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俺、改称する




 司祭のジイさんとアリッサに地底湖の存在を告げてから間もなく、リステリア地下層の再開発がスタートした。


 練達の冒険者を総動員してなんとか第四層での不具合を再現したらしく、今では教会関係者だけが利用できる専用の魔法陣が設けられている。


 なぜ教団限定なのかといえば、それはもう語るまでもないだろう。


 地底湖の水は丹念な浄化作業を経て蒸留酒の製造にあてられていた。


 澄み切った水質には酒造業を取り仕切るアリッサもご満悦。魔物が泳いでいたけど大丈夫かとも尋ねてみたが、「そんなぶっちゃけ井戸にもボウフラとかいるっしょ!」と、分かっちゃいたけど分かりたくなかった現実を例に出されて納得させられた。


 それともうひとつ。


 ニシビアンコウの話題が出たついでに語っておくと、先日、ウィクライフからの研究報告がギルドまで届いていた。


 発光体の綿密な分析を行った結果、やはり俺とおっさんが揃ってツバをつけていたとおり、ランタニアなる魔物が突然変異したものだと解き明かされたそうな。


 添付書類によると、変異種の発生は稀にではあるが観測され得るケースなんだとか。


 俺がこの世界で一番初めに討伐した賞金首、レッドウルフ――正式名称は忘却の彼方だが――も、元を辿れば通常の狼型の魔物がルーツになっているらしい。


 この新発見で俺は、人類の歴史と発展に貢献したとかがどーのこーので事後協賛金として五万Gを手にした。


 しかし命名権はくれなかったので『ランタニア・デル・ベネヒトリクス』という舌と言語野をとことんいじめるような名前が勝手につけられていた。


 勝手につけられた、で思い出したが。


 それは俺にもである。


 未開のマップに到達した功績が称えられて『ワイルド・フロンティア』、そして新種の生命体を発見したことから『ディスカバリー・ハンター』の称号が、冒険者ギルドから正式に俺に与えられた。


 前々から通行証にくっついている『ネゴシエイター』を含めて三つあるうちの好きなものを名乗れとおっさんには言われたが、正直どれも標榜したくない。

 

 今の俺が欲しいのはそんなんじゃなくて、名実でいうところの『実』の部分。


 実といえば――。


「ついに、ついに試作第一号が完成したよっ!」


 酒場の一席に腰かけた俺の目の前には今、たわわに育った果実が二個並んでいる。


 むしゃぶりついた瞬間に人生が終わる禁断の果実である。


「試作っていっても、アルコールを薄める加水用に使っただけだけどね~」

「それがこの酒か」

「そう! クセのない麦のスピリッツ! 水のおいしさが一番よく分かるよ!」


 完熟フルーツの栽培者ことアリッサは、地底湖の水をふんだんに使用したという蒸留酒を自慢げに持ちこんでいた。


 確かにグラスに注がれた液体は素晴らしい透明感に満ちている。


「量に限りがあるから計画生産にしなくちゃだし、貴重な分お値段も高めにつけさせてもらうけどさ、むふふ、こりゃいいブランド銘柄になりそうだね!」


 人当たりのいい笑顔で「ささ、どうぞ一杯」と勧めてくるアリッサ。


 無味無臭で無色透明。パッと見だとただの水だ。


「お兄さんのおかげで作れたお酒だからね、おすそわけじゃないけど、試飲もお兄さんにしてもらわないと!」


 真昼間からここに俺が呼ばれた理由が判明する。


「そいつはありがたいが……これ割ってんの?」

「普通の水で割ったら味が濁っちゃうよ。クッとストレートでいっちゃって!」


 水を味わえということらしい。


 ふむ、一理あるな。この美しい飲み物になにかを足すのは神への冒涜に思える。原材料の麦を実らせた豊穣の女神ルミッテもさぞお怒りになるだろう。なんでルミッテの名前が出てきたかというと、覚えている神様がそれしかいないというだけなのだが。


 グラスを持ち上げて、その端麗な水質を眺める。


 この至高としか例えようがないルックスの時点で絶品は約束されたようなものだ。


 では早速……。


「あっ、言い忘れてたけど、すっごい度数キツいよ?」

「ぶっ」


 口に含み過ぎた分を噴き出す俺。


 おせーよ!


 喉から尋常じゃない量の熱が込み上げてくるんだが!?


