俺、愛撫する
町に戻ってすぐ、通い慣れた教会資本の飲み屋に直行。
昼食には遅く、晩酌には早すぎる時刻に、俺たちは本日二度目の乾杯を交わした。
「くぁ~! うまいっ! やっと人生が始まった気がしてくるねっ!」
馴染みの店の馴染みの空気の中、馴染みのカウンター席で馴染みのジョッキを片手に馴染みの赤ら顔を見せるアリッサは、心底嬉しそうに酔いを満喫する。
とっくに服の紐も緩められていて、泥酔を迎え入れる体勢は万全だった。
するりと飲めてしまう常温のエールはあっという間に底をつき、料理が到着する前からご機嫌で二杯目を注文するアリッサ。俺はまだ最初に頼んだ水割りをすする程度にしか飲んでいないというのに、だ。
「ほら、どんどん頼んじゃっていいんだよ? 今日はおごっちゃうからさ!」
「ツケで飲んでるんだから教会の金じゃん……」
「教会のお金を稼いでるのはあたしっ!」
実績ある人物にそうスパッと言われたらもうなにも物申せない。
「あ、今の拍手ポイントだよ。聖女様すげえええしてもいいんだよ?」
「しねぇよ」
どうでもいい会話をしていたら、カウンター越しに「お待ちどおさま」の声が。
「ニンニクのオイル煮です。軽く塩を振っていっちゃってください」
表面はほのかにキツネ色になっているが、オイル煮というからには揚げているわけではないらしい。よく分からん料理だ。
店員に勧められたとおり、添えられていた塩を指でつまんでパラパラと振りかける。
その指を使ってスナック感覚で口の中に放りこむ。生のニンニクにありがちな鼻腔を突き刺す辛味はまるでなく、むしろ甘い。ホクホクとした食感といいイモに近い。しかしながらニンニク独特のあの臭いは、限界まで凝縮されている。強力無比だ。
「うおお、一粒で一気にニンニクの世界に連れて行かれるな、こりゃ」
「んふふ~、おいしいでしょ? これいくならワインやシードルじゃないんだよね、キレのあるお酒じゃないと」
アリッサはひょいっとつまみあげたオイル煮を、ストレートのウォッカで流しこむ。
いつに間にやら着衣は一層乱れていて、目のやり場に困る格好になっている。他の客の視線が胸のグランドキャニオンに注がれていてもアリッサは気にするふうもなく、けらけらと楽しげに笑うのみだ。なので、特等席にいる俺も恩恵にあずかっておいた。
「なるほど。確かに甘い酒だとせっかくのニンニクの味が薄まりそうだな」
「あと度数は強ければ強いほどいいね!」
「なんで?」
「すぐ酔えてお得だから!」
アリッサ、酒じゃなくてエタノールでもいいのではないか疑惑。
「いや~、今日は地獄かと思ったけど、蓋をパカッと開けてみたら天国だったね! お兄さんと気分よくお酒飲めてるしさっ!」
「はあ。さいですか」
なんとなく照れ臭いので素っ気ない返事にしたが、俺もアリッサと飲む酒のうまさは否定しない。アリッサは太陽すら超えて陽気だから話していて飽きることはないし、常にポジティブで嫌味がないし、美人だし、おっぱいでかいし。
と、そこに。
「さっきのニンニクを煮たオイルで炒めた魚介の盛り合わせです」
ようやくメインディッシュが運ばれてきた。切り身の魚に大ぶりの貝、殻つきのエビ、それとブツ切りのイカが一枚の皿の上でスクラムを組んでいる。
具材はすべて乾物を戻したものらしいが、一度干した分旨味が増幅していて……ともっともらしいことを言ってはみたが、ニンニクの香りが移った油とレモンの皮を混ぜた塩が全面にまぶされているので繊細な味云々を語るのは無理だった。
豪快で下品で粗暴で濃厚で野蛮な、まとめると俺好みのジャンクな味わいである。
俺はゲソを噛みながら、まだまだほろ酔い止まりのアリッサの話を聞く。
「今日はほん……っとありがとね! お兄さんが付き合ってくれてなきゃ息が詰まって死んじゃうところだったよ。ふう、危なかった~」
「よくそれで聖女が務まるよな……あんたが教団にいる理由が分からねぇ」
「それはほら、あれですよ、他に居場所もないから~みたいな?」
「なんだそりゃ。どういうことだよ」
んー、とアリッサは少しだけ言葉を探ってから。
「あたし、孤児なんだよね」
グラスの中の液体をのぞきこみながらつぶやいた。
「あっ……悪い」
迂闊を詫びる俺。
教会なのだから、そういう出自の人間がいてもおかしくない。
「別にそんなシリアスな話じゃないよ? ちっちゃい頃のこととか覚えてないし。ま、だからってわけじゃないけど、他の教徒の人たちみたいにはできないんだよね、あたしって。入りたくて入ったんじゃないから神様の教えも受動的に聞いてきたし」
でも、とアリッサは二の句を継ぐ。
「信仰とかそういうのは、ぶっちゃけちゃうとあんまりないんだけどさ、教会には恩返しがしたいの。どこにも行けない、行く当てもないあたしを育ててくれたもん。特に司祭様にはいっぱいお世話になったからね」
