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俺、日課する

 強化合宿三日目。


 三種の水晶の購入によって(といっても本人は翠水晶以外使う気なさそうだが)、チノも新武器の実験を兼ねたトレーニングに参加できるようになった。


 魔力の拡大によってダミーの生産ペースも向上し、結果的にヒメリとカイの練習効率もよくなったのは、思わぬ、しかし嬉しい副産物である。


 今日からはより濃密な訓練を展開できるだろう。


 チノは更に空いた時間を使って家庭教師のミミ先生と治癒系統の魔法の学習に励むとのことなので、最年少ながらに結構なハードスケジュールになってしまうが……チームバランス改善のためにも頑張ってもらいたい。


 それに二日も寝食を共にすれば大分打ち解けてくるものだ。


 昨日はまだぎこちなかった朝食の席も随分と賑やかになっている。


「カイさん、頬にジャムが付いていますよ。拭いて差し上げます」

「じっ、自分でできますよ」

「それよりカイ殿、パンのおかわりはいかがでありますか? 戦士は体が資本。しっかり栄養を摂取しませんとな」

「気持ちは嬉しいですけど、オレもう、みんなから勧められて七個も食べましたから……」

「お姉ちゃんの言うとーり。お兄ちゃん、もっと食べたほうがいい。これとこれも」

「それは自分のサラダだろ、チノ! ちゃんと野菜も食べなさい!」


 主にカイをいじることで。


「カイくん、大人気ですねぇ」

「分からんでもない。あいつかわいいからな」

「……シュウトさん、今の発言、かなり際どいです」

「変な勘繰りはやめろ! 深読みしすぎなんだよお前は」


 いわれなき疑惑をかけられそうになったのを速やかに訂正する。


 こいつの妄想の方向性、無駄に一貫しすぎだろ。


 そんなことを考えながら食後のワインを開けつつ、空になった皿をテキパキと洗い場まで運んでいくナツメの働きぶりを眺めていると、これまで干渉される一方だったカイが「そういえば」と自ら切り出してきた。


「オレたち、明日は闘技場のイベントに出場する予定が入ってるんです」

「おっ? そうなのか」

「模擬戦じゃないガチの試合ですよ。よかったらシュウトさんたちも見に来てください。オレとチノが剣闘士としてどのくらい戦えるかを披露したいです!」

「こりゃ関係者席でタダ見できる流れだな」

「……いやオレ、そこまでの力はないんで……」

「冗談だ。こんな家借りておいてチケット買う金がないわけねぇじゃん」


 軽口を叩き合ったところでカイが声のトーンをやや落とす。


 真面目な話があるらしい。


「それで、ええと、武器のことなんですけど……」

「武器がどうかしたか? フランベルジュとツヴァイハンダーだっけ、今練習してんの」

「メインはその二本です。でもこれ、明日は使わないほうがいいですよね?」

「隠すってことか?」

「そうです。レアメタル製の武器を装備していることが知られると、他の参加者からのマークがきつくなっちゃいますから」

「ふーむ」


 一理ある理屈だ。


 が。


「いや、手加減なしでいったほうがいい。大会まで隠したところでどうせ一回戦終わったらバレるんだしな。それなら今から強さをアピールしていったほうが得だ」

「……利点があるんですか?」

「ある。俺が味方につけたいのは世論なんだよ。お前らはネシェスの人間からはめちゃくちゃ期待されてるんだからな。ここで溜飲を下げさせて、優勝を本気で狙えるって知らしめておけば、大会本番で浴びる声援も倍増するだろうよ」


