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俺、献上する

 それにしてもブサイクな魔物だ。子供が憧れる要素をひとつも持ち合わせていない。


 視界にはうっすらと暗闇の幕が張られている。


 ギリギリ瞳は暗順応が間に合っているが、それでも見えづらいことには変わりない。


「あいつがお前のパーティーを襲った奴か?」

「そ、そうです! 普段は湖に潜っていて、地上に出てきたとしても深夜のはずなのですが……」


 ヒメリの解説が事実なら、出没時間帯がいつもより早いことになる。


 理由が分からない、とヒメリは想定外の事態に混乱するが、俺にはなんとなく察しがつく。


 気分だろ。人間にだってよくある話じゃん。


「気をつけてください! 見た目は、ええと、ちょっとグロテスクなだけであまり強そうには思えないかも知れませんが、非常に危険な個体です!」


 言われずとも分かっている。


 カエルの分際で俺の背丈を上回っている時点で只者じゃない。


「ミミ、絶対に前には出るなよ。サポートに専念してくれ」


 とカットラスを構えながらビシッと決めてみた俺だったが、ここである重要事項を思い出す。


「……ヒメリ」

「どうしました?」

「お前も戦うのか?」


 念のため確認。


「こうなってしまっては共闘するしかないでしょう。釈然としませんが」


 あ、やっぱりですか。


 となると、俺の収入形態が発覚してしまうんですが。


「なあ、ヒメリよ。ここは俺に任せておいても大丈夫だぞ。お前だけ先に帰っていいぜ」

「そうはいきません! 私にも冒険者としての矜持があります!」


 よくないイメージがまだ尾を引いているだろうに、一切退く気配はなく、がっしりと両手持ちの剣を握り締めている。


 くっ、ヒメリの頑固さがここに来て裏目を引いたか……。


 だが四の五の言ってはいられない。まずはあいつをぶちのめすことに集中せねば。


「こんなにすぐ再戦の機会が巡ってくるとは思いませんでした……いざ!」


 悲願である強敵撃破に燃えているヒメリが、流れるような体さばきでカエルゾンビ(例によって本名はクソ長いだろうから臨時の呼称)に斬りかかる。


 その鮮やかな手並みからして、剣の腕前が俺より遥か上なのは間違いない。


 しかし武器に用いられた金属が精彩に欠けているのか、ヒメリの剣は元々ぐちゃぐちゃだった腹をかき乱しただけだった。


 断ててはいない。


「いやいや、っていうかあんなのどうやって斬りゃいいんだ?」


 柔らかさの方向性がスライムとは違う。あっちは水まんじゅうみたいなものだが、このカエルは肉が最初から崩れているという反則を犯している。


 カエルゾンビは長い舌を伸ばして反撃に出る。ぶつぶつが大量に浮いた気色の悪い舌だ。


「くっ!」


 腕に巻きついてきたそれをヒメリが切断。血が噴き出し、鼻の曲がりそうな臭いが立ちこめるが、舌は斬られた根本からあっという間に復元する。


 ミミがヒメリをすぐさま回復し、戦線を保つ。


 俺もぼーっと眺めているだけじゃいられないので、おそるおそるながらもヒメリに加勢。


 とはいえ腹を裂こうとしたところでロクな手応えはないし、舌を狙って敵の攻め手を奪おうにも一瞬で元通りに戻る。


「はあ? 無理なんだが」


 無尽蔵の耐久。きつい冗談だな。


 初期からの相棒であるカットラスの切れ味がこんなにも物足りなく感じたのは初めてだ。


「おい! こいつ防御面やばくねぇか?」

「その通りです。私たちのパーティーも決め手が見つからずじまいでした」

「それでバラバラになったのか。じゃあお前、怪我して、一人きりになって、それでもまだ挑み続けたっていうのか?」


 ヒメリは唇をぎゅっと結んだまま答えない。


 しかし強情な眼差しが肯定の意志をこれ以上なくはっきりと告げている。


「無茶しやがんなぁ」

「……そうしなければ、次のランクに辿りつけませんから」

「そんな気負うなよ。もっと気楽に冒険者やってこうぜ」

「私はあなたとは違います!」


 確かに別物だ。ヒメリが努力の末に得たであろう武技の差を、俺は装備品の出来で埋めている。


「だからって焦っても損するだけだぜ。よく考えてみな? お前だってそのうち上質な武器を手に入れられるようになるだろう。そうなりゃ俺の優位点なんて消し飛ぶわけだ」

「私には足踏みしてる暇なんてないんです。そんな不確定な未来をアテにしたって」

「だから『そのうち』って言ってるじゃねぇか」


 会話の最中にも戦闘は続いている。


「『そのうち』は生きてりゃいつかやってくるもんだぜ。こっちから急ぐのも、あっちから来てくれるのも、大して変わらないっての」

「……そうなのかも、知れませんが……」


 ヒメリは珍しく、肩の荷を下ろしたような気取らない表情を見せた。


 なんだ、かわいげのある顔もできるんじゃないか。


 というかさっきからちょっと思ってたけど、こいつ反応面白いな。


「ま、その頃には俺自身も鍛えられてるだろうし、もっといい武器に持ち替えてるけどな」

「っ……そういう……余計な一言が……大嫌いです!」


 急にカッとなったヒメリ。頬が上気している。


