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俺、回収する

 このタイミングでそんなことを言われて動揺するなというのも無茶な話だ。


 俺は「お、おう」とドギマギした返答をする。


 確かに勢いに任せて豪語したけど。したけどだな。


「そりゃあ覚えてるけどさ……ってかお前も本気で受け止めてたのか、あれ」


 目を伏せてこくりと頷くホクト。


 どうやらホクトは、あの夜の俺の台詞がずっと脳裏に焼き付いていたらしい。


「差し出がましい真似とは重々承知の上でありますが……」


 耳を直立させたホクトは一世一代の告白でもしているかのように気負いまくっている。


 というか実際しているんだろうが。


「……意味分かってんのか?」

「いっ、意味は分かるであります! そしてそれは不束ながら自分も所望するところでありますゆえ……その……」

「その?」

「じっ、自分も、敬愛する主殿の寵愛をお受けしたく!」


 意を決したのか声のボリュームを上げたホクトは、どこまでも不器用にどこまでも不恰好に、けれどどこまでも素朴でどこまでも真剣な想いを言葉に乗せてきた。


 変に着飾らない分、ダイレクトに胸に響き渡ってくる。


 この期に及んで「あれは弾みだ」なんて言えるはずがない。


 俺も男気を見せる時が来たようだ。


「分かったぜホクト。男に二言はねぇからな」


 腹をくくった俺は、一度ホクトの人差し指からトパーズの指輪を外し。


 そして白らかな薬指にはめ直した。


「今日から俺とお前の繋がりは主従関係だけじゃない。男と女の関係もだ」


 今更言うまでもないがホクトは美形である。


 鼻筋は通っているし、ほっそりとした顎のラインも玲瓏さを強く印象づける。


 だが愛玩動物的なかわいらしさのあるミミやナツメとは違い、体格のせいもあるが、常に毅然とした態度を尊ぶこいつからは気高いイメージが漂っている。


 そんな高潔な女を手籠めにするというのは……。


 率直に言って最高に興奮するな。


「ホクト、目を閉じろ」

「構いませぬが……なにゆえでありましょうか?」

「いや分かれよ。俺だって目を見ながらは恥ずかしいんだからな」


 俺がそう告げるとこの手の物事に疎そうなホクトもやっと理解したようで、瞬く間に額から首筋に至るまで顔中を紅潮させた。


 それから二、三度深呼吸した後、グッと力を入れてきつく瞼を閉じる。


 俺はその緊張し切った顔を見上げ……。


 見上げ……。


「しゃ、しゃがめ、ちょっとだけ」


 男の俺がかわいく爪先立ちしたんじゃ格好がつかない。


 ホクトは「面目ないであります」と恐縮して中腰になる。


「よーし。それじゃ気を取り直して……」

「はっ。なにとぞよろしくお願いするであります」


 再び目頭に力を込めるホクト。


 その気合の入りすぎた所作からも明らかなように、まだちょっと表情や姿勢が硬い。顔も正面のアングルで固定してるし。


「もっと楽にしてくれ。首も少し曲げたほうがいいぞ。鼻が当たるからな」

「あっ、す、すみませぬ。何分こういったことは経験が浅く……」

「浅く?」

「……申し訳ありません、つまらない見栄を張りました。無であります……」


 ホクトはこの歳になるまでなんの常識も知らなかったことを恥じているらしい。


「分かってないなー。そういうとこが逆に男ウケするんだぞ」

「そ、そういうものなのでしょうか。ですが自分はどうにも……世間知らずが露呈していくようで……」

「まあいいから、言ったとおりにしてくれるか?」

「りょ、了解であります。では……っ!」


 首の筋が攣りそうなくらい全力で傾けていた。


 なんだこのかわいい生き物は。


「じゃなくて、やりすぎだっての。自然体でいいんだよ自然体で」

「こ、こんな具合でありましょうか」

「そうだ。じっとしてろよ」


 俺はホクトの後頭部に手を回し、軽く顎を上げさせると、ゆっくりと顔を寄せて――。


「……はぁっ……」


 重なった瞬間に、ホクトの唇から切なげな声がこぼれた。


 しばらく時間の流れるがままにする俺とホクト。


 最初は合間の息継ぎも忘れるほど硬直して強張っていたホクトの体も、次第に力が抜けていき、こちらに身を委ねるようになる。


 俺はその隙を見計らい。


 ニュッと舌を忍びこませた。


「~~~~~~~っ!?」


 案の定、めっちゃジタバタされた。


 ホクトの馬力で本気で暴れられるとモヤシの俺は放り投げられかねないのだが、なんというかこう、ほどよくふぬけていて平均的な女子の腕力にまで落ちていた。


 俺はホクトを抱き寄せたままキスを続行。

 

 舌同士を絡ませ、上顎をくすぐり、歯の裏をなぞる。


 そこまでやってもホクトは俺を弾き飛ばさない。それどころか未体験のショックにも幾分慣れたようで、されるがままにしている。


 ええい、だったら極限までやってやるぞ!


 逃げられるもんなら逃げてみやがれとばかりにキスに託した情熱を増していく。


 客観的に見ると俺もかなりのアホである。未だに酔いが残っているらしい。


 ひとしきり愛情を表現して唇を離した時、俺はホクトの絶佳美人な顔が風呂上がりみたいに茹だっていることに意識を向けさせられた。


「あ、主殿ぉ……」


 唇を奪われたホクトはくらくらとして、ピシッと通っていた芯が一本丸々抜けてしまったかのようになっていた。これは初めての口づけで骨抜きにされたというだけでなく、飲み屋帰りの俺が吐く息が酒気を帯びているからでもあるだろう。


