俺、狙撃する
イゾルダとクィンシーはその後、「先を急ぐ」と告げて林の奥へと突き進んでいった。
去り際にこう言い残して。
「耐火作用のある素材を見つけたら情報提供をお願いできないか?」
些細ながら謝礼もしよう、とイゾルダは言っていたが、別に端金なんてもらってもな。教えても減るもんじゃないから見つけられたら報告してやるつもりだけど。
ふむ、しかし、火に強い素材か。
あればなにかと便利ではある。こっちでも探してみるとするか。
「火に対して抵抗を持つ魔物を探しましょう。きっと落とす毛皮にもその性質が反映されるはずですから」
ミミは前向きなコメントを発したが、そんな都合よく見つかるものなんだろうか?
なにはともあれ平野部へ。
そこは草食動物たちの楽園といった感じの場所だった。
ガゼルやシマウマによく似た生き物が草原を駆け巡り、かと思えば小さな池の周りではヌーたちがどっしりと構えて芝を食んでいる。大型のサイがのしのしと歩く様なんかは威厳たっぷりだ。
ちょっとしたサバンナみたいな趣がある。どいつもこいつもツノが肥大化していたり体色がどす黒かったりするから魔物なのは丸分かりなものの。
地形を確認すると、これだけ魔物が溢れているのに視界を遮るものは一切ない。
下手に身を晒すのは危険だな。なるべく離れた位置から討伐していきたいところだ。
で。
どれに狙いをつけるべきかだが。
「とりあえず火に耐えられる奴を探し当てればいいんだろ? だったら……」
茂みの中に隠れたまま弓を構える俺。
先端の鏃は黒曜石ではなく、闇色の炎で象られている。
要は片っ端から火の矢を放ってダメージの通りが悪い奴を炙り出せばいいわけだ。
手始めにブラックガゼル(さっき名付けた)から。
「よっ、と!」
横っ腹に矢を突き立てる。
被弾箇所から炎が燃え広がっていき……。
「なんだか凄く弱ってますにゃあ」
低威力の火の矢を一発くらっただけで息も絶え絶えになっている様子を見て、俺より先にナツメがそうつぶやいていた。
火に強いどころか苦手だったらしい。
だったらヌーだな、ヌー。
自分が狙われているとも知らずに水辺で休憩している魔物目がけ、火の矢を射る。
距離はあるが動かないから照準は定めやすい。
矢はなだらかな弧を描いて飛び、ビッグ・ヌー(俺の中での俗称)に命中。
……と同時に、体重を支えられなくなったのか後ろ足がガクッとくずおれた。
うわっ、結構効いてるし。
まあヌーといったら牛なわけで、この種族に生まれた時点で焼かれる運命にあるのかも知れない。
こうなったら大本命のサイにいくしかあるまい。
あの分厚い灰褐色の皮膚、ちょっとやそっとのことじゃ傷つかなさそうだが、高温に対しても鈍感でいてくれるんじゃなかろうか。
ボコボコと隆起した筋肉と立派すぎるツノを有しているし、戦闘力も高そうだ。
魔物としての格もワンランク上と見ていいだろう。
「そろそろアタリが出てくれてもいい頃だろ。頼むぜ、ってな!」
螺旋状に渦巻いた火の矢がグレーターライノ(即席で命名)に突き刺さる。
が、魔物はケロッとしていた。まるで蚊にでも刺されたような反応しか示していない。
「おお! 全然効いてねぇぞ!」
本来なら悲しむべき結果なのだが今回に限っては別。俺は小さくガッツポーズする。
が、喜べたのも束の間。
魔物に異変が見られる。具体的には、表情が徐々に凶悪になっていっていた。
火には鈍感だが、敵の気配には敏感らしい。
実態は正確には認識できていないだろうが、矢の放たれた方角からおおよその見当をつけ、茂みに潜む俺たちに向かって猛進を始める。
「主殿、後退を! ここは自分が引き受けるであります!」
「いや、それには及ばないぜ、ホクト」
俺は一歩進み出たホクトの肩を叩く。
「こっちに辿り着くまでに倒しちまえばいいんだからな」
確かにグレーターライノが火で負ったダメージは少ない。
だが呪いの可否は別問題だ。地面を踏み締める重量感に満ちた轟音が鼓膜を揺らしているとはいえ、その突進速度はスローモーションになったように遅い。
ご自由に撃ち抜いて下さいとアピールしているようなものだ。
俺は黒曜石の矢に持ち替え、弦を引き絞る。
その隣では、ミミがなにも伝えていないというのに魔法の詠唱準備に入っていた。
「シュウト様の考えは承知しています……フラジリティ!」
ミミの呪術を浴びたサイが瘴気に包まれる。
物理耐性を下げる虚弱の呪縛はこの状況で最も欲しかったサポート。いつもながらミミは気が利く女だ。言葉にせずとも行動してくれるんだから、意志の疎通もバッチリだな。
お膳立ては万全。指を離す行程しか俺には残されていない。
それを実行に移した瞬間が魔物の最期となった。
貫通力に長けた黒曜石の鏃はサイの脆弱化した皮膚を突き破り、血を噴かせる。
あと十メートルほど長く走れていれば、魔物は俺たちが陣取る地点の真っ只中で暴れ回れただろう。しかしそれには時間も距離も、体力も足りていない。
噴き上がり続けた血はやがて、天に向かって立ち昇る煙へと移り変わった。
狩猟完遂!
