俺、開拓する
昼飯に買ったサンドイッチをかじりながら歩いた先が、目指す鉱山である。
鍛冶の基本的な材料がよく取れるらしいが、大して興味はない。
重要なのはここに生息する魔物がどれだけの金額を落とすかだけだ。
だってのに採掘にも時間を割かなければならない。そのせいでツルハシまで買わされるハメになった。誠に遺憾である。とはいえ勘違い女に先輩風を吹かせられっぱなしなのもシャクに触る。
新装備の性能を試しがてら、様子を見て銀のひとかけらでも拾っておく程度でいいか。
ポピュラーな探索場所なだけあり、鉱山には何人かの冒険者が出入りしていた。
俺の特異なスキルが発覚しないためにも、なるべく他の連中とは鉢合わせしないようにしないとな。資金の回収も手早く済ませよう。
いざ、坑道へ。
「おお!」
てっきり真っ暗なのかと思ったが、岩の突き出た壁面のいたるところにランプが埋めこまれていたので案外明るかった。
利用者が多いだけあって、インフラは整備してあるようだ。
こういう文明的な措置がなされているのを目にするとなぜか無駄に感動してしまう。
安心して前進。
鉱山の第一層はトンネルがいくつも交差したような構造になっている。
一番奥に二層に続くハシゴがかかっているらしい。地図を見ながら進んでいく。
道中カツンカツンという音を大量に耳にした。採掘に励んでいるのだろう。そのまま俺には気を向けずに頑張っていてもらいたい。俺はゴブリンを狩らせてもらうので。
「……いやがったか」
ゴブリンは数だけは立派だった。
小さな体に木の棒を武器として持っているだけという貧相な連中だが、常に集団で襲ってくるので侮れない。
しかしながら俺の磐石な装備の前だと、はっきり言って敵ではなかった。
一匹一匹着実に倒していく。
もっともゴブリンはカットラスの一撃で瞬殺だったので、肝心のベストの性能のほうは分からずじまいだった。まあそんなのは贅沢な悩みだ。楽に倒せるなら感謝感激。これだけ弱いのに4000Gも落としてくれるのだから、うますぎワロタですわ。
特に支障なく二層に。
二層は一層よりも更に入り組んでいた。
「ほとんど迷路じゃねーか。地図を携帯してなかったらまともに歩けもしないな」
道幅も狭まっている。薄暗い中で正面から何かが歩いてくる姿が視界に入ると、それが冒険者であったとしても一瞬ドキリとさせられる。
ましてそれが魔物なら……。
「わっ!? ……くそっ、おどかすんじゃねぇよ」
全身が浮かび上がる。
こいつがコボルトか。
野良犬みたいな面をしたコボルトは、ナタを握りしめているためパッと見はやばい相手に思えた。が、よく観察すればひどいなまくらだったので恐るるに足らず。
「ちゃっちゃと片付けさせてもらうぜ」
蒼銀の刃を思い切り叩きこむ。
転生してから幾度となく戦闘を重ねたせいか、大分俺の所作もマシになってきている。
それでも一太刀で仕舞いだ、とはいかず、生き残ったコボルトはナタをでたらめに振り回して反撃をしかけてくる!
「痛っ……くなかったわ、全然」
びびり損だった。
刃こぼれしたナタとはいえ鈍器としての機能は失っていない。それなのにまったく痛みを感じなかった。惚れ惚れするような防御性能だ。
コボルトに総額十万Gコンビネーションをくらわし、煙の跡から6500Gを獲得。
「既に依頼報酬より多いんだが」
とはいえ俺の終着駅はここではない。
その後も何匹かのコボルトを退けた後、ハシゴをつたって最上部へ移動。
下とはまったく構造が違う。だだっ広い部屋がいくつか連なっているような造りだ。
「兄さん、見ない顔だけど、ここまで来るとはやるじゃないか」
「まあな」
銀目当てでやってきたのであろう、いかにも鉱夫って感じの冒険者に話しかけられる。
「だけどここからはオークが出るから、作業中もちゃんと注意は払っておかないとダメだよ」
カバンにくくりつけているツルハシを見てか、俺も銀を掘りに来たと思われたらしい。いや実際掘りに来たには来たのだが、そんな本腰を入れて作業するわけじゃない。俺のスキルが取得物にも適用されるのであればそれも考慮に入れたけど。
「忠告ありがたく受け取っておくよ」
心配してくれた人間に邪険な態度をとるのもアレなので、礼儀として返事しておく。
さて。
俺はオークを求めて各部屋を巡回する。
「っ! ……ここにいたか……」
のんきに歩いているオークを発見。動きもとろくさいし、ブサイクな豚の顔をしているからどことなくアホっぽく見える。
けれども体格は俺より遥かにいい。身長は確実に二メートルは超えているだろうし、体重に至っては下手したら三倍はあるんじゃなかろうか。
武器は削り出した岩石でできた棍棒。
「見た目どおりのパワー系だろうから、直撃したらまずいな……」
いくらベストの魔力で守られているとはいえ、あのガタイを目の当たりにすると若干戦うのを躊躇してしまう。何度も言うが俺自身は一般人レベルの肉体でしかない。
「あいつ倒せて一人前って、冒険者ってのは超人か?」
どうしよ、逃げてやろうか。
ついそんな弱気が脳裏をよぎったが、いやいや、思い出せ俺。
あれくらい軽く捻れないと俺が冒険者として名を上げるビジョンは未来永劫訪れない。まとまった金も手に入らないから急務である奴隷の買い上げも先延ばしになる。
食って寝るだけの人生に戻るか?
