俺、見物する
チノ以降もスケジュールは滞りなく進行していく。
勝ったり負けたりの繰り返しだ。俺としてはこの辺の試合の勝敗にはそんなに興味はなかったが、ヒメリはなにやらうんうん頷きながらパンフレットにメモをしている。
チラッと覗いてみると対戦結果や試合の展開が細かく書かれている。
研究熱心な奴だ。
ギルドまで行って出場者数十名の簡易データを調べた俺が言えた義理ではないが。
ただヒメリのつけたスコアによってホーム側が勝ち越していることが判明した。
だから会場の盛り上がりが水を挿されることなく増していっているのか。
しかしまあ、何試合か観戦していて思ったが、後から出てきた選手だからといってチノより強いかというとそうではなかった。
むしろここまで見た中だと圧倒的火力で捻じ伏せたチノが最強に感じる。
やはり開幕の一戦は、景気づけに人気のある剣闘士を出しておこうということか。ここの主催者はつくづく客の心理を分かっている。
とはいっても、十五時台に突入するとレベルはグンと上がった。
とりわけサリーとかいう青い髪色をした女魔術師は強い上にスタイルが独特だった。
なにせこいつ、氷柱を降らせて戦っていたからな。
これに驚いたのは俺よりも図書館で魔法について自習していたミミで、なんでも元素魔法で凍結現象を再現するのは非常に難しいとのこと。
これはあれだな、チノが嫉妬するタイプの奴。
地方出身の冒険者ではあったものの、その珍奇な魔法のおかげで若干排他的な気配のある闘技場でも上々の人気を集めていた。思うに、ローブの上からでも分かる秀でたプロポーションも無関係ではなさそうだが。
だが観客を魅了することにかけけてはうちのカイも負けてはいない。
予告どおりの十五時半に、藍色のベストにオリオンブルーの大剣という涼やかな出で立ちで登場したカイは、町の人間から多くの声援を得たのはもちろんのこと、その一歩も退かない勇猛果敢な戦いぶりで観光客からも拍手を引き出していた。
対戦相手である剣士の男とは二十センチは身長が離れていたように見えたが、決して臆したりせずに立ち向かい――。
「でああああああっ!」
気合一喝。
歓声さえもかき消して、全身のバネをフルに使った特大の斬撃を叩きこむ。
鍛えた技の冴えに俺の財力を尽くした武器。
これで倒れないほうがどうかしてる。
嫌な言い方になるが剣闘士業界のアイドル的な存在である兄妹二人が揃って、それも余裕のある内容で勝利したことで、会場全体が熱狂。
トーナメント本戦への期待感が高まっていくのを肌でひしひしと感じる。
「なあ、今年、マジでうちのプレイヤー強くね?」
十六時までの試合が終了した頃、そんな会話がほうぼうでささやかれ始める。
こっそり聞き耳を立てる俺。
「特にカイ! デビューの時から見てきたが、随分と成長したもんだ。この大舞台ででかいことをやらかしてくれるかもなぁ」
「カイ自身の気合もうかがえるしな。さっき持ってた剣見たか? ありゃどう見てもレアメタルだぞ。あんないい武器を準備するくらいなんだからよっぽど本気なんだろうよ」
「おう。で、チームメイトはあの妹さんだろ? こいつは応援し甲斐があるぜ」
うむうむ。俺が聞きたかったのはその言葉だ。
本番でも応援よろしく。
で。
閉演時刻の十七時が迫ってきた頃。
『次の試合はイゾルダ対シュテル、イゾルダ対シュテルです』
やっと気になっていた奴の試合になった。
イゾルダ。この町一の剣闘士。
ツヤのある黒髪にこの距離からでも分かる端正なルックス、薄手の鎧に藤色をした両手持ちの長剣という装備をしたそいつは、なるほど人気が出そうな雰囲気がある。
男女を問わない黄色い歓声に迎え入れられているのがその証拠。
一種冷淡にも映る厳しい表情をしているのに、それがちっとも美貌を妨げていない。
世が世なら美人アスリートとしてマスメディアに特集されていたに違いない。
「ただ者ならぬオーラがあります。さぞや名高き武人なのでありましょうな」
凛々しさでは負けていないホクトも感心した態度を示していた。
