俺、護衛する
さようなら昨日までの俺、こんにちは今日からの自分。
新しい武器を手に入れた俺は朝を迎えるや否や、意気揚々と斡旋所に乗りこんだ。
大物のこいつにふさわしい仕事を探すとするか。
「……あれ?」
いつもだったら「ようこそギルドへ」なんて気取った挨拶をされるのだが、おっさんは受付の前に立っている男となにやら話しこんでいる。
ボサボサの灰髪に三白眼が印象的なその男は、俺以上の痩せ細り方といい薄汚れた格好といい正直浮浪者にしか見えなかった。が、おっさんとは妙に親密そうである。
「おお、シュウトか」
ようやく俺に気づいたらしい。
「こりゃまた派手な武器を注文したもんだな……いやすまない、懐かしい顔が見えたもんだから昔話に花が咲いてさ。なあ、ジキ?」
ジキと呼ばれた男は口元だけで笑って。
「大して懐かしくもないだろう。半年前に一度戻ってきたばかりだ」
「そうだったか? 随分間が空いたように思ったがなぁ」
置いてけぼりの俺。知ってる奴が知らない奴と喋ってるとなんでこんなに居心地が悪いんだろうか。
「シュウト、紹介しておくよ。こいつはジキ。大陸全土を飛び回ってるギルドメンバーだ。この町に定住しなくなってもう二年くらいか……とにかく、そういう自由な奴なんだよ」
おっさんの紹介を受けたジキは腕を組んだまま俺に目線をよこす。
野良犬じみた雰囲気の男だ。
「よろしくな」
「お、おう。よろしく」
顔をよく見ると俺と同世代であろうことが分かったが、タダモノならぬオーラがある。なんだこの歴戦の猛者感は。ボロボロなだけともいうが。
「ん? 各地を飛び回ってるってことは……」
「ああ。ジキはCランクの冒険者だ」
なるほど。だとしたらこの強者臭も納得だな。
「期待させて悪いが、オレは強くもなんともない。現にオレがここを尋ねたのは同行者を雇うためだ。今集まっている奴で一番戦える奴は誰だ、ってな」
えっ、弱いのか。
言われてみれば俺より更に軽装だし、武器らしい武器も持っていない。
じゃあなんでCにまでなってんだ。
「ジキはうちに登録されている冒険者の中でも指折りの変わり者でな、調査と採取、あとは捜索依頼だけで地位を固めたんだよ。ほとんど一人でだ」
つまりは、本当の意味での『冒険』をし続けている男のようだ。
「ヒトとモノを探すのに凶器はいらない。オレの身ひとつで十分だからな」
「そりゃそうかも知れないが、要注意の魔物と出くわした時はどうやって切り抜けてきたんだ?」
「事前に出現条件を下調べしておけば回避できるし、仮に遭遇しても罠にかければ逃げられるだけの猶予は確保できる。恐れるようなことじゃない」
無茶苦茶なことを口走っているようにしか聞こえないが、表情が冗談っぽくないのでどうやらマジらしい。
要するに、こいつはサバイバルの達人ということか。
「……それにしてもジキ、相方を雇うってことは、またあの密林に向かうのか?」
「そうだ。オレが故郷に戻る理由は他にない」
「まだ調べ足りないだなんて、よくやるよ、本当に」
「どう思ってくれようが構わない。これはオレのライフワークみたいなものだからな」
意味深な内容のやりとりが交わされているが、俺にとってはそれ以前に。
「おい、密林ってなんだよ?」
馴染みのない場所名が出てきたのでおっさんに尋ねる。
「そういや、シュウトにはまだ話してなかったっけか。ここから南の方角に進んでいくと広大な密林地帯がある。湖畔よりは近いが、必要なら野営の準備もしておいたほうがいいな」
おっさんは地図を広げて説明する。日帰りには微妙な距離だ。
「視界に難があるから注意しとけよ。その上、生息する魔物はこの地方でもトップクラスに強い」
「へえ」
これまでの経験則に基づけば、強い魔物ほどより多くの硬貨を所持している。
となれば、俺が次に狩りに出向くべきポイントはそこだな。
「強いからこそ、オレは腕のいい奴の協力を求めている」
「腕がいい、ったってなぁ……最近の連中は通行証を出してやったそばから町を離れるから……おっ、そうだ!」
おっさんが手をパチンと打つ音がやたらうるさく響く。
「ジキ、こいつを連れて行け」
「はあ?」
妙案とばかりにおっさんが指名したのは、よりにもよって俺だった。
「ほう」
よろしくないことにジキもニヤリと笑い、関心を覗かせている。
