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俺、観戦する

 町の中心部に向けてだらだらと歩くだけで辿り着けた闘技場周辺には、ここは祭かアジアの夜かってくらいの数の屋台が出店していた。


 肉の脂が焦げる、胃袋を鷲づかみにして離さない匂いと、スパイスの爽やかでありながら難解でもある香りがそこら中に漂っている。かと思えばエールを貯蔵した樽からは大麦の薫香もしてくるし、種々様々なパンが焼き上がる香ばしい匂いも俺の鼻をくすぐってくる。


 端的に言うと、なんでもあった。

 

 これらを片手に観戦しろってことなんだろう。


 実際、門の前で待っていたヒメリはファストフードをどっちゃり買いこんでいた。


「お待ちしていました。約束どおりに来ていただけて光栄です。ものぐさなシュウトさんのことですから平気ですっぽかされるかと思っていました」

「うるせぇよ。次から本当にそうするぞ。……ってか、妙にウキウキしてんな、お前」

「当然です。この闘技場には是が非でも訪れたいと思っていましたから」


 とはいうが、メープルシロップのかかったプレーンピザを一口くわえるたびに至福の笑みを浮かべていたので、一体どっちが本当の目的なのか謎である。


 ともあれ「深い話は入場を済ませてから」と腹ペコ剣士ヒメリちゃんが言ってきたので、それに従う。


 まずは入場窓口へ。


「伝統と歴史あるメイン・コロシアムへようこそ。本日は終日模擬戦となっていますので、座席も無料開放させていただいております。ご自由にお入りください」


 窓口のお姉さんはニコニコと愛想よく応対してくれた。が。


「模擬戦ってなに?」


 観客席に続く通路を歩きながらヒメリに尋ねる。


「練習試合みたいなものですよ。つまり今日は報酬が発生する対戦は行われない、ということですね」

「なんだ。つまんねぇな。数少ない娯楽施設なのに」

「その代わり無料で入れるんですからいいじゃないですか。それに模擬戦とはいえ、目で見て学べることはたくさんあるはずです」


 やる気の塊であるヒメリはポジティブな発言を繰り返していたが、俺が見たいのは真剣勝負である。


 タダだからって練習なんか見ても仕方ないだろ、と俺なんかは思うのだが、わざわざキャンプ地にまで赴く熱狂的なスポーツファンのように、お気に入りの選手を眺めて喜ぶ奇特な客もいるのかも知れない。


 現に、通路を抜けた先にそびえる観客席にはちらほらと見物人の姿が見られた。


 万単位の客を楽に収容できそうな馬鹿でかい会場だからまばらに感じるが、実数で測ると三百人程度はいるだろうか。


「おお……めっちゃ広いな」


 俺はこの観客席のすべてが埋まった情景を想像して、軽く身震いした。


 で、だ。


 座席を選ばなくてはならない。


 全席自由だしどの方位からでも観戦できるようになっているが、近い距離で見たい、というヒメリのたっての希望で最前列の席に座る。


 けれどヒメリ以上に、ナツメが興奮を覚えていた。


「にゃにゃにゃあっ! と、途轍もないエンターテイメントですにゃ!」


 目を輝かせて席を立ち、より間近で体感しようと柵のほうまで駆け寄るくらいに。


 その興奮はホクトも巻きこみ、そしてミミにまで伝播した。ミミは眠そうな瞼を持ち上げ、ホクトは手の平に滲んだ汗をぐっと握りこんでいる。


 それもそのはずだ。正方形のフィールドに視線を落とすと、そこでは臨場感溢れる模擬戦が繰り広げられているんだから。


 装飾が一切施されていない無骨なこしらえの片手剣を手にした重戦士が、これまた質素な外観の丸型の盾を構えて突進すると、砂埃が豪快に舞った。


 それに応じるように対戦相手の男は大斧を刃の広い面を前にしてかかげる。


 衝突に真っ向から挑む構えだ。


 果たして両者の激突は起こり、耳をつんざくような轟音が鳴り響いた。


 質量と質量とが直にぶつかり合う光景は壮絶だった。最早事故と呼んでしまっていい。二人が握る金属は緩衝材でありながら、しかし相手を打ち倒すための道具である。そこに全体重が乗せられている……生じた衝撃はちょっと計算したくないな。


 ファーストコンタクトの後には烈々とした乱打戦が展開された。


 一発の重さだけなら、大斧を装備した男のほうが上だろう。だが重戦士は盾でうまくその軌道を逸らし、決定的な一撃をかわし、的を絞らせないようにしている。


 確かな腕と、そして先読みを可能にする経験知がなければこうはいかないだろう。


 中々有効打に至れない男は度重なる攻撃の末に疲労の影響が見られるようになり、一度だけ斧を振り下ろした後にバランスを崩した。


 といっても些細な隙でしかなかったのだが、目を光らせて猛攻を凌ぎ続けた重戦士はこのチャンスを見逃さなかった。


 剣ではなく、盾でもなく、意識の外にある足を使う。


 自分でも制御し切れないほどの相手の勢いを逆手にとって転ばせ――地面と熱い抱擁を交わさせた。


 倒れた男の眼前に、刃が突きつけられる。


 守備の徹底が攻めの姿勢を上回った瞬間だった。


 そこで互いに勝負が決したことを悟ったのか、大斧の男は苦笑いを浮かべて撤収し、そして重戦士は「よしっ」と小さくガッツポーズしながら長い後ろ髪をなびかせて、ようやく年頃の女の子らしい可憐な笑みをのぞかせた。


