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俺、連戦する

 猫らしく寒がるナツメもミミを真似してひっついてきたので、両手に花状態のまま、地図と実際の地形とを見比べて進んでいく。


 それほど複雑ではない。分岐点だらけで道が迷路のように入り組んではいるが、そんなのはこれまでと一緒だ。今更特筆すべきことでもないだろう。


 特徴的なのは、第四層に設置された魔法陣の数が、上三つよりも多いという点。


 最下層なので当然そのすべてが上昇専用だ。


 すぐに逃げこめるように、という先人の配慮だろう。それだけこの階層に出没するアンデッドのレベルが上がっているとも言えるが。


「主殿、早速の敵機襲来でありますぞ!」


 かまどの火に導かれて先を行くホクトが、魔物の登場を報告する。


「あいつは……デュラハンか」


 一目見ただけで判別がついた。


 ここだけの話『デュラハン』というモンスターは俺も転生前の時点で耳にしたことがあるのだが、そのイメージと寸分違わず、首のない騎士がそこに佇んでいる。


 鎧に剣、そして盾とフル装備である。


 まあ誰が相手だろうとやるべきことは同じ。デュラハンの剣とホクトのタワーシールドがせめぎ合っている隙に、密かに忍び寄ったナツメがふぁさっと聖灰をバラ撒く。そこに追加でミミが虚弱の呪縛を入れて、仕上げに俺が銀の矢で射抜く。


 ここまでワンセット。飽きるほど繰り返した反復作業だ。


 が。


「さすがは第四層のアンデッド、ですね」


 次なる魔法の必要性を知って新しくかまどの火を起こそうとするミミの挙措から明らかなように、この黄金パターンをもってしてもデュラハンは倒れない。


 鉄の鎧をまとっているだけのことはある。その中身はがらんどうとはいえ。


「じゃあさ、いっそ限界まで弱らせてみようぜ。呪縛漬けにしてやるか」

「では火ではなく……ブラインド!」


 そうミミが甘い声色で唱えると――なにもなかったはずの空間から突如、墨の塊めいた球体が発生し、デュラハンの頭上で盛大に破裂した。


 俺も負けじと火の矢を放つ。黒い水に黒い炎。九十年代初頭の少年漫画世代が泣いて喜びそうな大魔王感溢れる取り合わせだな。


 スカルボウの追加効果は目に見えて分かりやすい。動作が如実に遅くなっている。


 そしてミミいわく、ブラインドなる魔法によってもたらされるのは盲目の呪いらしいが、頭が丸ごとないのに盲目ってなんなんだ。哲学か。


 だがバッチリ効いていたようで。


「な、なんだか大変可哀想なことになっているであります」


 物凄く鈍い動きで見当違いの方向を攻撃し出すデュラハンを哀れむホクト。


 ただでさえ聖灰を浴びてご自慢の戦闘力がガタ落ちしているんだから、最早弱体化どころか無力化と言ってしまっていい。


「ひと思いに殺してやるか……よっと!」


 銀の矢を立て続けに二発放ってトドメを刺す。


 霊魂に支えられて人型を保っていた空っぽの鎧が崩れ落ちた。


 恒例となった撃破報奨として、錆びた篭手と三万Gが……ん? 三万?


「ちょっと待った。安くね?」


 第三層のワイトと同額なんだが。


「あれだけ手間かけさせられてこれって、冗談きつすぎるだろ……」


 俺は地図の裏に「デュラハンはクソ」とメモした。


 そうはいっても続々と湧いて出てくるのがアンデッドである。さしたる時間を置かず、またしても通路上でデュラハンと遭遇した。


「ええい、ヤケクソだ。片っ端から打ちのめしてやる!」


 ここで戦闘回避を選択できないあたり俺は貧乏性だ。労苦にやや見合っていないとはいえ、道端に落ちてる三万Gは拾えるものなら拾っておかねば。あとおっぱいの足がかりにもなるしな、うむ。


