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俺、引率する

 合宿初日はまずまず有意義な練習ができた。


 カイは若いからか飲み込みが早い。新しい剣を握るたびに初々しい反応を見せるので、そこがまたかわいげがある。


 独力でCランクまで昇格したヒメリもなんだかんだで剣の腕に関しては本物なので、片手剣での戦闘スタイルを一日で自分のものにしていた。


 体格に合う盾がまだなかったので、鍋のフタで練習していたが。


 七人で食卓を囲んだことで親睦も深まったし、順調なスタートを切れたといえよう。


 で、その翌日。


 俺は公約どおり、チノを連れて魔法屋を訪ねていた。


 スペシャルアドバイザーとしてミミも一緒に。


 なにせ俺は魔法に関してはズブの素人。その手の知識はからっきしだから、ある程度ミミにフォローしてもらわないとな。


 というわけで本日はチノが生成するダミー人形ではなく、当初の方針どおりホクトがスパーリングパートナーを務めている。万が一に備えてヒールの使えるナツメも家の掃除ついでに待機しているから大事にはなるまい。


 それにしても、だ。


 商業ギルドの本部まで行って「町一番の高級店を教えてくれ」と質問してやってきた古風な店構えの魔法屋だが、その触れこみに偽りなく、どれもこれもゼロ一個多いんじゃないかと疑いたくなるような値段がついている。


 だが売り物は高値に見合うだけのことはあった。


 さすがに上級魔術書までは棚に置いていないとはいえ、書物の品目数は本場ウィクライフの店と比べても遜色ない。


 杖や十字架などの魔術道具に至ってはハッキリ上と分かる。


 多彩なレアメタルがウリのこの町の武器屋においてもそれほど優れた杖は販売していなかったが、さすがは専門店、文句なしのラインナップだな。


「おおー」


 真っ赤な三つ編みのおさげを揺らして店内を歩き回るチノの様子から見てもそれは明らかである。昨日は自分だけ武器を貸してもらえなくてつまらなそうにしていたが、今日はテンションが高い。チノ比で。


 ずらっと並んだ杖のストックに胸弾ませているのはミミもだ。


「とてもとてもワクワクするお店です。思わず目移りしてしまいます」


 そう口にしつつも顔つきは寝起きみたいにぽやっとしているので、これまたミミ比。


 二人揃って表情の変化が少ないから微妙な感情の移ろいを見極めるのに苦労する。


「魔法使いの武器ってどれがベストなんだろ……やっぱ杖か?」

「ミミはそう思います。以前シュウト様に作っていただいた古木の杖はとてもとてもいいものでした。手にしているだけで魔力がぐんと増幅するような感じがして……」


 ふむ。なら店主に聞いて何本か見繕ってもらうか。


 そう思案していたら。


「私は水晶がいいな」


 おねだりするような声を俺にかけながら、袖から出したマイ水晶をぎゅっと握るチノ。


「他の武器、全然使ったことない。難しいもん」

「杖に難しいとかあるのか……?」

「あるよ」


 本人があると言っているのなら仕方ない。俺には魔法使いがどういう感性で自分の手にフィットする武器を選んでるのかさっぱり分からんし。


 ってことで水晶を購入することに決めたのだが、まあ高い。


 珍しい枝や骨を素材にした杖でも七、八万Gがいいとこなのに、水晶は最安値の品ですら同等の価格がつけられていて、少しいい鉱物になってくるとその倍以上する。


「宝石みたいなもんだからなぁ、水晶は。どんなありふれたものだろうと微量な魔力が含まれてるから安くはできないのさ」


 ゆったりしたチェアに腰かけた店主のおっさんはそう説明する。加えて杖の素材となるものは安定供給が難しいため、本当に貴重な品はそうそう店頭に並ばないんだとか。


「その代わり最高品質の杖ってのは水晶すら凌駕するがね。そういう意味じゃそちらの獣人のお嬢さんの言葉もあながち間違っちゃいないな」


 ほう、杖最強説は信憑性があるのか。


 まあ現時点で入手不可能なものを欲しても皮算用が過ぎるので、大人しく水晶だけ買っていくか。チノもそれが希望のようだし。


 てなわけでおっさんにオススメ商品を尋ねてみる。


「よし来た。商談の開始だ」


 精が出るのかおっさんは腕まくりをした。


「まずはこれ、血水晶だな。呪縛の成功率を上げる効果がある。絡め手となる呪術魔法が得意な魔法使いにはぴったりの逸品だぞ」


 おっさんがカウンターに置いた球状水晶は、パッと見だと澄んだピンク色だが、中心部に向けて赤みが強くなっていっている。核の部分にまで及ぶと、その名に違わず血が溜まっているかのようだ。その個性的な外観は恐ろしくもあるが、耽美でもある。


