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俺、再会する

 見たというか……会ったというか……。


「あっ! そうか、あの時の女神か」


 死後の世界で対面したっけ、そういや。


 今もこうして立っている俺の転生先はこいつが作り上げた世界だったのか。


 だとしたら大まかな部分で地球がベースになっていることにも頷ける。世界観の引き出しが地球くらいしかなかったんだろう。なんか今凄く身も蓋もないことを言った気がする。神を怒らせるのはまずい。本気で。


 それよりだ。


「女神が実在しているってことは……他の神もなのか?」


 いやいや、まさかな。


「どうかなさいましたか?」


 たじろぐ俺を不思議そうに見つめてくるサヤ。


「なんでもないよ。ちょっと神様ってのにリアリティ感じてきただけ」

「神は天界のみならず私たち一人一人の心に宿っています。目を閉じればいつでも神にお会いすることができますよ」


 サヤは意外とデジタルな解釈の神仏論を述べた。


 それにしても、すげー賛美された姿で作られてんな、この女神。


 彫刻で表されたイリヤは聖母のような笑みをたたえていて、とてもじゃないがうっかりで人一人事故死させるドジっ子には見えない。


「石像はこの辺でいいや。そろそろ式典が始まりそうだしな」


 徐々に俺たち以外にも神殿内で行動する人が増え出している。


 その中にはアリッサ率いる修道女の一団も含まれていた。燭台の一本一本に火を灯して回り、酒瓶を始めとした貢物を祭壇上に並べている。


 ぶらぶらしてると邪魔になるな。


 俺は端で大人しくしとくか。手伝ってくれとか声をかけられるのも嫌だし。


 解説ありがとう、とサヤに告げようとしたが、肝心の少女はぽやっとした表情で離れた位置にいるアリッサに見惚れていた。


「アリッサがどうかしたのか? はっ、あいつまさか、ついに青少年には絶対に見せてはいけないとこまではみ出させたとかじゃ」

「いえっ、その、違うんです。……聖女様は私の憧れなんです。申し訳ありません、ぼんやりしてしまいました」

「憧れ? アリッサにぃ?」

「はい。聖女様は美しくて、私のような者にも優しい、本当に素敵な女性ですから」


 サヤは少し恥じらった様子で、頬を朱色に染めながら言う。


 うん、これはあれだな。アリッサの実態を知らないがゆえの発言だろう。十四歳だから酒蔵にも酒場にも行くことがないだろうし。


 純粋なサヤの目にはちゃんとした聖女に映っているに違いない。


 そのままの君でいてもらいたいものである。


 ……と、俺が無垢な少女の行く末を案じていると。


「これより本年度の海陸婚礼の式典を開始する。ただちに集まるように」


 冒険者というわけでもないのに謎に歴戦の強者じみた雰囲気を漂わせる司祭が、よく響く胴間声で全員に集合をかける。


 散らばっていた神官たちはその宣言だけで速やかに一堂に会する。


 驚異的な統率力だな。


「ってか、今日の式典ってそんな名称だったのか。これまた風変わりな……」

「海と陸が手を取り合って、災害のない一年になりますようにとお祈りを捧げるんです。先ほどご説明しましたノイグラン様とセシレナ様を主祭にした式典なんですよ」

「へえ」

「それから、四ヶ月後には天地婚礼の式典があります。こちらは遠くかけ離れた天と地を繋ぎ合わせる楔……すなわち潤いの雨を祈るための儀式です。雨は私たちの命の源となる、とっても大事なものですからね」


 そんなことまでサヤは丁寧に教えてくれた。マジでいい子すぎる。この子の教育だけはアリッサは間違えないでいただきたいものだ。


 にしても『婚礼』とは、随分とロマンチックな表現をしているな、この教団も。


 このくらいキャッチーじゃないと民衆から受け入れられないのかも知れない。


「ところでイリヤはカップルにはなってないの?」

「イリヤ様は唯一無二の創造主ですから、釣り合う神はおられませんよ」


 なんて寂しい女神なんだ。


「それではここリステリアの地にて、母なる海洋と父なる陸地を司る神々の、その永遠の愛を祝す。各自、胸裏にて礼賛を」


 司祭のジイさんの挨拶を皮切りに式が開幕する。


 信徒ならば誰でも出席可というわけではなく、教会関係者の内々だけで執り行なわれる神聖な催し。その列の中に信仰心の欠片もない俺が加わっているというのは違和感しかないが、正当な権利を持ってこの場にいるのだから、変に気を揉んだりはしないでおくか。


 天に召します我らが神よ、ってな感じのお決まりの文言から始まる司祭の教義を態度もそこそこに聞きながら、時間がさっさと経過してくれるのを待つ。


 ……。


 長っ。


「以上が第七教典における水難に関する教えである。続く第八教典には――」


 まだ続くんかい!