 凄まじい迫力だ。男も女も関係ない。


 これが人間対人間の戦いか。


「素晴らしい妙技の数々を拝見させていただきました。女性の身でありながらあの勇猛果敢な戦いぶり、そして巧みな盾さばき……見習うべきことしかありませぬな」


 ホクトはえらく感心している。同じ盾を持つ者として、その高い技術力に裏打ちされた男勝りな勇姿には痛み入るところがあったに違いない。


 ううむ、練習だからと侮ってはいかんな。


 以前にヤンネとの会話で聞いていたが、致命傷を相手に与えることを回避する不殺の呪縛があるから人同士で対戦する闘技場が成立しているのだという。


 あくまで練習だから今の時点で呪いのかかった状態をキープしているかは不明だが、仮に本番なら絶対必要だな。


 全力でやり合ったらお互い無事じゃ済まされないだろう。


「彼らが『剣闘士』と呼ばれる方々ですね。冒険者ギルドに登録していなければ、剣闘士として活動することはできないと厳格に定められているそうです」


 裏を返すと私たちも参加しようと思えば――とヒメリは少なからず気持ちの入った声音で語っていたが、俺が気になるのはそこではない。


「これ賭けとかできねぇの?」

「できるわけないでしょう」

「そうか、練習だからか」

「関係ないです」


 ヒメリは呆れながらも、視線を模擬戦が行われているフィールドから逸らさない。


 ただこういう場所で賭けに興じたくなる俺の気持ちも分かってもらいたい。


 真昼間からエールをなみなみ注いだジョッキを傾けつつ、燻製の魚とスライスオニオンを挟んだサンドイッチをかっ食らうおっさん連中があーだこーだ言い合ったり、あるいはもう既に出来上がっている重度のおっさんが立見席まで降りてきて赤ら顔で野次を飛ばしている風景を目にすると、なんだか地方競馬場に来ている気分になる。


 しかしながら若い観衆はいないのかといえばそうではない。


 デートに利用しているのか知らないがイチャついているカップルもいるし、俺たちの席のすぐ近くにも、ナツメよりも幼い容姿をした少年少女のペアがいる。


 が、この二人は遊びに来ているという感じではなかった。


 身の丈に余る大剣を背に、赤茶けた皮鎧を着たツンツン頭の少年は、身を前に乗り出して食い入るように練習の模様を眺めていた。


 一方真っ黒い三角帽をかぶった魔法使い風の少女のほうは表情に乏しく、パッと見興味がなさそうだが、その実少年に劣らない熱視線を剣闘士たちに注いでいる。


 どちらも燃えるような赤い瞳と髪をしているから、兄妹であることは一目瞭然だった。


 見るからに冒険者な出で立ちのこいつらも、俺……というかヒメリと同様に、模擬戦からなにかを学び取ろうとしているのだろう。


「どうですか、シュウトさん。闘技場の雰囲気は」

「悪くねぇな。というか、むしろ好みかも。俺のオトコノコの部分が焚きつけられるぜ」


 次の模擬戦は早くも開始されている。今度は槍を持った背の高い男が、眼鏡をかけたインテリ青年と対峙している。眼鏡のほうが装備しているのは節くれだった杖だ。剣闘士というから魔法使いお断りかと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。


「それより話ってなんなんだよ。俺はそれを聞くために来てやったんだぞ」

「実はですね……大会があるんですよ、近日中に」

「大会?」

「ええ。各闘技場を舞台に一週間をかけて行われる、二年に一度の特大規模のトーナメントです。なんでも参加者数は千に迫る勢いだとか」


 その数字に思わず唸る俺。


 ハナから上位進出を見込めない奴はまず出場しないだろうから、実力に覚えがあるだけでこの人数。そりゃ唸り声のひとつも上がる。


 闘技場絡みと軽く説明していたから、なにかしら対人戦に関することなのだろうとは推測していたが……こりゃまたスケールのでかいイベントだな。


「優勝者に与えられるのは、多額の賞金、そして栄誉です」


 ヒメリは後者のほうにより強いイントネーションを置いていた。


「二年前の優勝者はその経歴を手土産に、流浪の冒険者から王宮騎士に転進したとうかがっています。それだけの名声を勝ち取れるんですよ!」

「大きく出たな……そんな簡単に優勝できねぇだろ、いくらなんでも」

「かも知れませんが、今日まで鍛え続けた剣の技量を試せるだけでも私は本望です」

「その口ぶりだと、お前は出場する気満々なんだな」


 まあこいつの性格を考えたら、その選択を取らないほうが不自然だが。


「もちろんです! この機会を逃したら、また二年待たないといけませんから」

「だから『今の時期じゃないとダメ』ってか。ははあ、冒険者がたくさんいる理由も分かったぞ。大会に出るために集まってるんだな」

「はい。ドルバドル各地から腕に自信のある冒険者が集結しているんです。といっても観戦目的の方も多数いるとは思いますが」


 それでですね、とヒメリは本題に入ろうとしてきた。


「前回大会は個人戦での開催でしたが、今回は三人一組の団体戦で行われるんですよ」

「ん? 毎回レギュレーションが違うのか?」

「交互に入れ替わる、と私は聞いています。チーム同士での激突というのも燃えてくるものがあるとは思いませんか?」

「うーん、それも面白いかもな。戦略性とかも楽しめそうだし、応援のしがいも……」

「観客として、だけではありませんよ」


 ヒメリはそこで、語調をきゅっと鋭くする。


 職員に連行される野次好きのおっさんのわめき声をバックに。


「今回シュウトさんをお呼びしたのは他でもありません……もしよろしければ、私とチームを組んでいただけないでしょうか?」


 そう切り出したヒメリは、いつになく真剣な眼差しを俺に向けてきた。

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