 三半規管がイカれて横転する俺を、アリッサが珍しく深刻そうな表情で覗きこむ。


「大丈夫? おっぱい揉む?」


 が、発言の傾向はいつもどおりだった。


「お願いします」


 大変魅力的なオファーだったので即承諾した俺も俺だけれども。



 地底湖水を活かした蒸留酒は一気に飲まずに水なり果汁なりで割りさえすれば、その最高品質の味わいを遺憾なく披露した。


 が、しかし、掛け値なしに美味と分かればアリッサも調子に乗って飲み続けるわけで。俺もなんだかんだでそれに付き合わされるわけで。


 結局夕方まで飲み屋で管を巻いた俺は、痛む頭を抑えながら宿へと続く帰路につく。


 町のメインストリートは地下層帰りと思しき冒険者たちで溢れていた。


 誰も彼もがくたびれた顔をしているが、決して鬱屈とはしておらず、むしろ足取りは軽やかで、内心では胸を弾ませているに違いなかった。


 それもそのはずだ、一日の疲れを癒やす美酒がこいつらには待っているんだからな。


 人々は色とりどりのランタンの明かりに導かれて、日が傾くにつれて活性化の一途を辿る繁華街へと誘われていく。


 ここはいい町だとつくづく実感させられるな。


 酒もうまいし、稼げるし。長期滞在プランも考慮に入れるべきか。


 ただナツメには「同じ場所には長居しない」と雇う際に条件提示してるからな。もう既に一ヶ月はリステリアに留まっているし、そろそろ次の町に向かうべきか……。


 だが俺は声を大にして言いたい。


 次の土地ではアリッサ級のおっぱいを揉めるのかと。


「ただいま……って、あれ? ホクトだけか」


 帰宅した俺を出迎えてくれたのは、部屋着代わりのチュニックに着替えたホクト一人。


 ミミとナツメの姿は見えない。


「お二方は買い物であります。夕食のパンとチーズを購入されるようで」

「そうか。ナツメの目利きは確かだからな、うまいパンを買ってきてくれそうだ」


 ホクトの説明を聞きながらベッドに横たわる。


「いやー、しかし、ここを離れるのはマジで惜しいな。ホクトも戦えるようになって、安定して一日に百万G以上稼げてるからさ」

「それなのですが、主殿。今のうちに話したいことがあるのでありますが」

「なんだ?」

「や、大した話ではないのですが……」


 自分から切り出しておきながら、なぜかもじもじと言いにくそうにするホクト。


 背丈があって引き締まった四肢を持つホクトがそういう仕草をすると、ギャップのせいか妙にかわいげがあるように感じる。


「なんだよ。二人だけなんだから遠慮せずに話してくれていいんだぜ」

「二人だけだからこそ逡巡してしまうのではありますが……ええと、まずは謝辞から述べさせていただいても構わないでしょうか?」

「謝辞? なんかしたっけ、俺」

「先ほど主殿が語ったとおりであります。自分のような不才にも活躍の場を与えてくださったではないですか。主殿のはからいには日々、心より感謝しているであります」


 ホクトは真剣な眼差しで、けれど口元には笑みをたたえて語る。


「そのことか……でも俺はきっかけを作っただけだよ。後はホクトが頑張った結果だ」

「きっかけを作っていただけたことへの感謝の念が尽きないのであります。それまでの自分にはなにもありませんでしたから。ゼロをイチにしてくださったのは主殿であります」

「そんなことはねぇけどな。元々ホクトは頼れる奴だったよ」


 ベッドから身を起こし、ホクトに向き直る。


 盾を手に八面六臂に立ち回るホクトが頼もしいのは間違いないが、その前のアイテム運搬に従事していた頃から、俺の雑魚狩り中心の探索活動には欠かせない存在だった。


 並外れた怪力と、そしてなによりその篤い忠誠心を、俺は好きでいる。


 ……好きって、我ながらまた直接的な表現をしたものだな。


 無駄に照れる俺は天井を指差しながら。


「お前とこういう話をしてると、真夜中の屋上を思い出すな」

「自分もであります。あの夜主殿にお言葉をいただけなかったら、今も自分は忸怩たる想いを抱えたままだったでしょう」


 ダークブラウンのホクトの瞳から迷いの色が消えて久しい。


 久しいのだが、こうして長時間まじまじとホクトの目を覗きこむのも、おそらく屋上での一件以来ではなかろうか。


「……なんか手放しで褒めちぎり合ってると気恥ずかしくなってくるな。こりゃ確かに二人きりの時でないと出来ない話だわ」

「いえ、まだ続きがっ!」


 慌てて会話を継ぐホクト。


「またしても屋上で交わした話の振り返りになってしまうのでありますが……ええとであります、あれです、あれなのでありますよ」

「どれだよ」


 いつもは凛々しく伸ばしている背筋を若干及び腰になったように曲げて、しかも目線を落ち着きなく左右に揺らしながら話すホクトは、見るからに頭で考えていることを声に出して伝えるのを尻込みしていた。


 それでもついに覚悟を決めたようで。


 俺の目をうかがいながらこう言った。


「その……あの夜主殿から『女にしてやる』とのお言葉を頂戴したのでありますが……覚えておられるでしょうか?」


 そう口にしたホクトは、今日一番のもじもじ加減を見せた。

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