 ようやく終わってくれた頃には俺はすっかりグロッキー状態だった。実際は知らないが体感だと五時間はある。久々に貧血を起こすかと思った。


 式典は次の段階、賛美歌合唱に進行する。


 力強い男声の主旋律に、美麗な女声のコーラスが絡む荘厳な楽曲だった。おそらくこれはサヤの言っていた山の神と海の女神を表しているのだろう。


 曲を知らない俺は黙って聴くことしかできない。暇なので何気なく脇目を振ってみると、アリッサが歌詞カードをガン見していた。いや、お前は覚えておけよ。


 歌が終わると司祭は今年の功労者の名前を読み上げ始めた。


 神への報告、だという。


 数人の教団幹部の名前に混じって「冒険者ギルド所属、シュウト・シラサワ」とアナウンスされた時は、妙にこそばゆかった。人生で表彰なんてされたことないからな。


「この者は遠くフィーの地にて生を授かりながら、我々の活動拠点であるリステリア大教会に財産寄付という形で多大な貢献を残し――」


 司祭のディープな声音で俺の実績が具体的に語られていく。


 な、なんか普通に恥ずかしくなってきた。


 これを素直に光栄だと受け取れないんだから、つくづく俺って奴は小市民だ。


 功労者顕彰の完遂をもって式の大半は終了となったようで。


「では皆、今から祝杯を挙げようではないか。堅苦しい儀式は終いだ。これよりは神の婚礼を祝う宴席の時間。大いに盛り上げようぞ」


 形式として披露宴までやってしまうのか。


 本格的というか、実益を兼ねているというか。


 まあ、祭壇に置かれた供物の中には大量にアルコール類が混じっているから、この展開も不自然ではない。神と杯を酌み交わすというのも中々風流である。


 神官連中がクリスタルのグラスを配り出す。当然俺にも。


 サヤを始めとした幼いシスターたちもおちょこに似た小さな器を手にしている。


「シュウト様、こちらは名産の白ぶどうのワインでございます。甘い香りと痛快な酸味が特徴的な逸品です。是非ご賞味いただければ、と」


 募金担当(と俺は思っている)の神官がボトルを持って俺のところまで来た。


「へえ。じゃあもらおうかな」

「お注ぎいたします。ささ、どうぞどうぞ。販売は教会でも行っておりますので!」


 やっぱ宣伝かよ。


 とはいえ俺としても質のいい酒は大歓迎だ。味見の感想次第では買い溜めも考慮しておくか。もちろん限定品の蒸留酒をしこたま買いこむのは前提として。


 全員分のグラスが満たされると、いよいよその瞬間は訪れた。


「ノイグランとセシレナが誓った、永遠の愛に乾杯!」


 司祭の音頭に合わせ、乾杯、とほうぼうでグラスがかかげられた。


 一応俺も真似をする。


 それからグラスを傾け、注がれた淡い色のワインを一口。のしかかっていた倦怠感を吹き飛ばしてくれたからか、いつにも増してうまく感じる。


 つまみは捧げ物の残りから自由に持っていっていいようなので、適当に見繕う。


 瓶詰めされた魚のオイル漬けもいいが、ガチガチに熟成したいかにも噛み応えのありそうなベーコンも捨てがたい。ビジュアルだけなら青カビのチーズも気になるところ。


「シュウト様、少々お時間よろしいでしょうか」


 酒のアテに迷う俺に飛んできた声の主は、誰あろうアリッサだった。


 すっと近寄ってくる。そして会話が盗み聞きされていないことを確かめると、俺の耳に吐息の溶けた色っぽい声でこうささやいた。


「こっそり抜け出そうよ。町に戻ってサシで飲まない?」


 聞き慣れたラフな口調に戻して。


「おいおい、勝手に神殿を離れても平気なのか?」

「大丈夫! 式典はもうほとんど終わったようなものだよ。どうせこの後は司祭様も含めての宴会なんだから、だーれも気にしないって」

「俺たちもここで一杯やればいいじゃん」

「こんなとこであたしがお酒飲んだら、みんなに迷惑かけちゃうからさ~」


 自覚はあったらしい。


 というかですね、密着してるから胸が思いっ切り当たってるんですけど。


「……まあサヤみたいな子がいる前でベロンベロンになるのはやめたほうがいいな。情操教育によくない」

「そそっ、キャラは大事にしないとね。でもずっと我慢してたら体に悪いもん。聖女様の時間はここで終わりだよっ」


 そう言って見せたいたずらな笑顔は、俺のよく知るいつものアリッサの姿だった。

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