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俺、把握する

「ようこそギルドへ……今日はまた一段と手土産が多いな」


 地上に戻ってすぐに訪れたギルドでは、当たり前だが熱烈な歓迎なんてものはなく、代わりに中年男性特有の哀愁漂う苦笑いを見せられた。


 まあ、おっさんがそんな表情をするのも無理はない。


 いつもはナツメのリュックサックに入り切る布素材ばかり持ち帰っているのに、この日の俺たちはガチャガチャと乱雑な金属音を響かせているからな。


「こっちの袋は全部スケルトンの素材か。凄い量だが、なんでまた第一層なんかを? お前の冒険者ランクだと物足りないだろうに」

「違う違う。ノーライフキングを相手に集めたんだよ」


 納品を済ませながら、俺はその証拠として王冠を提示する。


「ノーライフキング? ということは第四層まで進んだのか?」

「ああ」


 おっさんは「ふうむ」と二重顎をさすって頷く。


「アホみたいに湧いてきたからな。ひたすら狩った結果がこれってわけ」

「よくやるよ。相当悪戦苦闘したんじゃないのか? ノーライフキングは第四層の魔物の中では最強格だからな」

「そうでもないかな。普通だよ、普通。どっちかというとこっちのほうが苦労したぜ」


 鎧の残骸を詰めこんだ皮袋の紐を解き、テーブル上に置く……シャレにならないくらい重いのでホクトが。


「デュラハンはタフすぎて倒すのに難儀したよ。この素材ってなにかいい使い道ある?」

「溶かして鉄にするくらいだな」


 やっぱクソモンスターだわ。


 おかげで後腐れなく教会から出ている収集依頼に回せた。


「……あっ、そうだ。デュラハンといえば」


 存在感が薄いから忘れるところだった。


 一本だけ手に入った例のブツ――黒一色の片手剣をおっさんに見せる。


「この剣も落としたんだけど」


 鞘から抜いてみせた途端に、おっさんの瞳に好奇心が満ち始めた。


 刃渡りは六十センチくらいとあまり長くはない。


 先端に向かうにつれて幅が広くなり、遠心力が乗りやすい形状になっている。厚みも結構あるので全長の割には案外重い。


「おっ、こいつは珍しい。玄霊鉱のファルシオンじゃないか」

「なにそれ」

「玄霊鉱はデュラハンの魂が宿った金属のことだ。人為的に生成されるレアメタルとでも呼ぼうか。デュラハンは死の間際に及ぶと、ごく稀に自らの武器に魂魄を残す。その現象が起こるとただの鉄がレアメタルに変質するんだよ」

「魂が魔力代わりになってるってことか?」

「大体そんな感じだな」


 それだけ聞いたら呪われた装備っぽくて怖いんだが。色味も色味だし。


「ファルシオンっていうのは武器の分類だ。値段も手頃で扱いやすいから見習い騎士の間で人気の剣だぞ。日用大工にも使えて……」

「そっちの説明はどうでもいい。金属の特徴について教えてくれ」

「ウンチクの語り甲斐のない奴だな。まあいいだろう。過去にも入手に成功した冒険者はいたから、どういう代物かは自分も知っているしな」


 前例があるのか。


 そいつは助かる。毎度のことだがレアメタル製の武器は、性能や追加効果がどのようなものかを知るためにそれなりに試行錯誤させられるからな。


「玄霊鉱は元の鉄よりもやや重く、その分だけ硬度が向上している。とはいえ平均的なレアメタルと比較すると軟らかい部類だ。鉄がグレードアップした程度、くらいの認識でいい」

「え、そんだけ?」

「大まかに特徴を述べるとそうなる」


 なんか物々しい謂れの割にしょぼいんですけど。


「そう焦るな。重要なのは魔力の発現。これがまた面白いんだよ」


 おっさんはそう言って、剣を手に取る。


「こうやって念じて……ふっ!」


 柄をがっしりと握ったおっさんはダルンダルンの腹に力を入れる。


 ぼうっと浮かび上がったのは、直径三十センチほどの、淡白な桃色の燈。


 非常にファンタジックで少女漫画的な色合いなのだが、心の汚れた大人である俺からしてみると、いかがわしいお店の照明を思い出してしまうのが悔しい。


「これがこの武器の真骨頂だ。俺は魂の火と呼んでいるがね。火属性の魔力が秘められていることもこれで分かったろう?」

「凄ぇ仰々しいネーミングだな……また名前倒れだったりしないよな?」


 というか既に嫌な予感はしている。ふわふわとおっさんの周りを浮遊するそれは火にしては熱くなく、光源にしてはまぶしくない。


 間接照明くらいにしか役立たなさそうなんだが、これ。


「『魂』と名を打った理由はちゃんとある。これは剣の所有者……今の場合は俺だな、その生命力の半分を消費して作られる火なんだ。分身みたいなもんだと思ってくれ」

「とんでもない代償だな、おい」


 危ぶむ俺に、おっさんは「言葉から受ける印象ほど大きなリスクじゃない」と語る。


「消費、というか分割と言ったほうが正しいかな。魂の火を戻せば体力も返ってくる。余裕のある時に作っておくと色々と便利なんだよ。失った分をなにかしらの回復手段で埋めれば、純粋に体力のストックになってくれるからな。中々テクニカルな使い方ができるぜ」

