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俺、推挙する

「それと、九人だよ。一人は闘技大会優勝の肩書きを手に入れた途端尻尾振って騎士団に売り込みかけやがったし、一人はとっくに廃業して田舎に帰ったと風の噂で耳にした。ま、その九人にしたって、まともに動いてるのが俺以外に何人いるかはロクに知れたもんじゃないがね」


 どうやら会話の内容は筒抜けだったようで、パーフェクトな補足を加えられる。


「しっ、失礼しました!」


 ヒメリは起立し、急いで頭を下げる。


 というか、詫びる態度を抜きにしてもガチガチに緊張していた。


 表情は硬いし、肩肘も強張っている。こいつにとっちゃAランク冒険者ってのは雲の上の存在なわけで、言葉を交わすだけでも心拍数が跳ね上がるらしい。


 それはカイにしても同じだった。自分たちのテーブルにトーナメントの優勝候補筆頭に数えられるジェラルドの視線が向いたというだけでそわそわとしている。チノはなんら気にすることなくパンにべたべたと砂糖で煮詰めたジャムを塗りたくっているが。


 もっとも当のジェラルドはまったく気分を害したような感じはなく。


「謝るようなことじゃねぇよ。人からどう思われるかいちいち気にしてたんじゃ、こんなふうに気軽にこいつらを抱き寄せることもできやしないからな」


 そう言って両隣の女二人の肩に腕を回した。


 器が広いのか、ただ単にスケベ根性が強すぎるのか分かりづらい。


「謝る暇があったら、お前さんも惚れた男の腕の中で幸せ噛み締めときな」


 伊達男にしか吐けない台詞を平気で口にするジェラルド。


 当然のようにヒメリは赤面し、ますます受け答えがしどろもどろになる。


「なっ、なにを仰るんですかっ。私にそのような方はまだこの大陸のどこにも……」

「そこにいるじゃんか」


 いちいち言わせんな恥ずかしい、みたいな顔つきでジェラルドが指差した先は――あろうことか俺だった。


「はぁ? いや、そういうんじゃなくてだな……」

「なっ、ななななななっ!? ちちちち違いますよ!? 私はこの人とはなんの関係も、いえまったくの無関係というわけでもないのですがっ、と、とにかくそのようなハレンチな関係では決してなくてですねっ!」


 俺が直々に否定するまでもなく、頭から湯気を立ち昇らせながらヒメリが全力で手と首をぶんぶんと横に振っていた。


 こっちで説明する手間が省けて助かるのだが、そこまでキッパリと全否定されると、その、なんと言いますか、男として微妙に切ない。


「ん? 違うのか。女子供の中に一人だけ野郎がいたから、全員そいつの子飼いなんじゃねーかと思ったが」

「そういう周囲の誤解を招くような憶測はやめてくれ」


 まあ半数は実際にそうなのだが。


「……こほん。そ、それよりですね、ジェラルドさん」


 ようやく落ち着いたらしいヒメリが、息を整えてから『ずいっ』と切り出してきた。


「袖触れ合うもなにかの縁、とは申しますが……この機会に是非ともお話したいことがありまして」

「面の皮凄いな、お前」

「シュウトさんは静粛にお願いします!」


 ジェラルドに対してはやたらと折り入った態度を取るくせに、俺の入れた茶々にはいつもどおりに子供っぽく頬を膨らませるヒメリ。


「私も火の中に飛びこむような心境なんですからね! 厚顔は承知の上ですけどチャンスは今しかないんですから!」

「分かった、分かったよ」


 小声で交わされる俺とヒメリのやりとりに、ニヤニヤと口角を上げながらジェラルドは聞き返す。


「なんだ? 男はともかく女の子の話ならなんだって聞いてやるぜ。どうせ飯が来るまで暇だしな。……いや、スマン。なんだってはちょいと言いすぎた。明日の天気みたいなしょうもない話をされるくらいならソテーの焼き上がりを待ってたほうがマシだからな」

