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俺、喜悦する

 Aランク! そんな奴が来ているのか。


 俺自身E、D、Cときて、Bランクの存在も確認できているのだから、その上が設けられているのは分かり切っていたが、いざこうして現実に聞かされるとゾクッとくるものがある。


 しかも個人戦の大会で好成績を収めているときた。


 ハリボテの肩書きではなさそうだな。


 とはいえ今からこいつのことを過剰に意識しても仕方がない。興味深い話を聞けた礼代わりにこの屋台のおっさんからエールを買い、四人のところに戻る。


「……シュウト様、いかがなさいましたか?」

「どうもしてないけど。なんか変に見えたか?」

「いえ、難しいお顔をされていたので」

「まあ、考え事はしてたかな。でも大したことじゃないよ。それよりさっさと入場しようぜ。何時から観戦してようと料金は一緒なんだから、会場の外にいるだけ損だ」


 ミミの憂慮を晴らしてから闘技場に入る。


 入場料金は一人600G。メイン・コロシアムの収容可能人数を考えたら今日だけで一千万Gは利益が出そうだな、このイベント。羨ましい限りだ。


 スタンド席に辿り着くと、そこは興奮のるつぼと化していた。


 剣闘士同士の真剣勝負が行われているのだから当然だろう。今はちょうど二人の若い戦士が互いに一歩も譲らない鍔迫り合いを繰り広げている。これは熱い。


 見ているとどちらの腕にも鈍色のリングがはめられている。


 あれでトドメを刺せない呪縛状態をキープしているんだろうな。


 特等席とは呼べずともなるべく前のほうのベンチシートを確保し、ナツメ、ミミ、俺、ヒメリ、ホクトの順で腰かける。


 席を選んでいる間に決着はついてしまっていた。根負けしたほうが弾き飛ばされ、手痛い一撃を被り行動不能になっている。


 すると。


『勝者、オーウェン! 皆様、盛大な拍手をお願いします』


 丁寧な口調の女性によるアナウンスが、会場全体に響き渡って勝者を告げていた。


 まるでスピーカーから流れるように、だ。


 それにしたって異常にクリアな音像なのでびびらされる。


『次の試合は十一時四十分から開始します。対戦カードは……』


 次節の案内までやっている。


 なんだこれ。どうなってんだ。


「この場内アナウンスも移送魔法の技術転用みたいですよ。優勝カップといい、この闘技場では独自の移送魔法のテクノロジーが様々な分野に使われていますね」


 極太のソーセージと刻んだピクルスを挟んだ白パンを頬張りながら、隣にいるヒメリがタネを明かした。


 無駄に得意げに。


「なんでお前が知ってるんだよ?」

「昨日カイくんに教えてもらいました。闘技場特有の機能に逐一驚いていたら常連客から笑われるから、だそうで。ふふふ、シュウトさんは見事に驚きましたね」

「先に言え、先に」

「デコピンのお返しです」


 真顔だったので、割と効いていたらしい。


 つまりはここはよりよい興行のために最先端技術が結集しているのか。


 だが大昔の異才魔術師が一人でしかけたギミックだそうなので、それを最先端と呼んでいいかどうかは疑問符がつくが。


 その後も中堅どころの試合が続いた。


 中堅、といってもさすがは対人戦慣れした剣闘士、その戦いぶりはどいつも見事なものだった。ただ勝つだけでなく魅せることも考えているのか、しょっぱい試合はひとつとしてない。全員がショーマンシップに溢れている。おかげで酒が進んでしょうがない。


 これがプロの仕事か。


 それゆえに観客も大いにエキサイトしていた。言葉は悪いが前座の時点でこれなんだから、ホームアウェーの対戦が始まったら一体どうなってしまうんだ。


 そう思った矢先。


『次は十三時、十三時ちょうどに始まります。対戦カードはチノ対ユーク。詳細は掲示板または公式パンフレットをご参照ください』


 いつの間にか、擬似対抗戦の先陣を切るチノの順番が巡ってきていた。


 もうそんな時間か。


 試合に集中していたせいで時間の感覚を忘れてしまっていたらしい。俺はホクトを連れて急いで食料とアルコールの追加を買いに行き、再入場する。


 席に戻るやいなや、ピタを包んだ紙袋でいっぱいのホクトの両手にナツメが目の色を変えて飛びついた。完全にネズミを狙う猫の目である。しかし刺激的なホットソースの効いたヒヨコ豆と肉にかぶりついた途端、その目は弓なりになった。