ドロップ品はすばしっこさと足音を消す特技を活かしてナツメが速やかに回収してくる。
「二十四枚も金貨がありましたにゃ!」
「まあまあの資金を貯めこんでやがるな。で、素材は?」
「これですにゃ」
ナツメがよいしょとリュックから取り出したアイテムを差し出す。
ザラザラとした手触り。太く硬くたくましく、そして先の尖った――。
「これ……もしかしないでもツノだよな」
「ツノですにゃ」
どこからどう見ても服の素材になりそうにない。
「こ、これはこれで貴重な代物だと思いますよ、シュウト様」
ミミのフォローが虚しく胸に響く。
いやツノって。なんの装備が作れるんだこれ。
マジモンの密猟者かよ、と自虐する俺とは反対に、ホクトは関心のありそうな目でサイのツノをしげしげと眺めている。
「装飾品には出来るのではないでしょうか。もしくは粉末状に砕いて薬品に精製できる可能性も。いずれにせよ興味深くはあります」
「使い道がありゃいいんだけどな……ん?」
俺はふと、草原を横断する魔物の群れに気がついた。
ここから五、六十メートルばかり先だろうか。
バッファローじみた獣型の魔物が五体、蹄を激しく打ち鳴らして大地を蹴っている。
だがその先頭を走っているのはバッファローではない。フォルムは近似しているが、その体格は他の連中より飛び抜けてでかく、そして異様なまでに毛むくじゃらだ。
見覚えがある。
「ありゃクジャタじゃないか」
遺跡捜査をしている時に遭遇した、希少かつ強力な魔物。
こんなところでまた見かけることになるとは。
雑魚オブ雑魚のウサギからレアモンスターのクジャタまで、とは、本当に魔物の質にバラつきのある探索スポットだ。高低差がきつすぎる。
いやいや、それより。
クジャタといえばその毛皮。
こいつの繊維には身体能力を向上させる魔力が眠っている。
今も俺のシャツとなって役立っているんだから信頼と実績がある。火に特別強いわけじゃないが、衣料に用いる素材としての価値は我が身をもって立証済みだ。
そもそも今日の目的はチノのローブに使う素材を得ること。
ここで良品を落とすと知れているクジャタを見逃そうものなら大損こく羽目になる。耐火素材を見つけるのもいいが、まずはこっちが最優先だな。
ってことで。
「うりゃっ!」
俺は初手として、クジャタをこちらに誘導するために火の矢を放った。
四方八方から魔物に襲撃されかねない平野部のド真ん中であんなデカブツと戦うほど、俺はアホではない。いくらホクトの盾で守ってもらえるからといって許容量がある。
楔の一撃を受けたクジャタはその場で立ち止まり、辺りを見渡す。
近くに標的がいないことを確認したのか、矢が飛んできた方角だけを頼りに闇雲に走り出した。
ここまでは想定どおり。
が、厄介なことに子分のバッファローまで一緒に走ってきている。
ってかこのイエスマン連中はロクに自我がないのか、クジャタの疾駆する方向に合わせてついていっているだけに見えた。スカルボウの追加効果による影響で鈍足になっているクジャタを追い抜こうとせず、わざわざ後ろに並んでるし。
「うげ、めんどくせぇ……あいつらも撃退しなきゃならねぇのかよ」
「やりましょう、シュウト様。ミミもお支えします」
「引きつけ役は自分にお任せを」
それぞれの役割を改めて主張するミミとホクト。
以前クジャタを倒した時はジキがしかけた罠のおかげだったが……今回はこいつらの手を借りるとするか。
俺とミミ、それからナツメは一旦ホクトの後方に避難する。
とはいえ可能なことならホクトの盾に接触が起こる前に決着をつけたい。
