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俺、賃借する

 明くる日、待ち合わせ時刻ぴったりにヒメリはチノとカイを率いて現れた。


 カイとチノに不信感は見られなかった。身元を明かすだけで相応の信頼を得られるんだから、冒険者という立場は旅をする上で本当に融通が利く。


 それにしても兄妹の冒険者ギルド内での人気は絶大だった。建物に姿を見せるなり、ラウンジでたむろしていた大人連中から次々に声援をかけられるくらいに。


 町の未来を背負って立つ若手有望株としての期待があるのだろう。


「それだけじゃないです」


 目的地へと案内する道すがらに、小声で話しかけてくるカイ。


「オレたちのこの赤い髪が古代ネシェス人の特徴を色濃く受け継いでるとかで……だから皆応援してくれてるんだと思います」


 ふむ、寄せられまくった期待の大きさにはそんな理由があったのか。


 民族色の強いこいつらに精強だった時代のネシェスを投影しているのだろう。ありがちだが、勝手な話だ。これが度を越えたプレッシャーにならなければいいが。


「ところでシュウトさん」


 会話を持ちかけてきたのはカイだけでなく、ヒメリもだった。


 ただこいつの場合は会話というよりは問答に近い。


「なんだよ。質問多いぞ。疲れるから一日三回までにしてくれ」

「多くもなりますよ! どんどん町の中心部から外れていってますし、一体どこに連れて行こうというんですか? それにミミさんたちの姿も見えませんし……」

「あー、ミミたちはもう先に入ってもらってるからな」

「意味深な発言を連打しますね。『入ってもらう』とはどういうことなんでしょう?」

「到着すりゃ分かる」


 で、ついに到着する。


 町の郊外に居を構えているそこは――。


「い、家!?」


 カイとヒメリが同時に仰天していた。


 灰色がかった漆喰の壁に、木製の三角屋根。どこからどう見ても一軒家である。


 興味津々に「おー」と声を漏らして二階建ての屋敷を見上げるチノの両肩に手を置きながら、俺は本題を伝える。


「中々いい家だろ? そんなにでかくはないが裏手には体を動かせる庭もあるし、トレーニングのできる環境もばっちりだ。今日からここで合宿して本戦に望むぞ」

「合宿って、オレたちでですか?」

「おう。共同生活をしてりゃ、自然とチームワークも身につくだろ」


 大会に向けた下地作りに専念するための場所。


 それこそが俺が手始めに準備したものなのだが、さすがのヒメリはそこまでするとは予想していなかったらしく、「やりすぎでしょ」みたいな顔をしている。


「まさかとは思いますが……この家、昨日購入したんですか?」

「買えるほどの金はねぇよ。借家だ。二ヶ月で六十万G。本当は一ヶ月で頼んだけど二ヶ月からでないと貸してくれなかったからな。無駄に高くついちまった」

「ああ、びっくりした……一瞬どこまで成金なのかと……って、よくよく考えなくても六十万Gでも相当な出費ですよ!?」

「本気で勝ちにいくならそのくらいは身銭を切らないとな。さあさあ、四の五の言ってないで入居しとけ。滞在費の節約にもなるだろ」


 ヒメリは釈然としない表情を浮かべていたが、チノはといえば素直なもので、玄関の扉を開けた瞬間からまっさらで広々とした室内に目を燦々と輝かせていた。


 暖かみのある木目調の内装。


 柔らかな日光を取り入れる格子状の窓とレースのカーテン。


 必要最低限だがデザイン性も備わった家具一式。


 そして扉をくぐってすぐのリビングで「おかえりなさいませ」と俺たちを出迎える、淑やかなメイド服に身を包んだ三人の――。


「ストップ! ストーップ!」


 いきなりヒメリが割って入ってきた。


「左から順にミミさんナツメさんホクトさんじゃないですか! なんでお三方がメイドになってるんですか?」

「よくぞ聞いてくれた。これはな、俺の趣味」


 そう答えるとヒメリはもうなにも言ってこなくなった。呆れたともいうが。


 だが俺は三人のメイドぶりには満足している。この手の仕事もやっていたであろうナツメの身振りは堂に入ったものだし、ミミもこう見えてノリノリだ。


 というのもこの家には、念願のかまどが据えられている。一ヶ月の間料理の勉強ができそうだと知った途端に、ミミは目に見えて上機嫌になっていた。具体的に言うと瞼が平時の二十パーセント増しでぱっちりとしていた。


