俺、募集する
一日、と前置きしていたのに、結局次の日もミミとダラダラ過ごしてしまった。
しかしその甲斐あって磨り減っていた気力体力とも万全になり、今後の指針も定まった。やはり休息は必要ということだ。現代日本も週休三日の導入を論議すべきだな。
俺はミミを部屋に残し、手始めに鍛冶屋へと向かっていた。
手ぶらで、である。
「冷やかしか?」
当然、頑固そうな鍛冶工のおっさんに睨まれる。
すげぇ嫌そうだ。
「今日はそうだけど、まあまあ、そんなカリカリしないでくれよ。次に顔見せた時はちゃんと仕事を頼みに来るからさ」
「まったく信用できんな。フン、まあいい。用件はなんだ?」
おっさんがいぶかしげな目つきで俺に問う。
「上等な金属について教えてほしいんだよ」
「上等な金属? レアメタルのことか?」
「そう、それ」
顎ヒゲを撫でながら、過去の出来事を引っ張り出してきて語るおっさん。
「俺も何度か鍛えたことがあるが、どいつもこいつも凄まじいクセモノ揃いでな」
「いやそういう職人っぽい話が聞きたいんじゃない」
俺はワビサビは重視しない人間なんでね。
「どういうレアメタルがあるかってのと、どこに行けば採れるのかってことだ」
「種類だったら多すぎて俺も全部は把握できていないぞ。ただ、どこでよく採れるかは知っている。デルガガ鉱山だ」
なるほどなるほど? 俺は頷きながら聞く。
「ここからずう……っと東に行けばデルガガという地方に辿り着く。その最奥にそびえる鉱山は多様かつ良質なレアメタルの産地だ」
「そりゃ耳寄りな情報だ」
「まさかと思うが、お前がそこに行くとか言い出すんじゃあるまいな? 忠告しておいてやるが、Bランク以上の冒険者が出入りするような過酷な場所だぞ」
「行くわけないじゃん。大体俺Dランクだから通行許可下りねぇし」
だったら最初から聞くな、とおっさんは至極もっともな意見をぼやいた。
「というか、お前はたったDランクぽっちだったのか。その腕で寝言をほざくのはやめときな。レアメタルというのは難所を攻略し強くなった証として手に入れるもんだぞ」
「俺にとっちゃ強くなるための道具なんだよ」
「順番があべこべだ」
おっさんは呆れた口調をするが、俺にはどうしてもそれが欲しい理由がある。
今更明かすまでもなく、俺は次なる武器の獲得を企てている。
多少の防御の穴はミミお得意の回復魔法である程度リカバーできても、攻撃に関してはそうはいかない。
武器を新調するしかないだろう。
「特注の武器が欲しいなら大人しく鉄を持ってこい。剣でも斧でも鎚でも、店で売っているどれよりもいいものを作ってやるぞ」
「それじゃ意味ないんだよなー。いや、おっさんの腕を舐めてるってわけじゃないけどさ。まあ今日のところはこの辺で去るよ」
俺の未熟な腕前を補ってもらわないと困るから、当然魔力を帯びた希少な素材で作られてあるのは必須条件。
交易船が目当ての品を運んできてくれるような幸運はそう何回も続かないだろうし、今度は鍛冶を利用しようと考えたってわけだ。
だがおっさんの話だと最低Bランクはないとダメらしい。
ランクを上げるために必要なのに、ランクを上げなければ入手の機会が訪れない。
俺にあるのは金だけ。
謎は解けたな。
つまり、俺自身が依頼人となることだ。
「邪魔するぜ」
俺はその足で斡旋所に赴いた。
いつものようにいつものおっさんが受付に立っている。
ただ斡旋所の中にいた他の冒険者の様子がこれまでとは違った。
今までは高級ベストへの羨望の眼差しくらいしか向けられたことがないが、先日全員共通の同僚であるヒメリを助け出してきたからか、俺に対して一目置いた視線を送ってきている。
「おおシュウトか。今日はどうした?」
「なあ、最初の頃にレアメタルの採掘依頼の話をしてくれたよな?」
「した記憶があるな。確かにありゃあ金になる依頼だが、今は出てないぞ。仮に出ていたとしてもこの近辺で採れはしないから、こればっかりはお前にも任せられない」
おっさんは難色を示す。が、別に俺は仕事をもらいにきたわけではない。
「そうじゃなくてだなー、俺がレアメタルを持ってきてくれって依頼を出したいんだよ」
「お前が?」
「おう。デルガガ鉱山のやつだ。どんくらい報酬を用意すりゃいいんだ?」
「まあ待て。勝手に話を進めるな」
おっさんはカップに注いでいた紅茶を飲み干してから続ける。
「もちろんお前が依頼を出すこともできる。誰でも募集はかけられるからな。この町には各地を転戦中のトップランカーも滞在してるから、そいつらを対象にすれば大丈夫だろう。もし荷馬車を引いて素材収集の旅にふけってる奴がいれば、もう既に所持しているかも知れんしな」
ほほう。ってことは即日納品もありえるわけか。
「しかしなぁ、シュウト。さっき伝えたようにこれは金になる依頼なんだぞ? ってことはすなわち、多額の報酬を依頼人は設定しなければならない。危険相応の儲けがなかったら誰も受けないからな。お前だって貴重な代物を安く買い叩かれたらブチキレるだろう」
「そんくらい覚悟してるっての。相場はいくらだ? 色はつけるぞ」
「軽く言うがなぁ……通常市場に並ぶものじゃないからおおよそだが、武器や盾を製造する分なら十五万Gは最低でもいるな。全身の鎧ならその三倍だ」
ふむ、確かに莫大ではある。
まあそれは平均的な金銭事情ならの話だが。
「分かった。じゃあ俺は二十万出そう。剣を一本作れるだけの量を持ってきてもらうとするか」
「に、二十万?」
おっさんは俺がカバンから取り出した布袋のふくらみ具合に目を丸くする。
無論、中身はすべて金貨だ。湖畔で得た収入のうち経費として二十万Gを携帯していたのだが、ちょうどいい金額だったな。
全部を預ける。
「お前、いつどこでそれだけ稼いだんだ?」
「なんとか捻出した全財産だ。俺はそれだけマジってことだよ」
真っ赤な嘘をついて乗り切った。
「急募、デルガガ鉱山産レアメタル……謝礼金二十万G也。署名はこれでよし、と」
ともあれ、依頼の掲示は済んだ。
あとは待つだけだ。どのレアメタルが納品されるかは当日になってみないと判明しないが、それもまた楽しみにしておこう。
手持ちも尽きたのでまっすぐ帰宅。
自宅の戸をくぐった俺に気づくなりミミは読書をやめて立ち上がり、会釈する。
「おかえりなさいませ、シュウト様。武器の件はいかがでしたか」
「んー、明確な日取りはまだ決まってないけど、一応は目星がついたかな」
「それはよかったです」
ぱあっと目を細めて微笑むミミ。
ミミは表情といい雰囲気といいぼんやりしているから一見アホの子っぽく見えるのだが、実際はこの上なく聡明な女だ。
賢く、美しく、気立てもよく、その上……。
「今日もなさりますか」
奔放だ。
「や、やめとく」
俺は苦笑いを返す。
気持ちも嬉しいし気持ちもよろしいが、そろそろ腰を痛めそうだからな。
「久々に魔物退治に出てくるわ。健康的にな」
町を離れる俺、
金はいくらあっても足りない。俺はなまった体を慣らす目的も兼ねて、夜になるまでひたすらオークを狩り続けた。
いい加減飽きてはいる。ここを上回る稼ぎスポットにとっとと移りたいよ。