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俺、傍観する

「このおっさんが?」

「ああ。彼は闘技場随一の鈍器の使い手。信頼の置ける仲間だ」


 正直、意外である。


 何度も耳にしてきたように剣闘士は観客を沸かせるのが役目。


 なのに華のある見た目をしているのはイゾルダだけで、一人は痩せ細った強面、一人はむさ苦しい中年男性だ。


 だがイゾルダは「剣闘士の中でも屈指の実力者を集めた」と語る。


 勝利にこだわったチームってことか。


「ゴードンのおじちゃん、すっごく強いよ」


 と下から聞こえてきたように、チノのお墨付きも得ている。魔法使いじゃないからか腕の評価基準にも色眼鏡がかかっていない。


「ネチネチしてるけど」


 人物評も的確だな。


「時間だ。参ろうか」


 前試合の決着を確認したイゾルダの号令に沿い、三人は闘技場の職員らしき面々から渡された不殺の呪縛状態を維持する腕輪をはめてゲートをくぐっていった。


 それにしてもメンバー構成を見ただけでなんとなくそのチームの戦術ってやつが分かってくるな。イゾルダの元素魔法による角度を変えた攻撃手段があるとはいえ、基本的には肉弾戦をメインに据えていると考えて間違いあるまい。


 とりあえず模擬戦の様子を見て答え合わせをしてみるか。


 ……なんて考えている間に、窮屈なフィールド袖に詰めかけた人数が倍以上に膨らんでいた。最強の剣闘士と誉れ高いイゾルダの腕前を間近で見ておこうと、初めてネシェスに来た連中が主に押し寄せているのだと思われる。


 そのガヤの中にはヒメリもちゃっかり混じっていた。


 俺とチノを見つけたのかこちらに走り寄ってくる。


「いつからいたんだ?」

「そうですね。シュウトさんが棍棒について力説を受けていたあたりからでしょうか」

「あそこからかよ……ってか、お前出番まだなんじゃないの?」

「学べる機会を見過ごすわけにはいきませんから」


 そう答えるとは思った。


 わざわざ俺の顔を指差しながら言う必要はあったのか不明だが、それはともかく。


「始まりそうだぜ」


 フィールドへと視線を戻す。


 練習に過ぎない模擬戦ということもあり、場内アナウンスなどの派手な仕掛けは今日はない。客入りもまばら……といっても千人くらいはいる。全席無料というのもあるが、選手の仕上がりをチェックしようというコアなファンがこれだけいることに驚かされる。


 さて。


 イゾルダたちはほぼ並ぶようにして布陣していた。真ん中に陣取るゴードンだけが他の二人に比べてやや前に出ているか。


 相手は装備品を参照する限り、前衛が二人に後衛の魔法使いが一人。バランスの取れた編成といえる。菱形の盾と短めの槍を構えたがっしりした青年がチームの中心らしく、しきりに発破をかけていた。全員男なので応答の声も野太い。


 歓声もない中、開始を告げる鐘だけが鳴り。


 本番さながらの激闘が幕を開ける。


 しかしながら『激闘』と呼ぶには、少々イゾルダ側が優勢すぎるように思えた。


「ぬおお、りゃああああああああっ!」


 こっちにまで届いてくる地鳴りじみた大声を上げながら先陣を切ったゴードンが、迎撃に怯むことなく盾と鎧で防御を固めた戦士に襲いかかり、相手の思い描いていた戦略を初っ端からかき乱したのがまずは理由の一つ。


