俺、赴任する
町に踏み入った瞬間、俺はその規模のでかさに目眩がしそうになった。
円形闘技場を中心とした町作りが進められているというネシェスは、この世界基準だと屈指の大都会のように思われた。
鮮明な色彩感覚が押し出されたレンガ建築がずらっと立ち並ぶ様は壮観で、それがどこまでもどこまでも続いている。居住区と商業区の境目が見当たらない。
だが同時に、古代ローマのような威風も備わっている。それもすべて、町のド真ん中に鎮座する、どの方角からでも望めるであろう壮大すぎる闘技場から受ける印象のせいに違いない。あのひとつだけが類似の施設と比べて格段に古式ゆかしく、かつ重厚長大だ。
これまでのどの町より先進的でありながら、この上なく伝統的でもある。
相反する要素が見事なまでに同居していた。
そして溢れんばかりの人、人、人。しかもその過半数がガチガチに武装した冒険者だというのだから恐ろしい。盛んに情報交換がなされる様子や、店先で物資の補充を行っている光景がそこかしこで見られる。
にしても、ちょいとばかし多すぎるんじゃないか、これ。
この町のギルドのキャパシティはどうなってるんだ。
「ふふふ、やはり時期が功を奏しているようですね。見てください、感じてください、この町中にほとばしる活気を! なにからなにまで私が夢見ていたとおり、いえ、夢見ていた以上の場所です」
ヒメリはネシェスに到着してからずっと興奮しっぱなしだった。
童心に返ったかのように目をキラキラとさせて、独特な町の景観を、そのひとつも見落としたくなさそうな勢いで見物している。年甲斐もなく。
「見物している。年甲斐もなく」
「全部声に出てますよ! というかわざとでしょう!」
ヒメリは二十代らしからぬ溌剌としたリアクションを見せた。
「いいんですよ。シュウトさんと違ってあと十年間二十代を名乗れるんですから」
「そうか。ところでミミ、お前いくつだったっけ」
「今年で十九を迎えました」
「うむ」
「なんで私を見ながら頷いてるんですか!」
そんなことは関係なくてですね、とヒメリは続ける。
「御覧のとおり、この町は闘技場が大きなファクターを占めています」
「まあ、そんな感じはするな。だからってこんなにも冒険者がいるもんかね」
雑然とした周囲を見渡しながら言う俺。
「全員闘技場で腕比べでもしてんのかな。めっちゃ飽きそうだけど」
「その件に関してですが……一度シュウトさんにも詳しい話をしてさしあげようかと」
「ほう。珍しいな、お前がこんなに干渉してくるなんて」
「そのくらい重要な話なんです。今の時期のネシェスに滞在する限り、絶対に避けては通れない話題ですから」
「随分と煽るな。そんなにでかい話なのか」
こくりと首肯するヒメリ。
「闘技場絡みか?」
この質問にも頷いた。その瞳には強い意志の炎が未だ宿っている。
「そこまで言われたら俺も気になってくるな。早く教えてくれよ」
「いえ、ここよりも闘技場を見学しながらのほうが明快にお分かりいただけるかと。視覚的な情報を添えられる分説明もしやすいですからね」
なぜかもったいぶってきた。
「私は一足先に町中央の闘技場に向かっていますので、宿泊手続が終わったらでいいですから、シュウトさんも是非来ていただければ!」
ヒメリは「お待ちしています」と最後に一言残して、石畳の道路を駆けていった。
「回りくどい奴だな。さっさと喋ってくれりゃいいのに」
後頭部をポリポリと掻く俺に、ミミが問いかけてくる。
「いかがなさいますか? シュウト様」
「どうすっかな……放置したら面白そうだけど、キレるよな、さすがに」
「自分は強く興味を引かれるであります。いやはや、町全体を包む武人たちの熱気に中てられてしまったのかも知れませぬな」
ホクトは血の騒ぎを覚えているようだった。
で、目新しいもの好きのナツメはといえば。
「楽しそうだから行ってみたいですにゃ! せっかくですし!」
概ねいつもどおりだった。
「うーん。だったら行ってみるかな」
やけに含みを持たせたヒメリの言いぶりも気になるし、闘技場とやらの観戦ついでに話を聞くとするか。
どうせ今日は時間的に探索には出かけられないしな。
「けどその前に、いつもの作業からやっておくか」
俺が新しい町に着いて最初にやることなんて大体決まっている。
まずは手頃な宿探しと、それからその町で運営されているギルドに顔を出すこと。次に武器屋と防具屋の品揃えチェック。そしてうまいパン屋があるかどうかの確認だ。
幸いにも四人部屋のある宿はあっさり見つかったし、荷物の運び入れもホクトがほとんど一人で終わらせてくれた。
探索スポットの調査を兼ねたギルドへの顔見せも滞りなく済ませられた。
