俺、強化する
トンカチを叩く音が工房全体に響き渡る中。
「お、おお……」
俺は黒鉄のテーブルに置かれた芸術品を眺めて、感嘆の声を上げていた。
「加工には四苦八苦したぞ。なにせこいつが折れる曲がるたわむの嫌いな、レアメタル界きってのじゃじゃ馬だからな。鋼にする過程でさえ……」
脇で鍛冶工のおっさんがウンチクを語っているが、視覚からの情報が鮮烈すぎて耳に入ってこない。
約束の時刻にツヴァイハンダーを受け取りに来た俺だったが、そのあまりの出来栄えのよさに惚れ惚れしてしまった。
パッとしない黄土色だった鉱石が、今ではオレンジがかった金色の輝きを放っている。
剣のこしらえ自体はシンプルなのに金属そのものの高級感が素晴らしい。
「土竜鉱は鉄と反応するとこんなふうに性質がガラリと変わる。最大限軽量化させたから、まったく装飾は施せなかったがな。機能性重視の一品だと思って諦めてくれ」
「こんな見事な剣に文句つけてたらバチが当たるぜ。だがな……」
俺は鑑賞中ずっと呑みこんでいた言葉をようやく吐き出す。
「でけーよ」
ギャグかってくらいでかい。
刀身は幅、厚み共にさほどではないが、長さがやはり目につく。
「俺の身長は超えるなって伝えたじゃん!」
「超えてはいないぞ。お前の身長と『ちょうど』になるように作った」
してやったりの表情をするおっさんは大剣を手に取ると、俺の隣に並べる。
まったく同じ長さだった。
「な?」
ぐっ、言葉のマジックを使いやがって……。
それにしても目測で俺の身長をぴたりと当てるとは、これが熟練の技師のなせる業ってやつなのか。
「ま、使ってるうちに違和感は消えるだろ」
「だといいけどな……」
「二万Gだ。個人的にも面白い仕事だったから鉄の分はサービスしてやるよ」
金貨をおっさんの手の中に落とす。
この瞬間、俺に新たな相棒が生まれた。
馬鹿でかくて少し不安だが、今日から頼りにさせてもらおう。
「毎度あり。俺の作品を粗末に扱ったら承知せんぞ」
「それは分かってるけどさ、鞘はないのか? 抜き身で持ち歩くのは物騒すぎるぜ」
「そんなものはない。大体これだけの長さの剣をいちいち鞘から抜き差ししていたら手間でかなわんだろう。紐をつけてやるから後ろに背負え」
言いながらおっさんはツヴァイハンダーを緩めに縛りつけ、俺の背中に固定した。
俺は今までカバンは背負って持ち運びしていたが、これからは片腕に引っかけるしかないな。
ていうか、重っ。
これ持って適当にうろうろしてるだけでトレーニングになりそうんだが。
「一度素振りでもしてみるか? そのつもりなら裏手にある製鉄所を使え」
そうさせてもらうことにした。
試し斬りに森に向かおうにも、今日はもう遅い。だからって刃物を町中で振り回すわけにもいかないからな。
工房裏の製鉄現場へ。
そこは広場と呼んでいいほどの敷地面積があった。
大量の鉄鉱石が山のように積み上げられている。巨大な溶鉱炉もフル稼働だ。
「ここなら安全ではあるな」
背中の大剣を外す。
「お、重てぇ……」
持ってみると二、三キロくらいに感じる。今の俺はチョーカーで補強されてる状態だから実際はその倍はあるな。
重さだけなら大したことないかもしれないが、これをブン回すとなれば話は別。
「う、お、おおおお!」
とりあえず試してはみる。
剣を振り回すというより、剣に振り回されているような感じだった。
重量と遠心力を利用して斬る、という動作を早めに体に馴染ませないと「いざ本番」となった時に苦労するだろう。
「やべぇなこいつ、めっちゃ疲れるぞ……」
ただ威力が凄まじいことになってるのはなんとなく分かった。
感触がカットラスとは違いすぎる。
あとは隠された魔力のほどだが……。
「でりゃあ!」
気合を入れたはいいものの、カットラスのように刃から何かが出るような現象は起きない。
「……振り方が悪いのか?」
ひいひい言いながら横振り、縦振り、斜め振りと順番にやってみたが、反応なし。
俺の腕がダルくなっただけだ。
「ちょ、無理……」
何度目かの実験中、俺は疲れからか振り下ろしたツヴァイハンダーの軌道を止めることができなかった。
そのまま切っ先が地面に落ちる。
すると。
「おおっ!?」
触れた部分の土が隆起し、細長い三角錐のような形になった。
「なんじゃこりゃ……トゲというか、槍というか……まさか」
俺は試しに剣の先端を三回、間隔を空けて地面にぶつけてみる。
さっきと同じものが三本突き上がった。あたかも地底から爪が伸ばされてきたかのように。
どうやら、これが新武器の追加効果らしい。
「やってくれそうな性能じゃないか」
うまく使えば防御にも役立ちそうだ。剣がスカった時のフォローにもなりそうだし。攻撃範囲は前より狭まっているが、それは剣自体のリーチで補うしかないな。
というか剣を振り回すより断然楽なので、しばらくはこっちをメインの攻撃にしとくか。
俺はツヴァイハンダーを背負い直し、帰路につく。
当たり前だがめちゃくちゃ目立った。すれ違う全員が俺のほうを見てきている。
正面からでこれなんだから、背中は穴が開くほどジロジロ見られてるんだろうな。
少し早足で歩いた。
「帰ってきたぞ」
「おかえりなさいませ、シュウト様。お待ちしておりました」
ミミが勉強を中断して俺を出迎える。
テーブルの上にはもう既にパンを入れたカゴとチーズが並んでいた。
「わ、大きな武器ですね」
俺の背中にあるツヴァイハンダーを興味深そうに眺めるミミ。
「きっとシュウト様の冒険に貢献してくれるでしょう」
「そのために手に入れたもんだからな。ただ、クソ重いんだよな……こいつ」
思い返せばカットラスは……。
「おっと」
あぶね、未練がましいことを考えてしまった。
モノに愛着とかなかったほうだったんだけどな。
俺の手を離れたカットラスは今朝から部屋の片隅にポツンと置かれている。
鞘に納まったままのそいつを拾い上げ、じっと見つめる。
出会いは偶然だったか、そういや。
そんなに長い付き合いではなかったが、毎日のように握っていたせいでグリップ部分は俺の手垢で少々黒ずんでいた。
今まで世話になったな。俺は胸の裏で柄にもないことを呟き、戦友を壁に飾った。