 ヒメリは最初にアホほどファストフードを買いこんでいたのでまだまだ備蓄が切れる気配はない。というかこいつ、ここに来てからずっと食い続けているんだけど。


「始まりそうですよ、シュウト様」


 そんなヒメリを横目で見ていたら、ミミに肩を叩かれる。


 フィールド上に視線を戻すと――舞台袖から入場してくるチノの姿が見えた。


 その手には深緑の水晶がしっかりと、あたかも宝物かのように握られている。


 トレードマークの三角帽を揺らして歩くだけでチノは大歓声を浴びている。ここからが本番と理解している闘技場マニアだけでなく、誇りある古代ネシェス人の血を引く彼女自体のファンと思しき奴らもヒートアップしていた。


「チノちゃあああああああああああん!」

「こっち向いて、チノちゃああああああああああん!」

「チノちゃんかわいいよ、今日も世界で一番だよ!」

「怪我だけはっ! 怪我だけはしないでねっ!」


 しかし動機が不純そうなのが気がかりではある。


 もっともチノの顔に変化はない。


 いつもどおりの、少しだけムスッとした無表情である。

 

 スタンドの客に媚びるような真似もしない。「そこがまたいい」みたいな意見が後ろから聞こえてきた。深い。


 そんなチノも俺たちを客席の中に発見すると親指を立ててアピールしてきた。


 俺が怨嗟の目に晒されることになったのは言うまでもない。


 対する相手は若めの男。


 装備からしてオーソドックスな剣士だろう。盾はなく、全身を覆うプレートメイルで防御面を補っている。武器は細長い剣。両手でその重量を支えていた。


 睨み合う両者。


 やがて低音で響く鐘が鳴り、戦いの幕が切って落とされた。


 先手を取ったのは初動の瞬発力に優れる剣士……みたいに詳しく解説しようと思ったのだが、まったく無意味な行為だった。


 勝負の行方は早い段階で決まってしまったからな。


「ティ――ップ――ミ――ション」


 割れんばかりの歓声が巻き起こっているせいでかすかにそれだけしか聞き取れなかったが、チノが口ずさんだ言葉が魔法の詠唱であることは明らかだった。


 それを立証するかのように無数の細やかな雫が空間上に浮かび、赤髪の少女の前方に配置される。


 雫は光を乱反射して一粒一粒がまばゆいばかりに輝いている。


 その輝きは止まることなく増していく。相互に反射し合っているからだろうか。限界に達したところで、溢れた光がごくごく小規模なレーザーとして射出された。


 それが、幾条も。


 剣士に向けて一斉に放たれる!


 だから一撃必殺なんかではない。千撃必殺とでも言おうか。


 一発の威力はレーザーの太さからしてかなり低そうだったが、これだけ短時間でこれだけ大量に浴びてしまえば、タダで済むはずがない。


 照射された剣士はその厚い鎧をもってしても、警報を発令すべき勢力の光線の雨のダメージには耐え切れなかった。不規則によろめき、ついに膝をつく。


『勝者、チノ!』


 アナウンスが公平な判断を下す。


 その瞬間、闘技場のボルテージは今日イチに達した。


 俺はその盛り上がりの中、唸ることしかできなかった。相手も闘技大会のためにネシェスを訪れたのだから、決して弱くはない。それを一蹴するとは。


 すこぶる喜ばしいことだ。


 つーか、強っ。


 これほどの実力があったのか、あいつ。


 もちろん貸した武器の影響力もあるだろうが、うーむ、面白くなってきたな。


 ……と。


 勝利を収めたチノは退場前に、今度はVサインを向けてきた。


 お澄ましした表情のままで。


 ホクトは「お見事!」と惜しみない拍手を送り、ナツメがぴょんぴょん飛び跳ねながら拳を突き上げる。微笑みながら手を振るミミとチームメイトの活躍に頷くヒメリに挟まれて、俺だけなにもしないのもアレなので、とりあえず、Vサインを返しておいた。


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