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俺、発奮する

「ええっ、四層に潜るんですかにゃ?」


 多くの人々が行き交う冒険者ギルド前で、朝飯の挽き肉とチーズを包んだフォカッチャを頬張るナツメの目が点になった。


 俺の発案に驚いたのはホクトもである。


「恐縮ですが主殿、第三層でも屋敷の購入資金は十分に集まっているであります。一体どのような風の吹き回しなのでしょうか……?」


 確かに金を稼ぐだけなら現状維持でも問題はない。


 だがそれとはまた話が異なる。


「分かりやすく言うと、虎穴に入らずんばおっぱいを揉めず、ということなんだ」

「……はい?」

「タイガーおっぱいなんだ」


 昨日の感動的で官能的な感触は今も俺の手に残っている。


 あの衝撃をもう一度、と追い求めるなら、これはもう寄付だけでなく強力な魔物を狩って地下水の清浄化に貢献するしかない。


 それにアリッサの口ぶりからすると、寄付よりも魔物の討伐のほうが喜んでいるように見受けられた。活動資金は自身の手で稼ぎ出せるという自負と、酒造りに欠かせない水に対する熱い想いがあるのだろう。


「ミミはシュウト様のお言葉に従います。シュウト様が四層を探索するとおっしゃるのでしたら、お力になれるようミミも張り切りますね」


 そう快く承諾してくれたミミは、こっそりと自分の胸に手を当ててサイズを再確認するような仕草を見せていた。


 しかしながら無策で特攻するわけにもいかない。


「そのために、こいつを持ってきているからな」


 俺は久々に征鳥鉱のブロードソードを持ち出していた。


 が、これは俺が使うものではない。両手と背中は弓でふさがっている。


「ナツメ、ナイフじゃなくてこっちを装備してくれるか? やばそうだったら風を起こして戦闘から排除だ。思いっ切り吹き飛ばしてやれ」

「承知しましたにゃ!」


 現状のシフトで適任なのはナツメしかいない。


 剣は扱ったことがないらしいが、まあその辺はナツメ持ち前の飲みこみの早さですぐに克服できる、と思う。どうせ追加効果しか使わないしな。敵に攻撃せずアイテム係に専念しているナツメにはうってつけの役割だろう。


 てなわけで渡した鞘つきのブロードソードをナツメは早速背負うと、わずかに上体を反らせてから腰に手を当ててポーズを決めた。


 フフンという台詞が似合いそうな表情から察するにカッコつけているつもりらしい。


「フフン! どうですかにゃ!」


 というか実際に言っていた。


 だが金属の割に軽量な征鳥鉱でもまだナツメには重いのか、反った上体が剣に引きずられてどんどん後ろに倒れていって、最終的に「ぶみゃっ!?」と尻餅をついた。


「こ、これは手に持っていたほうがいいですにゃあ……」

「うん……そうしてくれると助かる」


 日常コントもそこそこに、ギルド近くにある魔法陣を通って地下へ。


 弱っちいスケルトンばかりが繁殖している第一層、臭いだけが取り得の第二層はさっさと通り過ぎ、第三層に行き着く。


 下に続く魔法陣までは距離がある。ここからは真面目に攻略しなければならない。


「聖灰がもったいないな。できるだけ無視していくか」

「ふっ、言われずとも分かっておりますにゃ!」


 魔物にエンカウントすると同時にナツメが剣先から風を発生させる。


 重量級のゴーレムさえ吹き飛ばす暴力的な旋風を、朽ちた肉体しか持たないアンデッドが耐えられるはずもない。


 阻まれた道が次々に開かれていく。


 特にレイスは風属性の魔法に対しては無力なのか、ナツメが突風を浴びせるとんでもないスピードで吹き飛んでいった。いい気味である。


「主殿、見えてきたでありますぞ!」


 先頭を行くホクトが魔法陣を発見する。やっとこの場所まで到着できたか。


「ここまでは前座だからな……ここからが本番だぜ」


 四人揃って紋様を踏み、俺たちは淡い光に吸いこまれる。


 視界が暗転した秒数は小数点以下に過ぎなかった。


 が、俺は目からの情報よりも先に、肌を襲う異変のほうに意識が向いていた。


「さ、寒っ!」


 なんだここ。めちゃくちゃ気温が低いんだが。


 第三層も冷気を感じはしたがその比じゃない。皮膚にぺとりとまとわりつくような薄気味の悪い寒さだ。地上から離れすぎるとこんなにも寒いのか……。


 ひとしきり寒気に身を晒したところで、ようやく周囲の風景が頭に入ってくる。


 魔法陣によって転送される座標は大概通路の隅っこで、そこに適当に放り出されるだけだったのだが、第四層の着地点はベースキャンプ場のような趣があった。


 事実、先客が焚き火を囲んで休憩を取っていた。無精ヒゲの目立つ野生的な男、小柄な背丈には不釣り合いなド級のハンマーを横に置いた少女、頬に傷のある厳しい面構えの青年、それとは対照的に余裕綽々の表情をした魔術師風の女、屈強な体躯を誇る重装備の中年男性……風貌からして冒険者なのは明白で、どいつもこいつも凄腕の雰囲気がある。ここまで降りてきているくらいなんだから熟練者に決まっているけども。