「この気持ちが、疲労感が……女になる、ということなの、で、ありましょうか……」


 表情も声音もとろけ尽くしたホクトが、しとどに濡れた瞳で俺をじっと見据えている。


「いいやまだだ。すまんホクト、完全にスイッチ入ったわ」


 俺はホクトの肩に手を置いて、そのまま体重をかけてベッドに押し倒した。


 昼夜問わず気丈に振る舞っている上に、腕力に長けた女相手だから征服感が凄まじい。


「一応聞いておくけど、今ならまだ引き返せるぜ」

「……か、覚悟はしておりました。不肖ホクト、すべてを捧げる心積もりでありますっ」


 無自覚だろうにやたらと俺のツボを突いてくるな。


 ともあれ、本人が覚悟を決めているのであれば、それに応えないわけにはいかない。


 そもそも俺自身もパンツの中が窮屈になり始めていますし。


 よし、なによりも心踊る探索を開始するとするか。


「あっ、ですが、下着はっ!」


 慌てた様子のホクトがなにかを言い終わる前に、俺はチュニックと、その下のパステルカラーのシュミーズもポイポイッと脱がせていた。


 日々鎧による厳重なガードが敷かれたホクトの裸体が露になる。


「やああ……お見せしてしまいました……」


 馬の耳をへたらせて、赤面した顔を心底恥ずかしそうに両手で覆ったホクトは、日頃のしたたかさが見る影もないふにゃふにゃの声でそう言う。


 どこに恥じるようなところがあるのか俺には分からない。


 さらけ出されたホクトの胸はさほど大きくはないが、思わず特筆したくなるような見事な張りが合り、瑞々しい肌と相まって十分な魅力を備えていた。


 しかしそれ以上に俺はホクトの腹に目を奪われていた。服の上からでもうっすらと分かる筋肉の質感でなんとなく想像はできていたが、綺麗に六つに割れている。


「うう、お目汚しを詫びるであります……自分はこのような女性らしからぬ蛮骨な体の持ち主、主殿がお気に召されないのももっともであります……」

「い、いや、俺はこういうのも……その、なんだ、『アリ』だと思うぞ」


 俺は自らの貧困な語彙力を呪った。


「ア、アリとは?」

「アリといったらアリなんだ」

「主殿としてはアリなのでありましょうか?」

「そう。アリなんだよ」


 が、頭のレベルが近いのでちゃんと伝わってくれた。


「つまりだな、これはお前に盾を持たせた時の話と同じだ。欠点なんかじゃなくて他にない長所なんだよ。これからの時代はおっぱいよりお腹なんだよ!」


 一体俺という奴はなにを口走っているんだと内心冷ややかにツッコミながらも、勢いを重視する俺はふよっと揺れている胸ではなく、あえて性感帯要素のない腹筋に触れる。


「俺はお前の個性をとことん愛してやるからな。ほれほれほれ」

「主殿っ、く、くすぐったいであります! ひゃっ、ふひゃひゃっ!」


 悦ばせるというよりも、緊張をほぐすようにホクトの腹をさする。


 腹筋の割れ目を指でなぞるように。あるいは盛り上がった箇所を撫でるように。


