俺、再見する
「おー。今日も精が出まくってんな」
一時間半かけて辿り着いた鉱山では、この日もツルハシを手にした冒険者たちが汗水垂らして作業にふけっていた。
掘り当てられさえすれば金は鉄鉱石なんかより遥かに利率がいい。儲かる現場に人が群がるのは当然のことである。
もっとも俺は興味ないのでスルー。
さっさと二層に上がる。
「ん?」
上がったところで、異変に気がついた。
カツン、カツンと、ツルハシが岩盤を打ちつける音が響いている。
それも音の重なり方からして一人の仕業ではない。
妙な話だ。金を採りたいだけなら弱い魔物しか出ない下でやればいいのに。
「ふむふむ、あっちのほうで採掘を行っているみたいですにゃ」
五感に優れるナツメがあっさりと居場所を突き止める。
「ちょっと覗いてみますかにゃ?」
「いや、邪魔しちゃ悪いからノータッチで」
めんどくさいし。
「それよりこっちはこっちの仕事をやるぞ。おあつらえ向きにオークの野郎も豚鼻ひくつかせて寄ってきてるからな」
「分かりましたにゃ!」
坑道内をうろつくオークモンクを見つけたそばから二人がかりで狩っていき、着々と金貨を貯めていく。
が、どうにも気が散る。ツルハシの音が無茶苦茶うるさい。
それだけならまだいいが、貴重な素材を掘り当てたのか鉱山中に響き渡るような大声で歓喜の雄叫びを上げ出したから手に負えない。
「おお! やはり目をつけて正解だったか!」
しかも聴いたことのある声だった。
これあいつじゃん。ギルドの受付で長話してた奴。
確か……デヴィンだったか。
と、ここで。
「むっ、新手の魔物か!」
耳に届いてきた言葉からして、デヴィンもまたオークモンクとエンカウントしたらしい。ツルハシの音がぴたっと止む。採掘を中断して戦闘に臨んでいるのだろう。
……。
いやいや、急に静かになるなよ。嫌な想像しちまうだろ。
……。
なんかマジで声しなくなったんだが。
「だ、大丈夫なんでしょうかにゃ?」
「いくらなんでも大丈夫だろ……あいつBランクだったはずだし、それに獣人の従者もいたじゃん」
しかしここで俺は思い出す。ひたすら魔物を避け続けてCランクに到達した男を。
もしかしてデヴィンも魔物討伐とは関係ない功績で昇格ていったパターンなのか?
だとしたらまずい。あんまり関わりたいタイプの奴じゃないが、さすがに見殺しにするのは後生が悪いのでナツメに示された場所へと走る。
結論から述べると、杞憂だった。
「おや、どうかしたのか?」
ツルハシではなく長柄の斧を右手に握ったデヴィンは「無事か?」と呼びかけながら駆け寄ってきた俺の顔を見て、キョトンとした。
お付きの虎と馬の獣人も一緒だったがそっちも似たような顔をしている。
それもそのはず。
俺とナツメが現場に到着した時にはとっくに魔物は煙へと姿を変えていて、頭によぎっていた流血沙汰なんてものはなかった。数枚の銀貨が転がっているだけである。
その銀の輝きさえ、デヴィンらがまとう橙金の鎧のせいで陰りがちになっていた。
「いや……さっきまでやかましかった声がしなくなったから」
「だから心配して来てくれたのか。それはすまなかった。そして心遣いに感謝しようとも。私は戦闘になるとそっちに没頭してしまうんだ」
笑いながら「君は掛け声で自分を奮い立たせる派なのか?」と聞いてくるデヴィン。
うるせー、そのとおりだよ。
「ところで君は何者なんだ? いや、もちろん、格好と状況からいって一端の冒険者であることは分かるよ」
役目を終えた武器を背中に預けるデヴィンにそんなことを尋ねられる。
そういえばそうだった。
俺はこいつを知っているがこいつは俺を知らない。
が、後ろに並んでいた俺たちに謝り倒していた二人の従者はそうではない。デヴィンに耳打ちしてギルドで一度居合わせたことがあると伝える。
「そうか! 君もあの列にいたとは奇遇だな。ということは君も私と同様にチームの斡旋希望を出しているのか。だとしたらライバルじゃないか!」
「いや俺はどんな奴がいるのか名簿を見させてもらっただけで……まあ、ライバルっちゃライバルになんのかな」
「ならば今日のうちに、よろしくと申させてもらおう。そして健闘も祈ろうじゃないか」
「そりゃどうも」
「ハハハ、出会いというのはいつ何時起きてもいいものだな」
デヴィンは爽やかさと暑苦しさが同居した台詞を吐き続ける。
聞いているだけで疲れが溜まりそうだ。俺のスタミナを支え続けるアレキサンドライトでも癒せないタイプの疲労だな、これは。
「それにしても、君も心配性な奴だな。名簿を見たのであれば私がBランク冒険者であることも知れたのだろう? まだまだ達人の域には届いていないという自覚はあるが、この程度の魔物に手こずるはずがないじゃないか」