「ふーん。だったら使いではあるか」


 熱のない火をつついて遊ぶナツメを見やりながら、俺はその有用性について考える。


 再生魔法のヒールと抜群の相性を誇るのはすぐに分かった。


 だがそれ以上に、装備しているだけで勝手に回復し続ける『治癒のアレキサンドライト』との組み合わせが最良なのではないだろうか。


 試す価値はある。


「同時に出せるのは一個までだから留意してくれよ。それにだ、魂の火はこう見えてかわいい奴でな、敵性対象を感知すると自動的に追尾してじわじわ体力を吸い取ってくれるぞ。これによって蓄えられた分も戻した際の回復量に影響するから攻防一体だ」

「なんだ。なら作り得じゃん」

「ところがうまい話ばかりじゃないんだな。魂の火が攻撃されて消えてしまうと、失った体力は返ってこない。自分の体力と合わせてしっかり管理する必要がある」


 だからテクニカルなんだよ、と火を納めながらおっさんは締めくくった。


「重ね重ね言うが、このファルシオンは近接武器としては際立って優秀じゃない。真価を発揮できるかはすべて魂の火の使い方次第だ。な? 面白い武器だろ?」

「面白いというか、手がかかるというか……とりあえずこいつの性能は分かったよ」


 俺は剣を受け取って答える。


 難しい装備品だ。これまでの脳筋武器たちとは全然方向性が違うな。


「今すぐには出番はないだろうけど、一応持っておくか」


 地下層を潜るにあたって、アンデッドに有効な銀と火の両方を使いこなせるスカルボウよりも優れているとは思えないし。試してみるとしたらまた次の町でだな。


 次に俺は、死神……グリムリーパーが落とした鎌の欠片を卓上に置く。


「こりゃまたぞっとしない魔物を倒したもんだ。教会側もグリムリーパーとノーライフキングがいかに脅威かは知っているからな、一個からでも納品を受け付けてあるぞ」

「そうか。そいつは嬉しいけど、素材としての使い道はどんな感じ?」

「鉄クズだ」

「王冠は?」

「ゴミだ」


 俺は無言で両方とも差し出した。


「毎度。これだけ種類も豊富にアンデッドを倒してきたんだから、教団も喜ぶだろう」

「いや実は……まだ本命のアイテムがあってさ」


 いよいよアンコウの発光体に順番が回ってきた。


 カバンから取り出したそれは、相変わらず消える気配のない淡い光を放っている。


「……なんだこれは?」

「俺もよく分かってない。地底湖にいた奴を倒したら落としたんだ」

「地底湖? どこにあったんだ、そんなもの」


 やはり知られていなかったらしい。


 おっさんが言うには、地下層に関しては冒険者ギルドよりも教会のほうが精通しているとのこと。


「最下層の更に下だ。地下水が溜まっている層のちょうど真下だと思う。魔法陣がバグって連れて行かれたんだけどさ、そこに地底湖が形成されてたんだよ」


 その後も詳細を説明する俺。


 やれ水滴が岩盤を削っていただの、やれ水の透明度が素晴らしかっただの。


 そして当然、湖の底に眠っていた巨大生物のことも。


「地底湖のことは教会にかけあってみるつもりだけど、魔物についてはおっさんにしか聞けねぇからな。分かることがあれば教えてくれないか?」

「ふうむ、良質な水場にしか生息しないとされる魔物は何種類かいるが……魚型か」

「おう。チョウチンアンコウみたいな奴だったぜ」

「それならランタニアだとは思うが……」


 意外と普通の名前が出てきた。


 俺は二十文字くらいの横文字を覚悟していたのだが。


「しかしランタニアは美しい魔物だぞ? 観賞用に捕獲されることもあるくらいだしな。お前の話だとドブみたいな色をしていたようだから、別物な気がするな」


 それに、とおっさんは付け加える。


「これだけのサイズの発光体はちょっと考えられない。確かに通常のランタニアも発光体を素材として落とすが、こんなに大きなものは見たことも聞いたこともないぞ」

「じゃあ突然変異だな。あまりにも水が綺麗すぎて風光明媚な存在として生を受けたはずの自分の醜悪な部分に気づかされて、醜い部分が表に出てきてしまった。これだ」

「お前の魔物観はどうなってるんだ。そんなニキビを気にする思春期の少女たちみたいな機微がありえるかっての。ま、突然変異の線は濃厚か」


 なんでも要注意指定は出されていないとのこと。


 あれだけの戦闘力がありながら撃破報奨も落とさない上に懸賞金までついていないとは、デュラハンを上回る酷さだな。


「とりあえずウィクライフのラボに報告してみよう。王都から公認された魔物学者もいるだろうから、きっちり解明してくれるはずだ。もしかしたら新種の魔物に登録されるかも知れん。そうなったら発見者としてシュウトの名前が刻まれるかもな」

「納品しないとダメ?」

「資料だからな。別に持っててもいいが、おそらくインテリアにしか使えないぞ、それ」


 渋々手渡す俺。


 お情け程度におっさんから協力報酬をもらう。


「結果が届いたら真っ先にお前に知らせるよ。その時は研究機関からも報酬があるだろうから楽しみに待っていてくれ」

「そんなのはどうでもいいんだけどな……」


 まあ俺が価値を見出しているのはこの発光体ではない。あくまでも副産物。


 地底湖の情報を伝えに教会に向かった。

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