 棍棒によるフルスイングをくらわせて戦士を打ちのめし、敵の守勢をあっという間に崩壊させたのが二つめだ。


 見るからに重そうな金属製の棍棒を軽々扱っているんだから、おぞましい怪力である。


 倒れた男の治療に手を割かれ、後衛の魔術師が攻撃に回れないと見るや、俊敏なクィンシーが一気に間合いを詰める。


「再生魔法の使える方を先に倒すつもりでしょうね。定石といえます。支援経路を断てば長期戦に持ちこまれることは避けられますから」


 ヒメリがドヤ顔で解説してきたが、そんなのは俺でも分かった。


 が、当然のようにもう一人の前衛にブロックされる。


 それでもまだイニシアチブを握っているのはクィンシー。白銀の細剣で素早い突きを放ち、反撃の隙も与えずに制圧する。


 そうする中でも、催し事じゃないとはいえ客前ということもあり、随所で舌を出したり首切りポーズを取ったりしているのがプロ根性だな。


 前回目にした時はアホみたいに強いジェラルド相手ということもあって特にいいところもなく敗れていたが、こうして見ているとこいつもまた凄腕なのがよく分かる。


 ただ戦局をコントロールしているのは、やはりというべきかイゾルダだった。


 二人が躊躇なく隣接をしかけられたのも、イゾルダが唱えた地走りのような魔法が近づくまでの隙を埋めたためであろう。


 して、そのイゾルダだが。


 先手を打って一対一の状況を作り上げることに成功したからか、妨げられることなく魔術師の下に向かえていた。


 藤色の刀身が美しいロングソードを勇ましくかかげるイゾルダ。


 魔法『が』専門の者と、魔法『も』扱える剣士。近距離戦になった際にどちらが有利かなんて、コーラを飲んだら云々を語るまでもなく答えを導き出せる。


 袋小路に追い詰めたネズミがヤケクソを起こす前に、猫……じゃなくてイゾルダは冷静に足を払って尻餅をつかせ、剣先を突きつける。


 唇の動きから推測する限り、終いだ、と宣告しているように見られた。


 呪縛如何ではなく無用な怪我をさせる気はない、ってことか。


 いちいち所作が様になっている。情熱的な台詞がない分、逆にクールだ。別に芝居がかった台詞なんてなくても人気取れたんじゃないのか、こいつ。


 模擬戦を終えて戻ってきたイゾルダたちは腕輪を職員に預け、颯爽と控え室へと繋がる通路を抜けていった。


 ……すまん、嘘だった。颯爽としていたのはイゾルダだけで、クィンシーは戦闘中とは豹変して丁寧に頭を下げながら退場していったし、ゴードンは汗を拭いながら「これが棍棒の威力だ」と自慢して回ってたわ。


 それはさておいて、である。


「見ましたか? シュウトさん。これが剣闘士の最先端ですよ!」

「そりゃ見たけど、それにしたって興奮しすぎだろ」

「冴え渡る技の数々を前にして興奮を抑えろというほうが無理難題です。ゴードンさんのパワー、クィンシーさんのスピード、それらを束ねるイゾルダさんのテクニック。すべてに拝見する価値がありましたね。またひとつ成長させていただきました」


 一部始終を見届けたヒメリは感心しきりといった様子だ。


 確かに個々の力量が優れているのは語るまでもない。


 で、チーム全体でのプランだが、ヒーラーがいない構成ということもあり、泥仕合になる前に速攻で勝負を決めようという思惑は見て取れた。


 攻めに偏重した、という意味ではカイ・チノ・ヒメリのチームも同様。


「あー、だからそんなに見入ってたのか」


 参考にしているわけだな。


「でも私、ちょっとだけならヒールも使えるようになったよ」


 コートの裾を引っ張りながらチノが会話に割りこんでくる。


「つまり、『じょーいごかん』なのでは?」


 大きく出たな、おい。


 しかしヒメリはその負けず嫌いな言葉を真摯に受け止めていた。


「……ふふ、そうですね。まったくもってチノちゃんの言うとおりです。見習うだけではなく、超えなければいけません」

「ん。その意気」

「共に励んでいきましょう!」


 結束を固めているらしかったが、端から見ている俺は「めでたい姉妹だな」という感想を抱いていた。まあ前向きとも言い換えられるわけで、そのことで一致してチームワークを高めてくれるのであれば俺としてもありがたいことではある。


 それから十数分経って、本当の兄ことカイがやってきた。


 もうじき出場順らしい。ヒメリにそのことを伝えながら、三角帽をぎゅぎゅっと押しこんで表情は変えないなりにやる気をみなぎらせたチノに忠告する。


「チノ、危なそうだったらオレやヒメリさんに任せるんだぞ。普段と違ってチーム戦なんだから無茶しなくていいからな」

「お兄ちゃん、この前もそれ言ってた」


 チノは不服そうに頬を膨らませる。


 兄という生き物が妹に対して異常に心配性なのはどの世界も共通のようだ。


「行きましょう、二人とも」


 兄妹特有の会話を交わす二人を、先に登場ゲート付近まで進んでいたヒメリがお姉さんぶった口ぶりで呼ぶ。


 めちゃくちゃ気取っていたが、さっき見たばかりのイゾルダの模倣なのは明白だった。


 さておき、俺としては手首に制限用のリングを取りつけてフィールドに降り立つ三人を見守ることしかできない。


 一度始まってしまえば指示の声を飛ばす以外に手出しのしようがなく、下準備だけして後は祈るのみ、というのも焦らされる。


 大会当日もこんな感じと考えると妙に不安と緊迫感があるな。


 とりあえず、こちらと相手側の隊形を確認。


 自軍はただ一人合金製の防具を装着したヒメリを先頭にして、カイがやや下がった位置に陣取っている。チノはその更に後方だ。


 対する敵軍は魔術師の男を頂点にした正三角形の陣形を取っている。前にいる二人はどちらも気の強そうな女剣士で、量産型ヒメリって感じだ。ただしここで我が軍が負けるとヒメリのほうが量産型になってしまうので、それはそれで面白い……ではなく、あくまで模擬戦とはいえ頑張ってもらいたいところである。


