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俺、貸出する

「蒼天鉱のフランベルジュ……だったかな、ちゃんとした名称は。見た目は奇抜だが、このおかげで滑らかな斬り心地を実現しているんだとさ」


 店主のおっさんからの受け売りで喋る俺。


「秘められた魔力の性質は風らしい。それが顕現すると、こんなふうにだな……」


 剣を引き抜いて実演してみせる。


 両手でがっしりと握り、直立した状態で天を突くかのごとく頭上にかかげた瞬間。


 刀身と俺の腕が青白いオーラに包まれた。


「肩が痛くなるからあんまやりたくねぇんだよな、この発動方法……ともあれ、このオーラが出ている間は最強だ。空気との、えー、親和性だったか、それが高まるから抵抗が激減して剣速も上がるし、切れ味も増す。その代わり一分くらいしか持続しねぇけど」


 ミミがちょろっとだけ覚えている促進魔法とやらに似た効果といえよう。


「だから純粋に剣としての性能だけで戦う武器だな。俺にゃ向いてないが、自分の腕をそのまま反映したいのならこいつが最適かもな」


 その上この剣、ビジュアルがカッコよすぎる。


 蒼天の名のとおり爽やかな青が目を引く合金に、波線が走っているかのような独特の刃の形状。柄と鍔に施された彫金にも抜かりはなく、大変芸術性が高い。


 そっちの方面でもマニアに評価されそうな逸品である。


 フランベルジュって名前もなんとなくオシャレだし。


 だからだろうが、カイは最高に好奇心をそそられていた。


 こいつ好みのパワフルな両手剣であることに加えて、少年の魂を震わせてやまないヒロイックな外観。おまけに光をまとうことでパワーアップときた。幼心をくすぐる要素をこれでもかと詰めこんでいるから鼻息を荒くするのも無理はない。


 真っ赤な髪のツンツン具合も心なしか上がっているように見える。


「確かに素晴らしい業物ですが、同じ両手持ちの長剣であれば、そちらにあります一振りのほうが私は気になります。質量を感じさせる厚くて幅の広い刀身……凄まじい刃痕を刻めそうですね。落ち着いた緑の色味も渋くていいじゃないですか」


 逆にヒメリはモスグリーンの剣に関心を示していた。


 しかし俺にはその内心が手に取るように読める。こういう誰の目にも分かりやすい武器以外を褒めたほうが通っぽく思われそう、という打算が働いているに違いない。


 フフンって感じのしたり顔をしているのですぐ分かった。


「さすがはヒメリさん、お目が高い。そいつは蝦蟇鉱っていう水属性のレアメタルで製造された剣だ。やっぱカエルに愛着持ってんだな、お前」

「がまっ……」


 予想外に珍妙な鉱石名に固まるヒメリ。


「なんだその嫌そうな顔は。お前のセンスだとこれが一番なんだろ」

「……ネーミングが格好悪すぎませんか?」

「名前だけなら土竜鉱も似たようなもんだぜ。モグラだぞ、モグラ」


 なのに俺の所持武器の中で最強クラスなんだから、レアメタルは名前によらない。


「それはさておいてだ、このウルフバートって剣は凄いぜ。大きく振れば朦朧の呪縛を招く霧を発生させることができる。ダメージはないに等しいそうだけど、敵を呪ってしまえば戦闘を有利に運べるからな。俺がミミの呪術で散々経験してきたことだ」


