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俺、閉幕する

 入場してくる。


 どんな貫禄のある奴が出てくるのかと身構えていたが……なんのことはない、至って普通の男だ。リボンで縛った栗色の髪と背中に負った紅蓮の長剣こそ目立つが、印象に残るのはそれくらい。


 こう言っちゃなんだが威厳や風格みたいなものは感じられない。


 確かにそこそこ顔もよく、そこそこ背も高い。


 俺と足して二で割ったら人間のオスの平均が出来上がるような感じである。


 ただ表情は余裕に満ちているので、場慣れしてるな、とは思う。


 他方でクィンシーとかいう痩身の剣闘士は、頭髪をツルンと剃り上げ、顔の左半分に墨を入れた、見る者に強烈にインパクトを刻みこむ風体をしていた。


 対戦相手のジェラルドに向けて挑発的に舌を出し、ギラついた目で客席を睨み返すなどヒールレスラーじみたパフォーマンスに徹している。


 それでも観客がクィンシーにコールを送り続けているあたり、嫌われるどころか好かれているように見受けられる。


 まあ、ヒール役って性格よくないと務まらなかったりするからな、大抵。


「いよいよですね。後学のためにジェラルドさんの武技は是非見ておかなければ……!」


 パンフレットを参照しながら緊張感を高めるヒメリ。


 会場全体が一度静まり返ってから、合図の鐘は鳴り響いた。


 先に動いたのは軽装のクィンシー。


 屋台のおっさんが「スピードがウリ」と強調して語っていただけのことはあり、俊敏なステップであっという間にジェラルドとの距離を詰める。


 そのまま一気に射程圏内へ、と思いきや、ジェラルドの剣先が届く手前で急停止。


 一旦横に跳躍し、切りこむ角度を変える。実に軽快なフットワークである。


 針を想起させられる、突き技に特化したフォルムの片手剣がジェラルドを襲う!


 ……が、気の毒なことにそこでクィンシーの見せ場は終了。


 空を切ったかに思われたジェラルドの剣からは、その個性的な刀身とまったく同色の、紅蓮の炎が溢れ出ていた。


 剣から解放された炎はまるで自我でも持っているかのように宙を駆け、攻撃対象であるクィンシーへと絡みつく。


 うねった火が剣闘士の体力と思考力を急速に奪っていく。


 クィンシーの攻撃の手が止まるのは仕方のないことだ。そこを見計らい――。


 ジェラルドは長尺の剣を横薙ぎに振り払った。


 刃で斬るというよりも、刀身全体を使って打ち据えるような荒々しい大技。


 痩せ細ったクィンシーの体が吹き飛ばされる。


 仰向けになったまま動かない。


 胸がわずかに上下しているのが観測できるし、そもそも不殺の呪縛で加減されてるから死んでいるわけではなさそうだが、かといって無事とも呼べまい。


 倒れたクィンシーが救護班に運ばれていく間に、結果を告げるアナウンスが流れる。


『勝者、ジェラルド!』


 分かり切った事実を再確認させるだけの働きしかしていなかった。


「……え? もう終わりですかにゃ?」


 最終戦の勝敗が呆気なく決してしまったことにナツメは消化不良そうな顔をする。


 というか、他の客も似たような感じだ。「大会本番じゃないんだからもうちょっと長く楽しませてくれよ」と不満そうにしている。なんならブーイングも起きているような……。


 そんな空気の中でも当のジェラルドは飄々とした表情を崩さないでいた。


 退場する時なんかは両手を上げて、歓声に応えているかのようなおどけたアクションをしていたくらいだから、精神的な余裕がありすぎる。


「うーん、ジェラルドねぇ」


 ケチのつけようがない腕前なのは分かった。大会前だからって武器の特性を隠そうともしないあたりも好感が持てる。


 しかしなんだろう、超つまんない。


 なにもジェラルド本人に責任があると言うつもりはないが、Aランク級の抜きん出た強さもはたから見る分には困り物だ。一方的な瞬殺劇にならない実力が拮抗したマッチアップじゃないと、こいつの試合で面白いと感じることはないだろうな。


「といっても、別にプロの剣闘士ってわけじゃないからそんなもんか」

「そうですよ。魔物相手に加減は禁物ですからね。その経験を闘技場の舞台で活かそうと思ったら、ああいった即実的な戦い方になるのは自然なことです」


 外に続く通路を歩きながら、俺とヒメリはそんな会話を交わす。


 当たり前のことではある。やるかやられるかの戦いを日常的にしているのは、魔物を征伐して稼いでいる純然たる冒険者のほうなんだからな。手加減知らずの異貌を前につまるつまらないなんて概念は存在しない。


 俺がオークを延々狩ってる場面を見せて金が取れるか?


 絶対無理だろ。


 だがこれで、なぜ剣闘士業界一位のイゾルダをトリに回さなかったのか理解できた。


 本番前にビッグマッチを組むと当日の興が削がれるというのもあるだろうが、予想される最大の理由は、スター選手を負けさせるわけにはいかないという配慮だろう。


 かわいそうだがクィンシーは噛ませ犬にされたってことだ。


「それにしても……見ましたか? あの技のキレ! 卓越したテクニックと強靭な肉体が備わっていなければ不可能な芸当です。さすがはAランク冒険者ですね」


 ヒメリはジェラルドの戦闘シーンを拝めたことに感動している様子だった。


 剣のイロハも知らない俺の目には適当に振り回しただけにしか映らなかったが、こいつからしてみればあの一瞬の間にも無数に見所があったらしい。


 そのせいで発言がミーハーっぽくなってしまってるのはご愛嬌。


 俺と同じく剣術に明るいわけではないホクトも凄味だけは伝わったようで。


「あのような武人を『剛の者』というのでありましょうな」


 と、しきりに唸っていた。


「ですけど、ヒメリさんたちが優勝するためにはあの人たちに勝っていかないといけないんですよね……とてもとても不安です」


 ミミはその弱気な発言にも表れているとおり、純粋に楽しんでいたナツメとは反対に、先行きを案じる気持ちが今日のイベントを通じて増幅していた。


 不安、という意見にはヒメリも同調する。


「ええ。まさにそのとおりです。ジェラルドさんだけでなく、イゾルダという方も目を見張る技量をお持ちでした。他にも優れた冒険者が集まっていましたし、本戦は難敵揃いになりそうです。……私個人は全力で腕を競えればそれで満足ですけど、シュウトさんからしてみたらあまり歓迎したくない事態でしょうね」

「そうか? 俺はそんなに心配してないぜ。むしろ強い奴がある程度多いほうが俺たちにとって好都合に思うけどな」


 この返答は予想外だったのか、ヒメリは鼻先を指で弾かれたような面をする。


「なぜですか? 優勝が目標なら相手が強いと不利益しかありませんよ」

「分かってない奴だなー。いいか? この大会はトーナメント形式なんだぞ」


 そして再三実感させられた、闘技場を取り仕切る連中の傾向。


 これらを加味すれば自明である。


「ま、積まれた課題が一切ないとは言わないけど、少なくともお前が想像しているほどのことにはならねぇよ」

「……一体その余裕はどこから来るんですか?」

「要するに、経営的判断、ってことだ」


 ヒメリは納得しない顔をしていたが、会場の外に出た途端に「試合、見てくれましたか?」と爛々と輝く目で駆け寄ってくるカイと、その後ろからマイペースに三角帽を押さえながら歩いてくるチノの姿が見えたので、感想を述べながら帰路に就くことになった。


 しかしまあ今日は来ておいてよかった。


 貴重な娯楽としてもそうだが、覚えておくべき名前もいくつか知れたからな。

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