俺、狩人する
体感三時間ほどで到着した狩猟区は、これぞ大自然って感じの場所だった。
遠目からでも分かった辺り一帯を埋め尽くす樹林に、人間の都合なぞお構いなしに伸び放題の野草。そこら中に緑が溢れまくっている。
おまけにかなり広い。全体を回ろうと思ったら一日じゃとても足りそうにない。
気候が割と涼しいのは幸いか。
雨が降る気配もないし、絶好の狩り日和ではある。
「さーて、一丁ハンティングをやらさせてもらいますか」
新調した二種類の盾を構えるホクトを先頭に、ガサガサと草木を揺らしながら狩猟区へと踏み入る。
足元の雑草が邪魔で仕方ないが、ぶつくさ不平不満を述べたところで庭師が芝刈に出張しに来てくれるわけじゃない。我慢して進む。
と。
「シュウト様、あちらを」
ミミが草むらのわずかな揺れを指摘してきた。
そこからひょっこりと顔を出したのは……。
「ウサギ?」
長い耳に真っ白な毛。念を押すまでもなくウサギである。というかあれ、フィー近辺の森で俺が初めて出会った魔物じゃん。
見た目は愛らしいが裏に秘められた凶暴性は健在。
いきり立ってこちらに向かって体当たりを仕掛けてくる……が、その突進はホクトが正面にかざしたタワーシールドで難なく受け止められ、俺の思い出の中で色褪せていた雑魚モンスターは盾にぶつかる反動ダメージだけでお陀仏してしまった。
「こいつ……相変わらずの弱さだな」
素材を落とすこともなく、二枚の銀貨だけが撃破報奨として残される。
あー、この感じ、懐かしい。
しかし嬉しくない懐かしさだ。今更200Gなんてもらったところで雀の涙でしかない。
魔物のレベルにはムラがあるとは聞いていたが、底辺でこれってことは相当上下の幅が広そうだな。弱い奴はできるだけ無視して進むとするか。
手荒い、というほどでもない歓迎を受けた俺たちは更に奥を目指す。
ところどころにテントを設営した跡がある。
やはり本格的に探索したければ野営覚悟で臨めということか。
密林部分は視界がよくないので地図のド真ん中に記された草原地帯にさっさと移動したいのだが、ここにしか出没しない魔物が貴重な素材を落とすのだとしたら、それこそ重大な見落としになる。
慌てず騒がず、地道に魔物を捜索する。
こういう一時も休まずに目を凝らすような作業はダルすぎて好きになれないな。検品のバイトとかも長続きしなかったし。
そんなことを頭に浮かべていると、不意にナツメが俺のコートを引っ張った。
「なんだ?」
「ご主人様、あれあれ。御覧くださいにゃ」
視力のいいナツメが指差した先、葉の生い茂った木のてっぺんを見る。
……全然見えないので、もう少し近づいてから再チャレンジ。
そこでは鳥が枝に乗って羽を休めていた。鋭い眼光とクチバシの形状からいって、猛禽類だろうか。
ただサイズがやたらとでかい。しかも体色は赤と茶色が混ざったおよそ鳥とは思えないような斑模様だ。どう見ても自然界の常識に唾を吐きかけている。
魔物と考えて間違いなし。
「りゃっ!」
勘付かれる前に先制の一射を放つ。
こうしているとマジで狩猟者になった気分だな。弓で鳥を射るなんてまんまだろう。
などと思う間もなく。
黒曜石の矢に貫かれたマーブル鷹(外見的特徴から命名)が木から落下した。
射程といい威力といい、スカルボウの性能はこの区域においては最適だな。
魔物は地面に叩きつけられると同時に煙となり、俺のスキル補正で激増した所持金一万2000Gに加えて、個性的な模様をそのまま抜き出したような羽根をドロップする。
金額からいってそんなに強い魔物じゃなさそうだ。ってことは素材もそれ相応か。
「あまり良質な品ではないかも知れませぬな」
「だな。それにこの羽根、一枚だけじゃなんも作れそうにないしなぁ。まあ持ち帰るだけ持ち帰るか」
ホクトとそんな会話を交わしながら、素材用の皮袋に放りこむ。
「ご、ご主人様、それどころじゃありませんにゃっ」
「どうかしたのかよ」
「上! 正確には斜め前ですにゃ! いっぱい鳥が来てますにゃ!」
慌てふためくナツメの様子から察するまでもなく、俺は上空を仰ぎ見た瞬間にその言葉の意味を理解した。
極彩色の羽根を持つ、隠れる気皆無な鳥型の魔物が何羽も向かってきている。
マーブル鷹を撃ち落したことで刺激されたのだろうか?
