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俺、結成する

 そうと決まればエントリーをしよう、ということで、一度受付窓口にまで戻る。


 出る意志のない俺と出る権利のないミミたちがそこに立ち寄る意味はないのだが、闘技場事情に明るいカイが大会について色々と解説してくれるというので、便乗。


「そうだ、こっちの通路にまで来てみてください」


 窓口に行く前にカイは脇道に逸れた。


 ついていくとそこは臙脂色の絨毯が敷かれた広間だった。が、単なる広間ではない。カイが展示場と説明したその部屋の壁には数多の肖像画がかけられており、そして中央には騎士然とした風貌の男六人による厳重警護の下、黄金のトロフィーが据えられている。


 俺の身長よりも余裕で高い。


 優勝者はこれをかかげて称賛のシャワーを浴びるのか。


「比較的最近の人でいうと、この絵に描かれたゴツい戦士はデラフレイヤといって、『ブレイド・オウガ』の称号を授けられた剣の達人。で、こっちの絵はアインバッシュ……個人戦で連覇を成し遂げた魔術師です」


 歴代のチャンピオンだという肖像画の人物を真面目に解説するカイだったが、俺――と嬉々としてはしゃぐナツメ――の視線は美しい金色の輝きに強奪されていた。


「やっぱりそっちのほうが気になりますよね。目立ちますもん」

「お、おう。悪い。普通に見入っちまったわ」

「トロフィー、だけじゃない」


 ホクトにくっついたチノが指でつついてくる。よりによって脇腹を。


「あれ。カップもあるよ」


 指差した先にあるのは、トロフィーの足元で慎ましく佇んでいた銅製の賜杯。贅の限りを尽くした豪華絢爛な設えのトロフィーとは違い、ひどくボロっちい。高さも台座部分を含めて三十センチくらいしかないし、ところどころ欠けている。


「みんなの憧れ」

「どこに憧れる要素があるんだ……言っちゃ悪いが凄ぇ貧相だぞ」


 俺の忌憚のない意見にカイが苦笑する。


「毎回新しく用意されるトロフィーとは違って、カップは使い回しですからね……言っちゃなんですがあんまり重視されてないのが実情です。四年後の大会までに返却が義務づけられてるんですけど、見てのとおりぞんざいな保管しかされてませんし」

「四年後? 二年後じゃなくて?」

「個人戦用のものもあるからです。そっちはもっと小さいですよ。こんなもんですかね」


 カイは両手を平行に向かい合わせて、おおよそのサイズを示した。


 それにしても副賞とは思えないくらい哀れな扱われ方だ。


「よく捨てられずにここまで残せてこれたな」

「紛失したら獲得賞金額と同じだけの罰金が科せられますんで。だけどカップにもちゃんと役割があるんですよ。あそこに賞金を入れるんですから」

「は? あんなのに?」

「はい。賞金はあの賜杯に納めた状態で優勝者に渡されるんです」


 注釈を加えてくるカイ。


「大会参加費がそのまま優勝賞金としてプールされて、あの中に入れられるんです。今回は団体戦なんで一チームにつき二万Gですけど」

「たっけーなおい。参加するだけでそんなに取られるのか」

「生半可な覚悟じゃ挑めない、ってことですよ。四年前に団体戦で行われた時は二百八十七組が参加して、これはチーム数の歴代最多記録でした。最近の傾向からいって今年はもっと増加すると予想されてます。オレも今から武者震いが止まりません」