「うっ、もしかしたら退屈な話かも知れませんが……」


 ヒメリは緊張の面持ちを浮かべたまま。


「……私はフィーの町から出てきたヒメリという者です。尚武を掲げる剣士として、冒険者の最高階梯であるAランクに到達したあなたに、ひとつお聞かせ願いたいことが」

「ふんふん」

「いかなる心構えをもってして、その強さを身につけられたのでしょうか? やはり最強という誉れや、末代まで残る富を勝ち取るために……」

「そんな真面目くさった動機のわけあるかよ」


 と、ジェラルドはバッサリ切り捨てて。


「俺が冒険者の道を究めてるのは、モテたいからだ」


 一切の躊躇なく断言した。


「世界中のいい女を抱く。それがこの俺様の野望なんでね」


 いわく、旅の目的も各地に現地妻を作って回るためとのこと。


 そこまで堂々と語られると逆に清々しさすらある。


「でもそれ、よくツレの女の前で発言できるな……」

「こいつらだって理解してるのさ。手元に置いておくってことは、それだけ深く愛しているってことなんだからよ」


 サラッとそんなフォローを口にして両脇に抱えた二人をとろけるような表情にさせるあたり、こいつはデキる男である。


 両手に花どころじゃない数の女に囲まれた冒険者といえば、俺も一人知っている。風車の町で出会ったヤンネだ。だがあいつは(けしからんことに)無自覚のハーレム体質であって、こっちは積極果敢に手を広げているようだから、微妙に差異はあるが。


 ただひとつ共通しているのは、連れている女たちが目をハートにしていることだな。


 圧倒的な力と絶対的な地位。心酔する女がいてもおかしくはない。


 それにしても、なんて分かりやすい奴なんだ。 


 妙に親近感が湧くのは気のせいだろうか。質問者であるヒメリは口をぽかんと開けて「ええ……」みたいな顔をしているものの。


「ってことは、闘技大会に参加するのも似たような理由か?」

「そういうこった。賞金にゃ興味はないが、コロシアムの覇者なんて、最高に女が寄ってきそうなステータスじゃないか」


 うーむ、筋の通った行動理念である。


 俺は今の今までジェラルドという冒険者を貯金箱ゲットを妨げる最大のお邪魔虫だと疎んじていたが、こうして実際に顔を合わせて人となりを知ってみると、むしろ一本気で個人的には好感の持てる男である。


 欲望だけでAランクまで至ってるんだから天晴れとしか言いようがない。


「二年前はドチビのクソ女に不覚を取ったが、今回はそうはいかねぇ。ああ、クソッ、話題にしたら思い出して腹が立ってきた。くだらない呪術でハメてきやがって……」


 けどだ、とジェラルドは続ける。


「チーム戦だからか知らないが、エントリーが締め切られる間際の今になっても姿が見えやしない。まあ、見るからに陰気そうで友達とかいなさそうだったしな、アイツ」


 相変わらずの直球な表現で悪態をつくが、どことなく悔しさの滲んだ口ぶりだった。リベンジの機会が巡ってこなかったことを惜しんでいるのだろう。


「その点俺は幸運だ。誰よりも信頼を置いてくれる奴らがすぐそばにいるんだからな」

「じゃあなんだ、あんたはその二人と組んで出場するのか?」

「当然。俺がこいつらを見捨てるわけないだろ?」


 その言葉にますます目をとろんとさせる魔術師と戦士。


 とはいえ、この男の話を聞く限りだと、二人が腕を見込まれて旅の仲間に誘われているとは到底思えないので、戦力としては微妙なのではなかろうか。


 具体的に言うと顔とか胸とか、あと腰周りで選ばれている気がしてならない。


 いい趣味してやがんな、というオスとしての正直な意見はこの際脇にどけておく。


 それでもジェラルドの表情には大会に対する不安が一切浮かんでいないあたり、自分自身の実力に絶対の自信があるのだろう。


「……ところで」

「どうした? 生憎男の質問にはよっぽど面白くない限りは答えられないぜ」

「世界中の美人を見てきたあんたのお眼鏡だとヒメリも合格点になるわけ? こいつ、顔だけならいい線いってるだろ」


 ふむ、とジェラルドは興味深そうに軽く頷いてから、「なにをドサクサに紛れて変なことを聞いているんですか!」と俺の側頭部をムキになってぽかぽかと殴り続けるヒメリを数秒間だけ凝視した後。


「俺は青いリンゴは食わない主義なんだ」


 ……とだけ余裕に溢れた笑みで言い残し、ようやく運ばれてきた香り高い料理の皿に視線を戻すと、以降こちらに目を向けることはなかった。

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