 鐘が鳴り響くと同時に、女の片割れが両手剣の先端を下げて果敢にダッシュ。


 一方のヒメリは腰に取り付けた鞘から鉛色の剣を抜いた。


 地脈鉱のスパタだ。抜くと同時に顔の前にかざし、秘められた魔力を解き放つ。


 自身と、そしてカイとチノの足元から耐久力を引き上げる光が沸き起こった。


 防御が固まったことを確認し、ヒメリは戦闘準備に入る。


 切り込み隊長の女剣士が繰り出した挨拶代わりの一撃を、片腕に装着したラウンドシールドで阻止。そのまま軌道を逸らして肩透かしをくらわせようとする。


 だが盾が刃を止めている時間は極めて短く、相手剣士は次なる一手を放つ。


 懸命についていくヒメリ。


 両手持ちの長剣を握っていた時に比べると、動きはぎこちない。盾にしても片手剣にしてもまだまだ不慣れな点が透けて見える。


 それでも一週間少々で身につけたにしては十分すぎる技術だ。


 これを付け焼き刃と揶揄する勇気は俺にはない。そもそも俺は数ヶ月経ってもまだ素人剣法なんだし。


 しかしながらもう一人の女剣士が駆けつけてくると状況は一変。


 配置と装備を見て、ヒメリが戦線を支えていると向こうは考えたのだろう。


 ここさえ真っ先に崩してしまえば――ってわけだ。


 女が三人寄っているが、なるほど確かに姦しい。そのうち二人が敵という事実に目をつむるわけにはいかないが。


 二対一、ともなれば、取り回しのいいスパタと盾を駆使しても、相手の斬撃のすべてを受け止め切るのは困難だった。スパタの追加効果とレアメタルで製造された鎧の合わせ技のおかげで、それでもヒメリは耐えられていたが、押されがちになっている。


 チノはチノで相手の魔法使いと派手に撃ち合っていた。フィールド上のいたる場所で両者が放った魔法同士が相殺し、色とりどりの火花と煙が散っている。


 劣勢のヒメリと五分のチノ、合わせて若干の不利といったところか。


 だがそれはこちらが二人だけの場合に限った話。


 相手側に傾いていた戦局を打破したのは、ヒメリの懸命な戦線維持によってフリーな立ち位置を得られていたカイだ。


 唱えたそばから魔法が相殺されていく中、長方形のフィールドを突っ切っていく。


 目指す先は敵地の魔術師。相手の剣士二人もその兆候を察し、急いで防衛に回ろうとするが、ヒメリがくらいついて離さない。


「ははあ、そういう作戦か」


 ようやく手の内を理解した。


 接近戦を挑んできた相手はヒメリがさばきつつ、魔法による遠距離攻撃はチノが対抗して無力化することで、カイが動きやすい状況を作っているのか。


 ってことはカイをメインのアタッカーに据えているわけだな。


「でぇやああっ!」


 そのカイの、若さと気概に満ちた声が響き渡っている。


 魔術師の居場所まで辿り着いたカイが一太刀浴びせて戦闘不能に陥らせると、今度はそれまで張り合っていたチノの手が空く。


 分の悪いヒメリに加勢するのは自然な流れだ。猛攻をしかけていた女剣士たちはチノが、例によって小声で詠唱して生成した水流に弾き飛ばされる。


 待ち受けていたカイがそのうちの一人にフランベルジュを叩きこみ、軽く昏倒させた。


 ここで戦況を再確認。


 残るは三人対一人。そしてヒメリが負ったダメージはチノがつたないなりに再生魔法で取り去っている。


 これはもう、勝負ありだろう。


 相手も敗北を認めて剣を下ろした。


 積み重ねた練習の成果が出てる……んだろうか。俺はそこまでは関与してないから知りようがないが、カイとヒメリがハイタッチを交わし、チノが無表情のまま胸を張っているのを見る限りは、三人とも手応えを感じているのは間違いなさそうだ。


「ここがチーム戦の難しいところですね。相手の方はセオリーどおりに各個撃破を目論んだのに、結果的に先に一枚落とすことになったんですから。戦略、戦術、戦法というものは難解極まりません」


 通路まで戻ってきたヒメリはドヤ顔解説を決めてきたが、さっきの作戦を頭のよろしくないこいつが発案したかどうかはかなり疑わしい。カイの提案と予想しておくか。

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