「ってことは大体三百チームと仮定して……六百万Gか。はー、たまげるな」

「それだけじゃないです。参加チームの数だけ大会運営側が一万Gを追加するから、もし三百組もいたら九百万Gにまで膨れ上がりますね」

「きゅ、九百万だと……」

「ふっふっふ。ようやく興味が出てきましたか、シュウトさんも」


 今度はヒメリが肘を使ってつついてくる。お前までチノになるのか。


「確かに目の玉が飛び出そうになる額だが、俺の流儀が揺らぐほどじゃねぇな。けど九百万Gか。そりゃ全国各地から集まってくるわな」

「……でもそのうちの四割は王都に租税として徴収されてしまうんですけどね」


 カイはひそひそと、騎士連中に聴こえないような声量で耳打ちした。


 北米の宝クジみたいな話だな。


「それでも五百万Gくらいは残るからマシか……ん? でも待てよ」


 俺はそこで、とんでもない矛盾に気がついた。


「あのカップの中に賞金を入れるんだよな?」

「はい」

「九百万Gってことは、金貨九千枚だよな?」


 チノがこくんと頷く。


「いやいやいや。どう考えてもあの中には入り切らねーだろ!」


 俺は至極妥当な正論を述べたつもりだったが、兄妹にはきょとんとされた。


「入りますよ。硬貨ならいくらでも投入できるって聞いてます。杯に投じたら台座に貯まる仕組みになってるんだとか」

「な、なんじゃそりゃ。どういうカラクリだよ」

「あれは大昔の移送魔法の権威の人が作ったとかで……オレもそのへんの難しい話はよく分かんないんで詳しいことは省きますが」


 どうやら突飛な魔法によって製造された発明品らしい。


「なんでもあまりにもカップが不人気すぎて、表彰式での扱いがトロフィーに比べておざなりになってたからそういう機能を追加したらしいですよ。賞金が入ってる、となれば、その場だけでも大事に受け取ってもらえますからね」


 カイの歴史講座が続いている。


 だが俺はその博識に感服するでも、魔法のトンデモっぷりに感嘆するでもなく――恒例の悪知恵が働いていた。


「優勝したらあの不思議アイテムももらえるってことでいいんだよな?」

「もらえるっていうか、四年間借りられるだけですけど……」

「ふむふむ、なるほど。そうか。そういうことか」

「どこにそんなに頷くようなことがあったんですか」


 腰に手を当てたヒメリがいぶかしむような視線を送ってくる。


「いやな、俺は賞金はいらねぇが、賞金を入れる器は欲しいんだよ」


 俺は由緒ある賜杯を、勝者の証ではなく、持ち運びに便利な貯金箱として見ていた。


「ええっ? だけどあれ、要は外箱ですよ?」

「それがいいんじゃないか、それが」


 このところ貯まった金貨を運ぶのにも一苦労してるからな。重量はもちろん、容積も馬鹿にならない。あのカップがあれば間違いなく旅は楽になるだろう。


 永遠に土地探しを続けるわけじゃないし、レンタル期間四年と考えれば十分。


 だが「なくしたら罰金」な代物を易々と譲ってもらえるとは考えにくい。


 自力で勝ち取らねば。


「い、今更遅いですよ。カイくんとチノちゃんは私のチームメイトですからね!」

「安心しろ。出場する気ゼロだから」


 ヒメリはまたずっこけた。こいつはリアクションがよすぎるから飽きないな。


「だが理由は少し違うぜ。俺よりもお前らのほうが勝算があるから出ないだけだ」


 そこで俺は、カイとチノ、ついでにヒメリを見回す。


「頼む! 金は一銭もいらないから、あのカップの所有権だけ俺にくれ!」


 全員が全員、意表をつかれた顔をした。


「その代わり、俺はお前らが優勝できるように全面的にサポートする。主に物資の面でだ。スポンサーだと思ってくれ」

「スポンサーって……」

「たとえば、装備品のレンタルとかだな」


 俺が参加しないのはそういうわけだ。


 素人技術を高性能な武器でやりくりしてきた俺が出るよりも、きっちり基礎から戦闘訓練を重ねてきたこいつらを強化して大会に臨ませたほうが、遥かに期待値は高い。


 幸いにもこの町に売られている装具は優良品が揃っている。


 どっちにしろよさげなものは購入する予定だったし、実戦で三人に使ってもらえばその性能を把握できるだろう。まさに一石二鳥。


「で、ですが、腕試しの舞台でシュウトさんの助力を得たのでは……」

「甘い、甘いよヒメリちゃん。純粋に腕を競うのであれば条件はイーブンにすべきだ。レアメタルにはレアメタル。そこが揃ってこそ真の実力が測れるってものだよ」


 俺の舌先三寸にヒメリは「な、なるほど」と合点のいったような顔つきをしていた。


 なんてちょろい奴なんだ。


 他方、カイは多少なりとも逡巡した素振りを見せていた。


「……オレは正直、伝統を受け継いできたカップにも魅力を感じてます」


 後ろでチノも首を小刻みに振って同調している。


「だけど一番欲しいものは大会優勝者という実績で、その栄光を象った、あのトロフィーなんです。カップは返還しないとダメですけど、トロフィーはネシェスの町で永遠に手元に残りますから。……チノも同じ考えだと思います」


