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俺、逢遭する

 以降、重点的にバッファローを乱獲。


 物は試しとサイを火攻めで倒してみたりもしたが、めちゃくちゃ手間取っただけでツノしか落とさなかった。くっ。


 まあクジャタの毛皮も手に入ったし、初めてここを訪れたにしては上出来だろう。


 陽が傾き始めたところで帰還する。


 六時間程度しか探索していないので立ち入っていないポイントも無数にあり、狩猟区全域を巡れたとは到底言えない。とはいえ日帰りではこれが限界だ。


 イゾルダたちとは再会できなかったが、ギルドに伝言を残しておけば大丈夫だろう。


 予約していた鎧を引き取って帰宅した時には既に午後九時を回っていた。


 そのせいで先に戻っていたヒメリに「遅いお帰りでしたね」と嫌味くさいことを言われたが、どういう風の吹き回しか夕飯の準備を済ませていたので、ありがたくいただいた。



 その翌日。


 小鳥の鳴き声ではなく、素振りに励むカイの気力溢れる掛け声で目覚めた俺は、朝食のサンドイッチと素材袋を手に取り町中へと出かける。


 目指す先は裁縫工房。


 ローブの製作依頼と、それから素材の性質を見てもらわないとな。


 七色のレンガで組まれた工房に着くなり、俺は安定のクジャタの毛皮から提示する。


「おっ、こりゃまた上玉を持ってきてくれたもんだ」


 鼻の下にヒゲを蓄えた裁縫職人のおっさんは手の平全体で毛を撫で、その硬質な感触を確かめながら唸る。


「クジャタ素材はなめしてよし、紡いでよしだけど、さてどうする? なめすんだったら知り合いの革細工職人に紹介状を書くぞ」

「紡いで毛糸にしてくれ。それでローブを作ってほしいんだよ。このくらいの」


 手を広げて大体の寸法を伝える俺。


「ふむ、ローブか。そりゃまた面白い。腕によりをかけて縫わせてもらおう」

「あ、それと」


 俺はもうひとつ注文をつける。


「帽子もセットで頼む。とんがったやつ」


 お安い御用だ、とおっさんは親指を立てた。


 明日の午前までには完成するとのこと。チノと一緒に受け取りに来るとするか。


 ……とまあ、ここまでは規定路線。


 ここからは狩猟区で入手した素材の品評会である。


 まずはバッファローから剥げた毛皮の、黒版から。


「こいつは牡牛の毛皮か。革にする素材としてはまずまずだな」

「毛糸にはできないのか?」

「表面を見たら一目瞭然じゃないか。ほとんど毛が生えていないから紡ぐのは難しい。これは革細工に回したほうがいいよ」


 革か……加工に一週間はかかるんだったか。


 といっても大会本番までまだ三週間はあるから猶予は十分だな。


「でも素材としては普通なんだよな、これ」

「まあな。売り物の鎧や篭手にもよく使われている」

「じゃあ、いいや」


 俺はまとめて下取りに出した。


 一枚につき350Gでしかなかったが、使う予定がないのに持っていても仕方ないし。


「もしかしてこっちも期待できないとかいうオチじゃないよな……」


 先行きを案じつつも、深緋に染まった毛皮を見せる。


 ところがおっさんは予想外のリアクションを示した。


「ん? これは火牛の毛皮じゃないか。珍しい。……はて、近隣に火牛が出る地区なんてあったかな」


 不思議がる口ぶりを聞く限り、これが狩猟区のバッファローから得られた素材だとは思っていなさそうだった。


 俺は仔細を説明する。


「ふうむ、なるほど、素材を変容させたとはなぁ。結果火牛と同じ赤い毛皮が出来たと」


 おっさんがいうには、火牛とは炎をまとって体当たりをしかけてくる魔物だとか。


 いろんな意味で危うすぎる。


「それにしたって火に強い魔物をあえて火で倒そうなんてよく思えたもんだ。思ってもそう簡単に達成できることじゃないだろうに」

「最初から狙ってそうしたわけじゃないけどな……それよりもだ、見た目だけじゃなくて性能も別物になってるんだよな?」

「ああ。この素材で作った防具は耐熱性を持つし、装備者の火への免疫も高くなる。強度も並大抵の革よりは上だ」

「クジャタを革にした時とどっちが丈夫なんだ?」

「さすがにクジャタには負けるかな」


 ってことは火に対する耐性が一番の利点か。それなら俺が長らく愛用しているチョーカーのようにアクセサリーにするのもいいかもな。


 とりあえず、なめさなければ始まらないのでおっさんに一筆書いてもらう。


 使い道は革になってから決めるとしよう。


「あとはまあ、オマケみたいなもんなんだけど」


 狩猟区で集まった他の素材、主に鳥型の魔物が落とした羽根を並べる。


「これって防具に出来んの?」

「ほぐせば服に編みこめなくはない。といっても不死鳥やコカトリスの羽根あたりじゃないと劇的な効果は望めないね」

「やっぱそうだよな」

「ペンの原材料としては人気だけどさ。たとえばこの黄色い羽根。こいつは色も綺麗だからそこそこいい値段で取引されるぞ。出すべきところに出せば一枚800Gくらいは値がつくんじゃないかな」