「シュウトはランクこそまだDだが、戦闘力はその器じゃない。きっと役に立つぞ」
「待て待て待て、俺の話を聞け!」
俺は手と首を同時に振って制する。
「前にも言ったけど、俺は単独行動でやってくつもりなんだよ。他のメンツと冒険だなんてまっぴらごめんだぜ」
そうしないとスキルの存在がバレるからな。
「俺は一人で戦いたいんだ」
この台詞を翻訳すると「俺は金貨を独り占めしたいんだ」になる。
「分かった、シュウト。ならこうしよう。お前が戦闘している間、オレは一切干渉しない」
ジキが妥協案を出す。
「だからドロップアイテムの折半もなしだ。総取りするといい。ただし、オレはその間好きに探索させてもらう」
いわく、戦闘風景に気を配りもしないから俺の勝手で構わないとのこと。
「報酬は一万Gと、発見できれば成果に応じてレア素材を譲る。つまりオレが活動しやすくなればなるほど、シュウトにもうまみがある。悪い話じゃないだろう?」
ぐっ、強力な交渉材料を持ってくるな……。
ジキの推察どおり、レア素材は俺が常々求めている代物だ。
まあ、一介の冒険者であれば俺に限った話でもないのだろうが。
素材目当てで探索するなら、その筋のプロフェッショナルであるジキに一任したほうが効率的なのは間違いない。さしづめ魔物担当俺、採取担当ジキ、といったところか。
「なあシュウト、これはチャンスだと考えたほうがいいぞ。用心棒の仕事もやっておいたほうが今後のためになるからな」
おっさんが後押ししてくる。確かに名声を稼ぐのにも適した依頼ではあるが……。
「……分かった、ついていってやるよ。どうせ密林には俺もそのうち行く予定だったしな。その代わり、邪魔はすんなよ」
俺はリターンの大きさに賭けることにした。
せっかく得られるものが多いっていうのに見過ごすのは惜しい。
異世界の仕組みを分かっていなかった転生直後の俺なら、絶対取らなかったような選択肢だと自分でも思う。
とにかく金貨がザクザク落ちてくる現場さえ押さえられなければセーフのはず……即時回収を心がけねば。
「そうか、ありがたい!」
指を鳴らすジキ。
「だが密林にハイキング感覚で向かうわけにはいかない。一度戻って支度を整えてきてくれ。十二時にまたここで落ち合おう」
そう指示されて、一旦別れる。
支度といっても、探索道具とテントの用意はジキがすべてやってくれるとの話なので、俺自身はあまりすることがない。
となると問題になるのは、ミミを連れて行くかどうか。
長旅ではミミの回復魔法はありがたい存在だろう。だがジキの要望では、可能な限り少ない人員で密林に向かいたいらしい。数が多いと隠密行動が取りづらいのだそうだ。
「名残惜しいが、ここは諦めるしかないな」
てなわけで、今回はミミは留守番。
代わりといっちゃなんだが魔法屋で『初級促進のグリモワール』という魔術書を買っておいた。俺が出払っている間は学習に集中してもらうとしよう。
薬の手配をジキがやってくれるそうなので、治療はそれをアテにするか。
腹ごしらえだけを済ませて、俺はジキと合流した。
「じゃあジキは、全然魔物と戦わないのか?」
密林までの道すがらにジキと会話をしてみたのだが、衝撃ばかりだった。
「そうだ。依頼の達成条件に含まれていないのであれば、戦う価値はない。逃げるのが最善だ。そんな暇があったらオレはより広く、より遠くまで探検する」
一応ナイフは装備しているものの、獲物をしとめるというよりは雑務が主な使い道なのだろう。
俺とは対極に位置する冒険者だ。
「それにほとんど野宿って……」
「町に戻る手間がもったいないだろう?」
ジキはさも当たり前かのように語る。なるほど、おっさんの言うとおり変人だ。
その割にはジキの荷物がやけに少なく、心配になる。
「所持品は必要最低限にまとめるのが長時間探検するコツだ。体にかかる負荷の差は馬鹿にならない」
とはいうが、本当に大丈夫なんだろうか?
まあクソ重い剣を背負ってるせいでへばりかけてる俺が反論できるはずもないんだが。
「剣、か」
ツヴァイハンダーの実戦投入は今回が初。果たしてどのくらいの破壊力なのやら。
「見えてきたぞ」
ジキが指差した先を見ると、うっそうと生い茂る密林地帯がそこには広がっていた。
……なんていうか、完全にジャングルだな、あれ。