 会場の空気がチノ・カイ一色になってしまえば、対峙する相手からしてみればやりにくくて仕方ないに違いない。


「お前らが浴びるのは声援、そして対戦相手が浴びるのはアウェーの洗礼だ」

「相変わらず悪巧みは得意ですね。さすがの性格の悪さです」


 俺はヒメリにデコピンをくらわせてから対話を継続する。


「だから明日は全力でいけ。余ってるベストも貸してやるから」


 そう伝えておいた。


 しばし思慮していたカイも納得したらしく、「全開でいってきます」と返答する。


 うむ。その意気やよし。


「それに小細工なしでいったほうがオレらしいや。プレッシャーにもなりますけど、それも撥ねのけられるよう奮起します!」


 毎度のことながら口にする台詞の温度が高い。


 そんな兄とは逆にチノはハナから新しい水晶玉を使う気満々だったようで、許可が下りたことに小さくガッツポーズしていた。


 もっともチノの装備の変更点は今のところ武器のみ。


 軽装が好ましいカイは最悪本戦でも俺のお下がりを使えばいいが、ヒメリの鎧とチノのローブは新調しておく必要がある。練習段階では防具はあまり重要じゃないから後回しにしているとはいえ、大会当日までには万端にしておかないと。


 もう既に三百万G近く投資しているが、まだまだ金を注ぎこめるポイントは多い。


 ……そういう意味じゃ日課の金策もサボるわけにはいかないな。せめて消費した分くらいは回収しておきたいところ。


 しかしミミはチノに魔法を教える役割があるから手を離せない。


 チノが勉強している間のスパー相手を務めなくてはならないため、ホクトも同上。


 ということで。


「ナツメ、行こうぜ」

「ガッテンですにゃ!」


 俺はこの土地での探索パートナーにナツメを選んだ。


 初歩的な再生魔法も扱えることだし、一人でも頼れる相方だろう。問題はこの構成だと俺が多めに荷物を運ばないといけないという点だが。


「あと弓は持っていけねぇな。ナツメを一人で前に出すわけにゃいかないし」


 てなわけで、今ひとつ人気薄のウルフバートを抜き身のまま紐に通して背負う。


 うわ、重っ。


 重量で斬るタイプの剣は毎回こんなんだな。


「これから探索ですか? お言葉ですけど、この町でもシュウトさんの所持金にさざ波が立つような依頼はないと思いますよ。どこの町にもなさそうですけど」


 カバンの中にパンと水分補給に不可欠な薄いワイン、それからナツメ用のリンゴジュースを詰めこんでいると、赤くなった額を押さえながらヒメリがそんなことを聞いてくる。


 あー、こいつの目があったか。


 といっても、まさかこいつも俺の莫大な資金の出所が雑魚モンスターだとは思うまい。持ち帰った金貨は秘密裏に個室まで運ばないとな。


「金が目当てじゃない。俺だって鍛えたいんだよ、いろいろと」


 適当な嘘をつき、「留守番サボるなよ」と言い置いてから屋敷を後にした。



 初日にギルドで聞いたCランク向けの魔物出没地域。


 それが町を出て北東にそびえ立つ鉱山である。


 徒歩でおよそ一時間半と、遠くもないが特筆するほど近くもない距離にあるそこは、早くも多くの冒険者で溢れかえっていた。


 ギルドマスターのおっさんによれば鉄や火打石だけでなく金が出土するということで、常時ツルハシを担いでいるような採掘メインの冒険者にも人気の場所なんだとか。


 そんな名物には目もくれず、アリの巣状になっている金鉱山内部をひたすら進んでいく俺とナツメ。


 開拓が進められていて一定の感覚でランプが吊られているから視界に問題はない。


 坑道を闊歩し、金目の敵が出現するポイントを目指す。


 地図を確認すると鉱山は上下二層に分割されている。


 比較的危険の少ない下層は採掘者に、そして手強い魔物が蔓延する上層は修行者に適しているとの話だが、果たしてどうなっていることやら。


 それにしても、密閉されている割には湿気の少ない鉱山だ。


 足元の土がサラサラとしている。剥き出しになった岩肌の壁に触れても、湿った感じはほとんどしない。


「さーて、いよいよこの辺からおでましだな」


 ハシゴをつたって二層に上がってすぐ、俺は前方に、巨大な影を発見した。


 鉱山の定番、豚面のオークである。


 だがこれまで相手してきた個体とは違い、手にはなにも持っていない。


 俺的には単純明快に素手オークと命名したいところだったが、生憎あいつにはちゃんとした通称がある。ギルドではオークモンクと呼ばれていた。


 背中から重剣を外し、滑り止めのラバーが巻かれたグリップを握る。


 ナツメもホルダーから一対のダガーナイフを抜いていた。黄色い刃をクルリと軽く手の中で回転させた後、それぞれを両手に握りこむ。


 相手もこちらの気配を察知している。ゆっくりと、かつ重々しく地面を踏みしめ、拳の骨を鳴らしながら近づいてくる様子が見て取れた。


 確かに威圧感はあるが、この動作のトロくささからして、オークの種族に生まれたサガでゴミみたいな俊敏性しかないのは明白。


 先手を取る!