 800Gか……一日分の食費をこれ一枚でまかなえるんだから確かに『いい値段』なのかも知れないけど、そんな稼ぎ方をしなくてもいいからな、俺は。


 諦めてこれも下取りに。裁縫工房に売ったから安価だったが、特に惜しくはない。


「それと最後に、こいつらなんだが」


 二本あるサイのツノを、デンとカウンターテーブルに置く。


「うちの管轄外だな」


 知ってた。


 まあ耐火素材の存在と入手方法が確定しただけでも収穫だった。


 早速その足でギルドに行き、イゾルダが来たら話しておいてくれと伝言を残す。


 次に革細工工房へ。


「これ全部なめしてくれ」


 紹介状と共に真っ赤な毛皮数枚を職人のおっさんに差し出し、加工を依頼する。


「もちろん承るが、こいつでなにを俺たちに作らせるつもりだい?」

「それは革が出来上がってから考える。実物見ないと分かんねぇしな。今日のところはこれでお暇させてもらうよ」

「なるほどねぇ。それじゃ、一週間後に来てくんな。じっくり話をしようじゃないか。それまでコトコト塩茹でしておくからよ!」


 古今東西ありとあらゆる中年男性を見てきたが、ここの奴は侠気に溢れていた。


 職人らしさがあって信頼が置ける。


 さて。


 すべての用を済ませた俺は帰路に就いた。


 腹も減ってるし、途中でなにか買い食いでもしていこうか……なんて考えつつ市場をぶらぶらと歩いていると。


「あー! もしかして!」


 後ろから甲高く、なおかつ気の抜けるような声をかけられる。


 振り返った俺の視界を染めたのは、一度見たら忘れられそうにないけばけばしいピンク色――の髪の毛。プリシラだ。


 ただ一人ではない。両隣に冒険者と思しき奴らがいる。


「えへへっ、またお会いしましたね!」

「会ってしまいましたな」


 邪険にするほどでもないので俺も俺なりの挨拶を返しておく。


「今日はチノちゃんと一緒じゃないんですね~。チノちゃんにも会いたかったから残念です、ぐっすん」

「全然泣いてねーじゃん」


 いちいちツッコむのもめんどくさい。


「ところで三人固まってるけど、もしかしてチームが決まったのか?」

「はい、そうなんです! 今から三人揃って闘技場で練習です! 仲良しさでは誰にも負けませんからね!」

「全員斡旋だろ」


 どこで張り合ってるのか謎だし、どういう理屈でそうなるのかも謎だ。


 が、ここで俺はあることに気がつく。


 絶えずかわいこぶったポーズを取り続けるプリシラが一人でピシピシと存在感を放っているから最初意識が向かなかったが、こいつといる二人の顔にも、俺は見覚えがあった。


 一人は豪勢な銀の鎧を着込んだ、絵に描いたようなベテラン戦士。


 もう一人はプリシラよりも身長の低い、しかし巨大な鉄鎚を背負った少女。


「あれ、俺たち一度リステリアで会ってるよな?」

「後姿を目にした時はまさかと思ったが、やはりそうだったか。地下層以来になるな」


 おっさんは「これもエルシード様の引き合わせか」と続けた。


 このおっさんには第四層の休憩所で世話になったが、こんなところで再会するとは。


「あんたらも闘技大会にエントリーしに来たのか?」

「そういうことだ。本当は地下層を攻略しているメンツで参加したかったのだが、正規の冒険者ではない神官の青年を連れてくることは叶わなかったのでな」

「だからプリシラと組んでるのか。ははあ、回復役だしな、こいつも」

「うむ。かなりの練達とうかがっているから我々としても心強い」

「レンタツだなんて、そんなあ、褒めすぎですよう」


 喜んでいるのかくねくねするプリシラ。


 そんな感情と態度が直通しているプリシラを、ハンマー少女はにこりともせず、つっけんどんな目線で見やっている。思考をトレースすると「うざっ」ってところか。


 唯一まともに会話可能なおっさんは、俺に質問をしてきた。


「お前もトーナメントに出場するつもりか?」

「出るっちゃ出てるし、出てないといったら出てない」

「曖昧な返答だな」


 フッ、と熟練の戦士はニヒルに笑う。


「エントリーの締め切りは近い。決断するのであれば、早めにな」

「忠告ありがとよ。ただ決断はもうしてるけどな。大会当日になったら分かることだ」


 俺はそう返した。


 しかしまあ、名うての癒し手であるBランク冒険者のプリシラに、ハードな第四層を潜れる実力のある武辺者二人か。


 短所が見当たらない。チームの総合力を考えると相当なもんだな。


 注意しておかねば。


「模擬戦の開始が近い。我々はここで去らせてもらうよ。汝に戦いの神ダグラカの加護があらんことを」

「お互い頑張りましょうねー!」


 別れを告げたおっさんの広い背中についていきながら、鬱陶しいくらいにぶんぶぶんと片手を振るプリシラ。


 礼儀として俺も手を振ったが、善良な市民から同類に見られていないか不安だ。


 ……と。


 送り出す間際になって、ついに沈黙を保っていたハンマー少女までもが口を開いた。


「大会出るならぶっ殺すんで、ヨロシク」


 怖っ。

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