炙ったベーコンを挟んだパニーニを頬張るナツメの多幸感に満ちた表情が物語っているように、これからしばらく世話になりそうなパン屋も発掘できている。
大方の地盤は固まった。
後は装備品関連なのだが……。
「マ、マジか、この剣……こっちのハンマーも……」
二階建て構造の広い店内を物色する俺は衝撃を受けていた。
鉄や鋼の質実剛健を絵に描いた鈍い輝きとはまるで異なる、赤や青などの原色が含まれたセンセーショナルで芸術品めいた美麗な色合い。
見紛うはずがない。
「なんで当たり前のように売られているんだ? これレアメタルだろ?」
「そうだね。こっち側の壁にかけてあるものは全部そうだ」
こともなげに答える店主のおっさん。
片や俺は、口をあんぐりと開けることしかできなかった。
確かに大型店だし、白と黒のタイルが貼られたゴシック調の外装も洒落てるなとは思って入った武器屋だが、これほどまでに充実しているとは予想外だ。
「別にうちだけじゃないよ。この町はレアメタルの名産地デルガガとの交易ルートが開通してるからね。供給が安定してるのさ」
なるほどな。
闘技場という単純明快な競争の舞台があるから需要も凄いんだろう。
しかし価格はボッタクリである。レアメタルの取引相場は、武器に用いられるだけの量だと十五万G前後……と俺はフィーにいた頃に学んでいたが、この店で売られているレアメタル製の武器はいずれも四十万Gを超える値がつけられている。
手間賃と人件費にいくらかけてるんだよ。
しかしこれだけ強気な価格設定でも商いをやっていけてるってことは、問題なく売れてるんだろうな。恐るべし闘技場特需。
無論俺としても見逃せない。
ただ、これだけ種類が豊富だと目移りしてしまうな。
両手持ちの鎚や斧のような重い武器は迷いなくパス。棍や槍などの長物も使いこなすまでが遠そうなのでスルー。
そうやって適正を考えていったら結局剣しか候補に残らなかった。
「剣か……もう四本もあるからな……」
今のところは不自由していない。となれば。
「短剣を見せてくれるか?」
この機に安価な武器しか与えられていないナツメを強化しとくか。
「レアメタルの短剣だと、これがイチオシかな」
柔和な顔をしたおっさんが一旦席を外して取ってきたのは、全長三十センチにも満たないナイフ――が、二本。鞘も柄もまったく同じデザインが施されている。
おっさんはそれらをスッと抜いて。
「こいつは『断崖鉱のダガーナイフ』といってね、二本で一つの武器だ。強度と切れ味が抜群なのはレアメタルだから当たり前。真骨頂はなんといっても地属性の魔力だね。使い方は至ってシンプル。こうやって刃同士を軽くぶつけ合うだけでいい」
「うおっ!? 危なっ……」
……くなかった。かすかに黄味がかった銀刃と銀刃とが接触したが、見た目にはなにも発生していない。
「な、なんも起こってないじゃん」
「外見上はね。でもこうすることでナイフの重量に変化が起きるんだよ」
「重量?」
「手に持ってごらん」
おっさんから一対のナイフを渡される。
俺は怪訝に思いつつも何気なく握ったつもりだったが、左右の手にそれぞれ伝わってきた感覚は、意外にも大きく異なっていた。
片方は軽く、もう片方は重い。
二本の規格はまったく同じだというのに。
「驚いたかい? このダガーナイフはね、天秤のように質量に揺らぎを起こせるんだよ。今だとお客さんが右手に持っているほうが元の四分の一程度にまで軽くなっていて、減った分の重さが左手側のナイフに移動している。そっちは重く感じるでしょ? だけど総重量に変化はない。だから二本で一つの武器なのさ」
「どういう意味があるんだ、それ」
「簡単だよ。軽くなったほうは威力こそ落ちるけど、その分素早く振れるから剣速がグッと上がる。重くなったほうはその逆で、振り辛くなる代わりに与えるダメージが増す」
「ふーん。そういう使い方か」
「もちろん通常の状態のままで戦うこともできるから、使い分けが肝心だね」
質量保存の法則を鼻で笑うかのような武器だな。
それにしても相当クセのありそうな追加効果である。少なくとも俺にはどう扱っていいのか分からんので、短剣慣れしたナツメに任せるとしよう。
代金の四十二万6000Gを支払って早速ナツメに手渡すと。
「大事に使わせていただきますにゃ!」
と、弓なりの目をして言って、愛用する皮製のナイフホルダーにチャッと納めた。
ナツメはそこからしばらく気取ったポーズを模索していたが、どのキメポーズを試してもミミがその都度拍手を送っていたので、程々で満足したらしい。今では得意げに瞼を閉じてやり切った顔をしている。
さて。
とりあえずの装備の新調も終わったし、闘技場のヒメリに会いに行くか。