても長くなりがちだからとっさの事態には対応しづらいし、なによりも疲れる。自由自在に繰り出すことができないので主軸にはしにくい。
となれば、大地の力を借りるしかなかろう。
俺は地面に切っ先を当てた。
ふかふかで締まりのない土が一気に引き締まり、二メートル級の鋭いトゲが形成される。
トゲの先端が甲虫の無防備な腹部を勢いよく突き破った。正攻法で挑むなら、おそらくこの部位が弱点なのだろう。
こちらも一撃だった。運よく急所をつけたがゆえでもあるけど。
その後も何体か昆虫のフォルムをした魔物が湧き出てきたが、そのすべてを、これといって特筆するような出来事もなく一蹴した。
「つ、強すぎる……俺は無敵か?」
あっさり片付いてしまったので拍子抜けする俺。
魔物はどいつも三万G前後の資金をドロップした。邪魔者がいない間にありがたくいただいておく。
「終わったか」
「ふおっ!?」
噂をすればなんとやら。ジキはいつの間にか俺の後ろにやってきていた。
「オレだ、シュウト。無為に大声を出すな。余計に体力を消費するぞ」
「きゅ、急に話しかけるなよ、寿命が縮むだろ。それより、なんで離れてたのに戦闘終了のタイミングが分かったんだ?」
「お前の荒れた息遣いが聴こえなくなったからな」
真顔で気持ちの悪いことを言ってきた。
よく見てみると、ジキが握っている皮袋には樹皮や草花がいくつか詰められている。
「また薬草か?」
「それもあるが、杖や服に用いる素材を採取してきた」
「お、その話題は俺も気になるな」
「期待に添える結果ではない。残念ながら希少な物資は見当たらなかったが、これでも売れば多少の金にはなるだろう。比較的高値で取引されているものに絞って探したからな」
こいつはこいつでしっかりしてやがんな。
「それより、大体片付いたみたいだな。結構。奥地を目指すぞ」
ジキがまた先頭に立ってどんどん歩いていく。
視界も足元もおぼつかないってのによくやるよ。
若干けだるさを覚えながらも、俺も続く。
戦闘より移動のほうが遥かに疲れる。俺は滝のように汗をかいていた。薄めたワインをラッパ飲みしながらでないと気力が持たない。
「疲れたか? ならこれをやろう。手を貸せ」
差し出した俺の指先に置かれたのは、一センチ角の紙片だった。しっとりと濡れている。
「なんだこりゃ?」
「疲労回復薬に浸しておいたものだ。舌の上に乗せろ。しばらくすれば効いてくる」
それだけ説明してさっさと進むジキ。
「舌に乗せたら疲れが吹っ飛ぶって……」
どうしてもヤバいおクスリを連想してしまうのだが、タブレットみたいなものだと考え直して口の中に放りこむ。
うわ、あめー。
あとやっぱり薬品っぽい味もする。砂糖でごまかさなかったら到底口に入れられないとかじゃないだろうな。
まあもらったもんだし、贅沢言わずに舐めさせてもらうか。
俺は効能があることを祈って、先を行くジキのやつれた背中を追いかけた。