 一メートル少々の全長だが、ヒメリが言ったように刀身は肉厚で、重さは十分。その重量をフルに使って断ち斬る剣と店主から教わっている。


「そして、最後にこいつだな。地脈鉱のスパタっていうんだが」

「地味……」


 チノがそんなストレートな感想を漏らすくらい、この武器には派手さがない。


 ツヤや光沢なんて贅沢なものはなく、鈍い鉛のような金属だ。なんの装飾もない実戦にウェイトを置いたデザインも地味さの演出に一役買っている。


 柄まで含めた長さは七十センチ弱。特に目立つ部分もない。


「でもこれが一番高かったぞ。貴重な追加効果があるからって」

「む、それは気になる台詞ですね。教えていただけますか?」

「まあ待て。こういう感じで、刃の腹に手を添えてだな」


 そのまま横にし、顔の正面に突き出す。


「わっ!?」


 ヒメリは驚きの声を上げた。


 突然自分の足元から……いや、全員の足元から黄緑色の泡めいた光がぷくぷくと湧き起こってきたのだから、そのリアクションは正当なものといえる。


「優しい光。それに凄く、あったかいかも」


 光に包まれながらチノがつぶやく。


 ないはずの温度を感じ取れるとは、こいつは感受性豊かだな。


 事実、この淡い光の粒子は有益だ。これもまた促進魔法に近い作用がある。


「……とまあこんなふうに、味方をまとめて強化できるわけだ。肉体と防具両方の耐久性を何割か増しで引き上げてくれるんだとさ。便利だろ?」


 ナツメたちが着ているメイド服まで蛍光イエローに染まっているのがちょっと面白い。


「ただ剣としては並らしい。もちろん他のレアメタルと比較して、だが」


 守備を第一に考えるならめちゃくちゃ有効だが、その分攻撃面は劣化する。


 何事も万能とはいかないから装備品は奥が深い。


 数分経過して光が収まった後、片手剣でありながら「追加効果が絶妙」と聞いて興味が湧いてきたのか、一度握ってみたいと申し出たカイに手渡す。


「グラディウスによく似てますね。あっちは剣闘士の皆がよく使ってますよ。オレも一時期グラディウスでの戦い方を練習したことがあります。……盾とセットで用いることが前提の武器だったから一回も実戦投入しませんでしたけど」


 ただそれよりは幾分長めとのこと。


「だったらそれを最初に試してみるか?」

「ううん……でもやっぱり、この中だったらオレはツヴァイハンダーとフランベルジュに執心してしまいます」

「だろうな。その二本、名前もカッコいいし」

「ですよね! オレもそう思います!」


 男として通じ合えたのが嬉しかったのかカイは快活な笑みを見せた。


「よし。じゃあ、どっちでも好きなほうを貸してやるから試してみてくれ。庭の広さがこれだけあったらブンブン振り回せるだろ」


 そう伝えると、カイは第一希望としてフランベルジュを挙げた。


「けど本当にいいんですか? こんな希少な剣をオレなんかが……」

「そんなことを気にする暇があったら一秒でも早く手に馴染ませとけ。使い込みが足りずに本番でポカされたら困る」


 俺は要望どおりに、長尺のフランベルジュをカイの小さな、しかしマメだらけで皮膚の厚くなった手に握らせる。


 刃先をじいっと見つめるその表情からは、金属自体の重みと俺から寄せられた期待の重み、そしてなによりも、剣闘士の本場として栄えた町の歴史の重みを噛み締めているような心境がうかがえた。


