俺、遭遇する
落ち着いたところで、群発性デュラハンが去ってすっきりした直線を通行。
やがてT字路に行き当たる。
ここまで時計回りに進んでいるので、もちろん右、と言いたいところだが。
「うわ、取り込み中か」
右に曲がった先では冒険者のパーティーが大量の火の玉と格闘していた。
その内の一人が水の滴り落ちるマリンブルーの大剣から濁流を噴きつけて一網打尽にするも、依然として火の玉のポップが止まる兆しはない。無尽蔵に湧いている。おっさん情報によれば第四層唯一の雑魚らしいが、これだけチリツモだと悪夢だな。
「いかがなさいます、シュウト様? ミミたちもあちらに向かうべきでしょうか」
「やー、それには及ばんだろ。結局勝ちそうなムードだし」
パッと見た感じ、強そうなメンツが揃っているから、時間さえ考慮しなければ特に支障なく切り抜けられるだろう。
それに常々気を配っているように他の連中とはなるべく鉢合わせしたくない。ここは少々迂回することになるが逆方向に進路を取るか。
ということで、かまどの火を左に渡らせるようミミに命じた。
その先。
「む、あれは……」
影に紛れた異物にホクトが気づいたのは、俺とほぼ同じタイミングだった。
ぼうっと暗闇の中になにかが浮かんでいる。
ミミの灯火によってライトアップされ、その全容が明らかになった。
見た目は上層にいるリッチとそう大差ない。というか、ほとんど同一だ。恐怖心を煽るドクロの顔に色違いのローブ、その袖から覗いている白骨の腕。下半身を持たず無秩序に揺れながら浮遊しているところまで一致している。
違うのは得物だけ。杖ではなく、大柄な鎌がその手には握られていた。
「やべぇわこれ。ナツメ。あんま前に出るなよ」
あれは完全にアカン奴。殺しに来てるタイプの魔物だ。
あの鋭利な鎌に切り裂かれては、いくら刃物に強い革素材とはいえ、所詮は軽装のナツメだとひとたまりもないだろう。
「ひょっとしてグリムリーパーって奴ですかにゃ?」
「多分な。半端に長いから死神って呼ぶか」
もっとも、相手がなんだろうと作戦の軸は変わらない。
死神は俺たちの気配を嗅ぎ取るや否や、弧状の刃を振り上げて斬りかかってくる。
迎え撃つホクト。鎌の軌道に合わせて盾をかかげ応戦。
「ぜやっ!」
しっかりと地面に根を下ろし、降り注いできた残虐な刃を受け止めた。
質量の塊である盾はそう易々とは切断されない。その強度と硬度に不足なし。
鋼鉄同士が激しく接触したことでバチッと火花が弾けた。暗がりに散った些細な光を目印に、間合いを離したままナツメが聖水の瓶を遠投。ガラス瓶は死神の頭蓋骨に叩きつけられると同時に砕け、中に詰まった清浄な水が振り撒かれる。
人の目には清らかに思えるそれも、アンデッドにとっては劇薬。
みるみるうちに衰弱していく。
その隙をついて、俺が銀の矢で着実にダメージを稼ぐ一方。
「ホクトさん、援護します! ブラインド!」
攻撃に特化した敵であることを見抜いたミミは攻めの起点を潰しにかかる。
死神の目の前で飛散した黒い液体が眼窩の空洞を埋め尽くした。
盲目の呪いに囚われた死神はデタラメに鎌を振り回すだけとなった。狙いが定まっていないから湾曲した刃はホクトの盾に届くことなく平気で空を切るし、その結果にすら魔物自身は気づかない。無駄骨に終わった事実を知るのは――。
「お膳立ては整った……な!」
俺が放った反撃の矢に貫かれてからだ。
路上に転がる割れた刃先と三万8000Gが、死神の末路をはっきりと告げている。
うむ。上々の成果だな。
感想としては防御面に欠陥がある分、デュラハン戦より楽だったな、ここだけの話。俺が前衛のままだったらこうはいかなかったかも知れないけども。
