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俺、団欒する

 七十万ほど稼いで帰宅した時、リビングではミミが付きっきりでチノに再生魔法をレクチャーしていた。


 微笑ましい光景だった。一番最初にミミに買い与えた『初級再生のグリモワール』が今の時期になっても役立ってるんだから、世の中分からんものである。


「あっ、お帰りなさいませ、シュウト様」


 ミミは俺に気づいたらしくソファから立ち上がって一礼する。


 毎度のことだが、メイドさんの格好でその台詞を言われるとゾクッとくるな。


「すぐに夕食の支度をしますね。チノさん、続きはまた夜で構いませんか?」


 短く「ん」と答えるチノ。


 その間にナツメが階段を駆け上がっていく。着替えに向かったのだろう。あいつ家にいる間はずっとメイドの衣装でいるからな。気に入ったのか知らないが。


 俺も一旦自室に戻り、金貨を詰めこんだ布袋を置いてから居間で休む。


 炊事場からはミミが包丁で野菜を刻む軽快な音が響いている。ソファに尻を沈めてリラックスする俺には最高のBGMだ。


 しかし同じソファに腰かけたチノは先生がいなくなったのが不服なのか、俺の真横で物足りなそうに魔術書のページをめくっている。


「代わりに教えてほしいかも」

「無理なの知ってて言ってるだろ」


 チノの冗談は顔色を変えないから分かりにくい。


 そんなくだらない会話をしているうちに「出来上がりましたよ」とミミが呼ぶ。


 水で戻した魚介の乾物をガーリックバターで炒めたものと、ザク切りの野菜を盛ったサラダボウル、そして人数分――といっても約一名が馬鹿みたいに食うから十人前を軽く超えているんだが――のバゲットが卓上を彩っている。


 更にミミはそこに、干しエビの戻し汁で作ったスープを添えた。


 塩に漬けたレモンをオイルと和えたメインディッシュとサラダ兼用のドレッシングも。


 これにワインボトルを並べたらもう立派も立派なディナーである。


 だがミミは気が利くので、ワインだけでなく、俺用にリステリア土産のウィスキーまで出している。


 当然のように割るための井戸水もセットにしてくれているから心憎い。


「にゃにゃっ!? くんくん……こ、このいい予感しかしない匂いは……こうしちゃいられませんにゃっ!」


 階段から下りてくるなりニンニクの匂いを嗅ぎつけたナツメが大至急庭先にいるヒメリたちを呼びに行った。全員揃ったところで、飯にする。


「今宵の夕食も素晴らしい味わいであります。ミミ殿、また腕を上げましたな」


 剥き身のエビを噛んだホクトが開口一番そう言った。


 賞賛を受けてミミは微笑を見せる。


「わあ、ありがとうございます。でもホクトさん、ミミはまだまだですよ。どれもすぐに作れるものばかりですし、難しい料理は全然できませんから」


 確かに完成が早かった。乾物はあらかじめ水に浸していただろうし、それを考えると調理にややこしい工程や時間を要するメニューは一品もない。


 ただそれは手際がいいとも言える。


「しかし胃袋をつかまれますと、自分としましては……」

「なんの話だよ」

「や、なんでもないであります」


 ホクトは焦りながらも笑ってごまかした。


「けどうまいのは間違いないな。味付け完璧だし」

「本当でしょうか?」

「なんの得にもならないのに嘘なんてつくわけないじゃん。ってか、あいつ見てたら一発で分かるだろ」


 と俺はミミに、ヒメリに目を向けるよう伝える。


 ヒメリは割って更にちぎったバゲットを、魚介類の旨味が溶け出たスープでふやかして味わっている。めちゃくちゃ嬉しそうな笑顔で。飯食ってる時のこいつは五歳児よりも純真な表情をしているから他愛もない。