 闘技場で会話した時から感じていたが、こいつの大会に懸ける意気込みは本物だ。


 スポンサーの俺も支援に精を出せるってものだ。


「では昨夜主殿に指示されたとおり、スパーリング相手は自分が務めましょう。いやはや、やはり自分にはこういう体を存分に動かせる役目のほうがしっくりくるでありますな」


 馬の耳を立たせ直したホクトがごそごそと鎧と盾を持ち出し、装着しようとする。


 が。


「大丈夫。お姉ちゃん、そんな痛いことしなくていいよ」


 チノがぴとっと足に抱きついて止めた。


 かと思えば、大きく開いたローブの袖から水晶玉を取り出して……。


「ソイル・イミテーション」


 抑揚のない一本調子で魔法らしき言葉を唱えた。


 チノの言霊に応えるかのように庭の地面がわずかながらに震動。


 その揺れに引き寄せられるように表面の土が震央に向けて集まっていき、高さと立体感を生み、そして――人を模した形態が作り上げられた。


「げっ、なんじゃこいつ……」


 ドロドロとした質感を除けば、ジェムナの鉱山に出没するゴーレムに近似している。


 だがこちらに攻撃してくる気配はない。マジモンの魔物じゃないから当然とはいえ。


 魔力で生み出された偽ゴーレムを交互におっかなびっくり突っつくナツメとヒメリをよそに、妹のことなんて全部知っているとばかりに、カイはただ一人平静さを保っていた。


「これはダミーですよ。チノがよく使う元素魔法の一種です。オレたちはこの土人形を相手にずっと特訓してきましたからね」


 ふむ。つまりサンドバッグや巻き藁みたいなものか。


 これはありがたい。怪我を気にせずトレーニングに励めるわけだからな。


 俺は小さな魔法使いに賛辞を送ると、それでもチノは「ん」とだけ、顔色ひとつ変えず素っ気のない返事をする。けれどその無表情の中にも若干の照れを滲ませていたのは見間違いではあるまい。


 そうしている間にもカイの精神統一は進められていた。


「行きます!」


 決意の一喝が響き、ダミーを見据えるカイの目つきが変わる。


 既に少年の目ではなく、剣士の目だ。


 瞳の奥で燃える炎は火力を数段増している。


「天よ、オレに力を!」


 青空に届かんばかりに両腕を突き上げてフランベルジュをかかげるカイ。


 ……やけに気合の入った掛け声と動作をしていたような気がするが、とにかく。


 レアメタル製の武器を手にしたのは今日が初めてだという割には、スムーズに追加効果を発動させていた。


 力強さと儚さが同居した青白いオーラに覆われたカイは、体を半身にして足を前後に大きく開き、腰の重心を低く落とした、非常に勇者的なポーズで剣を構える。


 その構えが成立した瞬間に、カイは大股で勢いよく踏みこんだ。


 清涼な青い残像を俺たちの眼に焼き付けながら波状の刃が振り下ろされる。


 一刀両断――かどうかさえ素人目には疑わしかった。


 あまりにも剣がダミーに触れている時間が短すぎたため、集中していなければ『零刀両断』のように映ってしまいかねない。


 斬り伏せられたダミーは崩れ落ち、破片を残すことなく土に還った。


 カイが両手持ちの大剣を使い慣れているという、その小柄な体躯からは少々信じ難い話は、今し方の電光石火の一振りのみで証明された。これだけ長大な武器だというのに、パワーよりもスピードを感じさせるというのは並大抵ではない。


 ただ、俺以上にカイのほうが感動でぞくぞくと肩を震わせていた。


 忘れがちだがレアメタルの性能ってのは鉄や銅と比べて別格。幼い頃から戦いの世界に身を投じていたカイがそれを初体験したら、ああなるか。


「どんどん作るよ。どんどん斬って」


 目を離している間にチノがダミー人形の量産体制に入っていた。


 土の化物がワンサカと庭にひしめいている。異様な光景だ。この現場を次の入居予定者に目撃されたら屋敷の不動産価値が著しく低下するであろう。


「ちょっ、多すぎやしねぇか? まあいいや。ヒメリ、ウルフバートでガツンといっとけ。ただし毒は見境なく出すのはやめてくれよな」

「なんで私は武器固定されてるんですか?」


 結局ヒメリは「大会では盾を装備してみたらどうだ」という俺のアドバイスにならって、各種片手剣……ファルシオン、スパタ、カットラスあたりを満遍なく練習。


 いずれも威力の面では劣るが拡張性の高い武器である。どうやら使ってみるたびに新発見があるらしく、フレッシュな反応を示していた。


 ところで、これらの剣に宿った魔力の元素は火、地、水。


 レアメタルの属性をカイお気に入りの蒼天鉱とかぶらせていないのは、ヒメリなりに考えあってのことだろうな。


 俺がその密やかな配慮を「お姉さん気取りか?」と冷やかすと、唇を尖らせながらも先輩剣士は「そうですけど?」と平然として答えた。

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