「そうだけどさ、ひょっとしたら名声だけ先行しちまった可能性もあるんじゃねぇかなと思ったんだよ」
「ハッハッハ、それは穿ちすぎだよ。なにせBランクには撃破困難な懸賞首を規定数倒さなければ上がれないからね。もっともこれは条件のひとつでしかないけれど」
つまりこいつはハリボテではなく、ランク相応の強さがあるってことか。
というかこいつの言い分だと、Bランクにまで到達した冒険者は全員一定の戦闘力が備わっていることになる。風変わりな名前のレアモンスターを複数倒しているという実績を絶対に持っているんだからな。
でもよく考えたらそれ、俺もなんだが。
そんな折にナツメが挙手をする。
「少し質問してよろしいですかにゃ? さっきなにかを見つけていたみたいですけど、一体なんだったんですかにゃ?」
「それも聞こえていたのか。なあに、大したことじゃない」
私を喜ばせた正体はこれだ、とデヴィンは手の平を開いて『なにか』を見せた。
それは黒光りする甲殻で覆われたずんぐりとしたボディに、わさわさと不規則に動く足が何十本も生えた――端的に言ってクッソ気持ち悪い生命体だった。
「うおおっ!? ちょっ、あんま近づけるなっての!」
「そんなに動転しなくてもいいじゃないか」
不思議そうにするデヴィン。俺からすれば、こんなグロテスクな生き物を平気で素手で触れるほうが不思議だ。
質問者のナツメも速攻で半歩下がって毛を逆立てている。
「これは私が生まれ育ったデルガガの山岳地帯でもよく捕まえられた虫だ。ここの鉱山の地質は非常に乾いていて、デルガガとよく似ているから、もしかしたらいるんじゃないかなと思って探してみたが……狙いどおりだったよ。中々かわいいものだろう?」
「全然かわいくねぇよ!」
「私は懐かしさで嬉々とさせられたが」
「そりゃお前の問題だ。俺がこいつに愛着あるわけねぇだろ。……というか、地質でそこまで推測立てられるのか」
「うむ。地質調査は私の特技であり、ライフワークだ」
デヴィンは腰に引っかけていた布袋の紐を解き、そこにグロ虫(命名者俺)を入れながら語り始める。ってか持ち帰るつもりなのかそれ。
「私はこの二人と共に各地の鉱山を練り歩いているのだよ」
「はあ。要は採掘ツアーってことか?」
「まさしく。私はお国柄もあってか鉱山資源がなによりも好きでね。北と南、双方の大陸で採れるすべての鉱物を目にすることが我が生涯における究極の夢といえよう!」
その熱弁にはここまで黙って侍していた虎と馬のコンビも大きく頷く。
こいつらも主人の壮大な目的を叶えるためにいろいろと尽くしてきたに違いない。振り回される気苦労もやばそうだけど。
ふむ、しかし、採掘がメインの冒険者か。
希少な金属は僻地にしか埋まっていないと聞くから、そこに進むために武芸も磨き続けたんだろうな。
で、Bランクにまでなったと。
「なるほどねぇ。それはそれとして、この辺で俺は去らせてもらうぜ。何事もなかったって確認できたし」
「っと、すまないな。君の時間を奪いすぎた。最後に、助力に来てくれたことを今一度感謝しよう」
「まあそれは徒労だったけどな……」
「それは違う。君のその冒険者精神溢れる気概が私を勇気づけてくれた。だから決して徒労などではない」
無駄に熱っぽいフォローをされる。
その後デヴィンはツルハシを右肩に担ぎ直し。
「さらばだ。トーナメントで相見える瞬間を楽しみにしていよう」
持ち場に戻っていく俺に向けて餞別の言葉を贈った。
俺がくるりと背中を向けると、またツルハシが岩盤を貫く硬質な音が鳴り始める。デヴィンにとっての日常が再開した証拠だ。
こっちもこっちの日常を過ごすとしよう。金策という日常を。
「なにはともあれ無事でよかったですにゃ」
目を細めたナツメがそんなことを隣で言ってくる。
「それに意外といい人そうで安心しましたにゃあ。てっきり『私を見くびりおってー!』って怒られるのかと思いましたにゃ」
頷けなくもない。
なにかと面倒くさい発言の多い奴だが、悪い人間でなさそうなのは確か。
「それにしたってあの恐ろしい虫をいきなり見せるのはやめてくれよな」
「にゃ、あれにはミャーも参りましたにゃ……身の毛がよだちましたにゃ……」
「だよな。心臓に悪いっての」
左手から突然そんなものを公開されるんだから……。
……ん? 待てよ。
「虫を捕まえたのは、えーと、聞こえてきた声の順番からいってオークモンクに襲われる前だから……あれ潰さずに戦ったってことか?」
あの長柄の武器で。
おいおい、なにが『達人の域ではない』だよ。
十分離れ業やってんじゃねぇか。