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俺、会話する

 ふむ、なるほど。


 そういうことか。


「いや出ないぞ、俺は」

「……へ?」

「痛いのとか嫌だし」


 俺があまりにもあっさりと答えたので、ヒメリが動転しながら聞き返してくるまでには数秒のタイムラグがあった。


「で、でもですよ、破格の優勝賞金が出るんですよ?」

「金のアテならあるからなぁ」

「富だけでなく名誉が……」

「いらねぇよ、そんなの」

「う、腕を競う場として……」

「俺がそんなもんに興味を示すわけないじゃん」


 どうやらヒメリは、俺という人間への理解力が足りてなかったと思われる。


 そんな茨の道を通るような稼ぎ方に俺が乗るわけないだろ。


「……なぜ私はこんな人を目標にしているのでしょうか……」

「俺に聞くなよ」

「もういいです! ギルドに立ち寄ってチームメイトを斡旋してもらいます!」

「ほう。そんなことまでやってもらえるのか」

「己の武だけを頼りに単身でネシェス入りする冒険者もいますからね……シュウトさん以上の手練の方と出会えることを期待しますよ」


 なぜか知らないがヒメリはプリプリした様子で、ぷいっとそっぽを向いた。


「じゃあ俺は観客として楽しませてもらうかね。ちょうど今みたいにさ」


 槍と魔法が織り成す異種格闘技に視線を戻す。


 いつの間にやら、眼鏡の魔術師が圧倒的な優勢を築いていた。リーチのある槍使いをまったく寄せつけることなく、矢継ぎ早に魔法を詠唱し、攻め手を切らさない。


 ごく小規模な竜巻を発生させ、攻撃と撹乱を同時に行う。


 距離が縮まりそうになったら突風を吹かせ、相手を押し返して振り出しに戻す。


 けど魔法ひとつひとつを切り取ってみると小粒で、それほど範囲とダメージに優れているわけではない。手数を重視した戦法だろうか。もし俺が魔法を使えるなら大技でドーンといきたくなるものだが、それが常に最善策になるとは限らないらしい。


 変動し続ける戦況の注視こそがキモ、ってことなのだろう。


「あの眼鏡、相当できるな」

「はい。とてもとても凄い魔法使いさんです」


 近くで観覧してもよろしいでしょうか、とミミが申し出てきたので、柵をよじ登る勢いで対戦風景にかじりついているナツメのそばにまで行かせた。


 ミミはこんな時でも勉強熱心だな……と俺が感心していると。


 不意に。


「……ん?」


 背中をつつかれる。


 振り返ると、ちっこい奴がいた。


 頭にかぶった三角帽がずり落ちそうになるたびに両手で必死に押さえるそいつは、さっき見かけた赤髪の兄妹の片割れだった。編んだ髪の鮮烈極まりない色調とは対照的に相変わらず表情は薄いが、微妙にムッとしているようにも見える。


 少女は鈴のような声で。


「できるもん」

「な、なにがだ」

「私にだってあのくらい、できるもん」


 そうつぶやくと今度は、唇を「へ」の字にして泣きそうな顔になった。


 なんだこの子。情緒不安定なのか……。


「シュウトさん、さすがにアウトです。いくらあなたが稀代の好色とはいえこの年代の子に手を出すのは……」

「いや出してねぇだろ。濡れ衣はやめろ!」


 ヒメリが向けてきた疑いを晴らす。善良な市民を誘拐犯扱いするなっての。


「こらっ! チノ! またそうやって知らない人に!」


 戸惑う俺と意固地になる少女のやりとりに気づいたのか、兄貴(と推定される)のほうが血相を変えて慌てて駆け寄ってきた。


 これまた容姿があどけない。身長も百六十センチあるかないかだ。


「す、すみません。妹が変なことを……」

「いやいいけどさ……ってか、『私にだってできる』ってなんの話だよ」

「ええと、それは……ちょっと身の上話にもなっちゃうんですけど……」


 代わりに謝る兄の背中に隠れた妹は、まだジトッとした目でぐずっている。


「オレたちは闘技場で生計を立てている剣闘士なんです」

「剣闘士? その歳でか?」

「オレは十六で、妹のチノは十五です。そんなにおかしな年齢じゃないですよ」

「若いうちから苦労してんだな」


 そうしないと食っていけませんから、と応じながら、少年は続ける。


「チノは元素魔法が得意で、オレもそこは認めてるんですけど……他の魔術師系剣闘士の人たちへの対抗心が強すぎるんですよ。それで時々こんなふうに……」

「自分以外が褒められてると噛みついちまうのか?」

「そういうことなんです」

「ふうん。大人しそうな見た目と違ってバッチバチなんだな」

「ご迷惑をおかけして本当にすみません。ほら、チノも」


 一緒に謝るよう言われた小さな魔法使いは前に連れて来られて。


「ごめんなさいでした」


 と、よく分からない文法の謝罪をした。


 表情筋がほとんど動かない妹の分まで申し訳なさそうにする兄は、ツンツンと尖った髪を萎れさせている。色々と気苦労が察せられるな。


 こんなふうに表情に差異はあるが顔はそっくりだ。どちらも中性的で愛らしい。というか外見や仕草が愛らしいから、チノって子は大人たちに許されてきたのだと思われる。


「まあ、そのくらい負けず嫌いなほうがいいじゃないか。闘技場向けの性格じゃん」

「色んな人からそう言われます。オレとしては早く治してもらいたいんですが……」

「伸ばし甲斐のある部分だと思っとけって。それにまだ十五歳だろ? かわいいもんだ。俺の隣でピザ食ってる奴なんか二十歳で同じような性格してるからな」

「わ、私は今まったく関係ないじゃないですか!」


 そんな感じでヒメリを交えて兄妹ととりとめもない会話をしているうちに、気づけば横並びの席で試合を観戦するようになっていた。


 こういうスポーツ観戦は他人と意見を交わしながらのほうが楽しめる。


 会話の中で分かったが、兄のほうはカイという名前らしい。選手が入れ代わり立ち代わり更新される模擬戦を本気すぎる目で見つめているからその間は話しかけづらいが、一戦終わるごとに「今の剣士の足運びは見事だった」とか「さっき勝利した鎚使いの筋肉は惚れ惚れする」みたいなことを、緋色の瞳を燦々と輝かせて早口で語ってきた。