そんなシュッとしたイゾルダだが、戦いの鐘が鳴るとクールな印象が一転。
「リキッド・ブレット! 撃ち抜かれよ!」
よく通る声で魔法を唱え、なにかしらアクションを起こすたびに威勢よく叫ぶ。
会場中に聴こえるような大声を上げながら戦うから否応なく目立つ。むちゃくちゃ派手な立ち居振る舞いだ。演劇じみてすらいる。
「いやわざとでしょう。観衆へのアピールでしょうね」
ヒメリは冷静に解析する。
「まあ、だろうな」
イゾルダが勇壮に吠える都度、スタンドが大いに沸いていることからも明らかだ。
剣闘士とは戦いを『魅せる』客商売なのだから、ただ勝利するだけでは許されない。勝つにしても面白い試合でなければファンは離れてしまう。地道に魔物を狩って依頼をこなすという、どこか泥臭さがある普通の冒険者とは根底からして違うのだろう。
「ってか、だから地元の奴らは勝ててないんじゃないのか? 勝つこと目当ての奴らが大挙して押し寄せてくるんだからそりゃきついだろ」
「ぶっちゃけますね……私も正直その線が濃厚だとは思いますけど」
周りに聞こえないようヒソヒソと話す俺とヒメリ。
この件に突っこみすぎると根深い闘争に発展しそうなので。
「だけどご主人様、あの女の人は腕も一流ですにゃ! すっごく強いですにゃ!」
目の前で繰り広げられている大活劇にふんふんと鼻息を荒げるナツメが言うように、イゾルダは単純に剣士として見てもぶっ飛んだ実力を持っている。
剣さばきや歩法ひとつ取ってみても流麗で、息遣いまで聴こえてきそうだ。
おまけに。
「ハードソイル・エッジ! 呼び覚ますぞ、大地!」
適切なタイミングで魔法を放ち、太刀筋を見極めようとする相手を撹乱させている。
技巧的な剣技だけでも十分すぎるほど圧倒しているのに、そこに角度の異なる魔法が加わったらどうしようもない。
オーバー気味に左手をかざして唱えられた魔法は、俺のツヴァイハンダーの追加効果とよく似ている。地面から土の塊が隆起するところまではほぼ同一。違いは形状くらいだ。俺のものは槍のように鋭く尖っているが、あちらは刃物を思わせる薄さである。
ただ剣先で突いた場所以外からも出現させられる分、あちらのほうが便利か。
どうでもいいが、ガチンコなら掛け声の後半はいらないのではなかろうか。
あの舞台っぽさが人気の秘訣なんだろうけど。
……いや、それだけじゃないな。
強さも本物だ。現に、対戦相手になにもさせないまま完封している。
魔法はあくまでも補助、というか目くらましのようで。
「決めさせていただこう!」
女優のようにキメ台詞を述べてから、本命のロングソードによる剣閃を走らせる。
その一撃をクリーンヒットさせた瞬間にイゾルダの勝利が確定した。力感たっぷりの大地の刃ですら足止めに過ぎなかったことを知らしめる、凄絶極まりない一太刀。
だかイゾルダの所作は依然として劇場的だった。身のこなし、足の位置、斬りつけた後の姿勢、そのすべてが華やかさに満ちている――鎧を着た大の男を戦闘不能に追いこんだというのに。
「これお前の上位互換だな」
「わっ、わざわざ言わなくていいですよ! 自覚はありますので!」
それでもヒメリはポジティブに「超えるべき壁は多ければ多いほどいいですから」と、強がりにも聞こえる言葉を口にした。
闘技場きってのスター選手の勝利に盛り上がるスタンド席。またイゾルダがそれに応えるように堂々胸を張って手を振るもんだから加熱していく一方だ。
鳴り止まない拍手と指笛をやかましく感じながらも、俺はふと、残念に思う。
あの剣に使われてる金属、どう考えてもレアメタルだよな。
どうせならその真価も拝見したいところだったが、ま、終わったもんはしょうがない。
もうひとつ注目のマッチアップが残ってることだし。
『ご来場のお客様、本日はお越しいただき、誠にありがとうございます。それでは本日の最終戦、クィンシー対ジェラルドの試合を開始いたします』
場内アナウンスを聞き取りながら、俺は手の平の汗をズボンで拭う。
ついに来たか。Aランク様の出番が。