「ん?」


 俺はその中に、見たことのある顔が数人混じっていることに気づく。顔見知りというわけではなく、本当に見かけたことがある程度ではあるが。


「……というか昨日会ったな」


 なぜだか知らないが神官がいる。


「おや、あなたは確か」


 向こうも向こうで俺に気がついたようで。


「シュウトさん、でしたっけ。ははあ、こんなところまで潜っていらしたとは」

「いや来たのは初めてなんだけど……なんで神官のあんたらがここに?」

「私たちは教会から派遣されているんですよ。冒険者の手助けになるように、と」

「へえ。でも大丈夫なのか?」


 こう言っちゃなんだが、俺よりも戦闘経験がなさそうに見える。


 だがそれは俺の思い過ごしだったらしく。


「神官は優れた再生魔法の使い手だからな。パーティーの回復役として活躍してもらっているんだよ」


 いかにもベテランって感じの雰囲気を漂わせたおっさんが横槍を入れてきた。


 きらびやかな銀の鎧をまとっている。これはホクトのものと同じで光銀鉱だな。地面に突き立てた大剣は赤紫色の毒々しい輝きを放っていて、並の金属でないことが明らかだ。全身レアメタルコーディネートと見て間違いない。


「逆に言えば腕の立つヒーラーがいないとまともに進めないんだよ、ここは。被るダメージの量が桁違いだからな。君も重々警戒しておくべきだ」

「任せろ。なんといっても俺には優秀な魔法使いがついてるからな」


 そう答えて、俺はすぐ隣のミミに目配せした。


 おっさんは「そいつは朗報だ」と頷く。


「ここの魔物は難敵揃いだから気を引き締めてかかれよ。デュラハンはまあ、剣と鎧を装備しているだけで特別な行動パターンを持つわけじゃないが、ウォーロックは一筋縄ではいかない。奴らは呪術魔法を得意としているからな」


 そんなもん使ってくるのかよ。呪いに耐性がある骸布の服を着ておいてよかった。


「特に危険なのはグリムリーパーとノーライフキングの二種だ。異常な殺傷力を持つ前者を相手にする時は常に死が付きまとう。討伐の困難さだけでいえばノーライフキングはそれ以上。無理せず逃げるのも手だぞ」

「やばいのはそいつらね。覚えておくよ」

「あとはまあ、鬼火――ウィスプだな。こいつらは雑魚だ。殺伐とした第四層における一服の清涼剤くらいに思っておけばいい」


 出現するアンデッドはこれで全部とのこと。


 それにしても有益な情報ばかりだ。実体験に基づいているからかギルドマスターのおっさんよりも詳しく語ってくれている。大いに活用させてもらうか。


「ありがとな。いい訓戒になったよ」

「なに、礼には及ばん。同業者を死なせるわけにはいかんからな」


 な、なんていい奴なんだ。


 世の女性諸君はおっさんだからと毛嫌いせずに、もっとこういう心がイケメンな男にこそ惚れるべきだ。


 さておき、ありがたい忠告を得た俺はいよいよ探索に入る。


 入りはしたが……。


「へきしっ! うう、寒いですにゃ……へしょんっ!」


 くしゃみをしたナツメがブルブルと震えている。いつもはレザースーツの袖を肘までまくっているのに、それも下ろしていた。凍えている証拠だ。


「マジでさみぃな……どうなってんだ、ここ」

「地面の下がちょうど帯水層になっているんだと思います。地下水の極低温でこのフロア全体が冷やされているのではないでしょうか」


 ですから、とミミは続ける。


「定期的に暖を取って、体温が下がりすぎないようにしましょうね」

「おう。……で、どうやって? 歩きながらだと意外と難しいな」

「……シュウト様、失礼します」


 ミミは体を寄せてきた。


 暖かい。凄く。


 そしてとても心地がいい。なにがどう心地いいかは伏せておく。


「でもさー、ミミ。今思ったけどかまどの火で暖まったほうがよくない? 弱火にして」

「そ、その、火よりも人肌のほうがいいかと思いまして……」


 ミミはそう早口で言って、目を逸らした。


 逸らしながら更に俺の腕にぎゅっと抱きついて密着する。


 なんか今日のミミはかわいらしいリアクションが多いな。妬いているんだろうか。

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