 とことん弱らせ尽くしてから安全に撃退。


 もちろん獲得資金は変わることなく三万G。ドロップ素材も上に同じ。


「もう一体来るであります!」

「またかよ! なんだここ、デュラハンの名産地か!?」


 異常発生するのはイナゴだけにしてくれよ。いやイナゴもダメなんだけど。


 悪態を吐きながらも撃って撃って撃ちまくり、押し寄せてくるデュラハンの波を真っ向からはねのける俺とミミ。


 火と火が絡み合い、純銀の光が淀んだ黒煙を引き裂く。


 十体以上連続で討伐しただろうか。『治癒のアレキサンドライト』のブローチがあるおかげで疲労は溜まっていないものの、こうも連戦が続くとげんなりしてくる。


 三百枚を超える金貨が転がっているから、なんとか元気を取り戻せるが――。


「にゃにゃっ?」


 せっせと魔物が落とした戦利品を拾い集めるナツメが、ふと怪訝そうな声を発した。


「ご主人様~、不思議なものが混じってましたにゃ」

「不思議なもの?」

「これですにゃ。よいしょっ」


 重そうにナツメが持ち上げたのは篭手ではなく、漆黒の鞘に納まった剣だった。


 抜いてみると刀身まで真っ黒で気味が悪い。


「謎だな。こいつ倒すのになんか変わったことしたっけ?」

「うーん、分かりませんにゃ。たまに落とすアイテムなのかもですにゃ」

「そんなケースがありえるのか? ……って、もうあったわ」


 そういえば第一層で狩ったビーストフォルムは三種類の素材を落とすんだったな。デュラハンにも所謂レアドロップがあるってことか。


「まあ珍しい品っぽいし、もらっておいて損はないか。なあホクト。運んでくれるか?」

「承知したであります」


 空いているホクトの背中に装着される。とはいえホクトがこの剣を抜く機会は訪れないだろう。両手は二枚の盾で一杯だし、そもそも抜いたところで、ごにょごにょ。


「アイテムの回収も終わったし、行くかー」


 歩を進める。


 地図を参考にぐるりとこのフロアを周回できるルートを取る。


「ッ! 前方から複数体の魔物が迫ってきているであります!」

「今度はなんだ?」

「デュラハンであります!」

「もういいって!」


 狭い通路のド真ん中で彷徨う鎧が大群を成していた。


 壮観とはこのことか。


 というか、注意していたウォーロックその他が全然出てこないんだが。


 今週はデュラハン強化週間とかなんだろうか。


 だ、だるすぎる……だが見過ごすわけにはいかない。


「ブラインド! ええと、遠くの敵には……パラライズ! それから……」

「じっくり弱らせていったんじゃラチが明かねぇ。ダメージ重視でいくぞ」

「わ、分かりました。ヴァン・ルージュ用のフォンを作る大鍋を沸かすための火!」


 ミミも俺もフル回転だ。かまどの火を唱えるスペルも専門的すぎてなにを言っているのか分からないところまで来ている。


 一個5000G相当の聖水が乱れ飛ぶかたわら、様子を見てナツメが突風を巻き起こし、攻撃の手を割けないデュラハンを弾き飛ばしてくれるのもありがたい。


 しかしながら一番奮闘しているのは――ぶっちぎりでホクトだろう。


「おおおおおおおっ!」


 剣を携えたデュラハンが襲い来る中、気合に満ちた声を上げ、煮え滾る闘志を全面に押し出して、ぴたりと繋ぎ合わせた一対のタワーシールドを構え続けている。


 ホクトの馬鹿力で強固にかかげられた盾をデュラハンは突破できない。


 たった一人で戦線を支えていた。


 腰砕けした素振りをして嘆き悲しむ卑屈なホクトの姿は、もうそこにはない。あるのは頼もしい背中だけだ。


 俺はその健気で愛おしい背中に応えなくてはならない。


 それがあの夜、屋上で交わした契りだ。


「りゃっ!」


 可能な限り素早く、可能な限り的確に照準を合わせ、休みなく矢を乱射する。


 ガシャガシャと鎧のパーツが崩れ、煙となって消えていく。ひとつ、またひとつと。


「よし、ラストだ!」


 最後の一射は自画自賛したくなる出来だった。銀の鏃がピンポイントで鎧の継ぎ目に突き刺さっている。まさに防御の網をかいくぐった、って感じだな。


 すべての残骸が煙に変わった。


 腐るほどいたデュラハンの群れもこれで全滅だ。


 遺物は金貨と篭手だけ。やはりあの不吉な色の剣はレア物であるらしい。


「まったくよくやったよ、俺も、お前らも。特にホクトな。頼りにさせてもらったぜ」


 俺はホクトの頭を撫でる。格好をつけるために微妙に背伸びしたのは内緒だ。


「自分なんぞには、もったいなきお言葉と褒賞であります」


 ホクトはそう謙虚に、いつもの生真面目な口調で語ったが、晴れやかな表情のせいで少しも内心が隠せていなかった。


 それでいいと思う。素直さってのは替えの利かない美徳だからな。

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