それとも獲物の臭いを嗅ぎつけたか。
「この場合の獲物って……俺たちになるよな、当然」
新しく矢を番える俺。その隣ではミミも魔法の詠唱準備に入っている。
ただでさえ飛んでいる相手はやりにくいってのに、あの数かよ。
だからって退くわけにはいかない。退いたところで、というのもあるが、素材をいっぺんに稼ぐチャンスを見過ごすのは大損。
面倒さを覚えながらも注意深く観察する。
魔物が攻撃をしかけてくる角度は斜め上から。真正面の敵を押し返すのに特化したホクトのタワーシールドで防ぎ切れるかは大分怪しい。
こういうのは攻めるが勝ちだな。
派手なカラーリングの鳥の群れが急降下を始めた瞬間に合わせて、俺は矢を放つ。
……ここで射たのがただの矢だったら、手遅れもいいとこだっただろう。これだけの数を同時に相手にするにはあまりにも頼りない。
だが俺が番えていたのは、スカルボウの魔力が生成した、黒炎の矢である。
群れの中の一羽に命中すると瞬く間に火は拡散し、群れ全体に燃え広がる。
無論、呪縛効果ももたらされる。それこそが火の矢の最大の利点だ。鈍化の呪いに苛まれた魔物どもは降下速度の緩和を余儀なくされ、そこを――。
「一家の食卓を飾るブリオッシュを焼き上げるための火!」
本命であるミミの火炎がまとめて薙ぎ払った。
毎度のことながら、料理に用いるためだけとは思えない大火力だ。奇抜な魔法のネーミングといい、この魔術書を記述した奴は若干馬鹿寄りの紙一重に違いない。
ただ、範囲はそれほどでもない。「まとめて」とはいえ精々三羽程度。
ゆえに俺は撃ち漏らした連中目がけ、回転率重視で火の矢を連射する。
動きがトロくなっているからこんな大雑把な照準でも当たってくれる。一発一発は低威力でも累積すればジョークでは済まない。俺が何羽か撃墜する間にもミミは新たにかまどの火の魔法を唱え、その濃いオレンジ色の煌きを空中に描く。
更に距離がある程度縮まってきたところでナツメも加勢。
「ミャーのテクニック、お見せしますにゃ!」
ナイフを投げつけて最後の一羽を狩った。
降り注いできた金貨と合わせて手際よくナツメが回収する。
量が多すぎて一羽あたりの資金がいくらなのかよく分からない。
が、ドロップアイテムの個数から魔物の出現数も逆算できた。九羽か。なんとなく不吉な数字だが、総額十六万2000Gという利益の前ではその縁起の悪さも霞む。
とはいえこっちは今日のメインではない。肝心なのは素材のほう。
「また羽根かー」
黄色をベースにした色調は先ほどの猛禽が落としたものよりも遥かに明るいが、それ以外に変わった点は見受けられない。
九枚一挙に集まったのはありがたいが。
「いい装備品に出来るといいですね」
「作れんのかな……羽根だぞ羽根。ローブにするのは無理っぽいし」
「だけど綺麗な髪飾りにはなりそうですよ」
そう言ってミミは羽根を一枚、すっと自分の髪に差し、悪戯っぽい笑みを見せた。
ミミの真っ白な髪は無地のキャンバスにも似ていて、だからこそ色彩に富んだ羽根がよく似合う。今ひとつ美的センスのない俺でもそう思わせられるのは、それだけ羽根が美しいからなのか、はたまたミミの魅力あってのことか。
そんなミミの様子を眺めていたナツメは物欲しそうな顔でささっと寄ってきて、「ミャーもオシャレしたいですにゃっ!」とすかさず真似をした。
しかしながらナツメのセンセーショナルなターコイズブルーの髪に紛れると、途端に色鮮やかなはずの羽根が埋もれてしまうから不思議なものである。
ナツメ本人は満足そうにしてるからいいけど。
他方、女の子らしい一面を垣間見せる二人をよそにホクトは凛とし続けていた。
「やはりここは獣型の魔物を仕留めるのがよいのではないでしょうか。衣服の素材といえば植物繊維と、そして紡いだ毛糸が両巨頭であります」
冷静な意見を伝えてくる。
「うーん、確かにな。毛皮を落とす奴がいれば最高なんだが」
「探しに参りましょう。もしかしたら樹林よりも、中央の平野部のほうに多く生息しているのかも知れません。たった今この界隈での騒ぎを聞きつけてやってきたのは、すべて鳥型の魔物でしたから」
「ありえるな。一度行ってみるか……ところでホクト」
「はっ。なんでありましょうか」
「お前は羽根で遊ばなくていいの?」
俺の純粋な疑問に、それまでキリッとしていたホクトの表情が微妙に揺らいだ。
揺らいだというか、和らいだというか。
「やっ、道半ばの自分がそのようなことにうつつを抜かすわけには……。そ、それに、自分ごときが着飾っても無謀であります」
「そうですかにゃ? ホクトさんもオシャレしたら似合いそうですけどにゃあ」
ナツメが楽しそうに手に取ったのは、鷹が落とした大きめの羽根。他より縦幅のあるそれをリボンに見立て、くるっと巻いてホクトの長く無造作な髪を束ねる。
ポニーテール女子ホクトの完成である。
「ふっ、ちょちょいのちょいですにゃ」
なぜかナツメのほうがドヤっていた。
まあ自慢げになる気持ちは分かる。少し髪型を弄っただけで、ホクトの印象も随分変わったからな。
「結構似合うな。雰囲気も崩れてないし、美形が引き立ってるぞ」
髪にまとまりが出来たことでむしろ勇ましさが増したように思える。
あと褒めるたびにホクトの頬が緩んだり締まったりするから飽きが来ない。主人の前では気丈であるべきという感情と、女性の部分を褒められて嬉しいという想いがせめぎ合って葛藤しているのだと思われる。
「町に戻ったらちゃんとしたリボンも買ってみるか」
「は、早く向かいましょう。自分なぞに構っていても仕方ないであります!」
そう恥ずかしげに言いながらも、満更でもない顔をしていたのはホクトの名誉のために内緒にしておく。
実際問題、平地目指して歩いている間まったく結び目を解こうとしなかったし。
さて。
無加工のままのアクセサリーを身につけた三人と共に進んでいく俺だったが、道中、記憶の片隅に引っかかっている顔を発見する。
「……ん? あれは」
見えたのは後ろ姿だから、顔っていうか頭だな。
もっとも後頭部だけで十二分に判断材料になり得た。
綺麗さっぱりと剃られた禿げ頭はそうそう忘れられる代物ではない。その隣を歩く黒のロングヘアーの女剣士が誰であるかも、自然と知れてくるというものだ。