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俺、胸焼する

 戸口には目の覚めるようなショッキングピンクの髪を束ねた女が立っている。


 女というか、顔立ちや背格好からいって少女だな。ゆったりしたサーコートを着ているから体型は判別しにくいが、推定年齢はチノ以上ミミ未満といったところか。


「ここがネシェスで一番すっごい魔法屋さんなんですよね?」

「まあ、世間的にはそうなってるが」

「さっき闘技場でユグドラシルの杖を使ってる人を見ました! わたしも欲しいです!」

「ユグドラシルの杖? そんなレア中のレアな品はうちでは取り扱ってないよ。きっとそいつはシャーマン連中が管理する世界樹の地まで行って自力で採取してきたんだろう」

「ふえっ、そうなんですか? しょんぼりです……」


 店主のおっさんとのやりとりを観察する限り、所作や言動がいちいちブリッコじみているからめんどくさそうな雰囲気がある。


 さっさとお暇しておくか。


「強力な杖を求めるってことは、お嬢ちゃんもトーナメントに出場するのか?」

「はい! ただいまメンバー募集中です!」

「ギルドで斡旋してもらうのか。ただ競争は激しいぞ。誰だって実力のない者とは組みたがらないからなぁ」

「ふふーん、大丈夫ですよう。わたしこう見えてもBランク冒険者ですから!」

「えっ? その感じで?」


 通り過ぎる予定だったのに、話が意外すぎて思わず声を漏らしてしまっていた。


 おっさんに自らのランクを胸を張って答えていた少女は、俺の茶々にハッとした表情を束の間浮かべた後、こっちを向く。


「あー! 今、わたしのこと疑いましたよね? でもでもっ、仕方ないです。新しい町に行くたびにあなたとまったく同じ反応をされますから」


 と言って、ずいっと通行証を差し出してくる。


 そこの冒険者ランク欄には紛れもなく『B』と記されていた。


 同時に名前のサインも視界に入る。プリシラ・レメラスース。それがこいつの名か。


 称号も複数持っている。


 いわく『戦場の天使』『フォータウンズ・アイドル』『英雄たちの薬箱』。


 うーん。


 ノーコメントで。


「どうです? ちゃーんとBランクって書いてありましたよね? ねっ?」


 長い睫毛をバッチンバッチンさせながらまくしたててくる。


 俺の知っているBランク冒険者といえば、ジェムナの首領格だったガードナーだけ。


 あいつはやや豪放磊落すぎるきらいはあるが、風格といい煽動力といい高ランクに相応しい男で、そしてなにより、ずば抜けた強さの持ち主だった。


 しかし今俺の目の前にいるのは巨漢のガードナーとは似ても似つかない華奢な少女。


 声だけじゃなく仕草もきゃるんっとしてるし、あらゆる点で町の平穏を担う男の剛毅さとは対極に位置している。こうして通行証を見せられてもまだイマイチ信じられない。


「たっくさん強敵と戦いましたからね。わたし、再生魔法だけは大得意ですから!」

「へえ、そうなのか。得意ってどんなふうに?」

「ええと、まずヒールでしょ、ハイ・ヒールでしょ、それとチェイン・ヒール、アルファ・ヒール、グロウアップ・ヒールと、それからヒール・レインに……」

「わ、分かった。もういい」


 永遠に続きそうだったので中断させた。


 要は回復役として各地で重宝されて、懸賞首の討伐を目指すパーティーから引っ張りダコに遭っているうちに自然とランクが上がっていったのだそうだ。


 なんて堅実な昇格のし方だ。本人のキャラとは裏腹に。


 ところでさっきから、ミミの背中に隠れたチノが顔だけ出してプリシラとかいう子にバチバチとした視線を送り続けている。


 プリシラが闘技大会に出ると聞いて早速今からライバル視しているのだろう。


 しかも自分と同じ魔法使いだから乗算形式で対抗心が燃え上がっている。


「ここの魔法屋さんに来るくらいですし、皆さんも冒険者ですよね? もしかして皆さんもチーム戦に出場するんですかあ?」

「いや出るのはこいつだけだ。そこでちっこくなってるこいつな。俺はスポンサーをやらせてもらってる」

「はわ、そうなんですか!?」

「体は小さいけど経験は豊富だぞ。なにせ闘技場で生計立ててるからな、この子は」