そのためにも俺はクジャタに攻撃を集中させる。
文字通りの矢継ぎ早ってやつだ。
従えている子分どもは所詮引きずられているだけで、クジャタ本体をさっさと倒してしまえば脅威ではなくなる、はず。
だから呪術を連発しているミミの狙いも明白だ。俺の意図を汲んで、クジャタを徹底的に弱体化させるつもりだろう。
麻痺、虚弱、盲目、鈍化……諸々の呪縛が剛毛の猛獣を蝕む。
ここまで弱れば無力化と呼んでいいだろう。
自慢の膂力はどこへやら、ウドの大木でしかなくなったクジャタに照準を合わせる。
「行けっ!」
黒曜石に念を込め、俺はトドメの一射を放った。
剣と違って弓矢で手応えを得ることは難しい。けれどありがたいことに、この世界では煙の有無で魔物の死を知らせてくれる。
クジャタの討伐は一切の被害なく終えられた。
司令塔を失ったバッファローたちはその場でまごつくだけで、挙動不審になっている。
ついでだしこいつらも狩っておくか。最低でも追い払わないとせっかくクジャタが落とした焦げ茶色の毛皮を回収できないし。
そう思って火の矢を放ったのだが……。
「あんま効いてねぇな、こいつらも火に強いのか?」
原型になっているのが水牛だからなのか知らないが、スカルボウから射出された黒炎を浴びてもぴくりともしない。
もっともこれは威力が低いせいもある。ミミが唱えたかまどの火だと耐性をものともせずに二発でこんがり焼き上がっていたしな。
まあ俺も黒曜石の矢なら一撃で仕留められるから問題ない。
ミミが二体焼却する間に、俺は残りの三体を片付けた。
すかさずアイテムの回収に向かうナツメ。こいつを連れて来てなかったら素材を拾いに行くだけでも相当難産しただろうな。助かるよ、ホント。
そんなナツメが持ち帰ったのは十三万Gの撃破報奨と、そして六枚の毛皮。
そのうちの一枚、他に比べて格段にサイズの大きな毛皮はクジャタのものである。このゴワゴワとした毛の質感、懐かしすぎるな。
で、残る五枚だが。
「……なんで二種類あんの?」
奇妙なことにバッファローの毛皮には二通りがあった。一方は生前の色合いそのままに黒く、もう一方は燃えるような朱色に染まっている。
前者が三枚、後者が二枚。
こいつもまた確率でドロップする素材を変えるんだろうか?
それにしては三枚と二枚って均等すぎるような。
「もしかしたらですけど」
推測が立ったらしいミミが意見を述べてくる。
「倒し方で変わるのかも知れません。三枚と二枚、ですよね? これはシュウト様とミミがそれぞれ退治した魔物の個体数と同じです」
「ふーむ、なるほどな。ありえなくもない。俺とミミがやった攻撃というと……」
「はい。シュウト様は矢で、ミミは火で、です」
その説を聞かされた俺はすぐさま草原に視線を戻し、バッファローがいないか探す。
右斜め前方に、ちょうど二体のバファローが並んで駆けているのが見えた。
俺はその足元に向けて火の矢を放って挑発。
血相を変えてこちらに進んできたところを、皺の寄った眉間に狙いをつけて黒曜石の鏃を突き立てる。そこから少し遅れてミミがかまどの火を連打。二体のバッファローが地面に倒れこみ、おぼろな煙となって消える。
ささっと回収するナツメ。
八重歯を覗かせながら見せてきた二枚の毛皮は、見事なまでに色分かれしていた。
すなわち、黒と赤。
「どうやらミミの考えで合ってたっぽいな」
俺がその相変わらずの聡明さを褒めると、ミミはエメラルドの瞳に淡い光を宿して、嬉しそうに微笑を見せる。
「それにしても、火に強い魔物を、あえて火で倒すと落とす素材……かぁ」
いい予感しかしないのはなんでだろうな。