「……その恩返しってのが、酒造りか?」
「そ。自分の好きなことで大好きな教会に役立てるんだから、これよりありがたい話はないよ。だからまあ教団を離れるなんてことは、うん、まずないかなぁ」
アリッサは自らの暗いバックボーンをエビの殻を剥きながらあっけらかんとして語るだけでなく、教会への深い愛着を明かした。
そうか、そうだったのか。
およそシスターらしからぬ不純な言動をするアリッサに初めて会った時は「なんだこのビービーエーは」と感じたものだが、こうして身の上話を聞かされると、急激に見方が変わってくる。
アリッサは「恩返し」と暖かみのあるフレーズを使ったが、副業に過ぎない酒造事業で聖女の位にまで昇格するほどの功績を残したのだから、その影には本当は、他者には到底真似できない努力があったに違いない。
それだけの献身の原動力を「教会が好きだから」で片付ける度量。
俺はこいつのことを、心からいい女だと思える。
思えるが、しかし。
「このムードの中で切り出すことではないとは思いますが……俺がしたいのはそんな話ではなくてですね」
「あ、もしかしておっぱいの件?」
「はい。いや本当に空気を読めてないとは思うのですが」
揉むと言ったからには揉む。それが俺の流儀である。
そもそもその対価がなかったら俺は式典になんて出席していないし、この店にもついてきていない。
「約束だもんね。じゃ、どうぞ!」
アリッサは不敵な笑みを浮かべて、純白の修道女服越しに胸を張り出してきた。
今にもバルンッと音を立てて中身が溢れ出てきそうだ。
「けどエッチな揉み方はダメだからね?」
「どこまでいったらエッチなのか基準を教えてくれ」
「お兄さんもオトナだから知ってるでしょ~?」
むふふと笑うアリッサ。
しかしながら俺は性的な揉み方しか知らんのだが。
「つまりそれとは逆の手法を取ればいいわけだな……」
ということで、触れるか触れないかのソフトタッチではなく、ガッツリ鷲掴みにした。
『ふにっ』
お?
『ふにっ、ふにっ』
なんだこの衝撃的な柔らかさは……。
指がおっぱいに吸いこまれていくようだ。勝手に指が沈んでいくから揉んでいてちっとも疲れが来ない。ミミのそれは柔らかい中にもほどよい張りと弾力があって指を押し返してくるのだが、アリッサの胸は異次元である。
とにもかくにもふんわりしている。揉むために要求される握力がひたすら少ない。
だが下から持ち上げると重量感もあった。圧倒的なボリュームが手の平にひしひしと伝わってきている。これが幸福の重さだと言われたら納得してしまいそうだ。
そしてとても温かい。縁側よりも落ち着く。
うまい形容詞が思いつかない。そのくらい独特の感触だ。つきたての餅やプリンだなんていう陳腐な表現じゃ表せない。直接触れていないから正確ではないが、お湯を張った水面にチャプチャプと手をつけているような、そんな感じだろうか。
形が少しも崩れていないのに、これだけの柔らかさを維持しているというのは信じられない。信じられないから何度も揉んで確かめる。信じられないから仕方ない。
「……んっ……」
夢中でしがみついていると、アリッサが色っぽい吐息を漏らした。その瞬間。
「はい! 今感じちゃったからここまでね! 終了~!」
「ちょっ、まだ堪能し切れては……」
「エッチな揉み方はダメって言ったでしょ?」
どうやらやりすぎたのがよくなかったようで、ここでおあずけとなった。というか「感じたからアウト」とか臆面もなく言われた俺は一体どういう顔をすればいいんだ。終わったというのに興奮が収まらないんだが。
なにが恐ろしいってこのやり取りが公衆の面前で普通に行われていることである。客たちは俺に嫉妬と羨望の目を向けてはいるが、皆の規範である聖女様がどこの馬の骨かも分からない男に胸を揉まれていても騒ぎにならないあたり、「あ、この人ならこういうことやってても変じゃないな」と思われているんだろう。教育の行き届いた店だ。
「お兄さんがもーっと頑張ってくれたら、続きさせてあげてもいいよ?」
「えっ、マジで?」
初めてこいつが聖女に見えてきた。
「特別だよぉ? あたし、お兄さんのこと好きだからさ」
はっ!?
「だってお兄さん、あたしたちによくしてくれるじゃん。寄付もそうだけど、魔物もたくさん倒してくれてるしね。教会のために頑張ってくれる人なら誰でも大好きだよ!」
「す、好きってそんな軽い意味かよ……」
ガラにもなくドキドキしてしまった。
そりゃそうか。ここまでのどこに恋愛感情の芽生える要素があったんだ。
当のアリッサは俺の狼狽になんてまったく気づく素振りもなく、残ったウォッカを喉を艶かしく動かしながら一息に飲み干して。
「また今度飲む時は、お兄さんの話を聞かせてよっ」
片目をパチッと閉じて店を後にした。
だが俺の手には、アリッサの名残がしっかりと焼きついていた。