現に、ホクトが「グリムリーパーの手腕がこれほどとは」と驚嘆気味に見せてきたタワーシールド表面には刃の痕跡が深々と刻まれており、大鎌の殺傷力を物語っている。これくらったのが俺だったら結構な確率で死んでるだろ。シフトチェンジして正解だった。
しかしまあ結論から述べると、こんなのは前哨戦に過ぎなかった。
余力のあるナツメが盾をリペアで補修し、探索を再開した俺たちを次に待ち受けていたのは、狭い通路の中央に無造作に置かれた――椅子。
椅子である。シュールすぎて笑いそうになった。
「ええ、なにこれ……」
ただその椅子は無闇やたらと飾り立てられていて、その豪華な装いからして『玉座』と呼んでしまったほうが正しいだろうか。
椅子に扮した魔物なのか単なる置物なのか曖昧すぎる。
「警戒に越したことはありませぬ。主殿は自分の後に続いてください」
一歩進むホクト。すると。
「む?」
ぬるりと一体のスケルトンが地面から這い上がってきた。野晒しになった骨の姿をしたそいつは、厄介な敵が跋扈する最下層には相応しくない弱々しさだ。
一番浅いフロアに出没するアンデッドがなぜここに、といぶかしむも、俺はすぐに別種の違和感を覚えた。そのスケルトンは全裸(果たしてこの風体を全裸と定義していいのかは怪しいが)のくせに、頭に古びた王冠をかぶっていた。
スケルトンは「よいしょ、よいしょ」とどこかユーモラスな動きで玉座によじ登ると、そこにドカッと腰かけた。頬杖をついて足を組み、いたく満足げである。
王冠、玉座、威張り散らしたポーズ。そのすべてが『王様』の文字を連想させる。
つまりこいつこそが――。
「ノーライフキングか!」
急いで矢を番える俺。おっさんに教わった情報によれば、手強さという意味ではこのアンデッドが第四層でトップだという。
が、しかし。
どうにも信じられない。めっちゃ弱そうなんだが。
骨全部丸出しだし。
「だからって油断は禁物だな……先手必勝でいくか」
「分かりました、シュウト様」
「ですにゃ!」
開幕から聖水、呪術、火の矢のアンハッピーセットを手配する。
集中砲火を受けつつあるのにノーライフキングは悠然と座っているだけだ。
その余裕さが逆に不気味だ。弦を引く俺の手に汗が滲む。
「挨拶代わりだ。くらっとけ!」
俺が指を離したのと、ナツメが聖水の瓶を投じたのはまったくの同時。
ほんの少しだけ遅れてミミのフラジリティが唱えられる。
魔物はまだ座っているだけだ……俺たちが攻撃をしかけた瞬間に、指をパチンと鳴らしたことを除いてではあるが。
その音を契機に、地面の土が不均一に脈打った。
「にゃにゃっ!? どういうことですかにゃ?」
二桁に迫ろうかという数のスケルトンが這い出てきたのが、その隆起の正体。なんの前兆もなく唐突に現れたから、ナツメが目を点にするのも無理はなかった。
スケルトンは横一列に整列し壁を作る。
聖水が散り、火の手が広がる。ミミの呪術で肉壁ならぬ骨壁が黒煙に覆われる。
耐えられるわけがない。第一層レベルの魔物なのだから。
焼き払われていく同胞をノーライフキングは身じろぎもせずに見やっている。
使い捨てにされた連中は即死したが、身を呈して防いだだけのことはあり、こちらの攻撃は今も大胆不敵に座り続けるノーライフキングには届かなかった。
もう一度指を鳴らす。
今度は刃こぼれした剣を持つスケルトンの軍団が一斉に湧いてきた。
休む間もなく数の暴力を活かして攻めこんでくる。
「な、なんだこいつ……好きなだけスケルトンを呼べるってのかよ?」
押し返そうとナツメが起こしたブロードソードの風が吹き荒れる中、精一杯進撃を食い止めるホクトの背中越しに、俺は玉座にもたれる骸骨を眺める。
なるほど、まさしくこいつは死者の王だな。