冗談。食って寝て、そして(違う意味で)寝て、ようやく全部の欲求が満たされるんだろうが。
物凄い情けない発言だと冷笑するなら、好きなだけすればいい。今の俺を支えるモチベーションはそれだけなんだから。本当に。
俺は男として、最高で最低なプライドをもってオークに戦闘を挑んだ。
「おらあああああっ!」
先手必勝。水がたゆたうカットラスから衝撃波を発射する。
どんくさいオークに避けられるはずもなく、クリーンヒット。分厚い皮膚に泥に似た血が滲む。
それでもオークはブオオと苦悶の声を上げただけで、地に伏せたりはしない。
「……一撃じゃあ、無理だよな」
そんなのは分かってる。俺にできるのは奴がくたばるまで同じ技を連発するだけだ。
こちらに向けてどすどすと走り寄ってくるオークに、これでもかってくらい何度も何度も水の刃を浴びせる。
……まだ倒れない。やはり威力はカットラスで直接攻撃したほうが高いらしい。
「チッ!」
接近戦は歓迎しないが、仕方ない。
「こいつでぶっ倒れてくれりゃ……!」
右手に強く握ったカットラスで力の限り斬りつける。
狙いをつけた場所は比較的柔らかそうな脇腹だ。
切れ味は申し分ない。またしても血が噴き上がる。オークの進軍がついに止まってくれるかと、これだけ攻撃を繰り返したのだからさすがに期待した。
だが、まだ足りないらしい。オークは瀕死ではあるが、本能だけでガタついた膝を支えている。
そして残る力のすべてで俺に襲いかかる!
「ひっ……!」
思わず息を飲む。ネガティブなイメージが俺の頭を埋め尽くす。
迫り来る棍棒は、俺の肋骨をまとめて打ち砕き――。
――はしなかった。
「こ、このベスト、マジでただもんじゃないな……」
意外にも無傷。
いや、優秀な装備をまとっている以上必然の結果だったか。
オークの強力な打撃をくらっても、俺には一切のダメージが通っていなかった。
元より勝負は成立していなかったのだ。相手の攻撃は通じず、俺だけが一方的にダメージを与えられるんだから、負ける要因はない。
自分自身が強くなった感覚を得られないから気づかなかった。
新たな防具の効能は驚異的だ。
「いい加減くたばれや!」
何がなんだか分かっていない様子のオークに、俺はトドメの一撃を見舞う。ヘソめがけてカットラスを突き立て、そこでやっと、オークは死亡し煙となって消えた。
「ハァ……ハァ……て、手こずらせやがって」
ベストのおかげで俺に怪我はない。
けれど、随分と疲れた。かなり神経をすり減らしていた。俺が戦っていたのはオークではなく、俺の装備を信じ切れないがゆえの恐怖心だったのだろう。
「……これからは、余裕をもうちょい持つか……」
俺は強い。ちゃんと自覚しておかないとな。
「にしても、いい稼ぎになるぜ、こいつは」
オークが残していった金貨は十枚。ぴったり一万Gだ。
こいつを安定して狩れるようになれば、すぐにでも奴隷の購入資金は貯まるだろう。
ベストを着ている限り敗北はありえない。冷静さを失わなければ問題なくこなしていける。明日からはオーク退治で金を稼ぐとするか。
残り八十万ほど貯めればいいから……早けりゃ二日もあればいけるな。
しかし性欲を糧にオークを狩って女奴隷を買うとか、エロゲー頻出単語表みたいな文面だな。
「っと、忘れるところだった」
俺は用事を思い出し、カットラスからツルハシに持ち変える。
ここであることに気づいた。
「……採掘ってどうやんの?」
やり方もよく知らないので、適当にそのへんの壁を削ってみる。
クズ鉄しか出てこない。
いやいや、そんなはずは。
もう一発ツルハシを振る。やはり銀は出ない。ていうか、めっちゃ疲れるんですけど。ただの肉体労働なんですが。岩盤がアホみたいに固いから手痛いし。
結局、銀を掘り当てるのに体感で三時間はかかってしまった。