 妹に目を合わせるカイ。


 赤い瞳を通じて意思の疎通が行われたのか、チノは今までで一番の「うん」をした。


「オレたちは勝つために戦う剣闘士。勝てなければゴミクズと変わりません。協力してくれるのであれば、喜んで応じますとも」


 カイは熱血な台詞を吐いた。


「おお! 感謝するぜ、二人とも」


 こちらこそです、とチノがぺこりと頭を下げ、その数秒後に「これからよろしく」と持ち上げた頭をまた下げた。


 その所作のせいで床に落ちていった三角帽を慌てて拾い、ぎゅむっと頭に押しこむ。今回は納まりよくかぶれたようで、どことなく満足そうにしていた。


「よし、なら決まりだな。お前らはトロフィー、俺はカップ、そしてヒメリはカネのために頑張るということで」

「ちょっと待ってください! その言い方だと私だけめちゃくちゃ俗な人間みたいじゃないですか!」

「なんだ、違うのかよ」

「そ、そりゃあ賞金が欲しくないと言えば嘘になりますけど……でも私も一番は名誉ですからね! そこは前もって明らかにしておきます!」


 協議の結果、優勝した場合の賞金はきっちり三等分されることに決まった。


 ヒメリは「旅の邪魔になるのでトロフィーはお二人に差し上げます」と強がり丸出しな発言をしていたが、まあ実際問題、冒険の枷にはなっても役に立つことはあるまい。重いし、でかいし、かさばるし、すぐに先っちょが折れそうだし。


 で、俺の取り分はカップだけ。


 十分すぎる報酬だな。


 チーム体制が改めて成立したところで、善は急げとばかりに窓口へ。


「リザーブメンバーを一人まで登録することが可能です。いかがなさいますか?」


 エントリーシートへの記入を済ませている間に、受付嬢はにこやかな表情を崩さないままそうガイダンスした。


 その制度を知ったヒメリはニヤッとして。


「それはもうシュウトさんですよ。名義だけでも貸してください」

「でもリザーブって、怪我人が出た時の交代枠ってことだろ? そいつはちょっと……」

「選手として登録されていたほうがなにかと都合がいいです。スタンドからじゃなくて、フィールド袖で観戦できますし。大丈夫ですよ。オレたちだけでなんとかしてみせます」

「うーん、じゃあ俺の名前も書いとくか」


 カイいわく控え要員は指示なども飛ばせるそうなので、スポンサーというよりプロデューサーみたくなってきたが、この権限を有効活用しないとな。


 かくして『カイ/チノ/ヒメリ』のチーム(スポンサード・バイ・俺)が正式に結成。


 今日からは一ヵ月後の本番に向けての調整期間となる。


「ところでシュウトさん」

「なんだ?」


 観客席に再入場しようとした時、ヒメリがなにやら尋ねてきた。


「どうして支援するにしても私たちなんですか? 優勝カップが欲しいだけなら、身も蓋もありませんけど、有力なチームをサポートすればいいじゃないですか」

「俺が知らない連中とうまくやっていけるわけないだろ。知ってるお前がいるからいいんだよ。それにだな、チームワークは何者にも勝るんであって……」


 俺が『チームワーク』と口にした瞬間に目を丸くするヒメリ。


「まさかシュウトさんの口からそんな爽やかな単語が聞けるとは……」

「失礼な奴だな。俺の好きな言葉はオールフォーワンだぞ」

「ワンフォーオールのほうはどうしたんですか。ワン甘やかされてるだけですけど」

「気にするな。なにが言いたいかっていうとだ、性格が似たり寄ったりなお前らのほうがうまくいく気がしてるんだよ」

「『人の和』ってことですか? シュウトさんも案外情を重視するタイプなんですね」

「かもな」

「見かけによらず」

「うるせぇ。お前の食い意地のほうが見かけによらねぇだろ」


 そんなことより。


「早速明日から団結力を鍛えていくぞ。お前らには優勝してもらわないと困る」

「積極的ですね。珍しく」

「別に俺がくたびれるわけじゃないからな」

「だとは思いましたが……。けど鍛えるって、そんな簡単にできることじゃないですよ。組織内の連繋というのは一朝一夕の練習で身につくものではないでしょう」

「練習じゃないんだなー、これが」


 チームのスポンサーになる、と決めた瞬間から思いついたアイディアである。


「とりあえず明日の正午、カイとチノと一緒に冒険者ギルドに集まってくれ」


 俺はそう伝えて、無数に浮かぶ計画の数々に想いを馳せていた。

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