 アセルで出会ったリクといい、どうも俺は、この年代の少年に懐かれやすいらしい。


「めちゃくちゃマジになって試合を見るんだな。参考にしてるのか?」

「その思いもありますけど、実は、チームに誘いたい人を探してるんです」

「おっ、ということはお前らもトーナメントに出るんだな」


 カイの代わりに、かたわらにいるチノが大きく頷いた。


「前回大会の時はまだまだ未熟で、参加費も安くないから出場を見送りましたが……今年は優勝を目指すつもりですよ、オレたちも!」


 力強いその啖呵に俺は「そうか」と返そうとしたが、カイにはなにやら心に期するところがあるらしく、言葉はまだ途切れていなかった。


「勝たなきゃいけないんですよ……今回こそは」

「な、なんか重いぞ。一体どうしたんだよ」


 しばしの沈黙を経てから、手の平を見つめながらカイは訥々と語り始めた。


「個人戦も団体戦も、百年以上に渡ってネシェスの出身じゃない冒険者が優勝しているんです。地元のオレたちが勝って威信を取り戻さないとダメなんです」


 兄の言葉にチノもブンブンと何度も首を縦に振った。


「闘技大会は元々町興しで始まったと記録に残っています」

「へえ。きっかけはそうだったのか」

「その噂がどんどんドルバドル全土に広まって、評判になって、参加者数も増えて……それに合わせて町も大きくなったとかで」


 いわく、このメイン・コロシアムを中心にして都市開発が進み、徐々に町の規模が拡大していったのだそうだ。


「だけどお話ししたとおり、トロフィーはよその出身者に持ち出されてばかりになってます。闘技場の町、なんて謳われてますけど、地元で活動してる剣闘士は負け続けで……皮肉なもんでしょう?」

「うーん。でも仕方なくねぇか? 分母が違いすぎるだろ。俺とヒメリなんかはCランク止まりだけど、それ以上の冒険者ってのは各地にいるだろうしさ」

「それはそうですけど、だからってオレは諦めたくないんです! ネシェスの誇りと伝統を取り戻したいんですよ!」


 チノがまた高速で首を振った。


 あまりにも速く振りすぎたので気分を悪くしてよろめき、ホクトに支えられていた。


「なるほどなぁ。その想いがチノの人格形成にもなってるわけだ」

「……そうかも、知れません」


 顔色にわずかに影が差したカイは、それでもまだ瞳の中の炎を絶やさないでいた。


 この歳で随分と重い宿命を背負ってやがんな、こいつら。


 周囲からの期待もあるのだろう。いやらしい話になってしまうが、こういう若くて見た目のいいスポーツ選手ってのは、大抵固定ファンがつくからな。


「郷土愛、ねぇ。生憎だけど俺はあんまピンとこないんだよな」

「えっ?」

「俺、一応フィーって町の出身ってことになってるけどさ、別に故郷なんてないんだよ」


 強いて言うなら某県某市、とかになってしまうが、それはあくまで死ぬ前の話。


 俺にあるのは今の居場所だけだ。


「あっ……! す、すみません!」

「おいおい、なんか変なこと想像してないか? とある不幸で故郷を失ったとかそんなんじゃねぇぞ。最初っからないんだよ」

「そ、そうなんですか」

「ああ。そんなまっさらな俺だからこそ、お前たちに言ってやれることがある」


 俺はカイとチノを交互に見やってから――。


「応援の贔屓にするからなっ!」


 せっかく俺が爽やかな台詞をかけたというのに、ヒメリがずっこけて台無しにした。


「いやいや! 今の『しがらみのない俺と組もうぜ』の流れじゃないんですか? すっごい美談になりそうな雰囲気が漂ってましたよ?」

「だから痛いのは嫌なんだってば」


 ていうか。


「それならお前が組めよ、ヒメリ。お前もチームメイト募集中だろ?」

「えっ。わっ、私がですか? そりゃあ組んでいただけるなら助かりますけど……私なんてよそ者中のよそ者ですよ?」

「構いません! むしろオレ、ヒメリさんが了解してくれるなら嬉しいです!」


 いかにも少年らしいストレートな物言いをするカイ。チノも口は開かないでいたが、首をコクコクと、酔わないように小さく振って兄の意見に賛同していた。


「他のCランクの人と組めるかどうかなんて分かりませんし、それにヒメリさんとはこうやって話していて……他人の気がしませんでしたから」


 ヒメリは思春期の男の子にそんなことを言われてキュンときていた。


 きつい。


「シュウトさん! 今酷い悪口を胸の奥で叫んでいませんでしたか!?」

「叫ぶかっての。微笑ましいなって感想を持っただけだ」


 適当にごまかす俺。


「まあでも、カイとチノがお前に共感してる理由は分かるぜ。お前自身は認めないかも知れないけど、似た者同士だからな」

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