「少しでも流されそうになった数秒前の自分を殺してやりたい気分です」

「そうトゲトゲすんなよ……とにかく俺がお前に言えるのは、お互い今できる範囲でやってこうぜ、ってことだ」


 そのためには、まず目先の怪物から片付けないとな。


 ……。


 格好つけてみたはいいものの、やっべ、気の利いたやり方がひらめいてこないわ。


「どうすりゃいいんだろ」


 頭をかく。全然糸口がつかめない。


 が、打開策は意外なところから飛んできた。


「ヒール!」


 後方にいるミミは俺たちにではなく、あろうことか敵に向けて回復魔法を放った。


 けれどそれは決して血迷ったとかではない。ちゃんとミミなりに思うところがあっての行動である。治癒の魔術を浴びたカエルゾンビの腹部が、肉体再生効果によって修復されていくではないか!


 ミミはなおも同じ魔法を連打。


 ただれた肉塊に過ぎなかった腹が、みるみるうちに張りのあるカエルらしいものになる。


「ミミ、お前は本当に最高の女だ」


 俺と、ついでにヒメリにはない柔軟な発想力ってやつを持っている。


 やっぱ魔法の才能って、単純に頭のよしあしなのか?


「そんなのは今はどうだっていい」


 ただのカエルに成り下がったのであれば臆することはない。


 ダッシュの慣性をつけた俺は、胴体めがけて勢いよくカットラスの先端を突き刺す。


 腹が血の詰まった袋であるかのように盛大に弾ける。


 かろうじて形状を維持している魔物は、無理やり言語化するとしたら「ゲギョギョオ!」といった感じのみっともない苦悶の声を上げた。


「よし、次の一撃で――」


 ストップ。


「あー……そういや」


 集中しすぎて忘れるところだった。


 今ここで俺が完全にカエルの息の根を止めれば、そりゃもう硬貨がジャブジャブと確変状態に突入するだろう。


 その光景を見てヒメリがどう思うか。


 あんだけかっこつけといてマネーイズパワーの現実が白日の下に晒されたらどうなるか。


 ていうか当初から懸念してるとおり、ギルドの面々に俺の特異性が広まりかねないし。


 こ、これは……。


 窮地を切り抜けたようで、実は異世界生活始まって以来のピンチなのでは……。


「……おい」

「何をしているんですか。弱っているうちにトドメを!」

「それなんだが……ヒメリ、お前がやってくれ」

「ええ!?」

「お前、討伐報酬の出る魔物を倒すのが目標だったんだろ? こいつの落とす素材持っておっさんに渡すといい」


 俺の思いついた浅知恵は、戦闘から離脱するというものだった。


 金も惜しい、名誉も惜しいが……しかし……!


 背に腹は代えられない……!


「いやー、なんていうのかな、これは俺の好意みたいなものだと思ってくれ。別に俺は懸賞金目当てにここに来たわけでもないしさ、うん」


 ここは一時の損を一生の得のために差し出そう。


「……私は……」


 ヒメリは唇を噛む。


 そして、刃を納めた。


「……私はあなたに手柄を譲ってもらって喜ぶほど、恥知らずではありません!」


 強い信念がうかがえる、ハキハキした口調でそう言った。


「その魔物を倒したのはシュウトさんたちです。私は一度敗れ、二度目も同じ過ちを繰り返しかけただけでした。シュウトさんの言ったとおり、私は拙速に陥っていたに違いありません。今回は負けを認めましょう……ですが!」


 踵を返しながらヒメリは宣告する。


「次こそは! あなたを超える功績を挙げてみせます!」


 俺に背を向けたヒメリは一人で湖畔を去っていった。


 細身の剣士の姿が夜の闇の中に紛れていく。一度たりとも振り返らずに。


 残された俺はしばし呆然としていたが、カエルの成れの果てがもぞもぞと動き出しているのを見て我に返る。


「あぶね、息を吹き返す前にしとめとかないと」


 ザックリやる。


 予想していたとおり、煙が払われた跡には尋常でない量の金貨が積もっていた。


「す、凄い……」


 驚嘆のあまり口元を覆うミミ。


 俺はオマケのように落ちていた新鮮なカエルの肝を空き瓶に詰めながら、ようやく一息つく。


 前回といい、レア敵との戦いは疲労度が段違いだ。


「この金を得られたのって、ぶっちゃけ俺よりミミの力だけどな。あの機転には舌を巻いたよ」

「いえ、結果的にそうなっただけに過ぎません。見たところ先程の魔物はアンデッドなので、もしかしたら回復魔法が効くのではないかと」

「結果オーライでも倒せたんだからそれでいいんだよ。ありがとな」


 とまあ、俺たちのほうはこんなぬるい感じでいいんだが。


「あいつ、一人で帰っちゃったな」

「怪我は完治しているかと思いますけど、付き添いなしで大丈夫なのでしょうか」

「まあ心配は無用じゃないかな。あの腕なら並の魔物は余裕だろうし。それにじっとしてた分体力余ってんだろ……俺は行きの道も今日の話だからヘトヘトだよ」

「ミミもです」


 夜空にはとっくの昔に星がバラ撒かれている。


「……泊まってくか、テントに」

「そう、ですね」


 今から歩いて帰る気にはとてもなれなかった。


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