「そしてこれが雪水晶。治癒の才覚が引き上げられるから、再生魔法や促進魔法で仲間をサポートする冒険者にはうってつけ。うちの店で一番評判のいい水晶だ」


 二個目の水晶は真っ白に曇っていた。透明度が低く、不純物だらけなのだが、冬の雪景色を想起させられるその淡く白い色合いには不思議と求心力がある。眺めているだけでほっとしてくるような安心感とでも言おうか。


「最後はこれ。翠水晶だ。持っているだけで自然との融和力が高まる。精霊信仰に基づく元素魔法でガンガン攻撃していくならこいつが最適だろうな」


 ラストの商品は緑色の見た目からして一瞬エメラルドかと錯覚したが、それよりも遥かに色が濃く、透過光まで深緑に変わっていた。元素魔法といえばチノの専門。水晶を覗きこむチノ自身も強く興味を引きつけられている。


「いっぱいクオリア得られそう」


 そんなチノがした表現はやたらと難解だった。


 分かったふうに頷いて未知なる単語との遭遇を乗り切る俺に、おっさんがセールストークをしかけてくる。


「どの水晶も二十万G前後で販売させてもらっている。懐が痛むかも知れないが、それだけの価値があることは保障しよう」

「じゃあ全部で」

「は?」

「全部で」


 将来的にミミや、もしかしたら今後新たに雇う奴隷が使うかも知れないし。


 大人買いしておいて損はないだろう。


 まとめて支払う。


「もう少し商売の駆け引きを楽しみたかったんだがな……まあこっちとしちゃ、儲からせてくれるんならなんの不満もないけどさ」

「いやもう十分駆け引きしただろ。前後と言いながら全部『後』だったじゃねぇか」


 俺は七百近い枚数の金貨を積み上げながらぼやく。商人ってのはどの町に行っても言葉のトリックを弄してくるから油断できない。


「ほら。落とすなよ」


 買ったうちの一つ、翠水晶とかいう道具をチノに渡す。受け取ったチノはそれをすぐには袖にしまわず、手の中で大事そうに握り締めて――。


「プレゼントありがとうでした」

「いやレンタルだからな?」

「むー」


 重要なことなのでちゃんと訂正しておいた。


 さて、用は済んだな。


「帰りに市場に寄ってこうぜ。飯の材料を買わないとな」

「ごはん? 昨日のパンおいしかった、また食べたいかも」

「パンだけじゃ寂しいからおかずもな。栄養取らねぇと大会でロクに動けなくなるぜ」


 落ちそうになっていたチノを帽子を押さえながら、俺はミミに目配せする。


「はいっ、シュウト様。たくさん頑張りますね!」


 ミミは両手にぐっと力をこめて返答した。


 素晴らしいやる気である。


 というのも、せっかくの調理場つき物件ということで、家を借りたその日に料理本とキッチン用具をいくつか買ってあったのがその理由。


 かねてからの念願もあることだし、料理の勉強がてらネシェス滞在中の飯番をミミに任せるつもりだ。


 今はまだ簡単なスープとサラダにかけるドレッシングくらいしか作れないが、ミミ本人がレシピのレパートリーを増やす意欲を燃やしているので、いずれ火の通った肉や魚が食卓に並ぶだろう。


 かまどのある家を借りている間にミミの料理の腕前がどのくらい上がるか、そのへんも楽しみにしておくとするか。


 ……と、そこに。


 魔法屋の古ぼけた戸が開き、来客を告げるベルが鳴った。


「すみませーん! とっっっっっっっても強い杖ってありますかー?」


 ベルよりも甲高いキャピキャピとした声が一切の遠慮なく店中に響いていた。

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