「……な、なんですか、二人して」


 あ、視線に気づいた。


「いや、お前の幸せってコスパいいのか悪いのか分かんねーなと思って」

「私は高みを志す剣士です! 別に食事こそ至上というわけではないですからね!」


 そう言いながらも片割れのバゲットを、今度はニンニク香るバターに浸してモリモリ食べているんだから説得力がない。


 まあいいや。俺もゆっくりミミの手料理で幸せ感じさせてもらいますか。


 溶けたバターの絡んだ白身魚に塩漬けレモンを乗せて、口に運ぶ。


 ともすればしつこくなりがちなバター炒めをさっぱりといただける、穏和なミミらしい、老若男女に受けそうな料理だ。


 だが口の中を洗い流すことにかけてはウィスキーの水割りが最強。


 俺はあえて大量にガーリックバターをまぶしてギットギトにしてから貝柱を頬張る。


 この舌を犯されてるような感じ。たまんねぇな。


 もちろんこのままだと「油には勝てなかったよ」になってしまうので、クイッとグラスを傾けて水割りで中和。


 やばい、無敵か。


「はー、生き返るぜ」


 ベタな台詞を実際に生き返ってる俺が言うとアホっぽくなってしまうな。


「カイ、お前も一杯いっとくか? 蒸留酒なんて滅多に見ないだろ」

「いっ、いや、やめときます。オレ酒弱いんで」

「そうか? なら仕方ねぇ、俺だけで楽しませてもらいますか」


 今日に限らずカイはどうにもアルコール類を飲みたがらない。ナツメやチノと白ブドウのジュースを分け合っている。


 兄妹揃って甘酸っぱいジュースをハイペースで飲んでいるから「取り合っている」と表したほうが正しい気もするが、とにかく酒にはまったく興味がなさそうだった。


「シュウトさん、酔った拍子であまりカイくんに変なことを吹きこまないでくださいよ。明日に響きますから」

「人を悪い大人みたいに言うなっての。それにトレーニングなんて二日酔いが醒めてからでも……」

「違う。明日は模擬戦に出る予定入れてるから」


 チノがボソッと俺とヒメリの会話に割って入る。


「模擬戦?」

「はい。チーム戦の練習をしようってことで、三人で話し合って決めたんです」


 言葉足らずな妹の注釈をする世話焼きなカイ。


「ぶっつけ本番というわけにもいきませんしね。模擬戦は連繋を試すには持ってこいです。同じような理由でオレたち以外のチームもいくつか集まってるはずですから」

「ふーん、そうなのか」


 止める道理もない。存分に実戦形式で鍛錬してきてもらおう。


「それでしたら、お弁当を作りますね」


 パンの追加をバゲットケースに補充しながら、ミミがそんなことを口にした。


「やめとけミミ。カイとチノの分はともかく、こいつの昼飯を準備しようと思ったら炊き出しに出張するくらいのことは覚悟しないといけねぇ」

「どういう想定をしてるんですか!」


 頬を膨らませるヒメリを「まあまあ」とカイが苦笑いして諌める。


「昼飯は屋台で買いますよ」

「飯代くらいなら出すぞ」

「大丈夫です。この前のイベントでお客さんを冷まさずに勝てたおかげで、オレもチノも闘技場のオーナーから多めに報酬もらってますから」


 チノもこくりと頷く。


 で、その後。


「だからお姉ちゃんの分も出せるよ。おごらせていただきます」


 どことなく表情をキリリと引き締めてチノは宣言した。


「ヒメリよ、年下におごられる気分はどうだ?」

「ふ、複雑ではありますがありがたくも……って、なにを言わせるんですか!」


 期待を微塵も裏切らない反応を返してくるヒメリを適当にからかいながらも、その陰で思考する。


 明日はヒメリとカイ、そしてチノがまとめて不在になるのか。


 なるほど。となると。


「俺たちはフリーなわけだな」


 探索用の装備ではないメイド服を着て、淑女然としたミミ、ホクト、ナツメを見やる。


 どうせホクトは防具屋まで同伴する予定だった。


 狩猟区とやらに向かうには、このタイミングしかないな。

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