「うおお、り、やぁ!」


 俺はやや離れた位置からウルフバートをフルスイングした。


 当然先端がオークモンクに届くはずはない――しかし。


 レアメタル固有の魔力による追加効果はそうではない。


 モスグリーンの刀身とまったく同じ色の霧が発生し、対象にまとわりつく。


 霧、ではあるが、それにしては大粒だ。剣だからこのカラーリングでも気にならなかったけどこうして液状化しているとヘドロ感が凄い。完全に毒霧である。


「絶対にくらいたくねぇ技だな……」


 我ながらそう思う。


 それはさておくとして、だ。


 注意力が散漫になる(ミミ談)という朦朧の呪縛の効果でオークモンクは戦闘に集中できなくなり、ガードが下がって懐がガラ空きになっている。


 そこ目がけて腰の入った強烈な一撃を見舞……おうとしたが。


 身軽なナツメが先に隣接していた。


「スマートに参りますにゃ!」


 得物同士を打ちつけてキィンと金属音を響かせると、自分より二回りはでかい怪物相手に怯むことなく、接近する際の助走を活かして跳躍。


「にゃっにゃあ!」


 右手に持った側のナイフを魔物の盛り上がった肩口に突き入れる。


 鉄のナイフを手にしていた時よりも振りが鈍かったから、おそらくあちらが重くなったほうだろう。そのせいか、破壊力が凄まじい。あんな小振りなナイフが刺さっただけなのにオークモンクの肉は大きく弾け飛んでいた。


 皮下にある肉でそれなのだから、血飛沫の量は言わずもがな。


 レアメタルだけあって元々の攻撃性能も抜群なのだろう。


「こっちも忘れちゃダメですにゃ!」


 次いで左手のナイフを滑らせる。


 わずかな秒数で三度も胸板を斬りつける、視認困難な早業で。


 オークモンクの出血は止まらない。それだけ惨い目に遭っているのに、当の本人、いや本豚は胡乱な眼差しをナツメに向けるだけなのだから、悲痛ですらある。


 だが意識が混濁しているなりに闘争本能は枯れ切ってはいないらしく、ようやく攻撃動作を取った。


 ガニ股になって腰を落とし、正拳突きをナツメに放つ!


 モンクと名付けられるだけあってその拳は中々重そうである。が、やはり呪いの影響は大きいのか、それともナツメの身のこなしが素早すぎるのか……惜しくもなく外れる。


 すかさず後詰に入る俺。


「ド級の一発をくれてやるよ。こんなふうに、なっ!」


 その重量をフルに活かして、ウルフバートの分厚い刀身を上段から叩きこむ。


 要領はツヴァイハンダーとそう変わらない。初動にあらん限りの力を込めるだけだ。後は右手も左手も添えるだけ。


 位置エネルギーを乗せた刃が魔物の生存権を剥奪した。


 撃破報奨で落とした金貨は二十枚。


 オークメイジと同じか。悪くはない。特別よくもないが。


 しかしまあ、ギルドでは通常のオークより攻撃力防御力共にスケールアップしているという評価がなされていたが、なんのことはないな。レアメタルの波状攻撃を耐え切れるほどじゃないのなら俺たちとしては懸念すべき要素はない。


 この町にいる間はこいつを討伐して稼がせてもらおう。


「とりあえず三十体を目途にするか」

「お昼ごはんはいつ頃にしますかにゃ?」

「十体倒したら」

「にゃにゃ、精一杯頑張りますにゃ!」


 ナツメのやる気を焚きつけて、俺は黙々とオークモンクを狩る作業にふけった。

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