 魔物と対峙している時には断固として鉄壁の守りを崩さないが、くすぐったさには耐えられないようで、屈託のない笑い声を漏らすホクト。


「ひゃっ……あ……んっ……」


 でも触ってるうちにどんどん艶っぽい嬌声に変わっていった。


 ……。


 前言撤回。要素はあった。ホクトにはこっちの才能がある。


 しかしながら溢れんばかりのその才能も、本職には敵わなかった。


 この先は語るまでもないだろう。


 下ネタを盛りこんだ創作落語みたいなしょーもない話になってしまうが、なぜ馬の肉のことを『桜肉』と呼ぶのかが、なんとなく分かった気になったとだけ言っておく。



「ただいまですにゃ~。にゃにゃっ!? さ、さ、寒いですにゃ……窓を閉めちゃってもいいですかにゃ?」


 ハミングしながら各種のパンを山盛り詰めこんだカゴを抱えて戻ってきたナツメは、帰宅するなり全開になっている窓を閉めて回った。


 俺とホクトはそれを「ははは」「ふふふ」と白々しい笑顔で見守る。


 が。


 さすがにミミは勘付いたらしい。というかホクトの薬指を見た時点で、自分たちが買い物に行っている間になにがあったかは概ね察せたようで。


「シュウト様、ミミも、もっともっと頑張りますね」


 と、「頑張ります」が「頑張るぞい」に聞こえてきそうな表情でぐっと両手の拳を握って意気込まれた。


 俺は二人して熱っぽい視線を送るミミとホクトの顔を見比べて、いい加減女奴隷の主人らしく甲斐性も磨かなきゃならないなと痛感させられる。


 苦笑いしていると「ごはんにしましょうにゃっ」という俺の心境など露知らずな浮かれた声がかかった。


 ナツメが準備した夕食を囲みながら、改めて思案する。


 とうとうホクトとも一線を越えてしまった。


 だがこれでホクトと屋上で交わした約束はどちらも叶えたわけだし、この町で建造したフラグは全部回収したともいえる。


 ある意味では区切りがついたか。


 貯蓄も昨日の時点で総額二千五百万Gを超えている。


 そのうちの半分以上がここリステリアで稼いだ金だ。一つの町で得られた収益にしては十二分だろう。


 地下層を上回る金策スポットが次に向かう地方にあるかどうかはギャンブルになってしまうが、度を過ぎた長居をする理由には薄い。ナツメへの建前もあるし、なにより屋敷を買うに相応しい町を決めるまでは、根無し草を続けるつもりだ。


 他にこの地でやり残したことといえば……いや、厳密には二回やっているから心残りと言い換えるが……アリッサのおっぱいくらいだな。


 あの魅惑的な果実とお別れするのは惜しい。惜しいが、しかし。


「このハーブのフォカッチャは実に美味でありますな、主殿!」


 憂いのない晴れやかな顔つきでパンをかじるホクトを見ていると、その未練を断ち切ってもいいやと思わされる。


 そろそろ楽園から追放されとくか。

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