「ほへ~」


 感心した様子で少しだけ膝を曲げたプリシラは、チノと目線を合わせて……。


「じゃあ、わたしたちは今日からお友達ですねっ! 共に競技者ですし!」


 そんなハッピーな台詞をニコッと笑いながら口にしていた。


 例によってアニメ声で。


「違う。敵。全力で倒すべき障害」


 一方でチノはぴくりとも表情を動かさずにそう即答した。


 ただプリシラはどういう思考回路を経た結果そうなっているのか不明だが、まったく気にする素振りもなくますますフレンドリーに接してくる。


「お友達の証に名前を聞かせてくれませんか?」

「チノ。恐れを知らない、勇猛なるけんとーし」


 顎を上げてふんすっと鼻を鳴らしながら名乗るチノ。だが三角帽がずり落ちてきて目深になっているので妙にユーモラスに映る。


「ふむふむ、チノちゃんというんですね。ばっちり覚えました! 本番まではまだまだ時間はありますけど、お互い頑張りましょう!」

「私のほうが百倍頑張るもん」

「ではわたしは千倍!」

「せっ……えーと……いっぱい頑張るから負けない」


 よく分からない張り合いをした後で、プリシラは手を振って魔法屋を去っていった。


 これがまた両手を前に突き出したアイドルみたいな振り方だったので胸焼けしそうになる。容姿もアイドル並にかわいらしいからなんとか許せるけども。


「あれでBランクってんだから、世の中は分からんな……」


 単独で成し遂げた功績でないとはいえ、多くの冒険者たちから声をかけられるくらいなんだから、その実力は看板に違わないものなんだろう。


「大丈夫。再生魔法なんかに負けないよ」


 どこから湧いてくるのか知らないが自信満々にそう言い切る我が軍の魔術師。


 いつの間にやらミミのローブから手を離し、曲げていたヘソを元に戻している。


「そう言ってくれるんなら心強いけどな。……そういやチノ」

「なに?」

「お前ってヒールとかを習得しようとしたことあるの?」


 俺の質問にチノはふるふると首を横に振り、「使いたいと思ったことない」と語った。


「再生魔法、試合ぐだぐだになるし、地味……お客さん盛り上がらないもん」

「はあ。そんなとこまで考えて魔法選んでるのか」

「『しょーびじねす』ですから」


 チノはどことなくキリッとして言った。


「でもチノさんの言うことは理に適っています。魔法はインターバルがありますから、一対一だと回復している暇はあまりないのではないでしょうか」


 頭の冴えるミミが冷静に分析する。


 確かに、負けないように戦ってるだけじゃ早い段階で手詰まりに陥りそうだな。


 普段はタイマンでの試合が主らしいし。


「だけどチーム戦、ってなったらヒーラーの役割ってのは相当でかそうだからなー。魔物退治のパーティー組んでるのとほとんど変わらないじゃん」

「……私も覚えたほうがいい?」

「そりゃあ、できることならそうしてもらいたいよ。カイもヒメリも攻撃一辺倒だしさ」


 手の中で水晶を転がしながら、しばらく迷ったふうにするチノ。


「再生魔法でしたらミミが教えられます。二人でお勉強してみませんか?」

「……じゃあちょっとだけ、やってみる」


 ミミに背中を押されたのが決め手だったのか、ついにそう決断してくれた。


 いや、違うか。


 一番の決め手はチノ自身の「勝ちたい」という気持ちだな。兄によく似た強靭な意志の炎を瞳に灯しているところからもそれは明らかだ。


 熱血漢のカイとは対照的に無口で無表情なチノだが、根底に流れているものはきっと一緒で、今年の大会に懸ける想いはひとしお強いんだろう。


 この辺はやっぱり兄妹だな。


「だけどミミ、チノを手伝うのもいいけどだな」

「承知していますよ、シュウト様。お料理の勉強もしっかりと頑張ります」


 それに、とミミは言葉を継ぐ。


「夜はちゃんと空けておきますね」


 ……こいつが時たま見せる、ぽやぽやした雰囲気とギャップのある奔放な一面にも俺は慣れたものだが、他に客も来ないからと一息入れていた店主のおっさんには奇襲すぎた。


 飲みかけの紅茶を噴き出してむせる彼に合掌。

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