「ですが、昨日も申しましたが……自分までこの格好をするのはいささか無理があるのではないでしょうか?」


 その一方で、本人のキャラクター性とは真逆も真逆なフリルつきのフェミニンな衣装に着られているホクトは、やや恥じらいが残っている。


「いや似合ってるぞ。お前は人一倍スタイルがいいからな」

「そ、そうでありましょうか」

「ああ。戦場とは違った魅力がかもし出されてるぜ」


 俺が思ったままの感想を伝えると、ホクトは頬をぽっと赤く染めてロングスカートの膨らみを抑えた。


「……なんだか以前までよりホクトさんと親密になってませんか?」

「いつもこんな感じだぞ? まあそのへんはどうでもいいだろ。それより、三人とも。後でいいから必要な荷物は持参してきてくれよ。ヒメリは宿のチェックアウトもな」

「どこで寝たらいいの?」


 屋敷に来てからずっと興奮気味のチノがコートの裾を引っ張ってくる。


「二階に個室が三つある。一番広い部屋をお前と兄貴で使ってくれ。残りの二つはそれぞれヒメリとナツメが使う予定だから」


 チノは「ん」とだけ返事し、トテトテと足音を立てて階段を駆け上がっていった。


 溢れ出る好奇心に任せて部屋を下見しに行ったようだ。チームで合宿と聞いてワクワクが止まらないみたいだな。


 ちなみに俺はミミと共に一階の寝室を使用するつもりだ。ホクトもまたリビングのソファを駆使して一階で眠るらしい。たまには俺が付き添ってやるのもいいだろう。一階利用者の人選に偏りがあるように感じるかも知れないが、気のせいである。恣意的な抽出に見えたとしても、それは気のせいなのである。


 それはともかくとして。


 ようやく入居の意志を固めたらしいヒメリがトイレの確認に行っている間も、カイはどこか浮き足立っていた。キョロキョロと落ち着きなく室内を見渡しては、床に視線を落とすといった所作を繰り返している。


「悪いな。急な話で戸惑ってるとは思うが……」


 一声かける俺。


「い、いや、戸惑いはいずれ慣れますけど……そうじゃなくてです。本当にオレたちなんかを迎え入れて構わないんですか?」

「うん?」

「言っちゃなんですがオレたちはどこの馬の骨とも知れないような奴ですよ? それなのにこんな立派な寝床まで用意してもらって……」


 自分だったら「物件ひとつ自由に使っていいよ」と言われたら狂喜乱舞するところなのだが、カイは根が真面目なようで、待遇がよすぎることに恐縮しているらしい。


「選手のお前が気にするようなことじゃねぇよ。俺はスポンサーなんだからな、優勝してもらうためならとことんやるぜ」


 カイとチノはチャンピオンの座が欲しい。俺はオマケのカップが欲しい。


 それだけの話だ。費やす努力の形が違うだけで。


 利害関係の一致、という大人特有の連帯性が少年にも分かる時が来るだろう。


「それと『どこの馬の骨』なんかじゃないだろ。そんなん言い出したらお前らにとっての俺やヒメリも似たようなもんだ。昨日闘技場でエントリーした時点で俺たちは同志。それでまとまっとこうぜ」

「同志、ですか?」

「そうだ。俺とお前は共通のゴールに向かって走る同志だ」


 調子のいい麗句を思いつくままに並べ立てる俺だったが、それでもカイはいたく感動した様子で「オレ、絶対に期待に応えてみせます!」と拳を握り締めて語った。


 この感じ、熱い言葉に弱いと見た。


「まあ合宿所の説明についてはこんなもんでいいだろう。それよりだ」


 俺はパチンと手を打ち鳴らして、全員の注目を集める。


 二階の吹き抜けから顔を出すチノの瞳が、気合を入れ直したカイの目が、そしてお手洗いの綺麗さに安堵して戻ってきたヒメリの眼差しが、俺という一点に注がれた。


「強豪相手にいかにして勝つかの話も進めるぞ。昨日のうちに準備しておいたのは、なにも家だけってわけじゃないんだからな」


 俺はメイドたちを引き連れながらヒメリと兄妹を裏庭へと招き。


 その地面にオブジェのように突き立てられた、色とりどりの七本の剣を見せた。

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